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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
197/212

第41話

『ダルフェ、お前にも俺の気持ちが分かる時がくるさ』


 くせの強い薄茶の毛に、山葡萄色の目玉。


『お前が将来、つがいと出会ったら、きっと』


 見上げる体軀は熊のようにでかく、腕も太腿も丸太みたいで。

 割れ顎の無精髭が、トレードマークだった。

 ……あぁ、これは夢だ。

 だって、団長が目の前にいる……そして、俺が団長を見上げてる。

 つまり、団長を見上げるほどちびな俺ってことだ……餓鬼のときの俺だな、うん。

 俺は餓鬼で、目の前には団長。

 うん、夢決定だ。

 団長は、とっくに死んじまったんだ。

 俺が、殺したんだから……。


『きっと、分かるさ』 


 ……どうせ見るなら。

 こーんなむっさいおっさんの夢じゃなく。

 カイユの夢が良かったぜ……。



   ※※※※※※※



 二ヶ月の間に、一族が9人も減った。

 原因は寿命や事故ではなく、密猟者に狩られたからだ。

 たった二ヶ月間に行方不明者が9人……こんな短期間にこれだけの数の被害が出たことは、未だかつてなかった。

 竜騎士を護衛に同行し、長期で各地を回っている気象官や外商担当者が襲われることはなく。

 買い物や旅行等の個人的な用事で数日から数週間の短期で帝都を離れた竜族達が、密猟者の標的になっていた。

 赤の竜族は帝都から出る時は、前もって城にある専門部署に届けを出す決まりがある。

 同行者の有無、行き先だけでなく道中立ち寄る国や街、宿泊予定地等、なるべく細かな日程を書面で提出する。

 延長の連絡無く予定日に帰都しない場合、竜騎士を派遣し安否を確認する……。

 竜騎士の護衛のつかない、一般出都者の情報が漏れたとしか思えない被害が続き。

 妹みてぇに可愛がってたマーレジャルが、両親が予定日翌日になっても帰ってこないと、今にも泣き出しそうな顔で俺に訴えたのを機に俺は動いた。

 他の竜騎士達には告げず、気心の知れた幼馴染みのクルシェーミカと二人だけで罠を仕掛けた。

 母さんに……赤の陛下に協力してもらい、出都の偽装書類を提出して別人になりすました俺達が囮になった。

 食いついてきた『獲物』を殺す前にちょ~っと痛い目に遭わせ、吐かせた協力者の名前は俺の予想通りで……。


「やっぱり、な」


 赤の竜騎士団の現団長、ジュードだった。





 全速力で飛ぶクルシェーミカの背に乗って帝都に帰り、竜騎士団の詰め所の屋上で洗濯物を干していた団長の前に飛び降りると。


「ダルフェッ!? お前、もう帰ってきたのか!? ミカと休みが一緒になったから、今日は二人で海に行って突きん棒漁して遊ぶって……カジキを捕りにいったんだろ? 獲れたのか?」


 団長は最後の一枚だったらしい真っ白なシーツを竿にかけ、丁寧にしわをのばしながら言った。


「あ~、カジキ? そうでしたね、うん。でも、俺が獲ったのはカジキじゃなく雑魚っすよ。一番の大物は、今ここで獲るんで・・・・・・・・


 その時の俺は、まだ団長じゃなかった。

 竜騎士ってのは実力主義だ。

 一番強い個体が……総合的に強い個体が団長になる。

 俺は、父さん肩くらいまでしかない背丈の餓鬼でも、強さは一番だった。

 けれど、俺はまだ年若く精神的に未熟であり、竜騎士としての実践経験も少ないのを理由に辞退していた。

 まぁ、本音は面倒臭かったっからなんだが……団長なんかになったら、竜騎士団の誰よりも忙しくなってしまって、父さんの店の手伝いもなかなか行かれなくなる。

 やっと仕込みの手伝いをさせてもらえるようになったのに、だ。

 そんなのつまらねぇ。

 ……つまり、当時の俺は身も心も立派な(?)餓鬼だったってわけだ。


「一番の大物は今ここで獲る? ダルフェ、お前はまた訳のわからんことをっ……」 


 首を傾げる団長に、単刀直入に言った。


「団長。マーレジャルの両親、あんたが密売人に売ったんでしょ?」

「はぁ? なに馬鹿なことを言ってるんだ? 暑さで頭やられちまったのか!?」

「俺は正常っすよ。おかしくなっちまったのは、あんただろ?」


 マーレジャルの両親は、旅行先で行方不明になった。

 密猟者共にとって、竜族の身体は鯨以上に捨てるところなんかない最高の商品だ。

 臓器も骨も鱗も、血液までもあいつらにとっては大事な商品になる。

 死体が見つからない……だから、行方不明。


「あいつ、旅行をプレゼントした自分のせいだって言って、すっげぇ泣いてた……」


 マーレジャルはまだ幼いけれど、先々月に正式な竜騎士見習いになった。

 初めて給料が出たとき、マーレジャルはとても嬉しそうで。

 両親に何かを贈りたいと、はしゃいでいた。


「マーレジャルの両親が旅行することを、あんたは知っていたもんな? なんたって、あんたがアドバイスしたんだから」

「……」


 マーレジャルは両親と歳の近い団長に、贈り物を何にしたら良いかを相談し。

 有名な温泉保養地のあるケードイル国への旅行なら必ず喜んでくれるだろうと、団長は助言した。


「日程を考えるところから宿屋の手配まで、何から何まであんたがしてやったんだよな?」

「……あのな~、ダルフェ。なにか勘違いしてるんじゃないか? 赤の竜騎士団の団長である俺が、そんなことするわけないだろう!?」


 団長は空になった洗濯籠を、洗い桶の脇に置き。

 洗濯板に立てかけてあった刀を、腰へと戻した。


「あんた、密猟者に出都者情報を流しやがったな? なんで俺達を、竜族を裏切ったんだ?」


 団長はポケットから手袋を取り出し、両手にはめて。

 割れ顎を覆う髭を、左手で撫でた。


「……………………やっぱり、お前相手に誤魔化すのは無理か。まぁ、ばれて当然だ。彼奴等は目先の利益しか考えられない馬鹿だ。その馬鹿が考えた雑な策通りにやったんだ。そりゃ、ばれるよな」

「内部に内通者がいるってのがあからさま過ぎて、逆に迷っちまいましたけどね」

「俺だって、こんな短期間で次々やったらすぐにばれると思ったさ。だがな、彼奴等は大蜥蜴で下等生物な俺の助言なんか聞く耳ねぇんだとよ。……家族を人質にされたら、どんな馬鹿にだって頭下げるしかないだろう?」


 家族、か。

 クルシェーミカの"もしかして”が、当たってたわけだ。


「あんたは判断を間違ったんだよ、団長。即、陛下に全てを話して、家族の救出を願い出れば良かったんだ」

「出来なかったんだよ。眼球に視蟲を寄生させられちまった俺には、な。二ヶ月とちょっと前、旅行先で……俺がちょっと目を離したすきに、息子と嫁さんをあいつ等に……目の前で殺すと言われ、俺は言いなりになるしかなかった」


 眼球に視蟲、か。

 視蟲の寄生した目玉で出都書類を見るように指示し、その馬鹿共は情報を得ていたのか……こりゃまたえげつねぇ術式をぶち込まれたもんだ。

 正規の術士は使わねぇ外道の術式だが、密偵用術式として重宝されてて……確か、宿主の同意がなければ寄生はできないはずだ。

 妻子を人質に取られ、同意せざる得なかったってことか。

 眼球に視蟲……つまり、俺にばれたってことは、団長の視界を通して奴等に知られただろうな……視蟲を使う術士は、読唇ができるわけだし……。

 団長の妻子は、すぐに処理・・されちまうんだろうな。

 いまさら捜索隊を出したって、間に合わない。


「自分の家族だけ助かれば、他はどうでも良いって? 家族が人質だからって、竜騎士団の団長が竜族を裏切って密売組織に協力するなんて許されねぇよ」


 たった二個体と、一族全体。

 どっちを優先させるかなんて、計算するまでもない。


「ダルフェ、お前にも俺の気持ちが分かる時がくるさ。お前が将来、つがいと出会ったら、きっと…………きっと、分かるさ」 


 つがいに出会ったら、わかる?


「じゃあ、俺には一生分からないっすよ。俺、嫁さんも子供も要らないんで」

「おいおい、ダルフェ。お前はつがいを得る気がないのか? 陛下とエルゲリストに孫を遺してやらんのか?」

 

 団長は山葡萄色の眼を細め、苦笑した。

 その表情に、強い哀れみを感じたのは。

 俺の、被害妄想かもしれない。


「まっぴらごめんですよ、俺は誰ともつがわねぇって決めてるんで。だから、分からないまま生きて、分からないまま死にます」


 その日は、とても暑い日だった。

 照りつける午後の太陽が、じりじりと俺の頭頂部を焼いて。

 団長の干した真っ白なシーツが風に揺れ、陽を弾いて眩しかった。


「……ダルフェ。視蟲を寄生させた術士は俺の眼を通してお前の存在を知って、欲しがってる。<色持ち>はとんでもなく希少価値の高い"商品”だ。お前の死体と、シーリーンとエンデを交換してくれるそうだ」


 団長が、刀を抜いた。


「へぇ~、俺の死体とね~」

「なぁ、ダルフェ。シーリーンとエンデのために、死んでくれないか?」


 確かに、団長は強い。

 強い、けれど……。


「殺せるなら、どうぞ? ……でも、無理じゃないっすかね~」


 あ~、なんだって貴重な休みをこんなことに使わなきゃなんねぇんだよ。

 このおっさんのせいで、こんな暑い日に海にも行けず、炎天下の屋上で殺り合わなきゃなんねぇなんて。

 よし、次の休みには絶対に海に行こう。

 足の裏が焦げるような灼熱の砂浜を駆けて、まっ裸になって海に飛び込んで。

 塩っ辛い水に沈んで、水中から空を見上げるんだ。

 そうすると、刃のような陽が俺へと降り注ぎ、手をかざすと揺らめいて。

 すっげぇ、綺麗なんだよな……。


「俺、あんたより強いから」


 すごく綺麗、なんだ。






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