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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
174/212

第26話

 この時。

 我は。

 この幼生が、嫌いだった。

 我のりこの寵愛を、易く手に入れたこの存在が。

 世界一、嫌いだった。

 疎ましく、憎々しく、妬ましく…………羨ましかった。

 その感情は、我の中から永遠に消えぬものと思っていた。


 我は。

 この時は、思いもしなかったのだ。

 忌々しいこの幼生が。

 こやつが、成竜となり。

 選んだ“つがい”が。

 その、我の感情を。

 さらに超えてくることになるなどと。

 未来を視ることのできぬ我には。

 この時の我は、思ってもいなかったのだ……。



 --ねえ、おっさん。ジリのこと、<処分>してくれないかな?

 --ならば。【部品】を残せ。



 【部品】。

 それは、子。

 カイユとダルフェの血を継ぐ存在が。

 りこのために、我には必要だったのだ。



 --……おっさん、相変わらずお馬鹿だね。分かったよ、ヴェルヴァイド。母様の【誓約】に、僕は従う。

 ーーお前はりこの『ジリギエ』だ。

 ーーおっさん。僕の名前、覚えてたんだ。



 ダルフェとカイユが遺したりこの竜騎士となるジリギエが、つがいにした女こそ。

 我が、世界で最も嫌いな存在となる者だったのだ。



 --お前はいつ死んでくれるのだ? さっさとしてくれぬと、我がこの手で引き裂きそうだぞ?

 ーーなんてひどいこと言うのっ!? ねぇ、ジリ! この人、なんとかしてよっ! ジリは強いんでしょう!?

 -ーうん、僕は強いよ? 君の頼みなら、何でもきいてあげたいんだけど……ごめんね。さすがに僕でも、このおっさんをどうにかするのは無理なんだよ……なんたって、ゴキ★リ以上の最強生物だから。



 流れた時間の、その先で。

 我は思い知るのだ。


 この幼生の、ジリギエの選んだ女によって。

 我は、思い知らされることになるのだ。


 最上級の。

“大嫌い”を。










「ジリ、ジリギエ! 俺の息子は世界一可愛いぃいいいいい~!」


 ……世界一可愛い、だと!?

 おのれ、ダルフェめ!

 寿命が残り少ない身ゆえ、その目玉までもが劣化しておるのか!?

 ふざけたことを言いおって……お前のその緑の目玉は毬藻かっ!?


「可愛いっ、これは可愛い過ぎるでしょうが!? やっぱ俺のジリは、世界でいっちば~ん可愛いっ!!」


 うむ、その目玉は藻決定なのだ!

 でなければ、あのチンケな幼生が世界一可愛くなど見えるはずがない!


「毬藻目玉ダルフェよ、訂正するのだ! ……我のほうが数倍っ! いや、数億倍可愛いのだっ………ん?」


 抱き上げられ、限界まで垂れ下がった目のダルフェに頬ずりされている幼生の姿……その衣類の色に、我はふと気付く。

 ……緋色のレカサを着ているのか?


「はぁ? 誰が毬藻っすか? ったく、なに阿呆な事を言って………………んん? あれ? ジリ、ちょっと父ちゃんに服を見せてくれっかな?」 


 ダルフェは我を数秒見てから。

 頬を寄せていた幼生の脇に両腕を入れ、高く掲げた。

 そのため、我からも人型となった幼生の全身がよく見えて……金糸と銀糸で縫われた毒茸、ではなく彩雲を模した細やかな模様が…………これは似ておるどころではなく、同じではないかっ!?


「あっー、やっぱり! 旦那、ジリとお揃いじゃないっすか! ずっつりぃ~! 俺だってジリとお揃いが着てぇし!」


 お、お揃い?

 我と幼生がお揃いだと!?


「え……あれ? 本当だ! ハクちゃんの服、ジリ君とお揃いなのね!? 素敵っ!」


 我の腹に両腕を回し密着していたりこが、興奮気味に言った。

 しかも、その両目が眩しいほど輝いて……。


「……り、りこ?」


 なぜ、そんなことで興奮するのだ?

 興奮するなら、夫である我の体に触れた時にすべきではないか!?

 りこ、興奮の使用方法が間違っておるぞ!?


「なんだかんだ言ってもハクちゃんは、ジリ君と本当は仲良しなのね……良かった!」


 我の体から腕を放すと、りこはその手を我の右手に重ね、握り。

 そして、笑んだ。


「嬉しい……ありがとう、ハク。好き……ハクちゃん大好き」


 その笑みを見た我の心臓は、激しく上下に動き。

 脳はりこの笑顔に占領され、幼生のことを考えることなど出来なくなった。


「り、りこ……う、うむ。な、な、なかっ、仲良し? そ、そうなのだ!」


 すまぬのだ、りこ!

 針を千本飲むから、嘘吐きな我を許してくれっ!








「トリィ様。義父(おとう)様が作ってくださったプリンです。紅茶でよろしいですか? 珈琲、緑茶もありますよ?」


 磨きこんだ石で作られた円形のテーブルの上に、カイユが皿を置いた。

 椅子に座ったりこの前に供されたそれは、食べられることを喜ぶのか嘆くのかは不明だが、ふるふるとその黄色い身を揺らした。

 “ぷりん”の頭頂部(ん? 正しくはなんと言うべきなのだ?)には粘度のある濃い茶色の液体と生クリームがのり、“ぷりん”を囲うように見目良く切られた数種の果物が添えられていた。


「ありがとう、カイユ。紅茶でお願いします……わぁ、美味しそう!」

「……ぷりん」


 我は、りこの膝の上に立ち。

 テーブルの縁に顎を乗せ、“ぷりん”を確認した。

 ……我は人型をやめ、竜体になっていた。

 あの幼生とお揃いなど、嫌だからな!


「ハクちゃん、良い香りがするよね……ベリーの香りの入浴剤だったの? とっても良い香りね」


 幼生とお揃いなど、虫唾が走るのだ!

 我がお揃いでいたいのは、りこだけだ!


「気に入ったのか? では、今度は一緒に入ろう。我がりこを洗ってやるのだ」


 両手を“にぎにぎ”しながらそう言うと。


「え? 竜体のハクちゃんが……その可愛いにぎにぎの手で、あわあわスポンジを握って、私の背中を……」


 りこの頬が、染まった。

 ……りこの脳内では、我はこの姿のようだが。

 我はそのようなことは一言も言っておらぬぞ?


「おい、りこ。我は人がっ……」

「じじさまのぷりん! ジリ、とってもうれしね!」

「……」


 幼生の癇に障る声が、我の言葉を遮った。

 まあ、良い。

 これで、「我は言おうとしたが、幼生に邪魔されたのだ!」と、りこに言えるのだ。


「お! 親父のプリンか、久しぶりだな~。ジリ、まだ指がうまく使えてないだろ? 父ちゃんが食わせてやっからな」

「はい! ととさま、あ~ん、なのです!」


 幼生は人型に慣れず、四肢の動きが安定していない。

 ゆえに、スプーンを手に取ったダルフェが膝に座らせた息子の口に“ぷりん”を運んだ。

 ……ふん、面倒な事だ。

 どうせなら皿ごと、その生意気な口に突っ込んでやればよいものを!


「りこには我があ~んをしてやるのだ。カイユ、スプーンを寄越せ」


 りこの前に置かれた皿には、スプーンもフォークも添えられていなかった。

 それらを手に持ったカイユが仁王立ちし、我を見下しながら言った。


「ヴェルヴァイド様。スプーンをお渡しするのは、お話しが済んでからです」

「話し? 説教の間違いでは無いのか?」


 その冷たい視線はどう見ても、“お話し”ではないのではないか?


「……扉を蹴るなんて! 鯰の時といい、まったく貴方様はなんて足癖が悪いのかしらっ!」


 我よりカイユのほうがよほど悪い……という言葉が脳に浮かんだが。


「……」


 我は、黙った。

 ここでその事実を正論として述べた場合、我はスプーンは得られない可能性があるからだ。

 うむ、我はりこを得て以来、かなり賢くなった気がするな……。


「あのような事をして、扉がトリィ様に当たったらどうなさるおつもりですか!?」


 眼をつり上げ、カイユが言ったので。


「お前が室内に居るのだから、そのような事態にはならんのだ」


 我が、そう答えると。


「そんなことは言われるまでも無く当然のことなのです!! もっと常識的な立ち振舞いと、物を大事にするお気持ちを持って頂きたいのですっ!」


 カイユの手の中で、スプーンとフォークがぐにゃりと曲がった。

 やわい銀製品とはいえ、まったく……カイユこそ、物を粗末にしているではないか。

 しかし、少々賢くなった我は、それを指摘する事は今この場ですべきではないと判断し。


「まぁ、そのように怒るな。もう若くないのだから皺になるぞ?」


 当たり障りの無い事を、口にしてみたが。


「ッ!?」

「ハクちゃん!? し、信じられないっ……なんて失礼なこと言うの!? カイユ、カイユ! ごめんなさい!」


 それを聞いたりこは我を残し、萌黄色のレカサを着ているカイユへと駆け寄り。

 深々と頭を下げた。


「? りこ?」


 りこが去ったので。

 結果、我は顎をテーブルに乗せ、ぶら下がることになった。


「カイユ、ごめんなさい!」

「いいのですよ、全く気にしてませんから。さぁ、お顔を上げてください」

「カイユッ……」


 りこに頭を上げさせると。

 使い物にならなくなったフォークとスプーンを持たぬ方の手で、りこの髪を優しい手つきで撫でながら。


「……ヴェルヴァイド様。あちらに土鍋がありますわよ?」


 顎で部屋の奥を指し示しつつ、そう言った。

 鍋(反省部屋)を提示されるとは。


「……」


 はて?

 我は、一体なにを失敗したのだろうか?














前半部分の内容は『ジリ君とおっさん(1)』未来編http://ncode.syosetu.com/n7480o/8/と話しが繋がっています。

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