第44話(2017/08/30、下部にダルフェとハクのSS追加しました)
2017/08/30、下部にハクと赤の竜騎士時代のダルフェのSS【~Buzzed~】を追加しました。
「夕飯の心配より、明日の“ダッ君杯”の心配をしなさいっ! 貴方、このままじゃヴェルヴァイド様にうっかりミスで殺されちゃうわよ!?」
「あ、明日っ!?」
夜が明けたら、武闘会当日の朝か……。
う~ん、どうすっかなぁ~。
今から旦那の寝室に突撃して模造刀の練習をさせるなんて、絶対に無理だ。
この時間じゃ、旦那は眠っている姫さんを瞬き一つせず視姦中、いや、観察中だろう。
邪魔したら、ボコられちまう。
…………こうなったら模造刀じゃなく、真剣でやるか?
模造刀の扱いを教えられなかったんだから、真剣だって同じじゃねぇか?
「……あのさ、ハニー」
「…………」
過ぎた時間は戻らないので。
とりあえず、今更どうにもならない武闘会の件はいったん脇においておくことにして。
「……なぁ、カイユ」
「………………」
強打した頭をさすりつつ、床に正座しながら。
気になっていたことを、ベッドに腰掛けて腕を組み、無言で俺を睨む附けているカイユに訊いた。
「俺、詰め所で旦那に会ったような気がすんだけど?」
喉が、すげぇ渇いちまって。
詰め所で冷たい珈琲を飲んで、多めに入れてもらった氷を囓ってたら……身体の中が沸騰しちまったみてぇに熱くなった。
こりゃやべぇなって思って、マーレジャルに旦那を呼んでこいって言って……いつもの発作とはまったく違ったからな。
急な体調異変の原因は、旦那に噛まれたことしか思い当たらなかった。
「……そうね、ダルフェはヴェルヴァイド様に会っているわ」
「そっか。旦那、来てくれたんだな」
正直なところ。
俺がぶっ倒れたって知っても、あの旦那が来てくれるとは思わなかったが。
旦那の側にいるであろう姫さんがマーレジャルの言葉を聞けば絶対に行けって言ってくれるだろうから、なんとかなるだろうと……。
「ええ、ヴェルヴァイド様にとって貴方は特別だもの。来て下さるに決まってるでしょう?」
「俺が特別? いや、姫さんの母親である君の方が旦那にとっては特別で、価値があっ……カイユ?」
カイユはベッドから腰を上げると、床に正座している俺の前に立ち。
身を屈め、右手の人差し指を俺の顔へと……。
俺が愛情と独占欲をた~っぷり込めて整えてる爪の先端が、下唇をツンツンと突いた。
「ヴェルヴァイド様に命じられたマーレジャルさんが、私を呼びにきてくれたの。ジリギエを赤の陛下にお願いして急いで詰め所に行ったら、ヴェルヴァイド様が貴方に…………」
言葉を止めたカイユの視線が、不自然に泳いだ。
カイユらしくないその様子に、胸の奥がざわざわした。
「カイユ? え? え? 旦那が俺に何してたんだよ!? 頼むっ、気になるからはっきり言ってくれって!」
俺の唇に触れていたカイユの手を、ひしっと握ってそう言うと。
苦笑を浮かべながら答えてくれた。
「知らない方が良いかと思ったんだけど……私がマーレジャルさんと詰め所に着いたとき、ヴェルヴァイド様が貴方に…………私は青の陛下にヴェルヴァイド様がそれをなさっているのを何度か見てるから、誤解なんてしないけれど。マーレジャルさんは完全に誤解してたわよ? またしてるって言って、真っ赤になってたわ……」
困り顔でありながらも、その表情には姉弟のように育った青の陛下との思い出を懐かしむ色が確かにあって…………カイユが陛下と過ごした年月は、俺とのそれよりずっと長いんだもんな……いや、妬いてる場合じゃないでしょうが、俺よ!
カイユ、旦那が俺に何をしてたかっていう最重要部分が未返答なんだけど!?
知らない方が良いことって、何なんだよ!?
「はぁ? 誤解!? 誤解って、何を誤解すんだよっ!?」
「何って……貴方とヴェルヴァイド様の関係かしら?」
「関係?」
旦那と。
俺の、関係?
「俺と旦那の関係って……どこをどう見たって、アイツが何か誤解するところなんかねぇよな!?」
俺と旦那の間にあるのは上下関係であり、主従関係だ。
まぁ、餓鬼の時からの長い付き合いもあって、かなりの親しみを俺が一方的に旦那に感じちゃってるのは確かなわけですが……。
「あの御方の奇行に多少は慣れて……慣らされてしまった私ならともかく、普通はあれを目の当たりにしたらそう誤解してしまうのかもしれないわね」
『あれを見たらそう誤解してしまうのかもしれない』って、何だよそれ!?
『そう誤解』の『そう』って具体的にどういうことなわけ!?
「気にすることないわよ、ダルフェ。そんなことは絶対に有り得ないって、妻の私はちゃんと分かっているのだから」
そんな風に言われたら、ますますす気になるって!
「カ、カイユ。旦那、俺に何してたんだよ!?」
青の陛下にもしていたからカイユは誤解しないが、マーレジャルは誤解することって……。
「……トリィ様には絶対に言わないでちょうだい。前に陛下にしたのを間近で見てしまって、強いショックを受けていらっしゃったのだから」
「え? 姫さんが?」
旦那が陛下にしてたのを見た姫さんが、強いショック?
おいおい、まさか……まさかだよな!?
「カ、カイユ……もしかして、あれか? 青の陛下の薬草園を旦那が真っ白に焼いちまった時に、旦那が陛下にっ……」
「あら? その顔……分かったようね? マーレジャルさん、一生懸命に貴方を庇っていたわよ? 絶対的強者であるヴェルヴァイド様にはダルフェも逆らえないから、二人の“関係”を許してあげてほしいって……ふふ、想像力豊かなお嬢さんね。彼女、ヴェルヴァイド様が同性は駄目なことを知らないようだったわ」
「二人の関係を許す? 同性って……………うわっ、マジかよっ……」
身震いするような恐ろしい思い違いをしちまったらしいマーレジャルには、後で徹底的にそのおぞましい勘違いを訂正しねぇと!
「………つまり、だ。旦那が俺に…………」
旦那の、色素の薄いあの唇が。
己のそれと、重なるのを想像してしまいそうになり……。
「ぎ、ぎゃあああああああっ!!」
頭を両手で抱え、床に土下座状態で絶叫しちまった俺の背を。
「ちょっと、何時だと思ってるの!? うるさいわよ、ダルフェ!」
背骨を砕く勢いで容赦なくカイユが踏みつけ、叱責し。
「……な、ななななんつー悪夢だっ!!」
抱え込んだ頭部が……頬が、熱を持つという俺の意に反した(いや、だって、ここは青くなるべきだよな!?)身体反応を起こしてしまい、内心うろたえまくっていると。
「悪夢? 何言ってるのよ、ダルフェ。夢じゃなくて現実でしょう?」
愛しい妻が。
冷静に、ツッコミをいれてくれた。
「あ~、うん、そうっすよね、はい、現実っすよね……あははは、ははは、はは……はぁああ~」
カイユの冷静なツッコミのおかげで、動揺を身体の奥底へと押し込むことができた俺は。
俺の背を踏んでいたカイユの足をそっと床へと降ろし、訊いた。
「……カイユ。旦那は俺に何をしたか、君には言った?」
旦那は、出血するほど俺の左耳を噛んで。
そして、意識を失った俺に口を使った。
「ええ……」
青の陛下がうるさく騒ぎ立てると、旦那が黙らせるのに口を使うことは珍しくなかった。
それは旦那にとって殴る蹴るとさして変わらない手段の一つであって、性的な意味合いは皆無だ。
つまり、旦那が俺に端から見てディープキス(うわっ、背筋にぞわってきた!)的な行為をしたってことは。
それは、そうすることに意味があったから……その必要があったからだろう。
耳を噛んだことに繋がるであろうその意味は、理由は?
「ヴェルヴァイド様は、詳しくは教えてくださらなかったけれど……」
カイユは俺の首に両腕を回し、その身を寄せ。
「カイユ?」
ぎゅっと、強く抱きしめ。
「ただ一言、こう仰ったの」
旦那に噛まれた左の耳に。
唇で触れ、言った。
「-----」
小さな小さな、声だった。
まるで、二人だけの秘密を告げるかのように……。
「……え? それって、どういうことだ?」
「………………………貴方のためにあの立派な胸を育てたっていう女の子に誤解されるほど、ヴェルヴァイド様と仲の良いダルフェにも分からないなら、小姑扱いの私になんてあの御方の考えが分かるはずがないでしょう?」
む、胸!?
マーレジャルの奴、カイユに何言ってんだよ!
「マーレジャルさんは団長だった貴方のことを、とても慕って……つがいになりたかったほど、彼女は貴方が好きだったのね……」
………あれ?
もしかして、カイユ……少しは妬いてくれたとか?
「う、うん、まぁ、昔から俺のことが好きっていうか、懐いてるっていうか。その、マーレジャルは出来の悪い妹みてぇな感じでつい甘やかしちまったせいか、アイツは脳と口が直結してるっつーか、欲望に忠実っつーか………もしも君の気に障るようなことを言ったとしても、これっぽっちも悪気はないんだぜ!?」
「…………………………………………そのようね。とても正直で素直なお嬢さんだったわ」
え!?
なにその妙に長い間は!?
マーレジャルの奴、胸のこと以外にも何か余計なことを言いやがったな!
「あ~、え~っと、ごめん、話しがそれちまったよな!? 旦那の言葉の意味、俺から旦那に訊いておくから! 分かったら、カイユにもちゃんと報告すっから!」
「…………そうしてちょうだい、"ダッ君”」
ダッ君!?
「は、はい……」
カイユから伝えられた、旦那の言葉の意味が。
その時の俺には、まったく分からなかった。
「ダルフェ、言い忘れていたのだけれど」
「ん? 俺が寝てる間に何かあった?」
俺が。
その意味を、理解したのは。
「貴方が“お試し”予定だった新しい契約術士、本採用が決まったわ。ヴェルヴァイド様が貴方の代わりに視て下さったの」
「旦那が? ロワール・ムシェを旦那はなんて評価してた?」
華やかな、舞踏会の夜に。
「評価と言えるか微妙なのだけれど、『不合格、ではない』と仰ったそうなの。その言葉を聞いた赤の陛下は、その場で採用を即決されたそうよ……」
俺の左眼を。
「不合格ではない、ねぇ~……特別良いってわけじゃねぇけど、悪くもないってことかな……」
銃弾が。
貫いた後、だった。
,゜.:。+゜,゜.:。+゜,゜.:。+゜,゜.:。+゜,゜.:。+゜,゜.:。+゜,゜.:。+゜,゜.:。+゜
【~Buzzed~】
(赤の竜騎士団の団長時代のお話しです)
「我は死なん」
俺が、旦那に。
ヴェルヴァイドに、初めて会ったのは。
「千年ここに立ち続けても、何も変わらない」
城の、庭だった。
「ゆえに」
あの時。
旦那は、花を見ていた。
花を見ていた、黄金の瞳には。
温かさも、冷たさもなく。
「不平等?」
感情の色がいっさいなかった。
その瞳が、ゆっくりと動いて俺を見て。
「……不平等、か?」
花を見る目と同じ眼で、俺を見て。
「さあな、我にはどこが不平等なのか"わかんないよ”なのだ」
そう、言った。
あの時。
初めて、旦那に会って。
喋って。
この人にとっては。
<色持ち>で短命な俺も。
長命な普通の竜族も。
同じ、なのだと感じ。
なぜだか妙に、安心した。
あれから、時が過ぎ。
幼竜だった俺は、成竜へと成長し。
見上げていた、白皙の顔を。
見上げなくても、見ることが出来るようになっていたけれど。
旦那は、変わらなかった。
出会った時と、変わらなかった。
変わったのは、俺だけだった。
夏の終わりの、夜。
夜空に瞬く星をつまみに。
城の裏庭の芝生に寝転がって、一人で酒を飲んでいると。
転移で、旦那が現れた。
「ダルフェ」
女も男も、無慈悲なまでに容易く理性を溶かされて。
足蹴にされて砕かれるだろうと分かっていても、魂を捧げてしまいたくなるような美貌。
真珠色の長い髪と、黄金の瞳の最強で最凶の竜……。
竜体が多い旦那だけれど。
今夜は、人型だった。
「………なんです? ヴェルヴァイド」
俺は寝転んだまま、ライムを囓り。
五本目の酒瓶から、直接一口飲んでから訊いた。
この人には。
俺が寝たままだろうが、酒を飲みながらだろうが。
それを、無礼だなんだと叱責するような、まともな感性はないからな。
「返すのだ」
真珠色の爪に飾られた手が、俺に差し出したのは。
一冊の、本。
俺が三ヶ月前に貸した、絵本だった。
「……これ、どうでした?」
上半身をおこし、差し出された本を受け取りつつ訊いた。
「……繰り返し、読んだのだが。これは、謎かけが書かれておるのか? 我には難解で理解出来なかった」
この薄っぺらい絵本を。
三カ月の間、何度も読んだのか?
しかも謎かけって……ああ、そうか。
旦那は、字を読むことはできる。
でも。
それだけ、だから。
単純な言葉のなかにこめられた意味や、作者の思いは理解できないのか……。
「そうっすか。じゃあ、次は図鑑にしましょうか?」
感情表記等がいっさいない、たんなる情報が羅列されている図鑑なら。
旦那は字だけでなく、内容も理解出来る。
「…………図鑑……うむ、図鑑にするのだ」
「蟻の図鑑と蝶の図鑑、新しいのが手に入ったんですけどどっちにします?」
俺を見下ろしていた黄金の眼を細め、旦那は数十秒間考え、答えた。
「…………………………………………蟻」
両方、とは言わない。
俺が、どっちにするかと訊いたから。
世界最強のくせに。
その気になれば、世界を統べることすらできるのに。
なんだって、手に入れることができる人なのに。
この人は、たかが本ですら。
両方欲しいとは、言わない。
多くを、望まない。
「はい、蟻のっすね」
「うむ、蟻だ」
俺は。
この人の、こういうところが。
「……ねぇ、ヴェルヴァイド」
時々、無性に。
哀しく、思えるときがある。
「俺が死んだら、俺の本は全部あんたにあげます」
「要らぬ」
「どうしてっすか?」
「本を選ぶお前がおらねば、我はどれを読んで良いか分からぬ」
……俺が、いないと?
「ヴェルヴァイドッ……」
ほら、また。
そんな風に、言うから。
瞬きもせず、その黄金の眼で。
俺を見ながら、言うから。
「……そうっすか」
俺、あんたを置いて逝くのが。
「じゃあ、しかたないっすね」
ちょっと、心配になっちまうんですよ?
「なるべく長く生きるように、俺なりに頑張ります」
ねぇ、旦那。
ねぇ、ヴェルヴァイド。
俺が、死んだら。
少しは……ほんの少しくらいは………。
……なんて。
思っちまうのは。
酒のせいってことにしておこう。
,゜.:。+゜,゜.:。+゜,゜.:。+゜,゜.:。+゜,゜.:。+゜
(Buzzed……【ほろ酔い】の意味で使わせていただきました)
*ダルフェとハクの出会いは、SS【白い人】http://ncode.syosetu.com/n9714f/125/にて。
ダルフェは自覚無しですが、生まれて数日の幼生の時に、ハクは寝ているダルフェに会っています。