第17話
*ここからは日本語を『 』にし、異世界の言葉を「 」で表していきたいと思います。
ややこしくて申し訳ありませんが、ご了承下さい。
「選ぶの? これから?」
私は自分の眼がぎらつくのを感じたよ、うん。
だって、だって!
『ファ……ファンタジーだよう! うきゃー! コスプレだ!』
ものすごい量に圧倒されつつも、興奮してしまう。
ハクちゃんの服の腕がスパーンと切れているのに慌てた私をカイユさんは優しくなだめ、寝室の奥にある衣裳部屋(なんとハクちゃん専用!)に連れて行ってくれた。
ここにはハクちゃんが‘もらった‘服があるんだって。
かなり昔にもらったらしいけど、説明されても単語がいまいちわからなかったので‘ま、いいか‘ってことにした。
細かいことを気にしないのが異世界生活のこつのような……。
『ふあ、ふぁ?……こすぷ?』
ハクちゃんは人型になったら‘声‘を出せるようになった。
私の日本語も喋れるようになるつもりか、鸚鵡返しで質問してくるんだけど。
「ごめ……なさい。説明、まだむずかしい」
「わかった」
ハクちゃんは衣装室の中にあるソファーに長い足を組み、座っている。
偉そうだ。すごく。
見た目のせいか、性格のせいか。
黒地に金の刺繍が眩い詰襟の長衣を着たその姿は。
絶対、悪役だ。
地球を征服しにきた遠い惑星の皇帝陛下か、勇者に立ちはだかるラスボスの魔王様か。
「りこ?」
はぁ〜、しかし怖い顔だよね。
綺麗すぎるって逆に損なんだって知りました。
大きな手が遠慮がちに伸ばされ、真珠色の爪で飾られた優美な指が私のスカートをつまんだ。
「りこ。怒ってるのか? 我が服を斬られたから」
竜の時と同じ。
ハクちゃんは私に直に触らないようにしているみたい。
力が強いかららしいけど……。
ん?
今、斬られたって言った?
斬られ……。
「トリィ様。これなんかいかがです? ご覧になって下さいな」
「あ、は〜い。見ます! わっ、すごい。どれも似合ますです!」
私の聞き間違い。
だって、私がうたた寝してる間も側に居たんだし。
それにハクちゃんは強いみたいだから誰かに服を切られるなんてね。
しかもあの切れ方。
まるで腕を切断したみたいだった。ありえない。うん。
「ね、ハクちゃんはどの色が好き? 沢山あるので。色を選びます!」
ハクちゃんは金の眼を細めて言った。
「黒」
え〜!
今着てるの、黒だし。
黒いといかにも悪役って感じが強くなるのに。
黒は似合いすぎというかはまりすぎというか。
「ハクちゃん、この薄い紫とか可愛い(?)ですよ。あと、このベージュも品があって」
「黒」
スカートを掴む指に力が入ったのが分かる。
むむ。
折れない気だね、ハクちゃん。
人型のハクちゃんも表情がほとんど無いけれど、竜の時と同じで眼が感情を伝えてくれる。
それと私の服を握る強さ。
むむむ。
「トリィ様。ヴェルヴァイド様は黒をお選びになったでしょう? 私、そう思ったから最初に今の服をお持ちしたんです」
カイユさんが両脇に黒系の衣類をごっそり抱えて私の前に現れて言った。
「なんで? 黒?」
私はハクちゃんを平和的イメチェンさせたいのですが。
「りこの色だからだ」
「え?」
私の色?
「りこの髪と瞳の色だ。我はりこの色に染まってしまいたいとすら思う」
まるで恥らうかのように眼を伏せたハクちゃんに、私は言葉が出なかった。
乙女か、お前は。
「まぁまぁ、御熱いことですわ! 私はダルフェの馬鹿を迎えに行って参りますから、後は御二人で。ただし、トリィ様に直に触らないで下さいね。わかってますか? お怪我させたくないでしょう?」
無言で頷くハクちゃんにカイユさんはさらに言った。
「抱きしめたりしたら骨が折れて、内臓破裂です。絶対に駄目です。どうしても接触したい場合はトリィ様に触れてもらって下さいませ。トリィ様!」
「は、はい!」
カイユさんは真剣な顔で私に‘竜の雄の取り扱い‘についてアドバイスをくれた。
「いいですか、トリィ様。御自分の身を守るために必要なのは‘飴と鞭‘です」
へ?
「毅然とした態度で優位を保ちつつも‘ご褒美‘を与えるのをお忘れなく。それと竜の雄はつがいに【お願い】されると大抵の事は叶えようとしてくれますから、【お願い】を上手くお使い下さいね」
「お、お願い?」
「はい。では、失礼致します」
竜の雄の取り扱い。
なにそれ?
飴と鞭って。
犬じゃないんだし……。
「ハ、ハクちゃん。今のは……」
しかも本人の前で言うことじゃないんでは。
「カイユの言うことは正しい」
ハクちゃんは私のスカートから手を離して立ち上がった。
う〜ん。背、高いなぁ。手足、長いし。
腰の位置といい、何等身なんだろうか?
「りこ」
優美な仕草で膝を付き、目線を合わせてからハクちゃんは言った。
「りこの寵を得るために我はなんでもしてしまう。我がりこに危害を及ぼすことは無いが、我の行動がりこの心を傷つけるやもしれん。……我は表情が乏しいだろう? りこに出会うまで【感情】があまり無かったせいか表情を作る機能が動かないというか、動かし方が分からない。我は【感情】に疎い。りこの感情を察し、行動するにはまだ‘足りない‘のだ」
ハクちゃん……。
「だからりこが我を制御する必要がある。我はりこを害する存在になりたくない。だが‘足りない‘のだ。りこの望むのがどのような我なのか」
ハクちゃんは竜の時と同じように首を傾げた。
この姿ですると、なんか……微笑ましい。
表情が無くても。
肌が冷たくても。
好みの顔じゃなくても。
「単語、難しくてよく分からない。ごめんなさい」
見た目が悪役みたいでも。
「やっぱりハクちゃんって、かわゆいね」
両手をにぎにぎし、首を傾げる悪役顔の超絶美形。
ありえないギャップが、私の心を暖かくしてくれる。
「りこ。あのだな、その」
にぎにぎしていた手がぎゅっと握られた。
何かに耐えるように。
「この姿も‘かわゆい‘ならば、人型でも風呂は一緒で……」
「……は?」