第37話
2017/05/04に一部修正しました。
「……さて。婿殿、本題に入ろうか? 現状報告を頼むよ」
王子様に戻った舅殿に、そう言われた俺がまず口にしたのは。
やはり、導師の件だった。
「はい、団長閣下。では、導師の……」
「……ごめん、ちょっといいかな?」
「はい?」
「団長閣下って、なに? もしかして嫌み?」
にっこりと微笑みながら。
王子様は、仰った……はぁ? 嫌み?
俺、あんたに嫌みを言えるような度胸、ありませんけど?
……ったく、こんなことでまた脱線しちまったら、いつ本題に入れるんだよ!?
俺、この後の予定も詰まってんですけど!
う~ん、仕方ない。
仕込み時間調整のために、夕飯は一品少なくするか……あ、でもハニーの好きな鶏のコンフィは外せねぇ!
「違いますよ。舅殿は青の竜騎士団の団長閣下なんだから、そうお呼びすべきかなと……」
「なら、僕も赤の竜騎士団の団長閣下って呼ぼうか? 君が着てるの、赤の竜騎士の制服だしね」
「これは両親へのサービスで着てるだけであって、コスプレみたいなもんです」
青の竜騎士の飾り気のないシンプルな制服は、俺的にはかなり好感度が高く気に入っていた。
でも、着慣れたこれはやっぱり着心地が良くて……両親へのサービスなんて言いつつも、半分は着たいから着てるって感じだな。
「サービスねぇ~。青の竜騎士の制服と比べると派手なデザインだけど、君にはとても似合ってるよ。まるで君のために作られたみたいだ」
……舅殿、お恥ずかしながらその通りです。
「実は、これ……うちの陛下が、竜騎士団の制服を自分でデザインしたものに変えちまったんです。俺が団長になった時に……」
先々代赤の竜帝時代からの制服のデザインが母さん的には地味で、ずっと気に入らなかったらしく、息子の団長就任に合わせて変えちまったんだよな~。
制服を変えることが決まったとき、俺達赤の竜騎士は戦々恐々だった。
母さんがデザインすると知って、誰もがあの露出魔のセンスを押し付けられることに恐怖した……布面積の少ない服の変質者団体になるのだけは勘弁して欲しかったからな。
数週間後に配給された新しい制服は少々は派手でも、露出狂の変質者みてぇな制服にされなくて良かったってことで、皆でほっとした。
「へぇ~、そうなんだ。愛されてるね、君…………僕は親とは疎遠だから、羨ましいよ」
「……」
舅殿の言葉に、俺は引っかかりを感じた。
"親とは疎遠だから”……疎遠だったからじゃなく?
「……舅殿の御両親は、亡くなってるんですよね?」
祖父母は"いない”って、カイユがそう言ってたよな……うん。
「嫌だな、勝手に殺さないでくれる? 帝都でぴんぴんしてるよ? ちなみに父さんは内装職人で、僕の髪をカットしてくれてるガルデウッドの店の内装をしたのは、父さんなんだ。母さんは専業主婦だよ。昔、僕がさせてしまった怪我の後遺症で、右腕がちょっとだけ不自由だけどね…」
「御両親、生きてるんですかっ!?」
どういうことだよ!?
「蜜月期明けの、俺とカイユの結婚祝いの宴席にいませんでしたよ!?」
「そりゃそうだよ。陛下に両親の中から僕の記憶を摘んでもらったから、孫の存在を知らないんだ。来やしないさ」
「……記憶を、摘んでもらった?」
「僕は彼等の中では、"なかったことに”なってるんだ」
「……なかったことに? まさかっ……」
記憶を摘む。
つまり、青の竜帝の『能力』は記憶の消去だ。
四竜帝はそれぞれ、公にされてない特殊な能力がある。
「なぜ、僕が今このタイミングで君にこの話をしたと思う?」
電鏡の向こうで、鏡面に触れるほど近づいた舅殿は。
「……舅殿?」
黒いブーツのつま先で、鏡面をコツンと軽く蹴った。
「僕ね、君を殺したかった」
再度、今度はもう少し強く蹴り。
「<監視者>殿の手抜き転移のせいで生ゴミみたいになった君を、カイユのために殺したかった」
笑みを深め、言った。
「……知ってます、そのことは前にも……生かしておいてくれて、感謝しています」
<色持ち>の俺と、カイユをつがわせたくなくて。
俺の沈められていた溶液槽に、この人は深夜に何度も来て……先代陛下に下賜されたという刀に、手をかけていた。
「僕は父親として、カイユのために殺したかったのに。君を想うカイユのために、殺せなかった……」
今、この人には腕が無い。
腰の刀を持ち、ふるう腕が無い。
「もし、君が逝った後」
でも、それがなんだというんだ?
腕がなくとも、その刃はこんなにも容易く俺の喉笛へと添えられているじゃないか!
「カイユが、これ以上壊れるようなら」
この人の刃は。
凶悪なまでに研がれ。
「僕は、陛下を使うよ?」
「…………陛下を使う?」
俺を、斬る。
その、愛に満ちた。
無慈悲な刃で。
「あの子はなんだかんだ言っても、最終的には僕に逆らえない」
嘘つきで。
知られてはいけないこの想いから、目を背けた卑怯な俺を。
「"ランズゲルグ”として、あの子は僕のことを父親のよう慕ってくれているし」
あんなにも愛しく、幼い我が子から。
母親を奪い、どこまでも連れて逝きたいと願う。
心の奥底に隠した、濁りきったこの醜い欲望を暴き。
「そして、<青の竜帝>としては僕に負い目がある」
この人は、斬る。
「簡単だよ? ちょっとばかり弱ったふりして、少し涙を浮かべてお願いすればいいだけだ。……僕の大事な大事な娘を助けてくれと、救ってくれと。あの子の頭の中から、逝ってしまった君の記憶を摘みとってくれと……無かったことにしてくれってね」
俺を、摘みとる?
カイユの、頭中から!?
「……俺に、消えろと?」
この野郎は、なに言ってんだ?
青の陛下を使って、カイユから俺の記憶を消すって言ってんのかよ!?
ふざけんなっ……ふざけんなっ!!
「カイユは、あの子は僕とミルミラの娘だ」
だから?
だから何だってんだよ!?
「僕は、父親としてあの子を守る。ミルミラの分まで、ね」
父親が何だってんだ!
俺は、カイユのつがいだぜ!?
カイユは、俺のだ!
アリーリアは、俺のものだっ!
俺のもの、だ!!
「もし君への愛が、僕の娘を壊すなら。僕は、僕の娘を守るために」
言うな、言うなっ!
これ以上、言うな!
言わないでくれっ!
「君を、無かったことにするよ?」
嫌、だ。
そんなの、嫌だ。
嫌だ!
カイユから、アリーリアの中から俺が消えるなんて!
忘れられちまうなんて、嫌だ!
思い出してもらえないなんて、嫌だ!
嫌だ!
嫌だ、そんなの嫌だよ、俺。
「……俺を、なかった、こ、と……」
俺が逝ったら、カイユは泣いてくれるだろう?
ーーあの空色の瞳が溶けてしまうほど、泣いて欲しい!
俺が逝ったら、カイユは悲しんでくれるだろう?
ーーあの柔らかな甘い唇が裂けるほど、泣き叫んで欲しい!
俺は死んでも君の中に残り、"生きる”……消えぬ悲しみと、共に。
でも、それは。
俺のエゴ、なのか?
「カイユが……アリーリアが、俺を」
俺は、カイユを。
カイユを、アリーリアを愛してる。
「俺を、わすれ……る?」
残して逝った後、俺を愛してくれたカイユを。
カイユに中で"生きる”俺が……俺が、壊しちまうとしたら?
俺は、俺のすべきことは、なんだ?
「……ッ」
おい、俺。
どうして、迷う?
なんで、躊躇う?
愛してるんだろう!?
誰より何より、カイユを愛してるんだろうがっ!!
なら。
ならっ!
この想いは。
俺の中に、この胸の奥底に沈め。
出しては、いけない。
ダルフェ、テオ。
お前は。
お前も、父親になったんだ!
だったら、分かるだろう!?
この人の気持ちがっ!
おい、俺!
お前だって、父親なんだ!
ジリギエのためにも。
「………………………カイ、ユッ……を」
耐えろ、耐えろっ!!
「……………………………その時はっ………………………よろしく、お、ねが、、い、しまっ……す」
カイユ、俺のアリーリア!
愛しているよ、君を一目見たときから。
君と、視線で交わったあの瞬間から、ずっと、ずっと愛してる。
誰より何より、君を愛してるっ……。
「……血、出てるよ? 唇、噛み切っちゃったね」
だから、だから!
俺は君を護るためなら、何だってできる!
できるはずなんだ!
それが、たとえ。
どんなに。
どんなに、辛いことだってっ……。
「…………あれ? 君、泣かないのかい?」
泣けるなら。
泣いていた。
この感情を、この目玉から流し出すことができたなら。
どんなに。
どんなにか、楽だっただろうっ……。
「…………すみません、舅殿っ……セレスティスッ」
ああ、今、俺は。
俺の、顔は。
笑ってる……嗤ってる。
「俺、あんたをこの手で殺したいって、初めて思いましたっ……」
ああ、カイユ。
俺のアリーリア。
「いつでも殺りにおいで? 婿殿」
君の父親は。
とても、怖い。
怖くて、怖くて。
なんて、強い愛に満ちているんだろう?
「婿殿。僕、今の君には負けないよ?」
俺も、この人のように。
強く、なりたい。
残酷なまでに、揺るぎない。
一切を、斬り捨てられるほどの強い、強い愛を。
「ダルフェ。僕は……俺は、今のてめぇにゃ負けねぇぜ?」
君の、ために。
「だって俺は、カイユの父親だからな」
この胸で、咆哮を上げ暴れ狂う殺意で。
殺すべきは、屠るべきは。
君を愛する、この俺だ。
「娘のためなら四竜帝だろうが<監視者>だろうが、利用できるモノは全部利用し尽くしてやるぜ?」
あぁ、カイユ……アリーリア。
君の父親は、ぶっ殺したくなるほど格好良い。
*<青の竜帝>の記憶消去能力*
『四竜帝の大陸』青の大陸編第84話⇒ダルドからミルミラと自分に関する記憶をランズゲルグが消していたことをセレスティスが知ります。ハクはりこに二人にしか聞こえないタイプの念話で、その特殊能力をあっさり教えています。
=なかなか便利な能力だぞ? こっそりおいたをしても、被害者の記憶を消せば、片っ端から目撃者を殺さずともばれぬしな。
=……ハクちゃん。後でお話があります。
=りこ!? ご、ごめんなさいなのだ!
外伝『君が僕のティアラ』第13話⇒先代青の竜帝のセリアールが、ミルミラとつがうので繁殖実験をやめさせて欲しいと言ったセレスティスからミルミラの記憶を消去しようとし(死期間近だったためか、意図してのものかは不明)失敗。
「お前の頭から、ミルミラを消してやろう。いや、全てを空っぽにしてやろうではないか。そうすればそのように苦しむことも無くなる。すべて忘れれば……楽になれる」
「ミルミラを……消す?」
「じょう……だ……うそだ……ろ?」
「安心するがいい。これでもう、お前は苦しまない……そのような顔をしなくてすむのだ」
「やめてくれ! それだけは……記憶をっ、俺の中のミルミラを奪わないでくれよ! 何でもするからっ……わかった、俺はあいつを諦める! あいつには……もう会わないから! もう二度と、誰も好きになったりしねぇからっ! だから……だからっ!!」