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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
176/212

第27話

「カイユ、ごめんなさい! ハクを許してあげてくださいっ! お願いしますっ……」

「……トリィ様にそのようにお願いされたら、カイユは断れません」

「あ、ありがとう! カイユ」


 ……りこがカイユに平身低頭謝罪したため、我は反省部屋行きを免れた。

 すまぬのだ、りこ。

 妻にあそこまで頭を下げさせるとは……不甲斐無い夫でごめんなさい、なのだ。 








「りこ。あ~ん、なのだ。あ~ん」

「え、あ、うん、あ~ん……」


 反省部屋行きを免れた我の持つ銀のスプーンにその身をすくわれ、ぷるりと揺らぐ“ぷりん”。

 それを慎重にりこの咥内へと……良し、上手くできたのだ!

 数回その動作を繰り返すと、そう大きくはない“ぷりん”は無くなってしまった。

 我はもっと“あ~ん”をしたいのに……このような小さな器で作らず、どうせならバケツで作れば良いものを。


「……」

「………………ち、近いよ? ハクちゃん」


 顔に鼻先が触れるほど寄った我から、りこがその身を引いた。


「そうか? すまぬ、我は年寄りゆえ老眼なのだ」

「え? ろ、老眼!?」


 驚いたのか、我と同じ黄金のりこの眼が丸くなる。

 それはそれは可愛らしく、我は『冗談』への挑戦が成功したことに満足した。

 ……我が年寄りなのは事実なのだ。

 年齢的(正確な年齢は我自身も分からん)には、かなりの年寄りなのだ。

 だが、そんな年寄りな我を労わってくれるのはこの世界でりこ唯一人だけなのだ。

 皆、年寄りな我を労わる心など持ち合わせておらぬ……まぁ、りこ以外の者の労わりなど我は要らぬがな。


「はぁ? 老眼っ!? 旦那が老眼なんてありえねぇし!」


 膝に座らせた息子を両腕で抱きしめながら、ダルフェが声を上げると。


「ろーが? ととさま、ろーが、なに?」


 腕の中の息子は老眼の意味が分からぬらしく、頭部を左右に動かし。

 栗色の髪を、ゆらゆらと揺らした。


「ん? 老眼ってのはな、老化現象で……つーか、今のって旦那的には冗談言ってみたんでしょ!? 旦那が冗談!? 旦那が冗談とかって、まじで!? 明日は嵐か天変地異かっ!? なぁなあ、カイユ! 旦那の老眼ジョーク、採点するなら何点だと思う? 俺、86点! だって、旦那が冗談言うなんて、すげぇ進歩でしょうが!」


 息子の質問への答えを中途半端な状態で放置し、ダルフェはカイユへと顔を向け言った。


「ダルフェはヴェルヴァイド様に甘いわね。私は35点ってとこかしら?」


 ……カイユは35点?


「ダルフェは86点、カイユは35点。どちらもりこの書き取り試験の点数より、ずっと良い点なのだ。 りこ、りこは何点をくれるのだ? ……ん? りこ、どうしたのだ?」

「…………そ、そうだったよね、私、一桁とっちゃったんだもんね……」


 急に頭を垂れたりこに、我は理由が分からず首をかしげると。


「りこ?」

「ハク。私、もっともっと勉強しなきゃっ……さっそく、今夜は単語の書き取りの復習をします!」


 顔をあげ、りこがそう宣言したので我は焦った。

 りこが“お勉強”する時は、我は“お預けと待て”を強いられるのを経験上知っているのだ!


「な、なにを言うのだ、りこよっ!? 単語の復習!? 単語などより、りこは我と閨の復習と予習をすべきではないのかっ!?」

「ね、ねね、ねねね閨の復習と予習ぅうう!? ハ、ハクちゃんたらっ!? これも冗談なの? も、もももももうっ、変な冗談言うのやめてよっ!!」


 我の額を指先で突き、そう言ったりこの顔は赤かったが。

 怒りのためではなく、我との行為を思い出したため……と、いうことにしたいのだ。


「…………冗談? いや、我はっ……」


 りこよ、これは冗談ではないのだが?

 我は本気で言ったのだ。


「りこ、我はじょ……」


 冗談ではないのだと、我は言おうとしたのだが。


「はい、はーい! ねやって、なにです? それっておいし?」


 それを遮ったのは、幼生の問いだった。


「「「…………」」」


 ダルフェとカイユだけでなく、りこまでもが我を無言で見たので。


「とても“おいし”、なのだ」


 我が代表して、答えてやった。









「……ぶはははっ! 旦那が人型じゃなくて良かったなぁ~。もし人型だったら……“おいし”って……ぶははははっ!」

「ダルフェ、笑いすぎよ? まったく……」


 息子の質問へ答えてやった我に礼は無く、父親はにやけた笑みを浮かべてそう言った。

 その横で、カイユが右手で額を押さえてため息をつくと。

 青の大陸のモノより香りの強い紅茶を飲み終えたりこが、口を開いた。


「……ねぇ、カイユ。あのっ……ジリ君はどうして人型になったの? 私、びっくりしちゃって……」


 りこがその疑問を口にしたのは。

 幼生が人型をとれるようになるのは数十年先だと、カイユに教えられていたからだろう。

 りこは竜族の生態に詳しいとは言えぬが、疑問を持って当然だ。


「トリィ様。そ、それは……この子は、ジリギエはっ……」


 カイユの空色の瞳が、揺れた。

 息子の身に起きた事を知っているのだと、我は知り。

 常日頃、真っ直ぐに目を見て、はっきりと物を言うカイユのその姿に。

 りこの表情が、不安げなものへと変化した。


「カイユ? まさかっ……ジリ君、何か身体に!?」


 我を抱くりこの腕に、力が増す。

 触れ合う場所から、りこの動揺が我へと伝わってくる。

 我がダルフェへと視線を向けると、ダルフェは息子の頭部に顎を乗せつつ……笑んだ。

 なるほど。

 息子の寿命の欠損に対し、お前はもう“決めた”のか。

 いくら嘆いても呪ってもそれはもう、お前には返られない、変えられない。

 ならば、お前は進むしかない。


「いえ……あの、この子は<色持ち>であるダルフェの子ですし、母親である私の父は先祖がえりの特殊個体ですから、他の幼生とは成長速度が違うのかもしれません。過去に例が無いので……ほら、食欲もあるし顔色も良く元気でしょう? 大丈夫、トリィ様が心配なさるような事はありません」


 息子の頬に手を伸ばし、撫でながら言うカイユの顔に浮かんだ柔らかな笑みを見て。


「そ……そうなの? なら、良かった」


 安心したのか、りこの腕から力が抜けた。

 我は、カイユの言葉からりこには真実を告げる気が無いのだと理解し。

 父親の膝に座り、上機嫌で焼き菓子を口に次々と入れ食らっていく幼生自身にも、“主”であるりこにそれについて言う気が無いのだと感じた。


「ふっふふ~ん♪ おいしね、このくっき、ジリはおいしなのねぇ~! たべられないおっさんは、かわいそね♪」


 ……ふん、我は“かわいそ”などではないのだ。

 我が口にしたいのは“おいし”な妻であるりこだけなのだから、そのような菓子など食いたくもないのだ。


「おいしね、くっきおいしね! ふんふん、ふっふふ~ん♪ たっくさんたべて、ジリ、おっきなるの~」


 ……我が思うに、この幼生は。

 この事態を“幸運”としているような印象を受けるのだ。

 幼いために寿命の欠損を理解していない、とは考え難い。

 卵胎生の竜族は人間と違って、ある程度まで心身が育って産まれてくる。

 その精神年齢には個体差がある。

 多くは肉体と精神がつりあいのとれた状態で産まれるが……だが、この個体は……。


「トリィ様。ジリギエの人型の容姿は、母にとても似ているんです。このジリギエを父に会わせたらどんな反応をするか楽しみであり……少し怖くもあります。父にとって、母は本当に特別な存在ですから……」

「カイユ……」


 ああ、さすがにカイユは巧いな。

 りこの思考を、巧く誘導したのだ。


「カイユ、カイユ! セレスティスさんは、きっと喜びます! 早く会わせてあげて下さい。伝鏡じゃなく、いつか直接会わせてあげたいですよね!? あ! ねぇ、ハクちゃん! 黒の大陸にお引越しして落ち着いたら、カイユ達は青の大陸に里帰りとかできるかしら?」

 

 カイユの思惑通り、りこの興味は“未来”へと移り。

 幼生の早すぎる変態への疑問、不安が、我へ問いへと変化する。

 その変化を菓子を食う口を止めぬまま、父親譲りの色の眼が見つめ……満足げに、細められた。

 ……主であるりこより、これの中身が精神的に大人であったとしたら、少々りこが可哀相な気もするが……。


「ん? ……ああ、四竜帝の大陸間飛行許可がおりれば里帰りもできるのだ。りこが望むなら、カイユの父親を黒の城に招いて皆で共に暮らしても良いのだぞ? ランズゲルグにはカイユの父親を手放し、りこのモノにするよう我が話をつけてやってもよい」

「ハクちゃん、モノとか言わないで! ……でも、ありがとう。カイユ達の大陸間飛行の許可をとる時、ハクからも四竜帝の皆さんにお願いしてくれるなら安心だもの。ねぇ、カイユ。会いたい時に行き来できるようになるといいわね! セレスティスさんが遊びに来てくれたら……楽しみね!」

「ええ、そうですね……」


 りこに答えながら、カイユの視線が我へと流れ……伏せられた。

 カイユは、知っているのだ。

 父親は生涯、青の大陸から飛び立つ事が無いことを。

 つがいの眠るあの地から、離れる事など有り得ないことを……。

 

「……ねぇハニー。ごめん、ちょっと頼んで良いかな?」


 菓子の油脂が付いた息子の手をとり、丁寧に拭いてやりながら。

 ダルフェが、カイユへと声をかけた。

 

「なにかしら? ダルフェ」

「俺、旦那を風呂に入れるなんて有り得ない恐ろし~い経験をしちゃって、身も心も疲れちまったんだよねぇ。だから、甘いもんが大量に食いたい気分なんだけど、何かあるかな? ここに用意してくれてあった菓子は、ジリが全部食っちまったんだ」


 テーブルの上の大皿に置かれていた菓子は、その全てが消えていた。

 りこが口にしたのはぷりんだけであって、菓子は幼生の腹の中だ。


「お菓子? 奥の簡易キッチンの棚に、赤の陛下が用意してくださったチョコレートや焼き菓子がまだたくさんあるから、持ってくるわね……トリィ様には新しいお茶をを淹れましょう」

「え、あ、カイユ。私も一緒に行ってお手伝いを……」


 席を立ったカイユを追うように、りこが腰を浮かせると。


「駄目」


 ダルフェが、それを止めた。


「え? ダルフェ?」

「姫さんはここにいなさいな。で、俺とお話しをするの。ほら、ジリは母さまと菓子を選んできな!お前もまだ食うんだろう?」


 膝の上の幼生の脇の下に手を入れ、その身体を床へと立たせ。

 レカサを着た息子の背中を、ダルフェはぽんぽんと軽く押した。


「んんー? ととさま? ん……あい! かかさま、おかし、ジリえらぶ!」

「そう? ありがとうジリギエ。じゃあ、一緒に行きましょうね」

「あい! てて、ぎゅっぎゅね!」


 伸ばされた母親の手と、己の小さな手を繋ぎ。

 幼生は、何度も己が主たるりこを振り返りながら母親と室内の奥へと……カイユが振り向く事はなかった。

 それは、つがいであり子の父親であるダルフェに全てを任せたという証だろう。

 ダルフェは話しがあると、りこを引きとめた。

 それが何についのて話しか、カイユは察したのだろう……。

 竜騎士として生まれた幼生が人型と成ったからには、しなくてはいけないことがある。

 それは“教育”だ。

 適切な“教育”を受けさせなければ、竜騎士は竜騎士にはなれない。

 放置すれば、己の認めた飼い主(あるじ)以外には平気で牙を剥く……温和な竜族の中で生きるには凶暴性の強い性質を抑え、隠す術を身に着ける必要がある。

 それができぬ個体は、仲間である竜騎士や竜帝の手で処分されてしまうのだから。

 

「お話し? え、あ、はい……」


 我が見たところ。

 あの個体は理性的ではあるが……大人しい性質ではない。

 この我に、易く歯向かうのだ。

 我が自分より強者だと分かっていての、あの態度。

 そのような個体は、初めてだ。

 

「あのね、ジリのことだけど……まぁ、人型とるのは普通よりかなり早いけどね。カイユが言ったように、姫さんが心配するような事は無いんだよ?」

「は、はい……あの、話しってジリ君の事ですか?」


 息子が膝から居なくなり、足を組み直したダルフェの言葉にりこは頷きつつ、訊いた。


「ん? そう。話しってのは、ジリギエの今後のことだよ。人型になったからには予定より早く竜騎士としての訓練を始めるから、姫さんにも言っておこうと思ってね」

「竜騎士の訓練……オフラン君達みたいに?」 


 りこの表情が、声が。

 あからさまに硬くなる。

 竜騎士の訓練……そう言われ、青の大陸で見た訓練風景を思い出したからだろう。

 ダルフェに誘われ、りこは青の竜騎士共の屋内鍛錬場に行った事がある。

 そこで見たもの……剣技も格闘技も、りこは感嘆しつつ怖れていた。


「そんなっ……ジリ君はまだあんなに小さい子供なのに、もう訓練をするって言うんですか!?」


 竜騎士であっても。

 見た目があのような幼児だと、りこの感覚では庇護すべき者で剣を取らせるなど……させたくはないだろう。

 幼生に甘いりこでは、反対する可能性もある……ダルフェはそれを見越して先手をうったのだ。

 竜騎士の教育や訓練は、“主”にその意思が無ければ難しいからな。


「ほら、だって。俺には時間がないからさ……俺が“使える”うちに、ジリギエに色々教えてやらなきゃならないんだよね……」

「ダ、ダルッ……」


 りこが口ごもる。

 ダルフェが竜族としては短命な<色持ち>である事を、りこは知っており……『情』を知っているダルフェだから、その『情』をこうして利用する術を持っているのだろう……ん?

 ダルフェが我を流し見て、数回瞬きをした……我に念話を使えと言っておるのか?


『……旦那! ぜーったい邪魔しないで下さいよ!? 邪魔したら、あんたの過去の悪行を姫さんにちくりますよ!? 赤の大陸での過去百年での情婦総数、ばらされくなかったら大人しくしててくださいよ!?』

『…………ッ!?』


「ダルフェッ……」


 そんな念話のやりとりには気付かぬりこは、眉を寄せ、なんとも悲しげな表情で……すまぬ、りこ!

 我は第二皇女の件より、過去の女共の事はりこには出来る限り“内緒”にするのが得策と学んだのだ!

 関係を持った女を秘密裏に残らず処分しようにも、相手の名も顔も身体も脳に記憶しておらぬので不可能なのだ……くっ……興味がないからと面倒がらず、記憶しておくべきであった!


「ふっ……まだ、俺は大丈夫さ! ジリを立派な竜騎士に育てるために、君も協力して欲しいんだっ! 君を姉と慕うあいつを励まして、応援してやって欲しい……俺は妥協したくないから、鍛錬は徹底してやるつもいなんだ。幼いジリにとってそれは厳しくて、辛いだろうっ……もしかして俺はジリに鬼と憎まれ、嫌われてしまうかもしれないっ……俺だって親として、可愛い一人息子に嫌われくなんかないさ! でも、俺が居なくなっても大丈夫なように……俺に寿命がきて死んだ後も、母親であるカイユや姉と慕う君を守っていけるように、ジリには強い雄になってもらいたいんだっ!!」


 その表情を覆い隠すかのように。

 ダルフェは両の手で顔を覆った。


「……、、、ッ……」


 そして、ダルフェの肩が小刻みに動く……。


「……ダ、ダルフェッ……これからも私にできることがあったら、なんでも言ってください!!」


 その姿に、りこが眼を潤ませながら協力を宣言した…………お、おい、りこ!?

 我から見ると、両の手の下でダルフェは笑っているのように見えるのだがっ!?

 常より饒舌なうえ口調さえ妙なあの喋りにも、りこはなんの疑問を持たぬのかっ!?

 ダルフェはりこを“君”などと言っておったのぞ!?

 あからさまに胡散臭いだろうがっ!?


「り、りこ……だ、大丈夫か?」

「うん? 大丈夫よ、泣いてなんかないわ……ダルフェの気持ちを思うと、泣いてなんかいられないっ……」

「……は?」 


 いや、りこ、我が言いたいのはそういう意味の大丈夫ではないのだがっ……。

 りこ……我は、りこの事がますます心配になってきたぞ?

 このように騙され易い性質で、よくも無事に生きてきたものだ……りこのいた世界とは、本当に平和なのだな……詐欺師など存在しない世界に違いない。

 うむ、きっとそうなのだ。


「……ダルフェよ」


 我が名を呼ぶと。

 ダルフェは顔を覆っていた両手を外し、その手をテーブルの上の置き。


「はい、なんすか? 旦那」


 卓面を、指先で弾きながら答えた。

 その動きは。

 まるで、そこに鍵盤があるかのようで。

 踊るような指先の動きを、りこの金の眼が追う。


「あ…………もしかして、ピアノ? 懐かしい……小さい頃、きらきら星が弾けるようになりたくて……ふふ、懐かしい……」


 りこの視線はダルフェの表情ではなく、その指先を見て……笑んだ。

 懐かしい、か……だろうな。

 その鍵盤楽器を異界から得た術士は、楽器の脚に甲虫が付着していたため我が<処分>したが。

 我は楽器は捨て置き……結果、百年ほどで世界に模倣品が広まった。

 この鍵盤楽器は人間にも竜族にも好まれて……ああ、確か……竜宮にこれを持ち込み、我の前で弾いた女がいたな……我は鍵盤の位置と音はその時に記憶した……あの女が我に『見せた』曲ならば再現出来るな……りこがこの楽器を好むなら、ブランジェーヌに用意させてもよいのだが……過去の女が絡む件には注意すべきらしいからな……。


「ダルフェ。お前ならば“あれ”を、単騎で国の二つや三つや十は潰せる程度の竜騎士には仕上げるのだろう?」


 まぁ、鍵盤楽器を新たなりこの“玩具”として用意するかどうかはさておき。

 異界由来の楽器の手真似をわざと、今此処でダルフェがしたのは。

 りこの興味をひくためだけではなく、ダルフェになにか考えがあるのだろうが。

 が……何とそれが繋がっておるのか、我には分からぬな。

 

「旦那、二つや三つや十ってアバウト過ぎません? 十って……はははっ、ハードルあげてきますねぇ~っ!」


 手の動きを止め、ダルフェがそう答えると。


「そうよ、ハクちゃん! そんな無茶言わないで」

  

 我の鱗に覆われた身体を撫でながら、りこが言う。

 無茶?

 どこがだ?

 まぁ、りこは竜族や竜騎士について深くは知らぬのだから、仕方がないのか……。

 

「ダルフェ、できぬのか?」


 なんと答えるか分かっていて、我は訊いた。


「はぁ!? まさかっ!」


 芝居がかった仕草で両手を挙げ。

 口の端を上げ、ダルフェは言った。


「ジリギエは、この俺とカイユの息子ですよ?」


 ダルフェが我に差し出したのは自信では無く、確信。


「歴代最高最強の竜騎士になるに決まってるでしょ?」


 だろうな。

 我もそう思うのだ。

 だが。

 それでは。

 りこの竜騎士としては、足りんのだ。


「国の二つや三つや十? 馬鹿にしないで下さいよ? 四竜帝の首だって獲れる竜騎士にしてみせます」


 四竜帝の首を獲れる竜騎士、か……面白い。

 その言葉。

 我は、記憶したぞ?


「それで、良い」


 もし、違えたならば。

 その時は。

 その時は……。


「我を失望させるなよ?」


 逝きた父と子が。

 少々早めに。

 黄泉で再会することになるだろう。










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