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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
181/212

番外編~Ma fille(3)~

『ぎゃーっ! 見ないで、変質者!』


 黒髪の異界人が。

 皇太子君を、殴った。


「ぶほっ!?」


 それを見た俺は、思わず吹き出してしまった。


「ぶぶっ……わははははっ! ハニー、今の見たか!? 皇太子君、異界人に殴られたぜ!?」


 腹を抱えて大笑いしながら、無様な姿に満足げに笑んでると確信して隣に立つカイユへと顔を向けると。


「……」


 そこにあったのは、眉を潜めたカイユの顔だった。


「……カイユ?」

「…………ダルフェ。あの子、泣いてるわ」

「え? あ、うん。泣いてるけど……それがどうかした?」


 床に座り込んでしまった異界人は皇太子を殴った右手が痛いのか、かばうようにして泣いていた。

 俺としては珍獣な異界人が泣いていようが笑っていようがどっちでもいいんだが、カイユは違うようだった。


「かわいそうに。あの子、他者を殴ったことがない殴り方だった。あれでは殴られた皇太子より、あの子のほうが痛いに決まってる……私だったら一発殴れば確実に殺せのに。代わりに殴ってあげたかった……」

「はぁ?」


 かわいそう?

 あの異界人が?

 人間嫌いのカイユが、かわいそうって言ったよな!?


「カ、カイユ? いったい、どうしたんだよ? 君らしくなっ…」

 

 想像していなかったその言葉に、カイユの顔を覗き込むと同時に。


「これは……どういう事だ! ミー・メイ!!」


 俺達の前では終始穏やかだった皇太子君が、自分のしでかしたミスに呆然をする王宮術士の少女に声を荒げた。

 

「ミー・メイ! お前は……異界から人間を連れてくるなどしてはいけないことだ! すぐにこの娘を返還しろ」


 人間より優れた聴力を持つ竜族の俺達には、皇太子君の言葉がハッキリと聞き取れた。

 皇太子君よ、お前さんは阿呆なのか?

 返還しろなんて言ってもそんなの無理だって。

 皇太子君の頭に中には、<監視者>によって王宮術士が<処分>される事を阻止したいって考えがあるんだろうが、無かったことにするなんて無理だ。

 こっちの世界から異界に何かを送る術式が存在するなんて、聞いたことねぇもんな~。

 あのねぇ、皇太子君。

 そんなこと言ったって、無理なモンは無理。

 もしもそんなことが可能だったら、<監視者>なんて存在いらねぇし!

 まぁ、あの人は別にやりたくてやってるわけじゃねぇから、お役御免になったってかまわないんだろうけどね。

  

「貴女は被害者だ。わが国の術士のせいで異界から連れてこられてしまった。言葉は通じてないようだが……。セイフォン・デイ・シーガズ・ダルド、心の底から謝罪する」


 皇太子君が頭を下げ。

 王宮術士が、土下座をした。

 それを見た異界人の顔は、さらに強ばったものになった。


「……黒髪に黒い瞳……<黒>の陛下の黒と違って、優しい黒ね……あの子の黒い髪には、真珠がいいかしら? それとも象牙の髪飾り……やっぱり花がいいかしら? 服は可愛らしい感じのモノにして……ねぇ、ダルフェはどう思う?」


 ふわりと柔らかな笑みを浮かべたカイユの言葉に。

 俺の顔も、異界人の娘のように強ばった。

 人間嫌いのカイユのこの言動……これは、異常なことだった。


「カイユッ……」


 微笑むカイユの銀の髪が月光を浴びて煌めき、その輝きは刃となって。

 俺の心を、容赦なく削いだ。


 君のことを、誰より何より愛しているのに。

 俺が君の全てを理解できる時は、永遠にこないのかもしれない。



 ****



 ペタペタと緊張感皆無な音をたてて石床を歩く異界人の後ろ姿には、これから<処分>されるのだという危機感はゼロだった。

 危機感はないが、緊張感は伝わってきた。

 俺とカイユは気配を消し、一定の距離を保って侍女について行く異界人のあとを追った。

 なぜ、そんな無駄なことをしているのか?

 それは、カイユがそれを望んだからだ。

 竜族の雄はつがい至上主義で、基本的に自ら望んで尻に敷かれてるわけで……まぁ、俺は尻に敷かれるどころか喜んで足蹴にされてるけどな!


「あの異界人の嬢ちゃんを竜宮に連行するのかと思ったら、方向が違うよな? 牢にでも入れるのかな?」

「牢? どうして? あの子はなんの抵抗もしていない。牢になんか……」

「この先を曲がって右手に行って階段を降りて左の扉を開けて通路を真っ直ぐ行くと、牢のある地下への東口があるぜ?」


 前を行く二人には聞こえないように声量を落とし、セイフォンの王城内部の見取り図を頭の中で広げた(セイフォンだけじゃなく、主要国の王城は頭に入ってるますよ? 俺、優秀な副団長ですからねぇ~)俺がそう言うと。


「そんなこと、私が許さない。牢に入れるようなら侍女を殺して、あの子を帝都に連れて帰るわ」


 同じように声をおとしたカイユが、とんでもないことを言った。


「はぁ!?」


帝都に連れて帰るだって!?

 ……ん?

 帰る?

 『帰る』って、どういう意味だ?

 なんで、『連れて行く』じゃねぇんだ?


「おい、カイユ。帰るってのは、どうっ…」

「テオ」


 俺の言葉を、カイユはつがい名で遮った。

 そこに意図があるのは分かる、が。

 その異図を生み出した理由が、分からなかった。

 困惑する俺にお構いなしに、右手を腹部に当てながらカイユは言葉を続けた。


「ヴェルヴァイド様は<監視者>として、術士と異界人を<処分>……殺しに来るわよね?」

「旦那? ああ、直ぐ来るんじゃないか? メリルーシェの竜宮に先週から居るみてぇだし」

「メリルーシェの竜宮? 陛下に無礼な言動をした、あの第二皇女のところに? 陛下に止められなければ、あの無礼な口を二度と閉じられないように斬ってやったのに」

「あ~、そんなこともあったな。あの女は陛下を旦那の愛人だって勘違いしたんだっけ?」

「ええ、なんて愚かな女……陛下のようにに美しいのも、過ぎると災厄ね。あの容姿のせいで未婚の雌竜は引き立て役になりたくないって、お側にいくのも嫌がるもの。そのせいか、未だにつがいに出会えなくて……」

「そうだよな~」 

 青の陛下は、人型だと絶世の美女顔だ。

 肉体関係有りの情人だと勘違いすんのも無理ねぇ美貌だけど、旦那は基本的に美醜は一切気にしないタイプだ。

 なにより、あの人は男は駄目だ。

 前にどっかの王様から貢ぎ物だって超美少年を押し付けられて……キラキラうるうるのそいつの顔を片手でぐしゃってして、そのままぽいっと窓から投げ捨てて陛下に怒られてたな~。

 旦那はあんなやべぇ顔してるのに、性的には意外と普通(男と獣と魔女はNGって程度の"普通”だけどね)だ。


「……」


 脳内で、成り行きで目の当たりにしちまった旦那の過去の『現場』が次々と浮かぶ。

 あーゆーのとかそーゆーのとか、あんな大人数相手にするとか……さすがに俺でもドン引いちゃうよなぁ~とか考えていると。


「ねぇ、ダルフェ。あの子もこのままではヴェルヴァイド様に<処分>されてしまうのでしょう? ダルフェはヴェルヴァイド様と幼竜の時からの仲良しなのだから、あの子は特別に見逃してくれるように頼んでちょうだい」


 カイユが、とんでもないことを言った。

 見逃せ、だって!?

 しかも、俺と旦那は仲良しなんかじゃねぇし!


「なに言ってるんだよっ!? そんなの、無理だって!」


 さすがに即答した俺の頬に、カイユの手が添えられ。


「……っ!?」


 唇が、重なった。


「お願い、テオ……私の"お願い”、きいてくれるわよね?」

「……ッ」


 カイユ、ハニー!

 つがい至上主義の竜族の雄に、これは酷いって!


「カイユのお願いなら、俺はっ……と、とにかく旦那に言ってみるからっ」

「ありがとう、ダルフェ」

「ははは、はは……」


 赤の大陸に居る母さん、父さん。

 俺は旦那にぶち殺されるかもしれません。

 先立つ不孝をお許し下さい。

 ……って、まぁ、先立つのは生まれた瞬間から決まってることなんだから今更か。

 



「我の名を呼べ、りこよ!」




 手を腰にあて、ふんぞり返った旦那の姿に。

 俺が感じたのは、俺が旦那に言わなくても異界人が殺されずにすんだ=俺も助かった、ということへの安堵ではなく。

 恐怖、だった。

 

「やべぇ…………嘘だろ!? 旦那、あの異界人に竜珠をやっちまったぜ!? あの異界人が<監視者>の、<ヴェルヴァイド>のつがいになっちまった!!」


 俺とカイユは庭園を囲む木立の陰にうずくまり、異界人と旦那のやりとりを見ていた。

 カイユの"お願い”を俺が旦那に伝えるタイミングをうかがっている短い時間に、事態は思わぬ方向にどんどん進み……結果、とんでもないことになってしまった。

 <監視者>である旦那は、<ヴェルヴァイド>は世界最強の存在だ。

 その旦那が、つがいを得てしまった。

 処分対象の異界人を殺さず妻に……今までの空席だった『后』の座に据えた。

 これでこの世界はもう、あの異界人の……あの娘がこの世界で何を望み、願うかで世界の行く末が決まってしまう!


「これはいろんな意味ですげぇーやばいでしょーがっ!! まずはあの子の身柄を確保しっ……カイユ?」


 立ち上がろうとした俺を止めたのは、その身をストンとカイユが傾けてきたからだ。

 心地よい重さと温度。

 愛しいつがいの甘い香りが、俺の動きだけじゃなく焦る気持ちも止めた。


「ダルフェ……テオ。あの子、これでもう安心よね? ヴェルヴァイド様のつがいになったのだから、もう誰も、あの子を傷付けられないでしょう?」

「……ああ、そうだ……けどな、あの子はこれからが大変なんだぜ?」


 あの子を巡って、人間の権力者達が動き出すまでそう時間はかからないはずだ。

 人間だけじゃない、俺達竜族だって……。


「…………ふふっ、大丈夫。竜族の雄のつがいへの愛は、何より強く揺るぎないのだから」

「カイユ……」

 

 カイユの銀の髪が、さらりと肩から流れ落ち。

 俺の膝を、撫でた。


「あの子きっと、幸せになるわ……」

「…………アリーリア」


 先に逝ってしまう、<色持ち>の俺のつがいになって。

 君は幸せなのだと、そう言ってくれるのか!?


「カイユ! あぁ、誰より君を愛してる……俺のカイユ。アリーリアッ……」


 感極まって、その愛おしい身体を抱きしめようと両腕を回し……。


 ----すかっ。

 

 あれ?


「さっさと陛下に報告しろ! 私の電鏡は全部壊れてるって知ってるだろうがっ、この役立たずっ!」

「……あー、うん、はい。団長閣下」


 俺はカイユに頭部を踏みつけられながら、騎士服の内ポケットから携帯用電鏡を取り出して。

 青の竜帝陛下に、事の次第を報告した。


「あー、陛下っすか? え~っと、旦那が<処分>対象の異界人を嫁にしちまったんですけど、どうします?」

 ==はぁ!? な、なななんだってぇええええええ!!!


 電鏡の向こうで、青いチビ竜が白目をむいて後方に倒れた。


 そして、世界が動き出す。

 とりいりこ、を中心に。

 



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