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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
171/212

第24話

 成長促進剤の副作用は。

 寿命の、欠損。


「ジッ……ジ、リッ……ギエッ」


 ダルフェの蹲るこの石の床は。


「……」


 冷たいのだろうか?







「……ダルフェよ」

「…………」


 このダルフェを。

 このようなダルフェの姿を、りこに見せてはいけないのだ。


「…………寿命が欠けるといっても」


 ……何故、我はそう感じ、そのように思うのか。

 きっと。

 このダルフェの様を見ても。

 りこは笑わない、笑えない。

 我のりこは、笑わないのだ……悲しむだろう。

 ダルフェは、カイユ同様にりこの気に入りなのだから。

 我は、りこに笑っていて欲しいのだ。

 世界中の者を悲嘆の中に沈めても。

 りこには、笑んでいて欲しいのだ。


「たった数十年だけなのだ。竜族にとって、たいした事ではな…」

「“たった”!? 嫁さんが人間のあんたには、その40~50年がどんなに貴重なもんだかわかるでしょうがっ!?」

「……」


 我はりこには、笑んで欲しいのに。

 吼えるように言ったダルフェのさまに、我の言葉が“駄目”であったと気付かされた。

 我は。

 我は……これは、こういう時はなんと言うべきなのだ?


「我は……分らぬのだ」


 我は、駄目だ。

 まだ、駄目なのだ。


「なっ……なんで分らないんです!? あんただってっ……」

「理解は出来るが、分らぬ。りことお前の息子では、我にとっては根本的に“違う”のだ」


 りこがこのダルフェを見たらどう思うかとの考えから、幼生の件をここで話したのだ。

 つまり、我の中にほとんど無いであろう気遣いを掻き集めて総動員したのはダルフェにであって、幼生に対しては“結果的にはそうなったが問題無し”程度なのだ。

 あの幼生自身も、40~50年の寿命を無くしたことなどたいして気にしておらぬだろう。

 ダルフェが思うより、あの個体はかなり図太い神経をしている。

 今だかつて、四竜帝だとて幼生時期にあのような態度を我にとる個体は無かった。

 りこという盾が存在しているからとはいえ、あきれを通り越して賞賛に値するほどの驚異的な図太さなのだ。

 

「……姫さんとはち、がう? ……そんなこと、言われなくても知ってますよ! でも、大陸間移動の時、旦那は勝手に付いていったジリギエを守ってくれたんでしょう!? だからジリギエは、死なずに済んだ。生きてただけで御の字だって、俺だって頭では分っているんですっ……あんたがジリギエを負荷から守ってくれたことに、ちゃんと感謝してるのにっ……でも、俺はっ!」


 我を見上げる瞳は。

 燃え立つ緑。

 そこにあるのは、我にとっては見慣れた憎悪の炎。 


「……俺の頭ん中には、あんたを責める言葉でいっぱいになっちまうっ! あんたは悪くないのにっ!!」


 我が悪くない?

 そう思うから責める言葉を、吐きださぬのか?

 ダルフェよ。

 そのようなこと、気にする事など無いのだ。

 我は責められても良いし、憎まれてもかまわないのだから。

 我はお前に責められようが憎まれようが気にせぬし、傷つかない。 

 だから、我を罵ってもかまわないのだぞ?


「…………幼生の内部があれほど痛んだのは、我の想定外なのだ」

「……あんたの想像以上に、餓鬼ってのはっ……か弱いんっすよ…………カイユはこのこと、もう知ってるんですか? カイユ、カイユッ……ごめん、アリーリアッ……ごめんなっ、ジリギエッ……」


 瞬きを忘れた緑の瞳が熱を帯びて融け出し、眦を伝う。

 でも、ダルフェは我を見上げ続ける。

 まるで、何かを乞うかのように……。


「ダルフェよ」 


 その憎悪と懇願に。

 我が、我に。

 できることはないのだ。


「我は我が悪いとは全く思っておらぬので、お前にもカイユにも幼生にも謝罪はしないのだ」

「………いいんですよ、あんたはそれで……いいんです……」


 ダルフェらしからぬ、力ない小さな声。

 寄せられた、赤い眉。


「謝罪はせぬ、が」


 ダルフェの息子は。

 我のりこのお気に入りの個体であり……りこの竜騎士なのだ。


「もし」


 我はあれを殴る気はあっても、壊す気は無く。

 足蹴にする気はあっても、潰す気は全く無いのだ。


未来(さき)に。お前の息子が、我の転移による大陸間移動を望んだ時は」


 いずれ、成竜になれば。

 自らの翼で、大陸間を飛行可能にはなるが。


「負荷は、我が引き受けよう」


 “間に合わない”場合は、我が手を貸してやろう。


「……えっ? ……旦那……?」


 我は。

 立ったまま。

 小指を、差し出した。


「……なんすか? この指」

「ダルフェ」


 我を見上げるダルフェの鼻先に。

 小指を置いた。


「負荷でお前の息子の腕がもげそうになったら、我の腕を変わりにしよう」

「……」


 我は、我なりに考えて。


「お前の息子の頭蓋が潰れそうになったら、我の頭部を差し出そう」

「…………」


 そう、言った。


「だから」

「…………」


 ダルフェは。


「もう」

「…………」


 眼を見開き。

 口を、酸欠の魚のようにして。


「泣くな」

「…………ッ」


 泣くなと我は言ったのに。

 さらに涙を増やした。

 泣くなと言ったのに、さらに泣かれて。

 我は少々、焦った。

 これは、やはり我がダルフェを泣かしたということになるのか?

 りこにばれたら怒って、今夜は相手をしてもらえぬやもしれぬぞ!?

 閨どころか、“ぎゅう”も“ちゅう”も“あ~ん”もお預けをくらうのではないかっ!?


「……ダッ……ダルフェ。特別に指きりげんまんをしてやるから、泣くな。さぁ、お前も指を出すのだ」


 我は、必死だった。

 顔は相変わらずの無表情かもしれぬが、内心はかなり焦っていた。

 ダルフェを泣かしたと、りこには絶対に知られてはいかんのだ!

 りこに“ぎゅう”も“ちゅう”も“あ~ん”もお預けをくらったら、我はショックで臓腑をその場で吐いてしまうぞ!?

 駄目なのだ!

 りこの前で、臓腑を吐くなど駄目なのだぁああああ!!


「ゆび、きり……これって……約束を破ったら針を千本飲むってやつ……針千本飲んだってあんた、死なないクセに…………でも、それってすげぇ痛いっすよね?」


 ダルフェが、眼を細めて言った。

 口元が上がり、咽喉がくっと鳴った。 


「多分、な」


 痛覚はあるが。

 “すげぇ痛い”かどうかは、痛みの基準が分らない我には判断不可能だが……黙っておくのだ。

 黙っただけなので、嘘は言っていないのだ。

 痛みが無いわけではないので、我は嘘つきにはならないのだ。


「じゃ、まぁ、それでいいです」


 りこより太く硬いダルフェ指が、我の小指にかけられた。

 ……今はまだ小さなあの幼生の指も、そう遠くない未来にはダルフェと同じようになるのだろう。


「で、こうやってからなんて言うんでしたっけ?」

「時間が惜しいのでその辺りは省略なのだ。……さあ、立て。行くぞ、ダルフェ」


 我は小指でそのまま一気にダルフェを持ち上げ、立たせた。


「え、省略って、ちょ、うわっ!? ぎゃあっ! 小指の第一関節いっちまったじゃないっすか!?」


 文句を言うその顔は。

 笑んでいた。

 指を折られて笑うとは。


「…………なるほど」


 これが所謂(いわゆる)


「? なんすか?」

「いや、別になのだ」


ドMという生き物なのだな。




 




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