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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
199/212

第43話

 ダルフェがカイユと息子を連れ、電鏡の間に向かったのをりこが見送って。

 その後、我はりことダンスの練習を開始した。

 完璧に覚えていた我に、りこはとても感心し。

 それはそれは、褒めてくれた。

 惚れ直したかと、訊くと。

 りこは、はにかみながら頷いてくれた。

 我はとても嬉しく、"ご機嫌”になって……ダンスを完璧に覚えていたご褒美に、頭を"なでなで”してもらおうと身を屈めた瞬間。


 ーーバンッ!


 勢いよく扉が開き。


「ヴェルヴァイド様っ! あたしと一緒にきてくださいっ!!」


 カイユに腕を切断された赤茶の髪の雌が、駆け込んで来た。 


「………………<赤>の駄犬はノックすらできぬのか? まぁ、我も"りこ待ち”以外でしたことはないが」


 我の場合、ノック=催促だからな。


「ッ!? ハクちゃん、駄目!」


 右手に抜き身の刀を持ち、腹を左足で踏んでいる我と。

 我の右腕を両手で握り、愛らしい顔を強ばらせるりこを。


「え? え? あ、ああ、あっ……ひっ!? あ、なに? なんで? あたし、なんで倒れっ……あた、あたしの刀?」


 "なでなで”を邪魔した雌は。

 床に仰向けになり。

 全身を震わせながら……焼きすぎた栗のような色の瞳を見開き。

 見上げていた。


「お前のせいで我は、"なでなで”してもらい損ねたのだが?」

「な、な、なでな……で?」


 喉元に、刃。

 自分の刀がなぜ、己のそこにあるのか。

 この雌には、理解出来ておらぬようだった。


「どう責任を取る気なのだ?」


 左足に、少し・・力を加えると。

 雌の顔が歪んだ。

 それは。

 痛みによるものではなく、恐怖によるものだろう。

 この雌は、竜騎士。

 恫喝などしなくとも。

 本能的に、我を怖れる。


「あ、あたっ……ごめ、なさっ……お、おゆし、くださっ…………ヴェ、ヴェル、ヴァイドさっ……」

「己の罪を理解しておらぬお前の謝罪が、何の役に立つというのだ?」

「……あ、あああ、あぁ……ああ、あああああ、っあ」


 極限まで見開かれた眼から。

 堰を切ったように涙が溢れ出ると。


「ハクちゃん、ハクッ! もう止めて! お願いっ……後でいっぱい撫でてあげるから、止めて!」


 りこは我の腕から手を離し、庇うように雌の頭部に覆い被さると。

 厳しい顔を、我へと向けた。

 

「……止めるも何も。我はまだ・・この雌を殺しておらぬし、傷付けてもないぞ?」

「ハクちゃん、早く足をどけて刀を捨てて! 怒るわよっ!?」

「……りこ、すでに怒っておるのではないか?」

「ハクちゃん!」

「…………」


 なぜ、我がりこに怒られねばならぬのだ。

 悪いのは、この雌であるのに。

 我は悪くないのに、りこに怒られた。

 あぁ、この世は理不尽と不公平で満ちているのだ………………まぁ、りこにばれぬよう殺すのは、いつでもできる。

 今は"良い子のハクちゃん”でいたほうが賢明であろう。


「………………………………………………はい、なのだ」


 我が雌の腹から足をどけ、刀を放ると。

 りこはハンカチで雌の涙を拭き、背に手を当てて上半身を起こしてやった。


「ダルフェと同じ制服を着ているから、赤の竜騎士さんですよね? ハクが酷いことをしてごめんなさい。大丈夫? どこか打ってませんか?」


 心配げな顔で、りこが声を掛けると。


「あ……お、奥方さまっ……う、ふぇ、ええ~ん……こ、こ、こわっ、怖かったぁああああ! 怒った陛下の百倍、ううん、千倍怖かったよぉおおお!」


 雌はりこに抱きつき、盛大に泣き出した。

 こやつ、我のりこに抱きつきおって……りこがここにおらねばその首、ねじ切ってやったものをっ!


「ごめんなさい、怖かったですよね!? もう大丈夫だから、泣かないで……ハクちゃんからも、何か言ってあげて! 女の子にあんな乱暴なことをするなんて……私の妹と同じ歳位の女の子なのに!」


 妹。

 妹?

 また・・、妹か!?

 第二皇女の時も、妹の"けーたいでんわ”と同じだと…………異界の妹など、二度と会えぬし会わせぬのだから、異界語同様さっさと記憶の奥に沈めて忘れてしまえば良いものを!

 ……と、我は思うが今は"良い子のハクちゃん”なので言えぬ!


「妹? 何を言っておるのだ。そやつは竜族なのだから、りこより数倍生きておるのだぞ? 比べるなら妹ではなく曾祖母であろう? そもそも、妹など……」

「ハクちゃん! そんなことどうでもいいから、とにかくこの女の子に謝って!」


 りこよ、どうでも良いのか!?

 いや、そもそも何故、我が謝らねばならぬのだ!?

 これではまるで、我がこの雌を虐めたかのようでないか?

 被害者はそやつではなく、"なでなで”をしてもらい損ねた我なのだぞ!?


「…………命拾いしたな、駄犬。我が妻に礼を言うが良い」

「だ、駄犬っ!? ハクちゃん、なんてこと言うのよ!?」


 駄犬ゆえ駄犬と言っただけだが、りこはそれが気に入らぬようだった。

 ふむ、難しいのだ……。

  

「ひっ、うぅ……お、奥方様、あ、ありとう、ございます……あのっ、あたしっ、マーレジャル、です……ダ、ダルフェが、だから、だから、あたしっ、急いで服着て、走って、だから……」

「マーレジャルさんっていうんですね? 私は、トリィです。ダルフェがどうかしたんですかっ!?」


 りこよ、我が駄犬と言ったのは根拠があるのだぞ?

 扉が開くと同時に我がその腰から刀を抜き、脚を払い倒したことを。

 こやつが理解するまで、どれほどかかったと思うのだ?

 しかも、ダルフェやカイユならば、何事もなかったように避けておったような速度だったのだぞ!?

 ゆえに、駄犬で正解なのだがな……。


「……お前を寄こしたのは、ダルフェか?」 


 我はりこの胴に腕を回し、雌から剥がして抱き上げ、訊いた。

  

「は、はいっ! ダルフェが、あの、詰め所で倒れてっ……ヴェルヴァイド様を呼んで来いって言ったから、だから、あたしっ……」


 ダルフェが、倒れた?

 なるほど、な。

 我の考えていたより早く拒絶反応が出たのか……。


「ダルフェがっ!? ハクちゃん、大変! すぐに行ってあげなきゃ!」

「詰め所、か。ふむ……りこ。少しの間、眠っていてくれ」

 

 我はりこの額に唇を落とし。


「え? ハクちゃっ……」


 りこの意識を奪い。

 雌を放置し、<赤>の執務室へと転移した。





「あら? どうしたの? ヴェルヴァイド。……トリィさんを眠らせて連れてくるなんて、何があったの!?」

「……」


 我はソファーにりこを寝かせ。

 少々乱れてしまった黒髪を撫でて整え、両の目蓋と柔らかな唇に接吻をして。

 厳しい顔で立つ<赤>に、言った。


「ブランジェーヌよ。我が戻るまで、カイユとその息子以外はこの部屋に入れるな。術式で此処に簡易結界を展開した。我は防御系の術式はあまり得意ではないので、他の者等が入室すると頭部が瞬時に破裂するぞ」


 術式の跳ね返りで死ぬ1.5歩手前の導師が仕掛けてくる可能性は、限りなく低いが。

 万が一、ということもあるからな。


「……ああ、あれね? 分かったわ。貴方は何処へ?」


 我の術式が青白い炎となって、部屋の四隅を這うのを一瞥し。

 <赤>が、そう訊いてきたので。


「我は、お前の息子に少々用があるのだ」


 我が、応えると。

 <赤>が訝しげに眼を細めた。

 

「ダルフェに? ……ヴェル、もしかしてダルフェに何かあったの!? まさか、あの子っ……」


 死んだ、とでも思ったのだろうか?

 

「いや、大事ない。想定内、なのだ」


 瞬時に顔色を変えた<赤>に、我がそう言うと。


「想定内っ!? 貴方、あの子に何かしたの? 私のダルフェに何をしたのよっ!?」


 声を荒げた<赤>の頬に、真紅の鱗が浮かびあがった。

 興奮のあまり、竜体に変態しかけておるな……こやつは息子のこととなると、昔からこうだ。

 お前の息子はとうの昔に、お前の手を離れ。

 一人で、歩き出しておるというのに。


「そのように興奮するな、抑えろ。たいした事はしておらん。我の体液を体内に入れただけだ」


 噛んで、傷付け。

 血を採取し。

 咥内で我の唾液と血とを混ぜ、戻しただけだ。


「貴方の体液を、あの子の体内にっ!? う、うそ、そんなっ……まさかっ……貴方、欲求不満でダルフェに手を出したんじゃないでしょうね!? 男は駄目って言ってたクセに!」

「はて? 以前より、我はダルフェに手も足も出しておるが?」


 この手で殴り。

 この脚で蹴り飛ばすなど日常茶飯事だが? 


「手と足!? あ、そっちね、そうよね! あぁ、良かった~…………あ! ちょっと、待ちなさいよ、ヴェルッ!」


 訳の分からぬことを口にし、一人で納得し頷く<赤>の制止を無視し。

 我は、赤の竜騎士団の詰め所へと移動した。




   ※※※※※※※※




「…………ダルフェ、起きろ」


 赤の竜騎士団の詰め所に転移した我は。

 ソファーに寝かされたダルフェの額に指をあて。

 "でこぴん”をした。


「ッツ!?」


 ダルフェは瞬時に、眼を開けたが。

 身体は動かすことが出来ぬようで。


「……だんっ……ヴェル、ヴァッ…………イドッ…………お、俺、どうしっ…………血が、煮えちまったみてぇ、に……あ、熱くて……あんた、俺に、なにをっ……」


 言葉を発するだけでも苦しいらしく。

 汗で濡れた髪を顔に張り付かせ、緑の瞳を再び閉じ…………こやつ、また意識を失ったのか!?

 せっかく起こしてやったのに……まぁ、良い。

 必要なのはダルフェの身体であって、意識ではないからな。


「ダルフェ。覚えておるか?」


 我はダルフェの顔を覗き込むようにして、身を屈め。


「我とお前で、この城に種を埋めたことを」


 熱を持っているのに。

 徐々に赤みを失い。

 蝋人形のような色へと変わってゆく肌を、皮膚を。

 間近で、眺めた。


「芽は出なかったが。微塵も、我は残念だとも惜しいとも思わなかった……思えなかった。……ん? 呼吸が止まったか?」


 物言わぬダルフェの唇は。

 呼吸することも止め。

 

「ダルフェよ」


 常なら饒舌なダルフェが。

 

「我はりこに出会い、愛し愛され、変わり。お前はカイユに出会い、愛し愛され、変わった」


 黙って、我の言葉を聞いていた。


「変わった今のお前は、お前の命は」


 ダルフェは、幼いときから。

 我の前で、よく喋った。

 我の返答の有る無しに関わらず、喋った。

 

「我にとって」


 今、此処で横たわるダルフェは。

 我がこんなにも傍におるというのに、喋らない。

 一言も、喋らない。

 

「あの種より、ずっと価値があるのだぞ?」


 不思議なことに。

 我は、それが少し。

 ほんの少しではあるが………………寂しい?

 我は、寂しいと感じているような気がするのだ。

 少し、だけだが。

 ほんの、少しだけなのだがな。


「………………この我に、ここまでさせおって」


 我を見ないダルフェの顔に。

 手を伸ばし、触れ。


「まぁ、良い」


 左手で顎を持ち。

 右手で唇をなぞり。


「今のお前は、我にとってそれだけの"価値”があるのだから」


 唇を。

 重ね。

 ふう、と。

 息を、送り。

 舌で、咥内を探り。

 ダルフェの舌と、絡め……。


「…………」


 そして。

 離れた。


「……………………………………りこに言ったら、殺すぞ?」


 己の最速で駆けてきたのだろう、荒い息をつきながら戸口に立ち。

 我とダルフェを凝視していた赤茶の髪の雌竜……マーレジャルとりこに名乗っていたな……に、告げた。


「は、はいっ、はい! ヴェルヴァイド様がダルフェにべろチューしてたなんて、奥方様には絶対に言いませんっ!!」


 マーレジャルとやらは、真っ赤な顔を。

 壊れた自動人形のように、カクカクと上下させ。

 そう、応えた。


「……チュー?」


 以前、ランズゲルグの口に噛みついたら、りこに怒られたので。

 我はりこを眠らせ、<赤>に預けたのだが……。


「…………べろチュー? 今のがか?」

「は、はい! ものすっごいべろチューでした!」 


 べろチュー?

 べろチュー……。

 べろは舌のことで。

 チューは、"ちゅう”だな?


「なるほど。べろチュー、か…………」


 では、"なでなで”ではなく。


「おい、駄犬。カイユを呼んで、ダルフェを回収させろ」

「は、はい! ヴェルヴァイド様っ!」


 べろチューを、りこにおねだりするとしよう。

 

 


青の大陸編第54話で、ハクはランズゲルグの口に噛みつき(りこから見たらキス)、りこにすごーく怒られました。

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