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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
196/212

第40話(下部にハクとりこのSSあります)

2017/06/14、下部にハクとりこの青の大陸編SS『rainy days』を追加しました。

 翌日、朝食後にちょっとした事件(?)があったが。

 俺は予定通り、カイユとジリギエを電鏡の間まで送った。

 娘と孫を溺愛している舅殿のことだ、すでに電鏡の前に待機してることだろう。

 電鏡の間の扉の前で床に片膝をつき、俺と同じ色のジリギエの眼を覗き込んだ。


「いいか、ジリギエ。おじいちゃんの前ではお行儀良くするんだぞ!?」

「あい、とと! おぢいとおはなし、うれしね! ふふふっ、ジリはおぢいがだぁ~いすき!」 

「そ、そうだな、うん。ジリは"おぢい”が大好きだもんな!」


 説教されるとも知らず、ジリギエはご機嫌で……舅殿に会えることを喜んでいる愛息子の愛らしい笑顔に、罪悪感がっ……すまん、ジリ!

 どんなにお行儀良くしたって、今日は説教決定なんだ~!


「……ジリッ(うぅっ、不甲斐ない父ちゃんを許してくれぇええ!)」


 ひしっと、両腕でジリの身体を抱きしめると。


「とと? どしたです? おっさんにかまれたとこ、まだいたい?」


 ジリギエが、小さな手で俺の耳を"なでなで”してくれた。


「もう痛くないよ。ありがとな、ジリ」


 朝食後。

 姫さんの髪を結っているカイユの、穏やかな笑顔に見惚れていた俺は。

 背後からいきなり、ヘッドロックをかけられ。

 左耳朶を、旦那に噛まれた。


 ーーッ!?


 出血するほど噛まれ。

 血を吸われ、傷口を舌で舐められた。

 旦那の舌の濡れた感触に、瞬時に悪寒が広がり鳥肌がっ……。

 理解不能な凶行(?)に、俺は一声もあげられず茫然自失状態になってしまった。

 幸いにも、鏡台の前に座っていた姫さんは気付いていなかった。

 カイユがさっと動いてさり気にガードしてたしな。

 だが、カイユとジリギエには見られていた。

 ガン見、されていた。

 ジリギエは、頬をぷくっと膨らませて旦那の脚を引っ張って俺から引きはがし。

 カイユは何も言わず姫さんへと視線を戻し、何事もなかったように黒髪に髪飾りを付けていた……。 

 旦那の凶行というか奇行は、昨夜、旦那のヘルプを無視した俺に対する制裁……。

 いや、それはないだろう。

 だとしたら…………ん~? なんだったんだろうなぁ~?


「……」

「ダルフェ、父様に伝えておくことは何かあるかしら?」


 旦那に囓られた左耳に無意識に触れていた俺を、カイユが見下ろしていた。

 澄んだ空色の瞳には、俺とジリギエが映っていた。


「昨日報告したから、急ぎの件は特にないな~。次の定期連絡の時で大丈夫」

「そう……」


 電鏡の間の扉を背に立つカイユは、青の大陸から持参した薄藍のレカサを着ていた。

 俺の衣類は下着一枚持ってこなかったが、カイユのものはそれなりに持ってきた。

 去年、舅殿から贈られたそれは品の良い華やかなレカサで、カイユによく似合っている。

 襟と袖に銀糸で細やかな刺繍が施され、裾は藍玉石で縁取られていた。

 こんなにも似合っている服が俺の贈ったものじゃないのは悔しいが、短くなってもその美しさは変わらない銀糸の髪を彩る紅珊瑚の髪飾りは、俺からの贈り物だった。


「カイユ、舅殿によろしくな? 時間は気にせず、ゆっくり話しておいで。姫さんのことは心配いらない。舞踏会に向けて旦那とダンスの練習を始めるって言ってたから、安心していい」

「ヴェルヴァイド様がお側にいてくだされば外敵対策は安心だけど、別の意味では不安なのよね……懲りない御方で困ってしまうわ」

「旦那は姫さんの身体を傷付けるようなことは、もうしない。大丈夫だよ」


 俺はジリギエを離して立ち上がり、手袋を外してからカイユの両手をとって、左右の甲と指先にキスをした。


「……ダルフェ。貴方は、契約術士との面談があるのよね? 赤の陛下にご迷惑をかけてしまうから、使えないクズ術士だったとしても殺しては駄目よ?」

「うん、分かってるよ。殺さない。今回は"お試し”の方法を、ちょっと変えるつもりだから……」

 

 唇を指先に触れさせたまま、答えた。


「方法を変える? 赤の陛下にはお伝えしてあるの?」 

「昨夜、ケーキを届けに行った時に相談したら、賛成してくれたよ」

「そう、なら良いのだけれど……」


 カイユの両手は、俺のこの手の中……。

 この手の爪は、つがいになってからずっと俺が整え、磨いていた。

 カイユは美しい容姿からは想像できないほど、日常生活の色々なことが不器用だ。

 料理をすればキッチンは半壊し、胃を試されるような凶悪な物体を作り上げ。

 裁縫をすれば針を次々と折り、まったく進まない。

 洗濯をすれば、強度を誇る蜥蜴蝶で作られた騎士服さえボロ雑巾と成り果てて……。

 規格外に不器用なカイユは、俺とつがいになるまでは爪の手入れも必要最低限のことしかしていなかった。

 餓鬼の頃からに母さんから教わった方法が"普通”だと思い、実践していた俺はカイユのあまりにもがさつな、いや、男らしい爪の手入れ方法を初めて見たときは強い衝撃を受けた。

 やすりは一切使わずにニッパーで大雑把にすませているのを知った俺は、自分にさせてくれと土下座をして頼み込み……以後、カイユの爪の手入れは俺がしている。

 爪だけじゃない、カイユの髪も肌も……俺が……。

 慈しみ、愛しみ。

 カイユの全てを、俺は愛してきた。

 生ごみ状態で出会ってから、あの時、あの瞬間からずっと……。


「…………………………………………あ~、駄目だ! 足りねぇっ」

「ダルフェ?」

「ジリギエ! とーちゃんがみーつけたって言うまで、お目々をかくれんぼしててくれるか?」


 ジリギエにそう言うと。


「おめめかくれんぼ? いいよ」


 素直で可愛い俺の息子は、小さな手で両眼を"かくれんぼ”してくれたので。

 俺はカイユを引き寄せ。


「ダルッ!?」


 唇を、重ねた。






「……とと、まぁ~だ?」

「…………………まぁ~だ、だよ……カイユ、もうちょっと………ぐはっ!?」


 欲張りすぎた俺の腹に、カイユの膝が絶妙な角度でめり込んだ。


「"まぁ~だ”じゃないわよ、もう充分でしょう!? 行くわよ、ジリギエ!」

「あい、かか!」


 カイユは前屈みになって腹をさする俺を一瞥もせず、ジリギエを抱き上げ。

 電鏡の間の扉を乱暴に開けて、入って行った。

 そんなカイユ頬が染まっていたのを、俺は見逃さなかった。

 ツン9に、デレ1。

 この1のデレに、堪らなく萌える。

 もちろん、カイユはツンも魅惑的で味わい深い。 

 ツン責めも、俺は大歓迎だぜ!


「ほっぺ、あんなに赤くしちゃって……ホント、俺のハニーは可愛いよな~♡」


 つがいに出会うまでは奔放な赤の竜族と違って、青の竜族であるカイユは触れられたことも触れたこともない、本当にまっさら・・・・な雌竜だった。

 俺がはじめて、カイユに触れたのは。

 青の陛下の城の林で摘んだ花を手渡し、求婚した時だ。 

 あの時、はじめて。

 俺は、君に直に触れた。

 触れ合ったのは、指先だった。

 その瞬間、再生したばかりでまだ不安定だった身体の中で、沸騰した血が吠えながら全身を駆け巡り。

 肉を焼き皮膚を破って吹き出すような、未体験の熱情が出口を探し荒れ狂った。

 それが、何なのか。

 どこへ向かおうとしているのか、何を求めているのか。

 分からないほど、俺は餓鬼じゃなかったし。

 まっさら・・・・でもなかった。 

 だから、必死に押さ込み。 

 目の前にいるこんなにも綺麗で美しい存在ひとから、隠した。


 ーーこれ、君にっ……。

 ーー……。


 カイユに求婚する時。

 俺が彼女に贈ったのは。

 抱えきれないほどの真紅の薔薇ではなく、高価な宝石でもなく。

 一掴みの、野草だった。

 青の陛下の城の西庭の木々の根元に自生していたそれは、小指の先ほどしかない小さな青い花……セランという花だった。

 セランで作った小さな花束をカイユに差し出し、言った。


 ーー君と、生きたいっ……。


 手が、震えてしまったのは。

 旦那の手抜き転移の負荷で、ばらばらだった体がまだ安定していなかったからではなく。

 極度の緊張によるものだった。

 あんなに緊張したのは、生まれて初めてだった。


 ーー…………。


 カイユは、無言で。

 野草の束を受け取り。


 ーー……ッ。


 泣いた。

 俺は、情けないことに。

 驚きと焦りでどうしていいか分からず。

 ただ、おろおろとするばかりだった……。


 本当は、この腕で君を抱きしめたかった。

 この腕で、君を抱き。

 こぼれ落ちる涙をすべて舐めとり、その濡れた瞳に接吻したかった……が、出来なかった。


「…………舅殿が、背後の木陰から見張っていたからな」


 もし、欲望に負けてがばーっと抱きついて、ブッチュ~ってやっちまってたら。

 今、俺はここにいねぇよな、うん。

 きっと、即効その場で舅殿にブチ殺されてたに違いない。

 まぁ、舅殿がいてくれて助かったけどな。いなかったら、正直やばかったし。


「……求婚して……竜珠交換して名付けをするまで、いろいろあったよな~。我ながらよく耐えたよ、うん」


 若く美しい雌竜でありながら青の竜騎士団の団長であるカイユは、未婚の雄竜達にとっては高嶺の花だった。

 しかも、青の陛下のつがいの最有力候補だった(俺はそれを知らなかった)。

 そのカイユに赤の竜族の俺が……ある日突然現れた<色持ち>の俺が、人目もはばからず求愛行動を開始したことで、青の竜族内でも賛否両論揉めに揉めて……青の竜族の皆は、俺がカイユをつがいにしたら赤の大陸にお持ち帰りというか、嫁入りしてしまうことを危惧していた。 

 そんな状況をたった一言で変えてしまったのは、旦那だった……。


「あの時の旦那、ド天然炸裂だった……ん~? 旦那に噛まれた左耳朶が、ちょっと痒くなってきたな」


 う~ん、痒いっていうか……もぞもぞするっていうか。

 なんだ、これ?

 変な感じだな……旦那の唾液でかぶれちまったとか?

 旦那の唾液………………う~わ~、よくよく考えるとすっげぇ~嫌だ!

 風呂入って、しっかりがっつり洗いてぇ!


「クルシェーミカに相談したいことがあるから、竜騎士団の詰め所に寄っていくか……あそこなら、竜騎士用の簡易浴室あるしな……」

 

 竜騎士は流血が日常茶飯事だから、詰め所(ちなみに二階は独身寮)には風呂がある。

 青の竜騎士団の詰め所の風呂みてぇに豪華でも広くもないが、必要最低限の設備は整っている。


「喉、乾いたな……詰め所の保冷庫に、冷たい飲み物あったらもらうか……」


 もぞもぞを通り越しぞわぞわしてきた左耳をさすりながら、詰め所に向かって歩き出した俺の顎からしたたった汗が、石床に落ちた。


 


   ※※※※※※※※




「マーレジャル、冷たい飲み物あるか?」


 詰め所の戸を開けると。

 開口一番、俺は中にいたマーレジャルに言った。 

 ここに来る短時間でひどく喉が乾いてしまい、風呂より水分補給を優先したかった。


「あれ? ダルフェじゃない! あたしに会いに来てくれたの!? 嬉しい!」


 手入れしていた短剣を放り出したマーレジャルは、俺へと突進し。


「嫁入り前の娘がなんつー格好してんだ。乳、見えちまうぞ?」


 キャミソールにショートパンツという「ここ、おまえんかよ!? 職場だろーが!」とツッコみたくなるような姿で、俺にべったりと張り付いた。


「嫁入り前だから、いいの! 結婚したら、普通は肌を隠さないとでしょ?」


 普通は……うん、母さんは例外だもんな。

 露出過多な母親を持つ俺じゃ、マーレジャルのこの格好を強く叱れねぇ……。

 マーレジャルは幼竜の時から竜騎士団の奴等とここの二階で寮生活してるせいか、俺を始め雄の団員を無害な父ちゃん兄ちゃん扱いだ。

 下着みてぇな格好で、平気で詰め所内をうろついて……まぁ、こいつをどうこうしようなんて雄は、赤の竜騎士団にはいねぇけど。

 乳ばっかり大きくなって、中身は餓鬼だもんな。

 恥じらいゼロのせいか、エロさのかけらもねぇし。


「ダルフェなら見られてもいいもの! っていうか、どうせなら見るだけじゃなく触って、モミモミしてよ!」

「はぁ? 俺はお前の乳なんか興味ねぇよ。そんなことよりなんか飲み物くれ! 喉、乾いてんだ」

「も~、相変わらずつれないんなんだから! 冷たい珈琲と炭酸水があるけど、どっちが良い?」


 乳ばかりに栄養がいったとしか思えない身体を俺から離し、マーレジャルは奥に設置された保冷庫へと足を向けた。

 俺はソファーに腰を降ろし、制服の胸元を緩めてから答えた。


「珈琲、氷多めで。おい、マーレジャル。飲んだら風呂借りるから、バスタブに湯を入れといてくれるか? 熱めで頼む」


 水風呂も悪くないけれど、なんとなく熱い湯に入りたかった。

 水じゃ、旦那菌(?)は落ちない気がするしな。


「ダルフェ、お風呂入ってくの? うふふ、お背中流しましょうか? ……はい、どうぞ」


 冷えた珈琲の入ったグラスを手渡され、受け取り。

 

「お前に襲われそうだから、遠慮するよ」


 一気に飲み干し。


「だって~、ダルフェが襲ってくれないから、私から襲うしかないんじゃないの!」


 さらにグラスをかたむけて、氷を咥内へと招き。

 音を立てて、噛み砕いた。

 

「あ~の~な~、マーレジャル。結婚した雄竜は、つがい以外には勃たないんだぜ? 学習院の保健体育の授業で、雄の特性について色々と習っただろ? お前がそのでかい乳で俺に何してくれようが、無理だっつーの」


 マーレジャルは未婚の雌だから、まだ知らねぇんだろうが。

 授業では"できない”って教えてはいるが、本当のところはちょっと違う。

 確かに、つがいの雌以外に性的興味を全くもてないが、できないわけじゃないんだよな~。


「……あ~ぁ、つまんな~い! ダルフェのつがいになりたくて、一生懸命育てたおっぱいなのに~」

「マーレジャルには俺より良い相手がいるさ。婚活しろ、婚活」


 マーレジャルは美人じゃねぇが、愛嬌のある可愛い顔をしている。

 巨乳だし、尻の形も良い。

 でも、昔からまったく雄が寄りつかないんだよな~……。


「結婚できたら、ご祝儀いっぱいくれる?」

「ああ、たんまりやっから頑張れ」

「……うん、頑張る」


 ソファーの背後に回り、後ろから俺の首に抱きついて甘えるマーレジャルの頭を右手で撫でてやりながら、訊いた。

 

「そういや、クルシェーミカは? 俺、ミカに相談したいことがあって来たんだ」


 マーレジャルは留守番役で、他の奴等は帝都の警邏と関所の管理、それと旦那の女の追跡作業か……。


「ミカ団長? 今日は宿直当番だから、まだ出勤してないよ。電鏡で呼び出す?」


 ネックレスと繋いだ小型の携帯用電鏡を胸の谷間から取りだしたマーレジャルに、俺は首を振った。


「いや、いい。夕方からの出勤じゃ、まだ寝てるかもしれねぇし。ミカはできるだけ休ませてやりたっ……」


 ぽたり、と。

 足元に、水滴が落ちた。

 最初の一滴は、グラスの表面から落ちたものだった。


「…………」


 その一粒が石作りの床に染み入るのを待っていたかのように、俺の額から流れた汗が顎先を伝い次々と落ちていった。


「ちょっと、どうしたの!? ダルフェ、すごい汗だよ!?」 

「……ッ……………マ、マーレジャルッ……すまないが旦那を、ヴェルヴァッ……イドを、呼んで……きてくっ……」


 俺の手から滑り落ちたグラスの砕ける音が。

 まるで、刻を知らせる鐘のように響く。


「ダ、ダルフェッ!?」 


 ーーダルフェ、お前にも俺の気持ちが分かる時がくるさ。


「どうしたの!? しっかりして、ダルフェッ! ダルフェッー!!」


 声が、聞こえた。


 ーーお前が将来、つがいと出会ったら、きっと……。


 懐かしい、その声は。

 団長の、声だった。

 

 ーーきっと、分かるさ。


 俺が殺した。

 前団長の声、だった。










(おまけのSSが下にあります)

   ↓

   ↓

   ↓





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『青の大陸編SS~rainy days~』




 青の帝都は、雨が続き。

 今日で4日目、だった。


「……んっ、ふぁ~……おはよう、ハクちゃん」


 急に強まった雨音のせいか、陽が昇る前にりこは目覚めた。


「おはよう、なのだ。我のりこ」


 寝台に腰掛け、雨音を聞きながら愛しい妻の寝顔を一晩中眺めていた我は。

 眠たげに目をこすりながら上半身をおこしたりこの額に、接吻をした。

 接吻しつつ、夜着からのぞく肌へと視線を流し……りこが目覚める数分前に、我がつけた跡を見た。


「……」


 眠るりこに、あれこれしてはならぬと。

 小うるさいカイユは、我を叱るが。

 我は蜜月期の雄竜なのだから、肌を味わうくらいは許されるはずなのだ。


「ふふっ……夢の中でもね、ハクちゃんがここに……おでこにしてくれたの」


 ほわりと笑むりこが、あまりに可愛らしくて。


「夢の中の我は、額にしかしなかったのか? ずいぶんと我慢強いことだ」


 我はりこの身体を引き寄せ、抱きしめた。

 夢の中の我と違って、我慢強くない我は。


「……りこからもおはようの"ちゅう”をしてくれ。ここ・・に」


 唇への接吻を。

 おねだり、した。


「……目、閉じてくれる?」

「うむ、これで良いか?」


 目を閉じた我に。

 柔らかであたたかなりこの唇が。

 そっと、触れて離れた。


「…………りこ」


 触れるだけの優しい接吻も、我は好きなのだ……大好きなのだが。

 まだ、外は暗く。

 陽が昇るまでは、四半刻ほどあるし。

 小姑カイユが現れるには、まだ時間がある……カイユよ、今、我に"ちゅう”してくれたりこは眠っておらず起きているのだ。

 ゆえに、我はあれこれ致しても良いのではないか?


「…………こう激しい降りでは、傘を差してのお散歩もできぬしな」


 小雨ならば、一つの傘をりこと共有して歩き、りこに教えてもらった"あいあい傘”を堪能できたが。

 このような横殴りの雨では、それも無理であるし……。 

 無理、そう無理なのだ。

 夢の中の我と違い、我慢強くない我には無理なのだ!


「……うむ、無理なのだ」

「ハクちゃん? 無理って、なにが……ッ!?」


 いっそう激しくなる雨音に後押しされるように、我から重ねた唇で。

 愛しい貴女の、声も吐息も喰らい飲み込む。  

 雨音と絡んで耳に届く、熱を孕んだ濡れた音に。

 雄の情欲を、よりいっそう煽られて……。


「無理なのだ、りこ。貴女がいていてくれなければ、我はもうっ……」


 貴女だけだ、りこ。

 我には、後にも先に貴女だけ。

 雨が、大地を潤すように。

 貴女だけが、我を潤してくれるのだ。


「……ハクちゃん、ハク……大丈夫、大丈夫よ? 私は貴方と、ずっと一緒……どこへもいかないわ」

「りこっ……」


 雨よ、止むな。

 今はまだ、止むな。


「ずっと、私は貴方の傍にいる……」


 優しい嘘で我を抱く愛しいひとを、その雨音でこの世界から覆い隠せ。


「りこ、我のりこっ……」


 そして、我は。

 今日も、明日も、明後日も……その先も。

 愛しいひとと、しとどに濡れて。


 貴女への、愛に溺れる。



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