第33話
旦那が“うっかりミス”なんてしないように、武闘会までには俺がなんとかすることにして。
「…………で、契約術士の面談ってのはどうだったんだよ?」
俺は、この件も気になっていた。
「予想外の好印象だったわ。彼を採用したいと思っているの。私の可愛い竜騎士達のためにも、ね……」
「ふ~ん、当たりだったんだな」
契約術士がいないと、対術士用結界がはれないから必然的に赤の竜騎士達の負担が増す。
特に"表の仕事”の時には、契約術士がいたほうが便利だしな。
ずっと契約術士がいねぇのは、母さんに許可をとらずにあの馬鹿術士をポイ捨てした俺のせいなわけで…… あの頃は青の大陸に移ることになるなんて考えもしなかったからな~。
新しい契約術士が見つかるまで俺が三倍働きゃいいだけだなんて、お気軽に思っていた……結果、突然、団長だった俺はいなくなるし、契約術士もいないなんて事態になって、竜騎士団の奴等に迷惑かけちまった。
「でもよ、彼ってことはそいつは男だろ? 俺的には、男はあんま薦められねぇんだけどなぁ~」
前の契約術士が父さんに悪意あるちょっかいを出すようになったのは、母さんが原因だ。
人型の赤の竜帝は息子の俺から見たって、そんじょそこらにはいない極上の良い女だからな。
あいつは軽蔑して見下していた"大蜥蜴の親玉”なんぞに惹かれた自分を認めたくなくて、どんどん歪んでいっちまったんだろう……。
「なり手がいないんだから、仕方ないでしょう? ふふっ、美しすぎるって罪よね」
「はぁ? 自意識過剰なんじゃね? それ、絶世の美女顔の青の陛下前でも言えるのかよ?」
「<青>と比べないでよ! ……はい、これが彼の履歴書よ」
差し出されたそれを受け取り、書かれている文字を眼で追った。
「ん~……ロワール・ムシェ、二十六歳。へぇ~、若いな……出身地は旧アンマルクト国……ここって、王位継承争いで揉めてる最中に隣国に攻め込まれて属領になったんだっけ? ……両親他界後、十歳で術士協会幼年教育部に保護され、以後、術士として学び……十八歳でドラーデヒュンデベルグの皇宮術士第三位として勤務。二十四歳で退職し、術士協会幼年教育部准教授に就任。……二十六で准教授!? 正規術士の中でもエリート様じゃねぇかっ!」
なんでこんなまともな経歴の術士が、わざわざうちの契約術士に立候補してくれたんだ?
他に金払いも待遇も良い就職先が、いっぱいあるだろうに……うさんくせぇな~。
「星持ちの術士だというのに高飛車なところもなく、竜族に偏見も悪意もない静かで温和な青年だったわ。彼ならうちの竜騎士達といがみ合うことなく、仕事ができるんじゃないかしら……あとは実技試験次第ね」
実技試験次第、か。
「その術士の“お試し”は、俺がしていい?」
「駄目」
「即効却下かよ!?」
「契約術士の“お試し”、は赤の竜騎士団の現団長であるクルシェーミカの仕事だもの」
「あいつはカイユにやられたところが、まだ完治してねぇだろ? 喉踏み潰されて声が出ねぇし、指もねぇから刀もろくに握れねぇだろう!?」
普通の竜騎士は、<色持ち>の俺みたいな再生能力速度は保持していない。
しかも、クルシェーミカ……ミカは竜騎士団の団長としての仕事を優先して、溶液に漬かる時間を全くとっていない。
だから、ミカの指が全部完全に生えそろうのにはまだまだ時間がかかる。、
マーレジャルは手加減が苦手なカイユがわざわざ……親切に、くっつけやすいような位置で綺麗に切断してくれた。
そのおかげで溶液に入らなくても、切断された腕を補助具で固定するだけで済んだ。
でも、元通り動かせるまでは半月はかかるだろう。
再生能力、か……今の俺には、青の大陸に渡る前のような再生能力はない。
それどころか、認めたくはねぇけど日に日に…………カイユや母さん達の前では、治癒に時間のかかるような怪我はしねぇようにしねぇと。
「完治してなくても、術士の"お試し”くらいできるわ」
「俺がいるんだから、俺を使え。俺が働くから、ミカは休ませてやってくれよ」
俺が青の大陸に行っちまって、一番の貧乏くじを引かされちまったのはあいつだ。
副団長だった、クルシェーミカだ。
ミカは人望があって実力もあるが……竜騎士じゃなかったら花屋になりたかったって、昔、俺に話してくれた……あいつも竜騎士だから笑って人を殺すが、人殺しより花を愛でるほうがミカは好きなんだ。
「あいつだって好きで竜騎士に生まれて、なりたくて団長やってるわけじゃねぇんだからよっ……他になれる奴がいないから、仕方なくやってくれてるんだ……」
俺が抜けた後の赤の竜騎士の在籍数は、見習い扱いの幼竜達を含めて二十一……青の竜騎士団よりずっと多いが、赤の竜騎士団にはずば抜けて強い個体ってのがいない。
俺の抜けた赤の竜騎士団で一番強い個体である現団長のクルシェーミカすら、考えていた以上に簡単にカイユにやられちまった。
まぁ、俺のカイユは確かに強い……青の竜騎士ってのは個体数は少ないが、赤の竜騎士と比べると一個体の持つ能力が高い。
その青の竜騎士団の団長として父親より年上の、あの一癖二癖もあるもおっさん竜騎士達……プロンシェンやニングブックを顎でこき使えてたのは、怖ぇ父親がバックで睨みをきかせてからじゃない。
カイユ自身が、彼奴等より『上』だったからだ。
「……ダルフェ。貴方は闘うのに声が要るの? 刀を握るのに指が必要?」
「指なんか要らねぇよ、俺は」
闘うのに要るのは、この命。
竜騎士が闘うのは本能、だ。
「指が無いなら手の肉を裂いて、針金かなんかで骨に刀を固定すりゃいいだけだ」
「ね? ミカだって同じよ。何の問題ないでしょう?」
「……ったく、あんだろうが! 相手を殺すためだけに闘うのなら、それでいい。でもな、殺しじゃなく技量をみるのが目的だろう? そんなんじゃ、どうしたって計測精度が落ちる」
ミカは竜騎士には珍しいくらいの慎重派だから、殺さないように手加減し過ぎることになるだろう。
結果、その術士の限界ラインを見極めることは難しくなる。
「契約術士の"お試し”は、赤の竜騎士団の団長の役目だって決めたのはダルフェ、貴方でしょう?」
俺が団長になる前は、"お試し”をしてなかったからだろーが!
「……じゃあ、黄の大陸に移動するまで団長に短期復職する」
「また、そんな勝手なことを……ヴェルヴァイドに青の大陸へ転移させられた貴方が、つがいを見つけたから赤の大陸には帰らないって宣言して、副団長だったクルシェーミカが団長になって……周囲に貴方と比較され続けて、あの子も大変なのよ?」
そんなのいちいち言われなくても、俺だって分かってる。
「…………<色持ち>の俺と普通の竜騎士のミカを比べることが間違ってるし、無意味なんだよ。もともとのスペックが違うんだ。これは努力でなんとかなるほど、甘いもんじゃねぇ」
そう。
どうにもならない。
<色持ち>の俺がどんなに望んでも、他の竜族のように長くは生きられないように……。
「あの子もそれを理解しているし、昔からが貴方に心酔しているから比べられて光栄ですなんて言って、暢気に笑っていられるのよ? それがあの子の良いところだけれど、もうちょっとこう覇気が欲しいのよね……」
「ミカは向上心はあっても野心とか誰かを妬むとか、そういうのねぇからな。……母さん。今回を最後にするから、俺に任せてくれないか?」
元はといえば、俺の短慮が招いたことだ。
次の契約術士を見つけてから始末すべきだったのに、あの馬鹿の言動にイラッとしてポイ捨てしちまった俺が悪い。
「ダルフェ……"お試し”で絶対に殺さないって、約束できる?」
「あぁ、できる」
「術士協会に所属している正規の術士を殺したら、今度こそ術士協会に弾劾にかけられるわよ?」
俺は『仕事』で術士を殺し過ぎて警告をくらってたし、出頭要請があっても無視してたからなぁ~。
だが、術士協会としては正直言えば俺がごみ掃除してくれたって内心じゃ喜んでいたはずだ。
罰則があろうが、実際には術士協会では違法術士に対処しきれす、危ない奴等が野放し状態だからな。
「殺さねぇから、大丈夫。それに、弾劾はねぇよ。俺は青の大陸にいることになってるんだ。術士協会の連中だって、いもしない奴に何も言ってこねぇよ……ふぁにふんふぁよ!?」
母さんは赤い爪に飾られた指で、向かいのソファーに座っていた俺の両頬を摘まみ、引っ張って言った。
「お馬鹿さん。貴方、竜体で飛んで帰って来たのを忘れたの? トリィさんの見つかった乾燥地帯から城までだってあの誰より派手で目立つ竜体で飛んだのだから、目撃情報多数で術士協会ばればれよ!?」
あ、やべっ。
そうでしたね、うん。
って、いうことは。
俺が戻って来てるの、あいつ等にもとっくにばれてるよなぁ~。
密売組織の親玉達が共同出資して、五十年位前から俺の首に賞金賭け続けてっから……あー、面倒くせぇことにならねぇといいけど……賞金稼ぎにとって、俺の首はお宝だからな。
「ダルフェ……」
頬をつねっていた指先が、いったん離れて。
今度は両頬を包み込むかのようにして、優しく俺に触れた。
「……母さん?」
「彼の……ロワール・ムシェの志望動機は、高額の報酬や雇用条件だけじゃないのよ?」
「え?」
つまり、何か交換条件が……取引を持ちかけられたってことか?
「ある竜族を探して欲しいそうなの」
「竜族を?」
竜族を探してるなら、一族全員を把握している赤の竜帝に訊くのが確実で手っ取り早いが……。
「怨恨か?」
そうだとしたら、教えるべきじゃない。
どんな理由があろうとも、一族の者を人間に差し出すことはできない。
罰することが必要なときは、赤の竜帝が罰するのだから……。
「いいえ。恩人なんですって、その竜族は」
恩人?
「彼はその雄竜に一言お礼を言いたくて、二十年間ずっと探しているの」
「へぇ~、ずいぶんと律儀な……で、その恩人って?」
いや、律儀を通り越して執念っつーか……。
「名乗らなかったから、名前は不明。彼もまだ幼かったから、顔をはっきりとは覚えていないのですって」
「名前も顔も分からねぇのか……髪と眼の色が分かれば、ある程度絞り込めるんじゃないか? ……おい。いい加減、頬から手ぇ離せよ!」
俺の顔から手を離さないまま、母さんは紅玉のような眼で。
「……」
「……さっきから何なんだよ!?」
「…………」
俺の顔を、じーっと見つめた。
「…………彼が覚えているのは、腰まである赤茶の髪と緑の瞳の雄竜であるということなの」
そう言って、俺の顔から手を離し。
ソファーから立ち上がり、執務机へと足を向けた。
「腰まである赤茶の髪に、緑の瞳の雄? ……ん~? 二十年前か……そんな奴、赤の竜族にいたっけ?」
考えてみたが、俺の脳には誰も浮かんでこなかった。
俺の脳にあるのは青の大陸に住み始める以前の情報だが、二十年前ならこの情報で足りるはずなのに。
「心当たり、ねぇな~……竜族じゃなくて、長身の武人かなんかだったんじゃねぇの? ……母さん?」
執務机の引き出しから取り出したそれを、母さんは俺の手をとり握らせた。
「はい、どうぞ♡」
「鏡? 何で今ここで鏡……俺の顔に、何かついてたとか?」
俺は手鏡に自分の顔を映し、見た。
……別に、何もついていない。
いつも通りの男前な俺の顔が、そこにはあった。
いつもと同じ、変わらない。
赤い髪と緑の目玉の………………ん?
「………………………………もしかして」
当時、父さんのリクエストで俺は髪が長かった。
この髪は目立つから、身を偽って仕事する時は染めて……くすんで目立たない赤茶にしていた。
「その雄竜って、俺かよっ!?」
「ダルフェ、貴方のおかげで優秀な契約術士を雇えそうだわ。うふふ、ありがとう」
「ちょっと待てって! 俺は、人間の餓鬼を助けたことなんてなっ…………あ?」
旧アンマルクト国。
二十年前。
王位継承争い。
隣国に攻め込まれて属領に……。
「…………」
俺は。
竜族の雌を人型に固定して玩具にしてやがった、アンマルクト国在住の術士を狩りに行った。
そいつは警戒心が強く、かなり用心深かった。
雌の居場所を知るために傭兵を生業とする流れの武人を装い、俺はそいつに近づいた……。
「……………………あの時の?」
「心当たり、あった? 当時の貴方が、子供でも人間を助けたなんて意外だったわ」
違う。
違う、母さん。
「…………助けたんじゃねぇ」
俺は。
「見捨てたんだ、よ」