第39話
「……そちらは、どうです?」
頭の回転が早い舅殿は、多くを言わずとも欲しい答えをくれた。
「メリルーシェの支店で僕が悪趣味な"お人形"と対峙して以降、青の大陸では導師関係の動きが、全くない。……君とカイユが抜けて青の竜騎士団は人手も人材も足りないから、正直なところ助かってるけどね」
襟高の外套を羽織った肩を大げさにすくませ、舅殿は苦笑した。
両腕がないのを城勤務者の視線から隠すためであろうそれには、青の竜騎士団の団長を表す徽章……。
「そうですか……」
団長に復帰した舅殿の両腕が完治するまでの間だけでも、赤の竜騎士数名を青の陛下に貸し出すように母さん進言すべきだろうか?
竜騎士の貸し出し……前例はないが、検討の余地はあるはずだ。
生物としての繁殖能力が人間より劣っている竜族は個体数が減る一方で、今後も増えることはない。
一族を護る自衛組織として必要であっても、竜騎士団を維持できない大陸も出てくるだろう。
四竜帝間での竜騎士の派遣や移籍を行える制度作りが、必要なのかもしれないな……。
「それと、例の件だけど…………婿殿?」
「あ、すみません。続けてください」
赤の竜騎士の中から舅殿に使ってもらえそうな面子を脳内でチェックするのを、俺はいったん止めた。
「導師の襲撃後、君が気にしていた<監視者>の爪はニングブックとプロンシェンがセイフォンの竜宮の庭を掘り返して回収し、持ち帰った。今は陛下が管理してるよ」
「ありがとうございます。お手数をおかけしました」
旦那の欠片を術式に奪われ、術式に練り込まれて悪用され……俺は、セイフォンの竜宮で旦那の爪を埋めたことを後悔した。
苛立った旦那がセイフォンで剥がしたあの爪の存在を、もし導師が嗅ぎ付けたら……俺は舅殿にそれを伝え、処理を頼んだ。
青の陛下が持っているなら、安全だ……陛下は美女顔で低身長だが、四竜帝だけあって本気になれば俺達より強い。
「南棟も隅から隅まで、配管の中まで徹底的にチェックしたけれど、欠片は一粒も落ちていなかったよ」
「では、南棟に"忘れ物”はないってことですね……」
欠片は姫さんにとって大事な"おやつ”だから、カイユは在庫の全てを青の大陸から持って出た。
旦那曰く。
姫さんにとって欠片は、生命維持活動に必要な旦那の『気』を性行為以外で摂取することができる補助食品みてぇなモノらしく……。
姫さんは人間の身で<ヴェルヴァイド>のつがいになり竜珠を宿し、交わって黄金の眼を手に入れ、再生能力と……旦那の念話能力の影響を受け、短期間で言葉を理解し話せるようになった。
旦那はあの子を、あそこまで造り変えちまった……身体と気を姫さんに徹底的に喰わせるのに蜜月期状態ってのは、旦那にとってはこれ以上はないほど好都合だっただろう。
日々、交わることであの子の体内に体液と気を注ぎ入れ。
もう、けっして戻ることのできないところまで引きずり込み、堕としてしまった……。
「舅殿。俺が存在を知ってるのは、爪と欠片だけです。過去の女達の中で旦那の身体の一部だったもの……毛髪、体毛、体液等を所持保管している者がいないか、所有者の死後それらが他者の手に渡っていないかを再調査すべきだと思うんですが……」
「え? 赤の竜騎士団はまだしてないのかい? 導師が欠片を術式に練り込んで使ったと知った時点で、青の竜騎士団はとっくに始めてたけど?」
もうやってたのかよ!?
さすがだな。
「すみません、こっちも始めてはいるんですが……。契約術士不在の期間が長いため、術式による探査や追跡ができておらず、ほとんどの記録が途切れてる状態です」
「……言わせもらうけれど、それは赤の陛下の怠慢だよ。<監視者>と関係を持つに至った女は各大陸ごとに、四竜帝が所在を生死にかかわらず把握しておくのが決まりだろう?」
「その通りです。申し訳ありません……」
「君が謝るのもどうかと思うけど? ……優秀な契約術士がいれば、追跡調査は多少……いや、かなり楽になるんだけど、いないならしょうがない。君の元部下君達に頑張ってもらうしかないさ。頭数多いんだから、なんとかなるでしょう?」
「……うちの奴等は基本的にがさつなんで、この手の細かい仕事は不得手で参ってます」
契約術士志望のロワール・ムシェって野郎の"お試し”にこの件を使うって手も有りかもな……。
「不得手って……元団長閣下の仕込みが甘かったんじゃないかい? …………ねぇ、君は導師の件以外でも他の四竜帝と……黄の竜帝陛下とも、電鏡で連絡を取り合ってるんだろう?」
舅殿の眼には、剣呑な色が……ん?
黄の陛下と何かあったのか?
「ええ、まぁ……それが何か?」
今の俺は旦那の世話役兼補佐官みてぇなポジションだから、四竜帝とのやり取りも多い。
どっちかってーと導師の件ってより、雑務主体だけどな。
異世界人の姫さんにとって全てが快適であるように、前もって下準備すべき事を黄と黒の陛下と打ち合わせするもの俺の仕事だ。
大陸間移動の日程調整や移動先での衣食住の確認等、やることは山積みだ。
黒の陛下は死期間近で臥せっているから、爺さんの代理ってことで補佐官と打ち合わせを進めてるが特に問題ない。
でも、黄の陛下は何というか………………相手すると、疲れるんだよな~。
万が一にもないとは思うけれど、もし、もしもジリギエのつがいに黄の陛下がなったら、あまりに不憫で草葉の陰で号泣しちまうぜ!
「僕、団長に復帰しちゃったから、否が応でも顔を合わすことが多くなっちゃって……はぁあああ~、あの超音波雑音娘には心底うんざりだよ」
不快げに眉を寄せ、舅殿は溜め息をついた。
「<監視者>の赤の大陸での滞在期間を延長して、黄の大陸での滞在を減らしたろう? そのことで毎日のように、陛下が電鏡で文句と嫌味をネチネチきぃきぃ言われてるんだ」
「文句と嫌味? 赤の陛下と俺には一言もっ……まぁ、決まったときは不満そうな顔はしてましたが」
「あの小娘はね、ちゃ~んと相手をみてるんだよ! うちの陛下が温和しいから、ここぞとばかりつけ込んでるのさ! 僕の可愛い陛下をあんなに虐めてくれちゃって………君、黄の大陸に行ったら毒入りタルトでも食わせて殺してくれない? 竜帝は外傷には強いが毒への耐性は竜騎士レベルだから、簡単だよ♪」
う~わ~、本気だよ、この人!
竜族のくせに竜帝の暗殺を依頼するなんて、ぶっ飛んでるな。
「申し訳ありませんが、お断りします。二竜帝で死期が重なるとややこしくなるんで……あ、そういやまだ言ってませんでしたね。色々まとめた祝賀会ってことで、母さん主催で舞踏会と武闘会をすることになったんです」
黄の竜帝毒殺依頼から話題を変えるため、舞踏会と武闘会のことを口にした。
もちろん、ダッ君杯のことはふせて……恥ずかしくて言えねぇよ!
「うわ~っ、さすがお坊ちゃま! お祝いの規模が半端ないねぇ~。舞踏会は興味ないけれど、武闘会は気になるかも……武闘会か~、楽しそう」
武闘会という単語に食いついてきた舅殿の眼は、まるで子供のように輝いていた。
「どこまで大丈夫なの? 手足は何本まで斬り落としていいのかな!? 殺さなければ他は自由とか!?」
…………あ~、そうか。
俺とカイユがいなくなっちまったから、舅殿の遊び相手がいなくてストレス溜まってるんだろう。
他の奴等と"殺し合いごっこ”をやっても、舅殿は楽しめないからな。
「いいえ、うちの武闘会は遊戯みたいなものです。模造刀を使用し、流血は御法度です」
俺のその言葉を聞いた舅殿の顔には、あからさまな落胆が……。
「模造刀!? って、いうことはつまり、竜騎士じゃない一般竜族も参加するってことか……カイユも出るの?」
「いいえ、手加減が苦手だから辞退するって言ってました」
カイユは手加減ができねぇわけじゃない。
母さんと俺の立場、そして赤の竜騎士達の事を考えてカイユなりに気を遣ってくれたんだ。
赤の竜騎士を皆の前で負かしては、恥をかせることになるだけでなく、今まで培ってきた赤の竜騎士への信頼を……一族を護る"強い”存在であるというイメージを壊す可能性があると、カイユはそう考えて辞退してくれたんだろう。
「うん、そうしたほうが良いよ。カイユは不器用な子だからね……不器用で口べただけど、賢くて思いやりのある子なんだ」
俺が何も言わなくとも、舅殿にもカイユの思いは伝わっていた。
「ええ、その通りです……実は、旦那が武闘会に出たいって言ってるんで、俺が相手をすることになりました。旦那とできるなんて、これってちょっと役得かな~って……」
「<監視者>殿も参加するのかい!? うわ~、いいな、いいな~! 僕もあの人と殺し合いをしたいっ!」
うん、うん。
思った通りの反応だ!
ふっふっふっ……さぞうらやましいかろう、舅殿!
「いやいや、殺し合いじゃなく、遊戯です。でも、特別枠ってことなんで、真剣でやりたいって思ってるんですよ」
さらなる役得自慢をした俺に、舅殿は口の端をニヤリと上げ、言った。
「…………あ~、そりゃ止めとけ、婿殿。俺の見立てじゃてめぇが考えてるより、あのおっさんはやべぇぜ?」
「はい?」
なんだそれ?
どういう意味だ!?
「く、くくっ、あはははは! てめぇもまだまだだな~、ダルフェ! …………ふふふっ、健闘を祈ってるよ婿殿」
「え? ちょっ……セレスティスッ!?」
舅殿に、一方的に通信を終了されてしまった俺は。
「やべぇって……不器用すぎて刀を使えないって意味か? それとも……いや、まさか……母さんだってああ言ってたし…………う~ん、そりゃねぇよな?」
舅殿との会話中に噛み切ってしまった唇を、俺は舌で舐めた。
「……」
舅殿のことだ。
何も言わなかったが、この傷の治癒速度を観察、確認していたはずだ。
この身体の劣化が、俺の思っていたより早く進行しちまってるのがばれちまったな……。
「だから、真剣は止めとけなんて言ったのか?」
指先でも触れ。
再度、傷の治癒を確認してから。
「よし、完全に治ってるな」
俺は、電鏡の間を後にした。
※※※※※※
その夜。
夕食後、カイユはジリを特訓すると言って、木刀片手に中庭へと移動し。
室内には、俺と姫さんと旦那が……。
姫さんの好きそうな香りのバスオイル(赤の竜族で製造している商品で、人間の女に人気があり良く売れている)を「これ、使ってみてください」と、旦那に渡した直後にそれは始まった。
「りこ。では、今夜の風呂にはこれをいれっ……」
「ハクちゃんと一緒には、今夜は入りません! ううん、しばらくは入らないから!」
姫さんが、何かを決意したような顔でそう答えると。
旦那の手からバスオイルの小瓶が床へ落ちて、転がった。
……あ、割れてない。
うん、さすが原価が高いだけあって丈夫な瓶だ……。
なんてどうでも良いことを考えつつ、俺は瞬時に二人から距離をとった。
旦那に、八つ当たりでボコられるのを回避するために……。
「りこ!? な、何故だ!? 何故そのような意地悪を言うのだ!?」
よほどショックだったのか、旦那はその場にがくりと倒れ込んだ。
相変わらず、すげぇな姫さんは。
こんなくだらねぇことで、いとも簡単に世界最強の竜<ヴェルヴァイド>に膝をつかせるなんてな。
「だって……昨日、お風呂で貴方があんなっ……あんな事をしたからでしょう!?」
真っ赤な顔の姫さんに、旦那は四つん這いでにじり寄り。
「た、確かに我は無理強いをしたっ……りこの"駄目”も"待って”もきかず、あれもこれもそれも致した! だが、今夜はせぬ! 風呂ではせぬから、致したいが我慢するゆえ、共に風呂にっ……」
細い脚に向かって、両手を伸ばした。
「やっぱり無理強いをした自覚があったのね!? 今朝はすっとぼけてたくせに!」
「致し方ないではないか! 我は蜜月期の雄竜なのだぞ!?」
「だからって、お風呂であんなっ……とにかく、今夜は私一人で入ります!」
「りこ、すまなかった! 我が悪かったのだっ……りこ、りこ、ごめんなさいなのだ!」
旦那は自分の腹ほどしかない小柄な嫁の脚に、生まれたての子鹿のようにぷるぷる震えながらすがり……いつでも退室できるように、扉を背に立っている俺へと顔を向けた。
「おい、ダルフェ! 突っ立っておらんで、何とかせぬか!」
そんなこと、俺に言われても……無理強いしたあんたが悪いんだし。
「……じゃ、旦那。俺は忙しいんでこれで失礼します。姫さん、あとよろしく」
旦那を無視し、俺は姫さんに声をかけて、ドアノブを回した。
「え? あ、おやすみさない、ダルフェ……きゃあ、脚を舐めないで! もう、ハクちゃんったらぜんぜん反省してないじゃないの!」
「あまりに美味そうだったので、ついっ……ごめんなさいなのだ!」
聞こえてくる会話に、笑いを堪えながら。
俺は退室し、後ろ手に扉を閉め。
母さんに約束した菓子を作るために、厨房へと向かった。
「…………あれもこれもそれも致したって、言ってたよな? いったい、旦那はなにをしちまったんだ!?」
舅殿。
貴方の仰る通りでした。
俺が思っていた以上に、あのおっさんはやばかったみたいです。