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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
184/212

第29話

 赤の帝都は、数千年前に隆起した巨大な岩頸に作られた要塞のような都だ。

 全ての方位が切り立った崖となっており、『下』にある関所で定められた手続きをとらねば人間はこの都へは入ることが出来ない。

 竜族だけでなく人間も自由に出入り可能な青の帝都とは違い、何故このような場所を帝都と定めたのか。

 理由は、翼を持たぬ害敵にんげんより身を守るためだった。

 千年程前、<赤の竜帝>ヴェリトエヴァアルは人間の娘をつがいにした。

 その結果、喪失を怖れるあまりその娘を喰らい、狂い……蛇竜に堕ち、多くの人間を殺して大地を焼いた。

それまでは四大陸の中で最も人間とうまく共存していた赤の竜族だが、ヴェリトエヴァアルが大陸全土にもたらした災厄により、以降はその関係は一変した。

 怖れ、憎しみ、嫌悪、侮蔑……ありとあらゆる負の感情が、赤の竜族に向けられるようになった。

 赤の竜族は危険な獣として迫害され、追い立てられ……狩られ、殺された。

 個体数が激減した赤の竜族が辿り着いたのが、世界に類を見ない巨大なこの岩頸だったのだ。

 人間共が容易には攻め込めぬこの地に、赤の竜族は城を築き街を造った。

 長命な竜族とは違い、短命種である人間達の記憶は口伝や書物での記録となり、千年の時を経てやがて伝説やお伽噺といった曖昧なものへと変化した。

 もちろん、自然にそうなったのではない。

 ヴェリトエヴァアル以後の<赤の竜帝>達は、ヴェリトエヴァアルが<赤の竜帝>であったという事実を永き時間をかけて人間達から遠ざけ、薄め……密かに書物を書き換え、口伝を歪め広めのだ。

 それにより<赤の竜帝>ヴァリトエヴァアルは人間達にとっては無かった・・・・ことになり、炎獄より放たれた赤い魔獣の伝説や鮮血の悪魔などの胡散臭い存在へとすり替えることに成功した。

 だが、人々の血によって受け継がれた赤の竜族への嫌悪や怖れを取り除くことはできなかった……。


 ……ヴェリトエヴァアル。

 蛇竜となったお前の首を。

 我が落とした、あの瞬間。

 念話を通して我の脳に届いた最後の言葉は。

 お前が愛し、喰らった。

 人間の娘の名だった。

 最後の一息まで、お前の愛はあの娘のものだった。

 ヴェリトエヴァアル。

 我が蛇竜となったら、お前は嗤うのだろか?

 それとも……。


「……」

「…………ハクちゃん?」


 上空をゆるりと流れる雲を眼で追った我を、りこが黄金の瞳で見上げていた。

 青の大陸と違い気温の高いこの土地に合わせた涼しげな衣装の裾が、りこの動きに合わせてふわりと揺れた。りこは我と繋いだ手を軽く引き寄せ、言った。


「空がどうかしたの?」

「……あの雲の形が、知己に似ておったのだ」


 ヴェリトエヴァアルの蛇竜形態に、似ていた。

 蛇竜になると胴が細まり、異様に長くなって……竜というより、翼を持つ蛇のようになる。


「そう。……その人、もう亡くなっているのね?」


 我は言っておらぬのに。

 りこは、そう言い当てた。


「何故、分かった?」

「なんとなく……かしら」

「そうか。なんとなく、か……」


 我は、りこと共に赤の城を"お散歩”中だった。

 青の城とは建築様式が異なる赤の城に、りこは興味津々のようだった。

 導師イマームとやらの愚行から四日が経ち、蜂の巣を突いたように騒がしかった城内も平時に近い状態になっていた。

 そのため、本日よりやっとりこの好きな"お散歩”が解禁となったのだ。

 我は、りこを城の中央庭園へと誘った。

 象牙色のタイルが敷かれた中央庭園は、そこを囲うように浅い池が造れている。

 池にはりこが好むであろう小さな赤い魚が、多数泳いでいた。

 これを見たらりこが喜ぶと、我は考えのだ。

 池には城の西にある花苑より摘まれた花が多数浮かべられおり、それを見たりこは綺麗だと感嘆し、我の思っていた通り、赤い魚が可愛らしいと喜んだ。

 当初、我はりこと手を繋ぎ、並んで池を見ていたが。

 水面を漂う花々の間から、そこに映った空を見て……あの雲に気が付き、天へと視線を上げたのだった。


「もしかして、昔の竜帝さん?」

「……」


 りこは時々、鋭いのだ。

 普段はおっとりして、少々鈍くすらあるというのに……そこがまた愛らしく、我は"きゅんきゅん”(ダルフェに習った表現なのだ)してしまうのだが。

 うむ、鋭いりこも悪くないのだ。


「ああ、そうなのだ」


 ふと、思った。

 聞いたら、りこはどう反応するか。


「我が処分ころした、赤の竜帝だ」

「……そう」


 りこは。

 眼を細め。


「その竜帝さん、ハクちゃんのことが今も大好きだから、雲になって会いに来てくれたんじゃないかしら?」


 そう言って、柔らかな笑みを浮かべ。

 繋いだ手に、力を込めてくれた。

 いつ殺したか、何故殺したかを問うことは無かった。


「………………そろそろ時間だ。ダルフェ達との待ち合わせの場所に向かうとしよう」


 りこ、貴女は。

 どうして、貴女は。

 とても弱く脆いのに。

 どうしてこんなにも、我に力を与えてくれるのだろう?


「はい、ハクちゃん。転移、よろしくお願いします」


 転移先は、街にあるダルフェの父親の店……ひよこ亭、だった。


「……お任せ下さい、なのだ」


 りこ。

 我は、ヴェリトエヴァアルと同じように人間のつがいを得たが。

 あれのような最後を、迎えたいとは思わない。

 我はもう、死を羨むことはない。

 貴女によって、変わった我は。

 こう思えるように、なったのだ。

 生きたい、と。

 思えるように、なれたのだ。

 我という存在が、この世界と共に消え失せるその時まで。

 貴女と、生きたいのだ。


 貴女と、生きたい。



   ※※※※※※※※※※※※※



「いらっしゃいませ! ヴェルヴァイド様、トリィさん!」

「え!? あ、はい、お、お招きありがとうございます」

「……また、これ・・か」    


 転移した我とりこの眼の前には。

 見覚えのある、黄色い物体がいた。 

 ダルフェの父親が黄色いひよこを模した扮装をし、立っていた。


「本日、ひよこ亭は貸し切りです! 楽しく美味しい時間お過ごしください!」

「……はい、ありがとうございます」


 りこはこの四日間のうちに、この雄竜とは二度会っていた。

 そのさいはまともなレカサを着用していたため、初めて見た奇抜な衣装に戸惑いを感じているようだった。


「エ、エルゲリストさんですよね!?」

「うん! これはね、陛下が作ってくれた僕の宝物なんだよ! トリィさんに自慢しようと思って着ちゃった!」

「そ、そうなんですか……」


 ブランジェーヌは手先が器用だからな。

 りこに受けるようなら、我にも作るように言おうと思っていたが……なんとも微妙な反応なので、我は要らぬ。ひよこの衣装より、ベルトジェンガより贈られた夜着のほうがよほど反応が良いのだ。


「申し訳ありません、義理父様。トリィ様をお席にご案内していただいてもよろしいでしょうか?」

「父さん! さっさと奥で着替えてこいよ。ったく、その格好じゃ厨房に入れないでしょうが!」

「じいじ、おきがえして! ねぇね、おっさん、いらっしゃいませね!」


 ひよこ姿の舅の後ろにいたカイユは、セイフォンで着用していた侍女服を着て木製の丸盆を手にしていた。そのカイユに後ろから覆い被さるように両腕を回したダルフェの肩には、人型をとるようになった幼生が……これは、肩車という状態だろうか?


「うん、カイユちゃん。ちょっと待って、ダッ君! トリィさん、ヴェルヴァイド様、こちらへどうぞ!」


 ダルフェの父親は小走りで店内中央へと我とりこを導いた。

 長方形の木製のテーブルに背もたれのない椅子……丸太を加工したものか?

 素朴な作りのそれらを見たりこの眼が、輝いた。


「わぁ、素敵! すごく可愛いテーブルセットですね!」

「ありがとう! ダッ君……すぐ着替えてくるから、睨まないでよ~。トリィさん、すぐに美味しいご飯を作るから待っててね!」

「はい、ありがとうございます。ハクちゃんも座ってね」


 椅子に腰を下ろしたりこは、立って周囲を眺めていた我の袖を引いて隣に座るように促した。


「うむ、分かったのだ」


 腰を下ろした我に、りこが言った。


「素敵なお店ね! 温かみのある内装で、すごく居心地が良い……」

「そうか、気に入ったのなら良い」


 ダルフェの父親の店は、決して広いとは言えず……客は十数人しか入れぬだろう。

 華美さは全くないが掃除が行き届き清潔で、奥にある厨房がよく見えた。

 漆喰の壁も天井も、店内の内装も……この店は、ダルフェが幼竜の頃より変わっていない。

 人間が産まれ、老い死ぬよりも長い時間を経ても変わっていない。

 幼竜のダルフェが楽しげに店を手伝っていた記憶が、我の脳に浮かび……成竜となった、今のダルフェと重なった。


「この店、父さんが自分で建てて、内装はもちろんテーブルも椅子も全部作ったんだ。料理も評判で、安くて美味いって、帝都じゃ人気の店なんだぜ? いつも飯時は満席なんだ」

「とても素敵なお店ですね! あ! このお箸……私が家で使っていたのと、よく似ています」


 硬い木の実を加工した箸置きに、上部に装飾を施された朱の漆塗りの箸……それを手にしたりこが、懐かしげに眼を細めた。

 似ていて当然だ。

 この塗り箸の元になったのは、二百年ほど前にある術士が異界から落としたモノなのだから。

 それまでは、冷たい金属の箸と飾り気のない木製の箸しかなかったが、この二百年で赤の大陸では多くの国で普及し、使われている。

 この世界から、りこの故郷を思い出させる品を全て排除することなどできない。

 これから先も、こうして眼にすることがあるのかもしれなっ………ん?

 そういえば、確か……ブランジェーヌが…………。


「喜ぶ、か?」

「ハクちゃん?」

「……いや、何でも無いのだ」


 以前、我に自慢げに見せた"それ”を。

 まだ、ブランジェーヌは所持しておるだろうか?


「トリィ様、失礼致します。あ、お手伝いは不要ですわ。この大皿料理は重いですから」


 湯気の立つ料理の盛られた大皿を持ったカイユの姿に気付いたりこが、席を立とうと腰を浮かす前にそう言って。


「は、はい」

「座っていてください、すぐ終わりますから」


 カイユは手際よく、給仕を始め。

 厨房から次々と大皿に盛られた料理を運び、並べた。

 小皿や小鉢が、頭数の数倍も用意された。

 これはつまり、好きなモノを好きなだけ皿にとり、食えということか……。 


「さあ、カイユもジリも座って! 父さん、母さんは仕事で遅れるって電鏡で連絡きたから、先に食おうぜ!」

「え? そうなの? うん、じゃあ、先にいただこう。待ってるほうが怒る人だからね、僕の愛しい陛下ひとは」


 つがいの性格を熟知しておるのだろう、ダルフェの父親も前掛けを外し席へとついた。

 ダルフェは鋳物の大鍋をテーブルの上に置き、陶器の椀にそれをよそった。


「はい、どうぞ。トリィ様」


 カイユが受け取り、りこの前へと置いた。


「わぁ、根菜たっぷりの美味しそうなシチューですね! これ、何のお肉なんですか?」

「羊だそうです。実は、私は羊肉のシチューは初めてなんです。青の竜族は羊肉は焼いたり炒めたり……元々羊肉自体、あまり食べないので……」


 カイユが苦笑しながら、言った。

 青の大陸では牛や豚、鳥が好まれる。

 だが、赤の大陸では人間も竜族も羊と山羊を好んで食う。

 赤の大陸では牛豚の肉より羊や山羊の肉の流通量が多いのだと、ダルフェが幼い頃に言っていた……。


「ひつじ? めぇめぇさん? ジリ、おいしかな?」


 カイユの隣に座っている幼生が(形態的にはもう人型なので幼生ではないが、小生意気なこやつなど幼生でいいのだ!)、父親譲りの緑の眼で興味深げに料理を覗きんだ。


「うん、ジリ。おいしだぜ! 姫さん、カイユ、ジリ。今日は父さんと俺が作った赤の竜族の伝統的な料理を、思う存分堪能してくれ!」


 片眼をつぶってそう言いうと、ダルフェは喜々として料理の説明を始めた。


「これは子羊のロースト。スパイスが効いてて美味いぜ! この骨の部分を持って、齧り付いて食うんだ。このシチューは羊の首肉と野菜を香草と塩胡椒で煮込んだもので、赤の大陸での"おふくろの味”的なもんなんだ。まぁ、俺にとっては父ちゃんの味だけどね」


 ブランジェーヌは裁縫はするが、料理はせんのだな。

 知らなかったが、まぁ、そのようなことは我にとってはどうでも良いのだ。


「こっちはミンチにした羊肉を団子にして、串に刺して焼いてある。このトマトと香草で作ったソースをたっぷりつけて食うと美味いんだ」


 今、重要なことは。

 りこにあ~んをすることだ。

 さて、どれから食わせ……ん?

 箸をりこが持っておるので、我があ~んをする箸が無いではないか!

 懐かしさもあってか常より嬉しそうに箸を手にしているりこに、その箸を我に譲ってくれぬかとも言い難いのだ……。


「これは羊肉の辛味噌炒め。薄く焼いたパンに、好きな生野菜と一緒に挟んで食べるんだ。市場では露天で買って、食べ歩きする定番だな! で、こっちは……」

「ダッ君、ストップ! とりあえず、食べてもらおうよ! トリィ様、カイユちゃん、ジリ君。たくさん食べてくださいね!」


 ひよこ姿ではなく料理人らしい服を着たダルフェの父親は、ダルフェの隣の丸椅子へと腰を下ろし。

 我の前に、箸を置いた。


「はい、ヴェルヴァイド様。このお箸をお使いください。ダッ君から、給餌行為のこと、聞いてますから」

「…………ありがとうございます、なのだ」

「え?」


 りこの教育の賜物で、我はきちんと箸の礼を口にできた。

 ダルフェの父親は、一瞬、眼を見開き……破顔した。


「ふふ、どういたしまして! 良いお嫁さんをもらったんですね、ヴェルヴァイド様」

「正確には、りこは良いお嫁さんではなく、世界一の良いお嫁さんだぞ?」

「ちょっと、ハクちゃっ……むぐっ!?」


 りこの開いた口に、我が寄せたのは羊肉ではなく。


「ハクちゃん、な、なんで今ここでするのよ!?」

「したかったからだが?」


 我の、唇だった。

 食前酒代わりになったのか、りこの顔は真っ赤に染まった。





 りこは早々にもうこれ以上は食えぬと宣言し、山のような料理は大食漢な竜族達の胃に全て収められた。

 空になった大皿をカイユが下げ、代わりに氷の浮いたグラスに入った黒い液体と揚げ菓子が置かれた。


「冷たい珈琲は、青の帝都じゃ飲んだことなかったろう? 赤の帝都は気温が高いから、珈琲は熱いのだけじゃなく、冷たいのも人気があるんっ……ちょっと、父さん。いい加減、離れろって!」

「嫌だよ! パパ、ダッ君が帰って来てくれてもう嬉しくて嬉しくて、どうにかなっちゃいそうなんだ~! ダッ君、ダッ君! ダッ君、ダッく~ん!」


 さきほどからずっと、ダルフェの父親は隣の息子に抱きついていた。

 それをカイユもりこも、微笑ましげに見つめ。

 幼生は甘い氷菓子に夢中で、父と祖父の雄同士のむさ苦しい抱擁は完全に無視していた。


「父さん……ったく、しょうがねぇな~」 


 ダルフェが父親の髪を撫でると、撫でられた父親は感極まったように涙を浮かべながら言った。


「ダッ君は僕の自慢の息子なんだよ! 格好良くて、強くて、頭も良くてっ……すごく優しい子なんだ! 竜騎士団の団長になった時は、パパはもう心配で心配で……でもそれ以上に、ダッ君が誇らしかったよ!」

「父さん……」


 その言葉に、髪を撫でていたダルフェの手が止まった時だった。


「遅くなってごめんなさいっ!」


 竜体の<赤>が、開け放した窓から店内に飛び込んできた。


「陛下!?」

「母さん!?」


 <赤>よ、竜体で来るなとあれほど言ったのに何故に竜体なのだ!?

 鱗好き竜体好きのりこの眼が、お前に釘付けではないか!


「……ブランジェーヌッ」

「睨まないでよ、ヴェル。人型で城から走るより、竜体で高速移動したほうが早いんだから仕方が無いでしょう? そんなことより、聞いてちょうだい! 素敵なお知らせがあるの!」

「その前に。はい、どうぞ。陛下」

「ありがとう、エルゲリスト。ちょうど喉が渇いてたのよ」 


 つがいの雄竜の差し出した葡萄酒の満ちた杯を一気に飲み干し、<赤>は言った。


「今日の会議で正式決定になったわ! 祝賀パーティーをするわよ!」

「は? 今してる真っ最中じゃねぇの?」


 息子の言葉に、つがいの頭頂部に腰掛けた<赤>は。


「何言ってるのよ、これは単なる昼食会でしょ? お祝いなんだからもっと派手に、大規模にやるわよ!」


 尾でつがいの後頭部を強打しながら続けた。

 叩かれてるほうはとても満足げで……つがいに虐げられて悦にいるとは、やはり親子なのだ。


「ダルフェがこうして帰って来てくれたし、ジリギが生まれたし、カイユさんに直接会えたし、ヴェルがつがいに出会えたし、トリィさんが無事に見つかったし、祝うことがこんなにいっぱいあるでしょう!? 城を開放して無礼講の大パーティーよ! 今世紀最大級の舞踏会を開催するわっ!」

「またそんな金のかかることを~、ま、いいけどね」


 舞踏会?

 我は踊れるのだ。

 花祭りの時に、りこと練習したからな!

 ブランジェーヌよ。

 お前は知らぬやもしれんが、我は踊れるようになったのだ!


「やっぱり舞踏会の前にまずは武闘会よね! うふふ♪ 楽しみだわ~!」


 ん?

 舞踏会の前に武闘会?


「賞金は決定として、賞品は何にしようかしら? そうねぇ、私のあげられるモノなら何でも……何が良いか迷うわね~」


 賞品?

 あげられるモノなら何でも……今、そう言ったな?


「ハクちゃん、武闘会って……」


 <赤>一家のやりとりをカイユと同様に黙って見ていたりこが、我に訊いたので。


「殺し合いの見世物なのだ」


 そう、答えた。


「えっ!? こ、殺し合い!?」

「そうだ。昔からある権力者の娯楽で、どちらかが死ぬまで闘うのだ。剣闘士といってそれを生業にしておるものもおって、人間だけでなく獅子や鬼獣等と……」

「ちょっと待って下さい、旦那! 間違ってますから、それ!」


 りこに説明しておると、ダルフェが割り込んできた。


「竜族はそんな野蛮なことはしません! 普通の試合です、模擬戦です!」

「そうなのか?」

「そうなんです! 模擬戦ってよりも、ちょっとした遊戯っつーか。体の4カ所に花を飾って、それを先に全部落とされた方の負け。得物は統一規格の模造刀だし、赤の竜族の武闘会では流血は御法度なんです」


 ダルフェの言葉に<赤>が捕捉を加え、カイユを誘った。


「もちろん竜騎士はハンデ有りよ? 実力によって、花の数と模造刀の重量を増やすの。カイユさんも出てみる?」

「いいえ、見学させていただこうと思います。私は手加減が苦手ですから」


 カイユは即答で断った。

 手加減、か。

 カイユならば模造刀でも、立派な凶器になるからな。


「そう、残念ね。ダルフェは出るでしょう? 貴方が出れば皆が盛り上がるもの! 前みたいにハンデを最高値まであげて、ちょっと巧く演出して、観衆に受けるような派手な試合をしてくれないかしら?」

「所詮、いわゆるやらせだろ? ん~、どうすっかな~……勝ち方のさじ加減が難しいっつーか、面倒なんだよな~」


 ダルフェがグラスに入っていた氷をかみ砕きながら、のらりくらりと答えていると。


「おばあ! ジリ、でたい、です!」

「ジリ!? 駄目、お前にはまだ早いって!」


 息子が挙手したので慌てて止めに入ったが、主催者である<赤>は参加を認めた。


「はい、ジリギエ選手を受け付けました! 良いじゃない、出させてやりなさい。お前だって小さい時から出てたじゃないの」

「でもっ、こいつは急に人型になって……まだ身体構造が安定してないんだぜ!?」

「とと~」


 父親の反対を封じる策を、小賢しい幼生は心得ていた。

 首を傾げ、大きな瞳で母親であるカイユを見上げ、言った。


「かか、いいでしょ? ジリ、ねぇねのりゅきしだもん。つよなりたいの!」

「そう、ジリギエはえらいわね。いいわ、試合の日まで母様が特訓してあげる」

「お、おい! カイユ!?」

「良かったわね、ジリギエ」

「あい、おばあ! ジリ、がんばるです!」

「だぁあああ~! もう、分かった! うん、とりあえず俺も出る! 後悔させてやるからな、ジリギエ!父ちゃんの強さを思い知れってんだ!」

「ダッ君、ジリ君とは階級違うから当たらないでしょ?」

「まったく、大人げない人ね……ふふ、でも闘う貴方が見られるのは嬉しいわ」

「カイユさんとトリィさんには特等席を準備するわね! 舞踏会のドレスも任せてちょうだい! あ! ごめんなさい、もう戻らないと! 新規の契約術士の面談が急に入ったの! じゃあ、また城ね! エルゲリスト、私のランチは城に運んでおいてちょうだいね!」

「はい、陛下」


 そして、<赤>来たとき同様に窓から高速で飛び立った。 

 ………………<赤>、何故だ?

 何故、お前は。


「……りこよ。どうして我には<赤>は訊いてくれなかったのだ?」

「え? なにを?」

「我にも出るか出ないか訊いてくれぬのは、依怙贔屓でずるくないか?」


 舞踏会に出るかどうかも、武闘会に出るかどうかも。

 あやつは、我には訊かなかったぞ?


「依怙贔屓でずるい? だって、ハクちゃんはすごく強いんでしょう? 舞踏会はともかく、武闘会は出たらハクちゃんとあたる竜族の人がっ……」

「はぁ? まさか、あんたも出るつもりなんですかっ!?」


 りことのやりとりに気付いたダルフェが、呆れ顔で我の顔を見た。

 なんなのだ、その反応は。


「ハクちゃん……」


 りこ、なぜそのような困った顔をしておるのだ?

 まぁ、困り顔も可愛らしいので良しなのだ!


「そうだが。何か問題でも?」

「大有りです! あんたは出たら駄目に決まってるでしょうが!」

「何故なのだ?」


 我は武闘会に出て、<赤>に賞品として"あれ”を所望したいのだが?


「旦那、相手を殺さないようにできます?」

「我の相手となると、相手は赤の竜騎士かお前であろう? 手足を落としたとて即死はすまい」

「はい、駄目! 不可!」 

「……では、手足は落とさない」

「出血させたら負けって、さっき俺は言ったでしょうが!」

「面倒臭いな。殺さぬのだから、おまけしろ」


 おまけ。

 そう、おまけなのだ!

 殺す方が簡単なのに、頑張って殺さぬように努力するのだ。

 多少のおまけくらい許されるであろう!?


「………おまけの使用方法、間違ってますからっ!!」


 その後、紆余曲折(これも使用法を間違っておるか?)を経て。

 我の武闘会参加が正式に認められた。

 りこ、我は頑張るのだ!


 貴女のために。

 血潮を大地に撒くのではなく。

 花を、空に散らそう。


 






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