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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
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赤の大陸編SS~ダッ君の悲劇~

 導師の襲撃から二日後の夕方。 

 俺は、城の食堂の厨房にいた。

 年中無休二十四時間営業の青の陛下の城の食堂とは違って、ここは昼飯だけを提供していて、規模も青の城と比べるとずっと小さい。

 この城の勤務者数はあそこの半分以下だし、赤の竜族は青の竜族みてぇに馬鹿真面目でも勤勉でもねぇから、日が沈み始めるとそれぞれの判断で仕事を切り上げて家路につく。

 ……赤の竜族は他の竜族よりも、良く言えば社交的で人懐っこく、明るく、遊び好きで、生きていることを楽しもうって意識が強い……それがプラスになることもあるし、マイナスになることもある。


「おい、エキザリ。オーブン使うから、点火しといてくれ。保冷庫も借りるから、温度下げといてくれよ」


 明日のティータイム用に焼き菓子四種とタルト二種、それとババロアを俺は仕込んでいた。


「了解っす、団長! 団長、恐ろしく手際いいすねぇ~。実は青の大陸に、菓子の修行に行ってたんじゃないんですか!?」 


 こいつは、若手調理員のエキザリ。

 俺が旦那に転移で青の大陸に飛ばされる数年前に、城の調理員になった雄竜だ。 

 営業後の後片付けを終え、帰宅する調理員達と入れ違いに厨房で作業を始めた俺に、手伝わせて欲しいと言って居残った若い雄竜なんだが……こいつの軽さは、赤の竜族の中でもトップクラスといって良いほど軽いんだよな~。


「俺はもう団長じゃねぇって、何度言わせるんだよ……」 


 髪は全て剃られたスキンヘッドで、眉は糸のように細く整えられている。

 両耳には、これでもかというほどの数のピアス。

 ……う~ん、これが今時の若者ってやつかねぇ。


「え~、いいじゃないっすか~。俺にとっては永遠の団長閣下様なんすから~! あ~も~、こうして一緒に厨房に立てるなんて、胸がキュンキュンするっす! 乙女になった気分っすよ~!」

「誰が乙女だ。気持ち悪い言い方するんじゃねぇよ! おい、これじゃないバターあるか? 普通のバターじゃなくて、発酵バターを使いたいんだ」

「発酵バター? なんすか、それ? 腐りかけのバターってことっすか?」


 はぁ?

 腐りかけのバター!?


「……無いなら、いい。お前、大丈夫なのか? ちゃんと料理の勉強してるのかよ?」

「え~、まぁ、ぼちぼちって感じっすかね~。俺、調理員じゃなくて、本当は団長みたいな格好いい竜騎士になりたかったんす! ダメ元で受けた適正検査もやっぱダメで……でも、城で働きたかったんで欠員が出た調理員に応募したんすよ~」

「…………成竜おとなのくせに幼生がきに混じって、適性検査受けたのかよ!? チャレンジャーだな」


 こいつが竜騎士に生まれてなくて、良かった。

 俺の部下だったら……無理、俺には無理だ。

 赤の竜騎士団の頭だったあの頃の俺だったら、イラッとついでにサクッと手足を斬っちまうって!


「……竜騎士なんて、好き好んでなるもんじゃねよ。いくら高い給料もらったって、割に合わねぇし。竜騎士に生まれてなかったら、俺だってやってなかったぜ? ……おい、このタルト型より一回り小さいのあるか? うちの姫さんは俺等竜族と違って、小食なんだよ」


 カットして出す時の大きさがでか過ぎると、姫さんは種類を食べられなくなっちまうからな。


「型? 多分あります。え~っと……これ、使って下さい。……姫さんって、ヴェルヴァイド様の奥方様っすか?」

「ああ、そうだ。小柄な子で、なんつーか小動物みてぇで可愛いんだ……う~ん、ちょっとでかい気もすっけど、まぁ、いいか……」


 差し出された型を受け取り、大きさと深さをチェックしていると。


「へぇ~、可愛いんだ。俺、ヴェルヴァイド様にも会ったことないっす。お二人に会ってみたいな~。異界人の奥方様か……異界人って、あっち・・・のほうはどうなんすかね~、こっちの人間の女より良かったりすんですかね~」



「…………………………………………はぁ?」



「こっちの人間の女と同じか、気になりません?」


 何言ってんだ、このエロ餓鬼が!


「ならねぇよっ!!」


 俺はエキザリの腹に一発……殺しちまわないように、軽く入れた。


「い、痛ぇええええ!!」


 あ~、こんなんで床にぶっ倒れるんだもんな~。

 やっぱり、普通の竜族は扱いにくい。


「……エキザリ。俺だから、こんなんで済んだんだぞ?」

「だ、団長~、でも、俺だけじゃなく、ベイズ達だって興味あるって言って……」

「ベイズ? 金物屋の放蕩息子か……てめぇはまだ、あいつ等と付き合いあったのかよ!?」


 これが、赤の竜族の雄の悪いところなんだよな~。

 無駄に好奇心旺盛だから、つがいに出会うまでは人間の女と関係を持つ奴も多い……ったく、こいつみたいに遊びの延長みてぇな感覚でやっちまう若い雄竜がいるから、いろいろトラブルになんだよ!


「てめぇとつるんでる他の阿呆共にも、言っとけ! 姫さんのことをそういう眼・・・・・でみたら、旦那にブチ殺される前に俺のハニーにイチモツ踏み潰されるってなっ! あの子は、俺とカイユにとって娘も同然なんだ!」


 俺のその言葉を聞いたエキザリの顔が、一気に青くなり。

 剃り上げた頭を、勢いよく床に頭を押し付けた。


「……あ……む、娘さんっ……お、俺、あの、す、すす、すみません! 団長の本当の娘さん、生まれた直後に亡くなったんですよね!? だから、つがいのカイユさんが奥方様を娘さんみたいに大事にしてるって噂、聞いてたのに……俺、ついっ……すみませんでした!」

「…………」


 俺の娘が、生まれてすぐに死んだ?

 そういうことになってんのか……だから城内であった誰も、双子じゃないことに触れなかったのか。

 ……ったく。母さん、俺にも教えといてくれよ。


「……分かったならいい。ほら、立って手を洗ってこい。手を洗ったら、ナッツを軽くローストしておいてくれ」

「は、はい! 団長!」

「だから、団長はやめろって……おい! なんでナッツを洗ってるんだよ!? ……あのな、怒らないから分からないなら分からないって、正直に言え!」

「はい、団長!」

「てめぇは鳥頭か!?」

「いえ、禿げ頭っすけど?」

「剃ってるんじゃねぇのかよ!?」

「天然物っす!」


 その後。

 そんなくだらないやりとりを延々と繰り返し。

 全部の菓子が出来上がった時には、俺は肉体的にではなく精神的に疲れきっていた。


 翌日。


「陛下、新人調理員の研修制度を早急に改善すべきです!」


 朝一番に母さんに意見書を提出したのは、当然のことだと思う。


「……昨日、何かあったの?」

「エキザリの馬鹿が、ちょっと目を離したすきに俺の渾身のババロアをオーブンにぶち込みやがったんだよ! カイユのリクエストだったのにぃいいいい!!」


 ババロアを楽しみにしていたカイユに、丸一日無視された俺は。

 胃に、穴が開いた。





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