第16話
『死人が出なくて良かったですね〜』
しみじみと言うと陛下に殴られた。
『ダルフェ! てめぇがさっさとヴェルのつがいの娘を帝都に連れてこんからこんなことになったんじゃねえか!』
医務室に大臣達を運び込み、王子を医師に見せ。
腰の抜けた少女を立たせてやり、のびてる‘魔女‘をたたき起こし……。
忙しく動く俺に陛下は容赦ない。
『この無能! 役立たず!』
さすがハニーの主。
罵倒台詞も同じだ。
『青の竜帝様、これは一体』
医務室には大臣の一人に付き添われた王がいた。
咽喉に薬を塗られ、包帯を巻く息子を見て絶句している。
大臣……ゼイデは陛下に説明を求めた。
だが、陛下は瑠璃色の眼を細めて……無視した。
ゼイデの眉がぴくりと動いたが、それだけだった。
異議を唱える権利は‘人間‘には無い。
『義父上』
ダルド王子は咽喉に手をやり、呟くように言った。
『私は【人間】が知らなくていいことを、気づくべきでは無いことを……』
この王子は6歳から10歳まで帝都で過ごした。
ある理由から‘特例‘としてそうなったらしいが、俺は興味が無かったから詳細は知らない。
ただ、親代わりに面倒を見ていた陛下が王子を今でも特別扱いなのはハニーから聞いている。
側近中の側近であるハニーを派遣するほど……。
『そうだな。お前は昔から賢かった』
陛下は王子の額に小さな手をかざした……陛下の竜体は旦那とそっくりだ。
色が違うだけで大きさ、姿形は全く同じ。
俺やハニーの竜体とは違う……最上位竜だけがとれる【凝縮体】。
青の竜帝には旦那さえ持っていない特殊な能力がある。
『忘れろ。【人間】として幸せに生きる為に』
記憶消去。
王子が意識を失い垂れ込むのを小さな青い竜が軽々と支え、静かに横たえた。
『ヴェルヴァイド。これは1つ貸しだな』
陛下が青い指を軽く弾くと、一人を残し全員がその場に崩れる。
『陛下。やっぱ‘魔女‘の【記憶】は陛下でも消せないんですか?』
俺は‘常世の魔女‘を指差し、陛下に尋ねた。
‘魔女‘は笑った。自嘲のそれはどこか悲しげだった。
『くくっ。竜帝でも私の【記憶】は消せませんものね』
『お前の【記憶】は【記録】だからな。すまんが俺様にも無理だ』
陛下は‘魔女‘の髪を撫でる。
その優しい仕草。
『辛いなら、言うが良い。死を望むがいい。俺がお前にしてやれるのはそれだけだ』
『……逃げるのは性に合いませんわ』
強く美しく、悲しい女だと思う。
『そうか。……今回の件、後始末を頼む。消したのは先ほどの騒ぎの記憶だけだ。ヴェルの‘つがい‘の後見人にはセイフォン皇太子ダルドを。<竜帝>が認める。ダルド一代限りのものであり、次代への引継ぎは無し。各国への告知は‘帝都‘が行う。異論は認めん』
王子は20歳。
つまり数十年はこの国は安泰ってことだな。
ま、セイフォンが栄えようと滅びようと俺はどうでもいいんだが。
『陛下。無理なんじゃないですかぁ? 旦那が許可出すはずないと思うんですが』
離宮へ徒歩で(陛下は飛んでるが)向いながら、俺は陛下に進言した。
どう考えたって旦那が姫さんと陛下を会わせるとは……。
ハニーが陛下と姫さんの対面を楽しみにしているようだったから、言えなかった。
が、ここには俺と陛下の二人しかいない。
遠慮なく、言わせてもらおう!
『旦那も一応は竜族ですから。他の雄、しかも‘つがい‘を得ていない陛下を姫さんに近づけるはずないですよ。無理に会おうとすれば今度こそぶっ殺されますよ』
旦那は強い。
しかも……日に日に凶暴化している気がする。
以前の旦那はあらゆることに無関心だったせいか何を言われてもされても、反応が無かった。
それが今じゃ拳・蹴りを使うのも日常茶飯事だ。
姫さんの手前、殺さないように加減してるにしたってなぁ。
俺だからなんとかなってるが普通の竜族だったら死んでるって。
『なんとかしろ』
おい。
『会わずに帰ってくれませんか? 必ず帝都に連れて行きますから。帝都に着くまでには姫さんが旦那の手綱を取れるように……』
『なんとかしろ』
あぁ、ハニー。
俺の死期は近いかも。
陛下と俺は旦那と違って術式を使えないので、離宮までの道のりは自力での移動になる。
術式は人間のものだ。
竜族はあらゆる面で人間より優れているが、この二点では脆弱な人間共に負けている。
繁殖力。
そして術式という【力】。
竜族が世界の覇者として君臨しない……出来ないのはそのためだ。
最も人間と違い竜族は殺戮を好まない穏やかな生き物ということもある。
人間から見れば異論もあるだろうが。
他種族を虐げてまで繁栄しようなどと野望も無く、人間との共存を選んで。
人間は同属同士殺しあうが、絶対数が少ない竜族は同属殺しはしない。
まぁ、例外もある。
旦那と四竜帝、それに……俺はそれも『仕事』だから、殺せるけどな。
<白金の悪魔>か……そういや随分と久しぶりにきいたな。
『陛下、人間は勝手ですねぇ。旦那を自分達の都合で神にしたり悪魔にしたり。ダルド王子は旦那が姫さんの名を口にしたもんだから<白金の悪魔>が<監視者>だって気づいちまった。旦那は世界を守る存在なんかじゃないって事を』
『<監視者>が秩序のために‘強く高慢な竜族‘と人間の均衡を守ってるなんて、どっかのいかれた預言者の妄想だ。数百年前からそれを信じている人間のなんと滑稽で哀れで……幸せなことか。だが、それでいい。幸せなままで』
世界最強の竜が人間の味方だというおめでたい勘違い。
あの人は人間が滅びようと気にしない。
それは……竜族に対しても同じ。
竜族の姿をしているが、旦那は‘違う‘のだ。
術式を人間以上に使いこなし、竜族すら超えた‘存在‘。
『旦那はいったいなに者なんですかねぇ、陛下』
神。
昔はそう考えたこともあったが。
『さあな。ま、神様なんてお綺麗な存在じゃねぇのは確かだな』
これは俺も素直に頷ける。
‘つがい‘の姫さんと風呂に入り続ける為にも人型を知られたく無かったなんて。
そんな神様、嫌だ。