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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
166/212

第19話

残酷な描写があります。ご注意ください。

短くなってしまったハクの髪のことは、これはこれで仕方なかったとして。


「ハクちゃん、導師(イマーム)って?」


 ダルフェさんに“首を落とす気”で刀を抜かせた、“こっち”も私はすごーっく気になっていた。

 だから、訊いてみた……けれど。


「…………」

「ハク?」


 “ゆるふわかっぱ”なハクは、答えてくれない。


「……………………」


 私をじーっと見て……真珠色の睫毛に飾られた黄金の眼は、瞬くことなく私を見た。

 ……う~ん、“ゆるふわかっぱ”であろうとも、こんな髪型でも美形は美形なんだと、私はその瞳を見返しつつそう思ってしまう。

 うん、美形って得ですね……。


「……ハクちゃん?」


 答えない彼の名を再度呼ぶと。

 彼の特徴的な人とは違う縦に細い瞳孔が、一瞬……微かに揺れた。


「ハク……ハクちゃん? どうしたの? なにかっ……ぁ!?」


 しまったと、口を噤んだ。

 ああ、もしかして。

 私、訊いちゃいけなかった?


 ----ダルフェ。謀ったな?

 ----あ~、うん。ま、遅かれ早かれってことで!


 さっきの二人の会話からすると……。

 導師(イマーム)って……ダルフェさん的には私に知って欲しいことだったけれど、ハクちゃんは私に知って欲しくなかったってこと?

 あ。

 こ、これはちょっとまずいかもっ……ハクちゃんが私に知って欲しくないって思っていることだったら、私は無理に知ろうなんてっ……ハクちゃんがそう判断したのは、私のことを考えてくれてのことだろうし……。


「あ、あの! いいいいい、いい、いいです! 今の質問、無しでいいです! 導師(イマーム)、教えてくれなくて、いいです!! ちょ、ちょっと、なんだろうって思っただけで……ハクちゃん、ごめんね! もう、そのことは訊かないからっ!」


 切り落とされたハクの髪を両手でぎゅっと握り、そう言った私の声は動揺丸出しだった。


「………りこ」


 ハクの視線が、下方に移動して……彼の髪を握る私の手を見たかと思うと。


「持つならば。こちら、なのだ」

「ハクちゃん?」


 大きな白い手が、私のそれに重なると同時に。


「え? ……きゃっ!?」


 握り締めていた髪が青白い光を発し、消えて。


「か、髪の毛が無くなっ……!?」

「りこ」


 そして。

 身をかがめ、額をこつんと合わせたハクは。

 緩やかに波打つ長い髪へと、私の手を導いた。


「あ……髪の毛がっ……元に?」


 短くなっていた真珠色の髪は、見慣れた長さを取り戻していた……ええっ!?

 長さ自由自在なの!?

 ハクちゃん、貴方はどんな毛根してるのっ!?


「手にするならば」

「……へ?」


 驚きで固まり間抜けな声を出してしまった私の手に、重なったハクの手が指を絡ませ開いて。


「我と繋がっていたほうが良いだろう?」


 私の手に、長い髪を握らせた。


「……え?……あ…う、うん!」


 正直、消えてしまった髪に未練があったけれど。

 さすがにそれを口には出せない……うう、もったいない……髪、どこ行っちゃったんだろう……ああ、でも、髪が元に戻ってくれて、嬉しいです!


「りこは我の鱗だけでなく、髪も好きなのだな? ……我も、りこの髪が好きだ」


 消えた髪の行方が気になる私に、ハクはそう言いながら……私の頭頂部に顔を寄せ。

 髪に唇で触れながら、言った。


「……知りたいなら、訊くが良い」


 重なった手に。

 絡ませた指にひかれ。


「ハクちゃん。私、訊いて良いの?」


 私の肌に、皮膚に触れている彼の手は、指は。

 冷たいけれど。


「かまわん」


 この世で一番ほっとする、温度。

 とっても、とっても……優しい温度、優しい体温。

 重なる手から伝わるやさしさに後押しされて、私は訊いた。


「ハク。……導師(イマーム)って……」


 胸の奥底の不安が濃くなった。

 だって。

 ダルフェさんが首を斬ろうと……瞬時に殺してしまうつもりだった相手なんて……きっと、すごく危険で怖い存在ってことでしょう?


導師(イマーム)って誰? 何者なの?」


 形の見えない不安が、これ以上濃くならないように。

 重なった手から伝わる温度にすがる私に、ハクは……。




「さあ? 知らん」

「はい?」




 …………あ、あれ?

 今、“知らん”って、言いました!?

 訊いて良いって言っておきながら、知らんってなに!?


「ハ、ハクちゃん! 知らないのっ!?」


 ええええええぇ~っ!?

 ちょ、ちょっと!

 知らないって、どういうことですかっ!?


「ねぇ、ハッ…」

「あー、姫さん。ちょい待ち! うん、はいはいっ! 俺が説明しま~っす!」

「ダルフェ?」


 右手を挙げたダルフェさんは、そう言うとウィンクをひとつしてから。


「あのね、姫さん。導師イマームってのはね……<監視者>の<処分>対象だってのが最近判った術士だ」


 そう、言った。

 <監視者>の<処分>対象……それって、つまり。

 ハクちゃんが、ハクが。

 その人を、導師イマームを。

 ……処分ってことは……。


「……じゃあ、その人はハクにっ……ハクはその人をっ……」


 ----殺しに、行くんですか?

 私には……その言葉を口にする事は、出来なかった。

 ハクが誰かを殺す……殺さなきゃならないなんて……。


「……」

「まあ、うん。姫さんの考えてる通り、旦那はそうする(・・・・)んだけどね。それが<監視者>の役目だから。でもな、今回問題なのは導師(イマーム)が姫さんの存在を知っているってことなんだ」


 え?


「わ、私ですか?」

導師(イマーム)は、処分原因となる術式への関わりが方が特殊でね。だから、通常の処分対象者みたいに術式の痕跡を辿って旦那は追えない。でも、導師(イマーム)のほうでは<監視者>の動向を、ある程度把握してるみたいでねぇ」


 ダルフェさんの手が左手動き、刀の鍔を指先で弾く。


導師(イマーム)って奴はね」

「……」


 それは規則正しいリズムで数十秒間行われ……唐突に止った。


「……姫さんを殺す気みたいだぜ?」

「ッ!?」


 私を!?


導師イマームは正体不明の術士だけどねぇ、最高クラスの術士だってことは分かってる。つまり、<転移>だって簡単にできる。契約術士がいないこの城はな~んの【障壁】も無い状態だから、<転移>で侵入され放題なわけ」

「え!?」


 薄い紫のレカサを着たハクの体に、いっそう身を寄せた私を。


「……りこ、りこ。貴女には我がいるのだ」

「う、うん。うん、ハク」


 ハクの長い腕が、さらに引き寄せ抱いてくれた。

 元に戻った真珠色の長い髪が私の肩に、腕に、蜜のように流れて……ふわりと香るハクの匂いが肺に満ち、体の内部からも私を抱いてくれるかのようで……安心する。


「ダルフェ。お前は何故そのようにりこに言う(・・・・・・・・・・)のだ?」


 ハクの問いに、ダルフェさんは緑の瞳を細めて答えた。


「旦那。今は(・・)、あんたは黙っててくれます?」

「…………………なるほど。今は(・・)、な」


 ハクちゃんの“なるほど”が。

 それが何にたいしての“なるほど”なのか。

 回転の遅い私の脳が疑問を強く感じる前に、ダルフェさんは強烈な発言をして、私の意識をぐいっと引き戻した。


「あのね、姫さん。導師イマームは竜族殺しの、『珠狩り』の首謀者だ」


 た、珠狩り!


「『珠狩り』のっ……導師(イマーム)が首謀者ってどういうことですか!?」


 カイユさんのお母さんは『珠狩り』の被害者で、加害者はセイフォンの王宮術士だった人よね!?

 首謀者ってことは、その王宮術士と関係がっ……!?


「一応竜族内でも特一級の機密扱いだから、詳細は言えないけどねぇ……術士だからって、皆が竜珠を盗る技術を持っているわけじゃない。導師(イマーム)が禁術を教えた術士だけが、それが出来る。……と、俺達……四竜帝達は考えているんだ」

導師(イマーム)って人が……」


 カイユさんのお母さんの竜珠を奪った術士は行方不明……逃亡中で見つかってないのよね?

 ……導師(イマーム)って人が……竜珠の奪い方を教えてる?

導師(イマーム)が禁術を教えた術士だけ、それが出来る……?


「……それって………あ、あのっ! ダルフェ! 私に輪止をした術士の人が言って……確か、言ってました! わたっ……わ、私の竜珠を奪うことができたならって!」


 そう!

 あの術士は、言っていた!


「……なんだって? あいつがか!?」


 私の言葉に、ダルフェさんの表情が険しいものへと変化した。

 その様をみて、私は確信する。

 これが、大事な……重要な事だと。


「え、あ、、はい! あ、あのっ、確か“今の私の術力ではできない”って言って……それって、前は出来てたってことですよねっ!? 彼が『竜珠狩り』の術式を知っていたってことは、導師(イマーム)って人と関係があるってことですよねっ!?」


 私は自分の頭の中から、もっと細かな情報を……役に立てるかもしれない記憶がないか、必死に辿った。

 導師(イマーム)は、カイユさんのお母さんを殺害した犯人を探す手がかりになる!

 そして……導師(イマーム)を捕らえなくては、ミルミラさんのような被害者がこの先も出てしまう!

 私の覚えているあの術士の言動の中に、もっと他になにか……。


 


「………………そやつ()、我の竜珠を?」



 え?

 ハクの言葉が、ぐるぐる回っていた私の思考を止めた。


「ハクちゃん?」


 そやつ……“も”?

 それに、“我の”って言ったよね?

 “りこの”って、言わなかった……。

 あの術士は“私の竜珠”を奪えればって……私の中にある竜珠が元は誰のものかなんて、あの人は知らない……ハクの、<監視者>のなんて、知らないのだから……。


「ハクちゃん、今、そやつ“も”って言っ…」

「あー、ごめん姫さん! 話続けてくれる? 大事なとこだから! あいつ、他に何か言ってなかったか?」


 ハクの腕と髪に囲われている私を覗き込むように、ダルフェさんが長身を屈めて訊いてきた。


「あ、えっと、他には……その、す、すみません……」


 私は顔を横に振った……お役に立て無くて、情けないです。

 手を刺さして私を竜族かどうか確認した事とかは、導師と関係ないだろうし……ここでそれをハクに聞かせるのも、ちょっとどうかと思うので……。


「……あの野郎、導師と繋がってたのかっ……赤の城を出てからだな。ここに居た時は、導師と接触してたとは考え難い………………ったく! はあ~あぁあああ、しくじったなぁ~!」


 赤い髪を両手でガシガシと乱暴にかき、ダルフェさんは天井を仰いだ。


「俺、殺しちまったからねぁ~………あいつが導師(イマーム)と……城を追い出してからの足取りを調べるしかねぇか……俺が青の大陸に行くちょっと前だよな…………………そういや……旦那。御報告が一つあるんすけど? 実は、おかしなことがありましてね……」


 ダルフェさんは乱れた髪を手櫛で直しながら、ハクへと視線を動かし。

 緑の眼は長さを戻したハクの髪を見て、そのまま下方へ移動し……足先まで眺めた。


「なんだ?」


 意味深な視線の動きに、ハクが問いかけると。


「姫さんが飛ばされた時に身に着けてた旦那の欠片が、消えちまったんです。なんとかなりません?」


 あ!

 アリシャリって人に盗られた、ハクの欠片のネックレス!


「……要らぬので、我はなんとかしないのだ」


 ちょ、ちょっと待って!

 要らなくなんて、無いです!


「ハク! ハクちゃん! 私、取り戻したい!」


 ハクにそう言うと。

 真珠色の睫毛に縁取られた瞳を、数回瞬きさせて。


「何故だ? 欠片は他にも有るだろう? 青の城にあるのだ。今すぐ食いたいならば、此処に転移させるぞ?」

「ちがっ……食べたいからじゃなくてっ!」

「あ! ほらねぇ~! やっぱ簡単に持ってこれんじゃないっすか! 行方不明になった欠片もちゃっちゃと回収しちゃってくださいって!」


 ハクの言葉にダルフェさんが素早く反応し、声を上げた。

 私もそれに便乗、じゃなくて賛成です!


「ハク! 欠片は貴方の一部だったものなんだから、とっても大事なの! 捨てちゃうなんてできない! 回収できるならして欲しい!」

「……りこはアレが大事なのか?」

「そうよ! 私にとってハクは大切な人だから、欠片も大事なのっ!」

「……つまり。りこは、我が大切で大事で大好きで愛しているということだな?」

「え?」


 大切で大事で大好きで愛している!?

 真顔でっていうか、その顔で眉すら動かさないでそれを言えちゃうところがすごい……ううう、こっちが照れてしまうのです!


「あ、う、うん!」

「……確認するが。大切で大事で大好きで愛しているということだな?」


 く、繰り返しますか……。

 確認しなくたって、そんなの分かってるクセに!


「……りこ?」


 うう、顔が熱くなってきた……ダルフェさんがいるのにっ。


「姫さん、ほら、がんばれ!」


 ちょっとダルフェさん!

 垂れ目の下がり方が三割増しですよ!?

 がんばれって……面白がってるでしょう!?


「はい、うん、そうです……ハクが大好き、だから、あのネックレスがっ……」

「…………再度確認するが。大切で大事で大好きで愛しているということだな?」


 もう!

 ハクちゃん、確信犯でしょ!?


「りこ? どうしたのだ? 顔が赤いぞ? 我は確認をしたいだけなのだが?」


 うう、なにも今ここでSッ気ちょっと出さなくても……。


「そ、そうです! 私はハクが大切で大事で大好きで愛してますっ!」

「……そうか。ならば」


 そう言ったハクの色素の薄い唇の両端が、微かに上がる……他の人には分からないかもだけど、私には分かる。

 ハクが、微笑んだのだと……。


「他の男の体液で穢れたあれは触らぬ、食わぬ、身に着けぬと約束するか?」

「触りません、食べません、つけません!」 

「…………“ゆびきりげんまん”できるか?」


 ハクの小指が、私に差し出され。

 真珠色の爪が宝石のように、その指先で煌めいていた。 


「も、もちろんよ!」

「……………………言っておくが。りこの場合、針千本では無いぞ?」


 小指に私が自分の小指を添わせると、ハクは言った。


「え?」

「我のりこに針千本を飲ませることなど、絶対に駄目なのだ。………そうだな、うむ。りこには………りこに飲ませるならば………飲ませるのは、りこの口……口……………りこの……………」

「ハクちゃん?」

「…………ゆびきりで何を飲ませるかは、今回は無しで良いのだ」

「ハク?」

「…………」

「え? なんで?」

「……………………」


 おちび竜の時みたいに、金の眼をくるんと回してハクは黙ってしまった。


「姫さん。きっと、旦那はすんげぇ~エロいこと考えたんだぜ? 変態だな、変態!」


 ダルフェさんが呆れたような眼でハクを見て、そう言った。


「ちょっ……ダルフェさん!」


 ダルフェさん、誤解です!

 変態系(?)の知識は、ダルフェさんが貸してくれた本から得てしまっただけであって、ダルフェ文庫のあんなことこんなことを実践してはいませっ……あ……す、すこしはその、あれですけどね!


「まあ、とにかくちゃっちゃとやってくださいよ。姫さんは誰かさんのせいで飯が中断したままなんですからねぇ。ちゃんと食わせないと、俺がカイユにお仕置きされちまうでしょ? ……まぁ、それはそれで役得なんすけどねぇ~……」


 うっ……出た!

 カイユさん限定ドM発言!

 ああ、なんかほっとするかも……これはこれで日常に帰ってきたって感じといいますか……。


「ハクちゃん、やってもらえる?」


 指を彼から離し、訊くと。


「分かった。我のこの手に転移させる。が、りこは触るな。見るだけなのだぞ?」

「う、うん」


 私の返事を聞き、ハクは頷き。

 自分の右手を自分の肩の高さまで揚げた。

 ……私の手が届かないようにってこと?

 もう、私、ちゃんと約束したのに……。


「………………ほら、りこ。戻ったのだ」 


 ハクが、私に見えるようにその手を下げてくれた。

 うわ、あっという間っていうか、そんなに簡単にできる事だったのね!


「もう!? すごい、ありがとうハク!」


 触らないと約束したので、手は出さず見るだけ……あれ?


「…………ハクちゃん、無いけど?」


 その手には、私が盗られたハクの欠片のネックレスは無かった。


「ん? 確かに戻ってきたのだがな?」


 空の手を見て、ハクが眼を細めた。


「? 数秒で消えるとは。【不安定】だったのか? 待て。もう一度…………」


 その目元が、不意にピクリと動き。

 ゆっくりと数回瞬きをして……眼球の動きが止まった。


「ハクちゃん?」

「旦那?」


 あれ?

 なに?

 どうしたの?


「………………………………………ダルフェッ、来る(・・)ぞっ!!」

「了解ッ!」


 一瞬の、浮遊感。


「え?」


 ハクが。

 私を投げ。


「え!?」


 私をキャッチし、小脇に抱えたダルフェさんが。

 同時にその長い足を伸ばし。

 床を蹴ると。

 床下収納の蓋が、垂直に立った。


「ダルフェッ……ハクッ!?」


 それはハクの姿を、私の視界から奪い。

 目の前に壁のように立っていたそれに、蜘蛛の巣のように線が……亀裂が入る。

 部屋にあったものが、後方へ飛んで行き……ローテーブルにクッション、敷物や食器……ダルフェさんのお父さんの作ってくれた食事が、私たちの背後の壁に勢い良く叩きつけられて砕け散った。


「な、なにがおこっ……きゃああ、あああああっ!」


 石で作られた床下収納の蓋は、一気に亀裂が深まったかと思うと……破裂音と同時に吹き飛び。

 ダルフェさんが私を抱き込み、破片となったそれを全身に受けた。


「……ッ!!」

「ダルフェッ!」


 彼の身に破片が叩きつける音が、私の鼓膜を激しく叩く。


「こんなんじゃ、俺は平気! カイユの張り手のほうが千倍強いぜ!」


 場違いなまでに明るく言ったダルフェさんだけど、その視線は鋭く周囲を伺うように見回していた。

 部屋の中で大気が唸るような立てて渦を巻き。

 それは、目に見えない猛獣が暴れまわっているかのようだった。


「ハク、ハク! ハクはっ……無事なの!? ハクッ!?」


 私の視界からハクを隠していた床下収納の蓋は破壊され、粉々になり。

 眼を開けるのもやっとな強風の中、前方にいたはずのハクの姿を私は探し…………なっ……なに……あれ、なにっ!?


「………ハ…ク?」


 ハクは、居た。

 そこに、居た。

 けれど。


「……な、なんで?」


 彼の髪は、白いはずなのに。

 伸ばしたばかりの……艶やかで綺麗な髪だったのに。

 なのに。

 なぜ、なぜ?

 なぜ、真っ赤なのっ!?

 それに……ハクになにが起こってるの!?

 腕に……ハクの右腕に、なにか黒いものが無数に巻きついて……へ、蛇っ!?


「ダルフェ! ハクがっ……きゃああああっ!?」

 

 髪を赤く染めたハクの背から、レカサを突き破って無数の蛇が異様な音ともに顔を出した。

 黒い蛇は濡れ、鈍く光り……どう見たって、あれは……ハクの体を通って……だから、あんなに血が出て髪がっ……。

 

「う、うそっ……い、い……い、いやぁああああっ、ハクッ!」


 無数の蛇がハクの全身に絡みつき、背を這いずり回り、内に外へと蠢き……その先端がいっせいに動きを止めたかと思うと、私とダルフェさんの方へと向きを揃えた。

 矢じりのような形の頭部にある針のように細い眼が、錆色に光り。

 裂けかのような大きく口を開け……笑った。

 笑ったように、私には見えた。


「ッ!?」


 ぞくりと、した。

 確かな悪意が、そこにあったから。


「……ハ、ハクッ!?」


 全身を無数の蛇に蝕まれたハクの身体が、ぐらりと前のめりになるのを目にし。

 私はダルフェさんの腕の中でもがいた。


「ハクッ!? ダルフェ、離してッ……ハクが、ハクがっ……離してぇえええっ!!」 

「ッ……姫さん! 駄目だっ!!」


 ダルフェさんが私を抱きかかえたまま、一気に数メートル後退すると同時に。

 青白い炎の床から生まれ、天井まで一気に燃え上がった。

 熱の無いその炎はまるで生き物のように動き、私とダルフェさんの前を縦横に翔け。

 無数の蛇の視線から、私達を遮った。


「…………視えた(・・・)……お前等は、もう用済みなのだっ……」


 波のようにうねる青白い炎のゆらぎをまとい、ゆっくりと……ハクがその身を起こした。

 その姿に、安堵する余裕は私には無かった。

 私の目には、彼の負った酷い怪我がはっきりと見えたから。


「…………驕るなっ……」


 ハクは。

 自分の手で。

 真っ赤な、両手で。

 蛇を、無造作に鷲掴みにし。

 


導師(イマーム)ッ!!!」



 一気に。

 その身体から引き抜いた。





 

 









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