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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
185/212

第30話

 ダルフェさんのお父さん、エルゲリストさんのお店は郊外の小さなレストランと昔から駅前にある定食屋さんが合わさったような雰囲気の、どこか懐かしくてあたたかみのある素敵なお店だった。

 エルゲリストさんが作ったという木製のテーブルには、フォークとナイフではなく箸置きとお箸……。

 家で使っていた物によく似ていて、懐かしさが込み上げた。

 もう二度と会えない家族を思い出した私の心に満ちたのは、いつものように悲しく苦しい感情ではなくて……自然と顔が綻ぶような、柔らかなものだった。

 それはきっと、このお店に……空間に満ちているあたたかな雰囲気と、ダルフェさんとエルゲリストさん親子の微笑ましい様子のおかげだと思う。




 エルゲリストさんのご好意で貸し切りだったひよこ亭でのランチタイムは、賑やかで和やかで楽しかった。

 四日前にあんな恐ろしい事があったなんて思えないくらい……。 

 あの事件後、赤の竜帝さんは当然ながらずっと忙しく、ゆっっくりお話しをする機会が無かった。

 お仕事で今日もご一緒できなかったのは残念だったけれど、ダルフェさんの里帰りを兼ねてゆっくりと滞在することになったから、機会はまたあるはず……。

 食事が終わると、ダルフェさん達は片付けのために席を立ち厨房へ移動した。

 私もエルゲリストさんにお手伝いを申し出たんだけれど、笑顔で即効却下されてしまい、こうしてハクちゃんと皆様の作業終了を待つことになった。

 ここの厨房は竜族サイズなので、私の身長では洗い物をお手伝いしたくてもシンクの高さに無理があり、食器を片付けようにも戸棚に手が届かないからおとなしく待っていなさいと、ダルフェさんはウィンクしながらそう言った……私に気を遣わせないように、言ってくれたんだと思う。

 オープンキッチンになっているので、私の席からはジリ君を肩車しながら食器を洗うダルフェさんと、食器を棚にしまうカイユさんと……器用に両手で菜箸を操って重箱にお料理をつめている、エルゲリストさんの姿が見えた。

朱色に金で模様が描かれた煌びやかな四段の重箱は、赤の竜帝さん専用のお弁当箱で……さっきのお箸もそうだけれど日本のものによく似ている。

 青の竜帝さんがくれた(ハクちゃんが壊してしまったけれど)ルービックキューブ、そして第二皇女様が持っていた携帯電話。

 私の世界の物品って、想像以上にこちらの世界に術式で流入しているのかもしれない。 

 珍しいから高額で取引されるって、青の竜帝さんも言っていたし……。

 私のいた世界の物が元になって、この世界で似た製品が作られているケースも少なからずあるみたいで……さすがに携帯電話は作れないだろうけれど。

 電気製品は無いけれど、便利で快適な暮らしができているこの世界……汽車や車とかは発明された当時のものなら、こっちの世界でも作れちゃうんじゃないかしら?

 もしかして、すでにあるの?


「ねぇ、ハクちゃん。車や汽車みたいな乗り物って、この世界にも色々あるの?」

「車? 馬車のことか? そこいらに中にあるぞ? 汽車は、そこいらには無い。黒の大陸にはあるのだ。石炭と固形術式燃料で動くらしいが、詳しいことは我は知らぬ。……乗りたいのか?」


 やっぱりあるんだ!


「あ、うん、ちょっと興味あるっていうか……空を飛ぶ乗り物は無いのよね?」

「無い。今は・・

 え?

「今は?」

「……記されぬほどの過去に、制空権を得たのは竜族だ。ゆえに今は・・空は竜族のものなのだ」 

「記されぬほどの過去?」

「りこ。文明というものは、全てが繋がっているわけではない。分断も寸断も……消失もあるのだ」


 文明の。

 分断、寸断……消失。

 ハクちゃん、貴方はいったいどれだけの永い時間を生きてきたの?

 その永い永い間、ずっと……ずっと、独りだったの?


「……ハクちゃん、寂しかった?」

「いや、全く。"寂しい”を知らなかったのだから寂しく思うことなどないし、できなかった」


 ハクちゃんは身を屈め、真珠色の睫毛が私に触れそうになるほど黄金の瞳を寄せ。


「りこ……寂しさを知ってしまった我を独りにするなど、二度としてくれるな。次は耐えられぬ」


 額を、私の額と合わせて眼を閉じた。


「うん、ハクちゃん……」

「………………りこよ、黄の帝都は水路が多く、装飾を施した小舟が街中を行き来しておるのだ。りこは乗り物には興味があるようなので、黄の帝都で乗ろう。興味が無く我も乗ったことがないが、りことなら乗ってみたいのだ」


 どうやらハクちゃんは、私が乗り物好きだと勘違いしてしまったみたいだった。

 でも、訂正するほどのことでもないし……小舟が街中を行き来してるなんて、黄の帝都ってヴェネチアみたいな感じなのかしら?


「街中の水路を小舟で? 素敵ね!」


 黄の大陸……赤の大陸での滞在期間を最大限延長して、黄の大陸では数日だけにする方向で日程を再調整することになったと、食事中にカイユさんが教えてくれた。

 ダルフェさんも嬉しそうだったけれど、それ以上にエルゲリストさんが嬉しそうだった。

 黄の大陸での滞在期間が短いと聞き、私は内心すごくほっとした。 

 だって、私は黄の竜帝さんに良く思われてない……多分、嫌われいてるから。


「……不釣り合い、だものね」


 漏れ出てしまった言葉を、耳聡い旦那様は聞き逃してはくれなかった。


「何が不釣り合い、なのだ?」


 首を傾げて訊く貴方。

 何でも答えたくなっちゃうような、私の好きな可愛い仕種。


「え? あ、あのっ」


 でも、言えません!

 さすがにハクちゃんには、言えない。

 ハクちゃんと不釣り合いな私だから、黄の竜帝さんに嫌われてる気がするなんてとても言えないです!


「あ、えっと……うん、ダ、ダンス? ほら、私とハクちゃんの身長が釣り合ってなから、花祭りのダンスの練習の時にちょっと大変だったことを思い出してたの! 舞踏会のことを聞いたからっ」

「なるほど。だが、我とりこは踊れるようになった。つまり、我とりこは不釣り合いではないということだ」


 真珠色の爪に飾られた指先で、私の鼻の頭をすりすりしながらハクちゃんは言った。


「ハクちゃん……うん、そうよね! ありがとう! ……えっと、何で鼻を触っているの?」

「りこのここは、感触が良いのだ。なんというか……”可愛い”感触なのだ」

「え?」

「何時間でも触っていたくなるような愛らしい感触で、いつもりこが眠っている時に触らせてもらっていたのだ。……我のりこは、どこもかしこも可愛らしい」


 撫でていた鼻先から指を離すと、ハクちゃんは撫でていたそこにキスをしてくれた。


「え? 寝ている時にしてたの!? き、気がつかなかった……」


 ハクちゃんって、この魔王様系な外見からは想像できないけれどキス魔よね……。

 そういえば、キスって場所によって意味があるって学生時代に聞いたことがあったけれど……鼻へのキスって、何を表してたかしら? 

 う~ん、思い出せなっ……。


「姫さん、お待たせ! さて、腹ごなしも兼ねて街を散策しようぜ!」


 鼻へのキスの意味を思い出す前に、片付けを終えて身支度を調えたダルフェさん達が厨房から戻ってきた。エプロンを外したダルフェさんは、赤の竜騎士の制服に黒い太刀……鞘も柄も漆黒で、鍔だけが煌びやかで……ハクちゃんが教えてくれたけれど、金銀象嵌というらしく……。


「ダルフェ、お片付けありがとうございました……ジリ君、寝ちゃったんですか?」


 落ち着いた色の青の竜騎士姿も格好良かったけれど、派手な赤の竜騎士姿も見惚れるほど格好良いダルフェさんの腕の中で、安心しきったお顔でジリ君がぐっすり眠っていた。


「うん、ジリは腹がいっぱいになったから寝ちまった。まぁ、いつも昼寝している時間だからな」

「ダルフェ、私がジリギエを抱いていくわ」


 侍女服から青の竜騎士の制服に着替えたカイユさんが、白い手袋をしながらダルフェさんにそう声を掛けると。


「カイユちゃん、ジリ君は僕が預かるよ。ふふっ、ダッ君のをとっておいて良かった♪」


 ニコニコ顔のエルゲリストさんが現れた。

 手に持っているのは、ひよこさん柄の……あれって、もしかしておんぶひも!?


「ですが、義理父様おとうさまもお忙しいでしょうし……」

「ううん、暇なんだよ。今日はこのお重を陛下に届けたら、することが無いんだ。明日はひよこ亭の定休日だから仕込みもないしね。それに、僕がジリ君と過ごしたんだ……少しでも長く、ね。我が儘言ってゴメンね、カイユちゃん」

義理父様おとうさま……」

「カイユ。ジリは父さんに任せよう? 父さん、ジリを頼むよ」

「任せて、ダッ君! 僕のほうがダッ君よりパパ歴が長い先輩なんだから! ジリ君、じいじがおんぶしてあげるからね~」


 エルゲリストさんはダルフェさんから深く眠ってしまったジリ君を受け取ると、手慣れた様子でおんぶひもを使って彼をおぶった。


「……すげぇな、俺に使ったのをとっておいたなんて……なんつーか、ちょっと感動しちまった」


 孫をおんぶして嬉しそうに微笑むエルゲリストさんを、ダルフェさんが緑の眼を細めながら感慨深げに見つめた。


「僕のダッ君コレクション、まだいっぱいあるよ! ダッ君がお気に入りだったひよこ柄のおパンツもとってあるんだから!」


 ウィンクをして、エルゲリストさんが得意気に応えた。

 ひよこ柄のおパンツですか!?


「げっ!? それは捨ててくれよっ!」


 瞬時に顔を引きつらせたダルフェさんに追い打ちを掛けるように、エルゲリストさんがさらに言った。


「ダッ君がお婿に行くまでず~っと一緒に寝てた"くまたん”のぬいぐるみも、もちろんとってあるよ! あ、使うなら返すけど?」


 "くまたん”っ!?

 ダルフェさん、お婿に行くまで"くまたん”と寝てたの!?


「使わねぇよっ! 父さん、変な言い方すんなよ! 餓鬼の時に父さんが旅行先で買ってくれたから、大事にしてただけだろうが! ったく、勘弁してくれよ~」


 あ。

 ダルフェさんったら、赤くなってる!

 ……ふふ、ダルフェさんのウィンクって、お父さん譲りなかしら? 



   ※※※※※※※


 

 寝入ってしまったジリ君をエルゲリストさんにお任せし、私達はひよこ亭から街へと繰り出したわけですが……。

 ヨーロッパの古い町並みを思わせる青の大陸のものとは違って、赤の帝都は西洋と中東の入り混じったようなエキゾチックな雰囲気だった。 

 ダルフェさんのお勧めの散策スポットということで、道の左右に露店が並ぶ大通りを歩いていたんだけど……。


「…………」

「ん? 姫さん、どうかした?」

「え!? い、いえ、ど、どど、どうもしませんっ! でも、あのっ」


 ごめんなさい、ダルフェさん!

 どうもしませんなんて、嘘です!

 まるでモーゼが海を渡る光景を彷彿とさせるといいますか、通りの中央から人々が退くので必然的に私達四人が道の中央をドドーンと歩いちゃってますよね!?


「街の皆さんが、そのっ……み、道を空けてくださってるような感じがして! 気のせいかもしれないんですが!」


 この世界に来てからにずっとハクちゃん達と暮らしていた私なので、慣れてしまっていたというか、失念していたというか……この御三方の美麗&ド迫力のヴィジュアルを!

 私達は、ううん、正確には私以外のこの御三方が、平和な街の情景から浮きまくっていた。


「ん? それ、気のせいじゃねぇから。まぁ、気にしない、気にしない!」


 やっぱり、モーゼ状態じゃないですか~! 

 うん、そうですよね!

 赤の騎士服姿のダルフェさん、青の竜騎士姿のカイユさん……このお二人だけでも圧巻なのに。


「りこ? 急に立ち止まって……どうしたのだ? 歩き疲れたなら、抱っこしてやるぞ?」

「だ、大丈夫!」


 私の横に居るハクちゃんの存在が、異彩と威圧感の半端ない美形揃いのド派手な面子にとどめを刺していた。

 乾燥地帯に居た私を迎えに来てくれた時に着ていた服を、今日の彼は着ていた。

 鮮やかな緋色で、背中から前身頃にかけて金で模様が……こんなド派手系魔王様な衣装で、街歩きすることになるなんて……。

 魔王様度が増し増しになるけれど、衣装は彼にとても似合っていたし、好感度ゼロだろうがめちゃくちゃ格好良かった。

 格好良かったから……私はハクちゃんに「あの時の服、格好良かったからまた着てみせてね!」なんて昨日の夜に言ってしまったわけでして……まさか翌日のランチ会にさっそく着ていくとは、思わなかったんです!

 二人でゆっくりのんびり過ごす時にでも、コスプレ感覚で超絶美麗魔王様な旦那様を鑑賞できればそれで良かったんだけど……すみません、私が悪かったんです。


「トリィ様。赤の竜族が道を空けたのは、ヴェルヴァイド様が蜜月期の雄竜であると理解しているからですわ。お気になさらず」

「カイユ……」


 蜜月期の雄竜は、つがいに異性が近寄るのを許さない。

 本来なら二人っきりで過ごす蜜月期なのに、ハクちゃんが人間の私に合わせて我慢してくれているから、こうしてお出かけもできている……でも、近づきすぎたらさすがに危ない。

 だから竜族の皆さんは距離をとってくれてると、カイユさんはそう言ってくれてたわけだけど……青の竜族の皆さんの数倍以上、赤の竜族の皆さんは離れてるんですが……。

 遠巻きに私達を見ている赤の竜族の人達の表情は、怖がっているとか警戒しているといったものではないことは私にも分かった。

 <監視者>であるハクちゃんへの恐怖心は、そこにはない。

 彼等からは感じるのは、興味や親しみ……そして、戸惑い?

 話しかけたいけれど、そうして良いかどうか判断しかねて困ってるような……。


「姫さん。旦那の拠点はこの数百年、黄の大陸と青の大陸だったから赤の竜族の中には"ヴェルヴァイド様初体験”って奴も多い。旦那に慣れてる青の竜族と違って、距離を測りかねてるんだ。……旦那、もうちょっと近づいても大丈夫ですよね?」


 先頭にいたダルフェさんが振り返り、ハクちゃんに訊いた。

 ダルフェさん、いつもより大きい声だった……もしかして、赤の竜族の皆さんに聞こえるように?


「……大丈夫、だ。りこが手を繋いでくれるならば、だが」

「つ、繋ぎますともっ!」


 私は急いでハクちゃんの手を握った。

 その途端。


「ヴェルヴァイド様、ご結婚おめでとうございます!」

「赤の帝都へようこそ、ヴェルヴァイド様!」

「奥方様! ようこそ赤の帝都へ!」

「団長、お帰りなさい!」

「貴女がカイユさん!? まぁまぁ、なんて綺麗な竜騎士なのかしら!」

「青の陛下をふって、団長を選んでくれた青の竜騎士団の団長さんでしょう!?」

「お子さんは今日はお留守番なの!?」

「奥方様、異界人ってこっちの人間と変わらないんですね!?」

「団長がつがいに出会えて良かった!」

「わぁ~! 奥方様の眼、綺麗! ヴェルヴァイド様と同じなんですね!」

「陛下とエルゲリストさん、ダルフェ団長がずっと独り身だって心配してたものね!」

「いや~、本当に美しい奥さんだね! 青の竜騎士団の団長をつがいにするなんて、さすが団長!」


 私達の周りを囲むように竜族の皆さんが押し寄せ、いっせいにお祝いや歓迎の言葉を……数十人が一気に話しかけてきたので、私は思わずハクちゃんの腕にしがみついた。

 ハクちゃんと私へのものだけじゃなく、ダルフェさんやカイユさんへの言葉も混じって入り乱れ、あっという間に収集がつかない状態に陥ってしまった。

 赤の竜族って青の竜族と比べて個々が積極的っていうか、フレンドリーで明るい国民性(族性?)なのかしら!?


「はいは~い、静粛に! 姫さんが……トリィ様がびっくりしちまっただろう?」


 ダルフェさんが手をぱんぱんと打ってそう言うと、赤の竜族の皆さんはぴたっと口を閉じた。

 そして、申し訳なさそうな無数の眼が私に向けられて……うう、いたたまれない!


「……あ、あの、皆さん。初めまして、私っ……トリィと申しっ」


 ここはきちんとご挨拶をしなければと、ハクちゃんの腕を離そうとしたら。


「りこ」


 私の手に、ハクの大きな手が重なり。

 それを、止めた。


「ハクちゃん?」

「……」 


 ハクちゃんの顔を見上げたら、彼は私を見下ろしていた黄金の眼を細め。


「きゃっ!?」


 私を抱き上げ、腕の中に隠すようにして。


「あまり見るな、減る」


 と、言った。

 ……ハクちゃん、前にも言いましたが私は減りませんからね!?

 でも、ここには「はぁ!? 何言ってんだ、このクソジジイ! 減らねぇよ!」って、ビシッと突っ込みをいれてくれる青の竜帝さんはいない。

 女神様、貴方の突っ込みが懐かしいです!


「と、いうわけだから!」


 苦笑したダルフェさんが、ハクちゃんの言動に戸惑っている竜族の皆さんへと声を掛けた。


「はい、皆、もう散って散って~! 後日、城でお披露目兼ねて舞踏会と武闘会があるからさ! 今日の俺達はお忍び扱いで頼むな! あ、それから俺はもう団長じゃないし、今後も団長には戻らない。団長はクルシェーミカだ。間違えるなよ?」


 そうだ、ダルフェさんって赤の竜騎士の元団長さんだった。

 結婚前は赤の竜騎士団の団長だったって、ハクちゃんから聞いて…………あれ?

 ダルフェさん、お忍びって仰いましたよね!?

 私達、いえ、私以外の御三人様はぜんぜん忍んでなかったですけれど?

 ……と、小心者の私は心の中で私が突っ込みをいれてしまったけれど。

 赤の竜族の皆さんはダルフェさんの"忍んでないのにお忍びなんです宣言”に快く頷いてくださり、すすーっと引いてくれた。


「皆さんに気を遣わせてしまって、申し訳ないでっ……」


 言葉が喉に詰まったのは。

 気付いたから……私達に向けられた竜族の皆さんの親しみと歓迎に満ちた視線の中に、それとは違う感情を色濃くした……あの人達って、竜族じゃなくて人間よね?

 青の帝都の街にいた一目で富裕層とわかる人達とは違って、華美とは言い難い実用的な服装……商人?

 帝都に観光しにきたんじゃなくて、お仕事で来ている人達かしら?


「……ねぇ、カイユ。普通の人間の人達は、ハクちゃんのこの姿を知らないのよね? <監視者>と分からなくても、やっぱり彼が怖いの?」


 異性だけでなく同性も見惚れるほどハクちゃんは綺麗だけれど、基本的には無表情だし整いすぎてるから良い印象を持つのは難しいだろうとは思う。

 直視はできない系の冷たく怖いお顔だけど……でも、あんなに怯えた眼で見るなんて……。


「トリィ様……この街に居る人間達のあの視線は、ヴェルヴァイド様に向けられたものではありませんわ。彼等が怖れたのは、ダルフェと私……竜騎士という存在だと思います。そうででょう? ダルフェ」


 カイユさんは少し困ったような顔で私を見てから、ダルフェさんにそう言った。


「ん? まぁ、そうだろうねぇ~。俺達の格好見りゃ竜騎士だってのは、一目瞭然だからな」


 ダルフェさんの緑の瞳が、ちらりとそちらを流し見ると。

 五人ほどでこちらを見ていた商人風の人達の顔が、みるみるうちに青くなり……顔を伏せ、背を向けて小走りで去って行った。

 なんてあからさまなっ……彼等に何もしていないダルフェさんに対して、あの態度はないんじゃないかしら!?


「……ッ」

「りこ?」

「あ、ごめんなさいハクちゃんっ」


 思わずぎゅっとハクちゃんの髪を掴んでしまったことを謝ると。


「ダルフェ、かまわんぞ?」

「いいんですか?」


 私との会話の繋がりがまったく見当たらない、その唐突なその言葉に。

 意図も意味も分からなかった私は、二人の顔を交互に見てしまった。


「ハクちゃん? ダルフェ?」

「ん~、まぁ、いっかな? カイユは知ってることだし、姫さんに知られても今更どうこうってわけでもねぇしな~…………」


 ダルフェさんは白い手袋をした右手を顎に添え、数秒間眼を閉じて……ゆっくりと開けた眼を、青い空に向け。


「姫さん。青の大陸の人間達の何倍も、この大陸の人間は竜騎士を怖がっている。竜騎士が必要以上に怖がられちまうようになったのは、俺のせいなんだ」


 視線を、空からハクに抱かれている私へと戻した。


「ダルフェのせい?」


 赤の大陸で竜騎士が必要以上に怖がられるようになったのが、ダルフェさんのせい? 


「そ、俺のせい。俺は<色持ち>で強かったからさ、こ~んなチビな幼竜の時から竜騎士をやってたんだ」


 ダルフェさんは手で示したのは、彼の腰以下で……そんなに小さな頃から、竜騎士のお仕事をしていたの?


「俺はね、舅殿やカイユみたいにまとも・・・な団長じゃなかったんだよ」

「ダ、ダルフェ……」


 私、聞いてしまって良いんだろうか?

 ハクちゃん、どうして貴方は「かまわんぞ?」なんて言ったの?


「あのな、姫さん。俺の仕事・・は、"人殺し”なんてまとも・・・なもんじゃなかった」


 人殺しが……まとも?

 聞き返すこともできず見つめた、ダルフェさんの顔にあるのは。

 

「ただの"殺戮”、だったんだよ」


 いつもと変わらない。

 笑顔、だった。


「さつ、りく?」


 殺戮。

 その言葉の意味は。

 惨たらしく、多くの人を殺すことーー。

 残酷で凄惨な言葉を口にしたダルフェさんは。


「そう、殺戮。または虐殺?」


 笑顔、だった。








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