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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
173/212

第25話

 他者に与えられた痛みに笑む、か。


「……」


 つまり。

 つまり……ん?


「我も、ドMなのか?」

「…………は?」


 我はりこに指を“がじがじ”されるのが好きなのだ、大好きなのだ。

 我の指、その先全てが。

 りこの愛らしい歯に食まれる感覚を思い出し。

 じわりと、痺れた。


「世界で唯一人、りこだけが我に痛みを与えてくれるのだ……」


 そとの痛みだけではなく。

 なかの痛みも。

 りこだけが、我に痛みを感じさせてくれるのだ。

 我を傷つけることが出来るのは、りこだけなのだ……。


「うむ。我もドMなのだ」


 りこ、我のりこ。

 貴女のその柔らかな唇が。

 我の指を躊躇いがちに咥えるさまは。

 我の眼球を内から溶かし、理性を脳から排除するほど愛らしい事を貴女は知らないのだ。


「………………」

「うわっ!? 無表情なのに極上エロ顔! さすがの高等テクニックっすね」


 そう言い、折れた指をさすりながらダルフェは我から数歩離れた。

 その様に、我は気付く。

 たかが指の第一関節を傷めた程度で、あれ(・・)か。

 わざと馬鹿げた事を言い、我の注意を逸らそうとしたのか?

 ダルフェの再生能力の劣化は、我の予想以上に進行していたということか……。

 今後、ダルフェの取り扱いには我も注意が必要だな……面倒な事だが仕方あるまい。


「……りこはそこまではやってくれぬが、血が出るほどに……可能ならば食い千切って欲しいぐらい、強く“がじがじ”して欲しいのだ」


 ダルフェの再生能力の劣化について、我は問わなかった。

 我が気付いたことなど、ダルフェも分っているだろう。


「はぁ……“がじがじ”っすか?」


 我としては。

 誤魔化されてやっても良いのだ……今は、な。


「この我が家畜共を羨む日がこようとはな……我だって、豚や鶏のようにりこの血肉になりたいのだ」

「ったく、そんな阿呆な事を言って……馬鹿話してないで、さっさと行きましょう! 姫さんが待ってますよ……ん?」


 緑の瞳が、一瞬。

 回廊の窓へと視線を流す。

 空には、南へと向かう渡り鳥の群れ。


「あぁ、もうこんな時期っすか…………あの鳥、焼くより蒸したほうが美味いんですよねぇ」


 言いつつ、その視線は空から戻され。

 ダルフェは我に背を向け、歩き出した。


「………………ダルフェよ。我は体液以外もりこに摂取して欲しいという願望が、未だに捨て切れぬのだ。身体の交わりだけでは足りぬという想いは、消えるどころか強くなる。りこに喰らわれたいと思うのに、喰らい尽くしたいとも思ってしまうのだ。どうしたら良いのだ?」


 そのダルフェの後ろを、我は歩いた。


「まったく、困った人ですねぇ。俺が死んだら、こんな話しをする相手がいないでしょ? まぁ、あんたはそれを寂しいなんて思うほど“まとも”じゃねぇから、ある意味安心っすけどねぇ……」


 我とダルフェは。

 互いの顔を見ず。

 会話をしながら歩いた。


「ねぇ旦那。竜族は死んだら黄泉に行くってことになってますけど、人間は魂だけこの世に残ることができるって本当ですか? 人間の幽霊とかお化けとか……本物、見た事って有ります?」


 それは。

 りこの待つ部屋へと向かう、短い時間の事だったが。

 我としては、多くを喋り。

 とても、とても多くを喋り……。


「無い」


 そして。

 我は。

 

「そうっすか。とんでも無く長く生きているあんたが見たこと無いなら、幽霊なんていない……なれないってことっすよね? 残念だなぁ~……」


 突き当たった扉の前で、足を止めたダルフェに。


「……ダルフェ」

「なんすか?」

 

 言った。


「先程、我はお前の息子の転移の負荷を受けてやると言った“だけ”だぞ?」

「は?」

「蹴らぬとも殴らぬとも言っておらぬ」

「……って、ちょっ!? あんた、何する気ですかっ!? ぎゃあっ!?」


 前に立つダルフェを左手で掴み。

 我は、鋳物で作られた蔓で装飾された木製の扉を右足で蹴った。





「りこは我だけのりこなのだっ! 離れろ、幼生っ!!」





 我の蹴りで内側へと飛んだ木製の扉を室内に居たカイユが肘で打ち、派手な音を立てて床へと落とし。


「ヴェルヴァイド様、いきなりなにをなさるんですか!? ……ダルフェ! なぜ止めなかったのよ!? この役立たずっ!!」


 我が投げつけたダルフェの頭部を右手で掴み、高く持ち上げたカイユは怒りの声を上げた。


「幼生っ! そ、そこはっ! りこのお膝は夫である我だけの指定席なのだぞっ!?」


 我は我の予想通り、華奢な椅子に腰掛けたりこの膝に今まさに座ろうとしていた忌々しい物体へと突進し、排除しようと手を伸ばし……阻まれた。


「ハクちゃっ……きゃあああっ!? やめて、ハクちゃん、駄目っ!」


 りこが、それを抱え込んだので。

 我の手は、届かなかった。


「りこっ!?」


 ……普段は動作の遅いりこの素早い動きに、我は少々驚いた。

 何故こんな時だけ素早くなるのだ!?


「わわっ!? おっさん、こわしたの!? トントンしないし、おぎょうぎ、とーってもわるいの! ねぇね! このおっさん、わるいこね! ぶっぶぶぶー!!」


 りこの腕の間から聞こえたのは。

 我を嘲る声。


「くっ……貴様ぁああああ!! 再度溶液送りにしてくれるっ!!!」


 我にとっては導師(イマーム)などより、“これ”の方が気に障る……りこの寵愛を受ける“これ”のほうが嫌いなのだ!


「ハクちゃん、落ち着いて! こらジリ君、出ないの! 危ないから、ねぇねから離れちゃ駄目よ! ハクちゃん、ごめんなさいっ……ジリ君、まだ体が安定してなくて、ふらふらしてたから! だから、だからっ……ジリ君を怒らないで!」


 身をかがめ、りこが我からそれを守ろうと声をあげると。

 りこの細い腕の間から、ひょこりとそれが顔を出した。


「おっさん、しっし! ねぇねはジリとぷりんたべるの!」

 

 幼児独特の丸みを持った顔、鮮やかな緑の瞳。

 頭部を覆う、ふわりとした栗色の髪。

 

「ぷ、ぷりん? ……図に乗りおって、幼生めがっ! ダルフェ! いつまでも呆けてないで、さっさとお前の息子をりこから剥がすのだっ!!」


 りこに抱えられているのは。

 りこの好む鱗を持った竜族の幼生ではなく。 

 人の形をした、幼子だった。


「え……あ、ジッ……ジリギエ?」


 忌々しい幼生は。

 ダルフェの息子は。

 人型と、なっていた。

 通常、竜体から人型へ変態可能になるには生まれてから十数年から数十年。

 個体差はあるが、基本的に幼生期の変態は不可能なのだ。

 竜体から人型への早すぎる変態は、成長促進剤の副作用だろうが……人間的には三、四歳前後の形態か……。


「……なんつー可愛さ!! 可愛い! さすが俺とカイユの息子っ!!」

 

 ダルフェの顔が気色悪い程、崩れた。

 その右頬に青痣あるのは、カイユに殴られたからだろう。


「ととさま! ジリって、とーってもかわいいでしょ? うふふ、わるいこのおっさんは、ちっともかわいくな~い!」

「ッ!?」


 勝ち誇ったように笑むその顔を見たダルフェが、どこぞの乙女のように頬に手を添えて叫んだ。

 

「ジリ! なんて可愛いんだ! 父ちゃんにも抱っこさせてくれ!!」


 ダルフェは喜色満面で駆け寄り、りこから息子を受け取ると抱きしめた。

 立ち尽くす我の胴に、椅子から腰を上げたりこが両腕を回し、ぎゅうっと抱きしめてくれたが。

 その意図は、ダルフェに抱かれたあれに我が危害を加えぬように捕獲したつもりなのだろう……贔屓だ、これは依怙贔屓なのだ!


「……」 

「ハクッ……ハ、ハハハクちゃん?  大丈夫!? 眼、瞳孔が開いちゃってるわよ!? 呼吸、止まってるし!? ジリ君があんまり可愛くなっててびっくりしちゃったの? そ、そうよね!? ハクちゃんでもびっくりするくらい、可愛いでしょう!? あ! もちろん、ハクちゃんだってとっても可愛いわよ!?」

「…………」


 --可愛い?

 --りこはあれが、あんなモノが可愛いのか?


「…………………」


 --りこの好む鱗が無い、唯の幼児だぞ?

 ーー鱗が無い人型なのに“可愛い”だと!?

 

「ううっ、天使だ! 可愛い! 可愛すぎる……俺の息子は天使だぜ!」


 ダルフェは頬ずりしながら、そう言った。

 その父親の垂れ下がった目からは見えぬ角度で、そやつは我へと。

 

「……(べぇ~、っだ!)」

「…………ッ!?」


 りこがあちらを見ておらぬのを確認しての、挑発行為。

 天使?

 否。

 それは、悪魔なのだ。















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