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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
177/212

第28話

「我を失望させるなよ?」


 ‟失望”。

 その言葉の中にある、我の意を拾うことなど。

 ダルフェには、易いことだろう。


「失望させるな、ですか………」


 そう言った、ダルフェの目玉は。

 陽に照らされ、萌ゆる森に似ていた。

 産まれ、生き、次代へ繋ぐ……それは、我が持ち得ぬ生物としての本能。

 そこから生まれた、子への愛情。

 我には理解出来ぬそれ。


「あんたも、俺を失望させないでくださいよ? <古の白ヴェルヴァイド>」

「……ダルフェよ」


 りこ、我のりこ。

 我の愛は。

 未来永劫、貴女だけ……。


「お前に失望されても、我はかまわぬぞ?」


 我は。

 貴女だけしか、愛せないのだ。


「はぁああ~!? ああ、そうでしょうねぇ~! まったく、あんたって人は自己中ド天然鬼ちっ……グガァアアアッ!?」


 我への悪態を吐き出していたダルフェの開いた口に、高速で黒い弾丸が撃ち込まれた。


「ひっ!?」


 その様を目にしたりこが、驚きに息を詰まらせる。


「あがががっ! いででっ……ふぁ、ふぁにふんだよ!? ふぁひゆっ!!」


 ダルフェは椅子から腰を上げ、狙撃者に抗議し。


「口に食べ物が入っているのに喋るなんて、お行儀が悪いわよ? ダルフェ」


 空になった菓子箱を右隣に立つ息子に渡しつつ、戻ってきたカイユが眉をひそめ……。

 竜騎士であるカイユが親指で弾いたそれは、受けたのが人間ならば致死の可能性もあったが。

 <色持ち>であるダルフェとはいえ、歯の一本も折れぬとは……つまらんな。

 ああ、なるほど……カイユは目の前にりこがいたので、手加減したのかもしれぬ。

 ダルフェが傷つくと、りこの心も痛むのだから……我以外の身をりこが案じるのは不快だが、りこの性格ではいたしかたないことであり……。


「カ……カ、カイユ!? あの、えっと、ダルフェはっ……まさか、今のって……チョ、チョコですか!??」


 りこは困惑の表情で。

 ダルフェとカイユを交互に見て、そう言った。

 りこのそれは痛みに声をあげた(もちろん、それはふざけてのことであって通常、この程度のことでダルフェが痛みに声をあげるなど無い)ダルフェを案じる言葉ではなかった。

 りこらしからぬ反応に、カイユが水色の眼を細め……。


「はい、そうですが……」


 我を流し見てから、カイユはその眉をひそめた。 

 人であるりこに認識可能な速度ではなかったのだから、当然の反応だ。

 それが見えたということは、我に原因があると考えてのことだろう。

 まあ、実際……我のせいなのだが。


「今の…………ハク……ハクちゃんも見た? ダルフェさんの口に飛んで来たの、見えた!?」

「勿論、見えたが?」


 りこは。

 我の身から離した両の手を。

 我の染めた瞳へと添え、問うた。


「……16個、だった?」


 りこは、我に問うた。

 黒い弾丸となった菓子に口腔を襲撃されたダルフェではなく。

 ダルフェの口へ撃ち込んだカイユにでもなく。

 我だけに、問うたのだ。

 その意味は……。

 

「へ、へめしゃん……」

「トリィ様っ…………」

「かかさまっ、なに……どしてなの?」


 母親に手渡された箱の内側にある窪みの数を、幼生の目が追い……母親の袖を、小さな手が掴んだ。

 両親の反応が、理解はできぬのだろう。


「……りこ」


 肉体の強化、再生能力の移行……それらがどこまで進行しているのか、こやつ等にも確かめようがない。

 カイユとダルフェがりこの身を刃で傷つけてまで確かめることなど、出来ぬのだから。

 もちろん、我にもそのようなことは出来ぬ……。


「当たり、なのだ」


 りこは。

 正確に。

 撃ち込まれた物体とその数を言い当てることができた、が。

 予想以上だが、期待していたほどではなく……我としては動体視力などではなく、再生能力向上のほうに重きをおいていたのだが……うまくいかぬものだ。


「…………わ、私……当たったの、ね……」


 ダルフェとカイユが、顔を見合わせ。

 発する言葉を迷い、選択する間に。


「ハクちゃん、ハク……私っ……」


 りこが、口を開いた。


「あのね、ハク! …私、実はね、そのっ……貴方と夫婦になってから身体が変わったって実感があるっていうか、そのっ……怪我が短時間で治ったし……手の甲をナイフが貫通したのに……だから、アリシャリ達は私を竜族だと思ったみたいで……それでね、私っ……ハク?」

「……」

「ハクちゃん、大丈夫!?」


 瞬時に硬直した我を、りこが案じてくれたが。

 ……だ、だだだ、大丈夫なはずなかろーがっ!!


「……り、りり、りっ、りこ」


 今、りこは何と言ったのだ?

 我の脳、さっさと再生するのだ!


--怪我が短時間で治ったし……手の甲をナイフが貫通したのに……だから、アリシャリ達は私を竜族だと思ったみたい……


「…り…りこ、は、怪我をした、の、か?」


 り、りこが怪我をっ!?

 い、いや、重要なのはそこではなくっ! 

 いや、怪我も重要だがその内容が重要というかっ……ま、まずいのだっ!

 衝撃的過ぎて脳内が得た情報を信じられずに、理解することを拒否しそうなのだっ!!


「……りり、り、こ! ナ、ナナ、ナッ、ナイフが貫通とはどういうことなのだ!? その様な事、我は知らぬぞっ!?」

「あ、えっと、その……いろいろ落ち着いてから言おうと思って……ごめんなさいっ!」


 あやつ等はダルフェが処理済みだぞ!?

 我が復讐したくとも、不可能ではないかっ!


「……ッ」


 行き場のない怒りが身の内を駆け回り、激しい吐き気と眩暈と頭痛が我に一気に襲い掛かる。

 我が人間だったら、脳梗塞と心筋梗塞で倒れるておるのではないか!?

 くっ……りこ、さすが我の妻なのだ!

 我がりこの肉体を変化させていることを……真実を伝えるべきか否かという問題を考える暇を我に与えず、さらなる衝撃で我の心身を叩きのめすとはっ……真に世界最強なのは我ではなく、この我の妻であるりこなのだ!


「うわっ!? だ、旦那!? あんたの尾、やばいことになってますけど!?」


 口内の菓子を食い終わったダルフェに指摘されるまでもなく、我もそれを気がついていた。


「え? きゃあっ!? しっぽが……ハクちゃん、大丈夫!?」


 りこの膝の上に立った我の尾が。

 あまりの衝撃に中央部分からあらぬ方向に直角に曲ってしまったことに……骨、折れたな。

 だが、我にはそれを気にする余裕などなかった。


「……り、りこの手にっ……な、なんということなのだっ……」


 我のりこの手に、奴等は刃を突き刺したというのかっ!?

 貫通するほどに深く……りこに対しそのような残虐非道な行為、我は恐ろしくて想像すら出来ぬっ!


「あぁ、り、こっ……りこ、りこ、我のりこっ……我の、我のっ……」


 我は。

 四本の指を持つ手を、りこへと向けた。


「りこっ……りこ、りこ」


 我は、瞳に添えられたりこの手に。

 その両の手に。

 自分のそれを伸ばし、重ね……重ねたかったが、できなかった。


「……ハク?」


 我の手は小刻みに震え始め、鱗が逆立ってしまっていた。

 この様な状態の手では、繊細な壊れ物のようなりこの手に触れることなど駄目なのだっ……しかも、我のこの手はりこを守れなかった……役立たずで無能な手なのだから!


「…………か、完全に治ったのか?」


 触れぬよう、ぎりぎりの距離まで近づけ問う。

 行為の後に寝入ったりこの全身を我が嘗め回していたのは、ほんの数時間前だ。

 指の一本一本まで全て味わったのだから、りこの身に傷一つ無いと知ってはいるが……問わずにはいられない。


「……うん、治ってる。ほら、触って確かめてみて?」


 答えながら。

 りこが自ら、我の手との距離を無くした。

 我の手を、りこの手がそっと包んで……ぎゅっと、握ってくれた。


「だ、駄目だ……駄目なのだっ、りこ」


 駄目だと言いながら。

 我からは、離れられない……触れてしまえば、りこの肌から離れることなど我には出来ぬのだっ……。


「何で駄目なの? 駄目なんて悲しいことを言わないで……怪我したこと……治ったことを……言わなくて、ごめんなさいっ……あのね、身体のこと、治りが早いことに気が付いたのはもうずっと前でっ……青の竜帝さんのお城でさらわれて顔を叩かれた時にも……変だと思ったけれど……言わなくて、ごめんなさいっ……」


 我と同じ黄金の瞳が熱を帯び、揺らぐ。

 りこの言葉には、我への謝罪……何故だ?

 貴女を守れなかった無能な我を責め、罵るべきなのに……りこに告げず、人の身からかけ離れた我と同じ‟化け物”にしようとしている我を罵倒し、軽蔑せぬのか?

 その身を、我のエゴで人ならざるモノへと変えられつつあるのだぞ?


「……り、りこ……い、い……痛かっただろう?」


 きっと。

 とても。

 りこは、痛かったに違いない。

 それは、刃によるものだけではなく……。


「りこ、す、すまぬっ……我はっ……我はっ……」


 肉の痛み。

 そして、短時間で傷が塞がる様を目の当たりにし、有り得ぬことだと驚愕し……。

 傷つけられた箇所を見ながら、何者からも守ると言った我を嘘つきだと思ったことだろう。

 守ると言いながら、その場に居らぬ無能な我。

 愛していると言いながら、その身を我と同じ場所に堕とそうと作意を持つ我。

 りこは肉体を奴らに刺され、同時に、心を我に刺されたのだ。


「りこ、痛かったろう? ……とても、とても痛かったのだろう?」

「……ハク」


 りこに会い、つがいになり……愛しい人を得た我は、‟痛い”をもう知っている。

 目に見える肉体の痛みは、痛みの強弱の基準がよく分からぬ我だが。

 見えぬ心の痛みは、もう我も知っているのだ……傷つけられたりこの手は、心は。

 我の想像を絶するほど、痛かったことだろう。


「りこ……痛くて、痛くて……とても怖かっただろう?」

「……うん、痛くて……怖かった」


 まだ、我は知られたくなかったのだ。

 まだ、我は言えなかったのだ。


「刺されたうえに……自らの肉の再生を、間近で見てしまったのだな……」

「うん………傷が塞がって、血が止まったの……」


 柔らかで温かなりこの皮膚。

 触れたら砕けそうな、細い骨。


 我の大事な、その身体。

 我が愛した、その血肉。


 誰にも、傷つけさせたくなかったのだ。

 誰にも、渡したくなかったのだ。


 ずっと、永遠に。 

 我と、共に。

 我の、傍に居て欲しいのだっ……だから、だから。

 嫌われても、憎まれても。

 我は、貴女をっ……。




「ありがとう、ハク」




 聞こえるはずのない、言葉が。

 我の耳に、届く。


「りっ……」

「傷の治りが早いのは、ハクちゃんのおかげよね?」


 お、おかげ? 

 我の‟せい”ではなく、我の‟おかげ”?


「りこっ……それはっ…………り、りこ!?」


 ぎゅっ、と。 

 我の躰が。

 強く、強く。


「ハク、ハクちゃん」

「りっ……」


 愛しいその身に、その腕で。

 強く、抱かれた。


「ありがとう」

「り……こ?」


 隙間無く、抱かれ。


「離れてる間も、守ってくれて……ありがとう、ハク」


 りこは。

 我が、りこを変えてしまったのだと……我がしようとしていることを、我の望みを。

 知っていて、理解していて……それでも、‟ありがとう”と……言ってくれたような気がした。


「……ッ」


 我は。

 この人に。

 愛しい、この人に。 

 愛されているのだと、強く感じ……。


「…………どっ」


 あぁ、りこよ。

 我のりこ。 

 貴女はいつも。

 そうして、我を甘やかすから。

 我は、どこまでもつけあがるのだぞ? 

 誰より何より、我は貴女に愛されているのだと……。

  

「……どう、いっ」


 だから。

 我は。

 嬉しく、て。 

 幸せ、で。

 

「どういたしまして、なのだっ……」


 また、目から。

 内臓が。

 零れ落ちて、しまうのだ。



 

 









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