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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
164/212

第18話

「<赤>が来る。我は行く。りこはここで待て」

「え? ハクちゃっ……」


 い、行くって、まさか!?


「ハ、ハハ、ハク! そのままじゃ、駄っ……ちょっ、まままっ、待っ……!!」


 赤の竜帝さんが来たと言って転移しちゃったハクは、まだ服をきちんと着ていなかった。

 つまり、つまり、それってつまり……赤の竜帝さんの前にあの状態で……!!


「ど、どうしよう!? 急いで服を持って追いかけなきゃっ……あ!?」


 持って行こう伸ばした手が触れる寸前に、ハクの服が消えた。


「ハク、術式で着たんだ……よ、良かったぁ~!」


 一安心した私は、ベットから離れて隣室へ続く扉へと足を向けた。

 四隅に翅を広げた蝶が彫刻された木製の扉には、花の蕾を模したドアノブが……。


「うわぁ。これ、可愛い……」


 思わず身をかがめ、顔を寄せて見入ってしまう……。

 陶器製のそれは純白で、花弁の細かな部分も再現してあり、水色の貴石の粒が2粒添えられていた。

 左下に控えめに飾られた小さなそれは、まるで朝露のようで……。


「……あ」


 芸術品のようなドアノブを右手で掴むと、私はある事に気づいた。


「……このドアノブ……」


 竜族の人達と比べるとずっと小さな私の手に、それはすっぽりと納まり、しかも手に良く馴染む。

 蕾の丸みが手のひらに違和感無く馴染み……ドアノブが付けられている高さも私にちょうど良い位置で……つまり、人間より長身で体格の良い竜族には、使い難い……。

 と、いうことは……。


「私のために……作って、用意して……前にあった物と取り替えてくれたんだ……」


 ドアだけじゃない。

 この洋服も、下着も、サンダルも、心地よい寝具も……全部……。


「……ッ」


 私、この世界にとって『異界人』で……数十年後にはハクを置いて逝くことになる人間の私は竜族の、四竜帝の皆さんとって、『良い存在』じゃないのに。

 青の竜帝さんもおちびって呼んで仲良くしてくれて、赤の竜帝さんも優しくて……今回の事だって、私が不用意に皇女様に近づいたのが原因なのに……。


「……あ……赤の竜帝さんが来たってハクはそう言ってたんだから、私もご挨拶に行かなきゃっ!」


 湧き上がる感情に涙腺がおされ、視界がゆらぎ始めてしまったので、気合を入れるべくドアノブから手を離し、両手で自分の頬をパシパシッと叩いた。


「よし! めそめそは無し! 笑顔、笑顔よ、りこ!」


 感謝は笑顔で!

 笑顔で感謝を!

 そう、自分に言い聞かせていると。


 ーーートントン、トトトンッ、トン、トトトンッ!


 軽快なリズムで、ドアがノックされた。


「……はい?」


ハクはノックしないから……誰だろう?


「はい、今開けます! ……あ!」

「よっ!」


 そこに居たのは。

 片手にトレーを持ち、ウィンクしてる真っ赤な……いつも以上に赤面積が増している彼だった。


「ダルフェ!」

「こら。旦那が一緒じゃないのに、相手を確認せず開けたら無用心でしょうが!?」

「……あ、う、はい、あのっ、ここは赤の竜帝さんのお城だし、廊下にハクが居るのに悪意のある人がここに入ってこれるはずはな……」

「こらこらこら。外部から転移してきた術士だったらどうすんの? それに、旦那は四竜帝に呼ばれて伝鏡の間に行ったんだ。俺が一人でいる姫さんのとこに来るってことは、旦那が近くにいない時! つまり、旦那不在時の警護担当ってこと!」


 ぽんっと、頭頂部に大きな手が置かれた。

 ダルフェさんの手は、ハクと同じくらい大きい手だった。


「あ! は、はい! ごめんなさいっ」

「はぁ~、ったく……姫さん、学習しなさいな……」


 ぽんぽんと数回軽く叩いたその手には、白い手袋。

 赤い服を着てるから、その白さがいっそう際立ち目立っていた。


「え、あ、はい…………」


 着ている物が、身に付けているものがいつもと違いすぎて、思わずぽかーんと眺めてしまっていた私を見下ろし、ダルフェさんは垂れ気味の目を細めた。


「……ん? あぁ、赤の竜騎士の制服を着ると髪も服も赤になっちまって、俺的にはちょっ~と嫌なんだけどねぇ~……う~ん、やっぱ赤過ぎて変かねぇ?」

「え? いえ、青の竜騎士の制服も素敵でしたけど、こっちもすごく格好良いです!」

「そう? ありがと」

「え、あ、、はい……あの、それ……」

「ん?」


 ダルフェさんの腰には、見たことの無い刀……大きいっていうか、すごく長い。

 彼が長身の竜族だから床についてないけれど、日本人だったらひきずっちゃうよね!?

 鞘も柄も黒くて……ダルフェさんが刀?

 カイユさんは刀を持っていたけれど、ダルフェさんは細めの剣だったような……。


「ダルフェも刀を持っていたんですね……」

「あぁ、これ? 昔、黒の爺さんがくれたんだ。趣味じゃないから、使ってなかったんだ」


 カイユさんの刀と比べると。

 この刀はサイズからして異様というか……。


「……鍔の装飾もすごいし、黒がなんというか……濃いのに澄んでて、光沢とは違う独特の艶があるっていうか……とても、とても綺麗な刀ですね……綺麗だけど、でも、あの……」


 実用品とは思えないほど綺麗で。

 綺麗だけど、でも、なんだろう、とても……。


「……姫さんは……これが怖い?」


 私が口にしなかったその言葉をダルフェさんは拾い、投げかけてきた。


「……はい、なんだか少し……なぜか怖い、です」


 見透かされているのだから、正直に答えるしかない。


「ふ~ん、そっか。姫さんって、視えはしないけど、多少は感じられる(・・・・・)人種なのかもなぁ~………これ使うとつい殺し過ぎちゃうから、と~んと使ってなかったんだけどねぇ」


 私を見るダルフェさんの瞳の緑が。


「これからは、それも有りかもな~って思ったんでねぇ、使うことにしたんだ」


 一瞬、濃度を増したような気がした。


「ッ!?」


 ぞくりと、私の背骨を目に見えない何かが這った。

 それは、冷たく……暗い、なにか……。


「……あ、わ、わた、し……」


 怖いのは。

 刀じゃない。


「わ、わたしっ……ごめん、な、さいっ……」


 怖いのは。

 怖いと、感じてしまったのはっ……ダルフェさんに、だ……ダルフェさんを、怖い、と。


「なんで謝るのかねぇ?……あのな、姫さんは、あんたそれでいいんだよ?」


 ポンッって。

 また。

 ダルフェさんが、私の頭をしてくれた。


「あのな、自分で自分の顔を叩くのはやめな」

「!?」


 うそ、なんで知ってるの!? 

 ダルフェさんを見上げる私の表情から疑問を読み取り、彼は苦笑しつつ答えてくれた。


「竜族の耳は人間と比べると高性能だから、扉の向こうの音が拾えちゃうこともあるんだ」

「……き、聞こえちゃったん!? ううう、恥ずかしいです」


 一人でぶつぶつ言ってたのを聞かれちゃったなんて!

 うう、ほんとに、すごく恥ずかしいですっ!


「……四竜帝達にとっては、姫さんが“良い子”でいてくれたほう確かに楽だろうねぇ。そのほうが都合が良いからな。でも、カイユと俺はそうは思っていない」


 頭から離れた手が移動し。

 私の顔面で親指を立て、ダルフェさんは言った。


「だから。泣きたい時は大声で泣け! 笑いたい時に思いっきり笑え! 怒りたい時は、その拳を振り上げろ!! なぁ~んてね! まぁ、姫さんのスローリーなパンチが相手に届く前に、旦那とカイユの蹴りがヒットしてんだろうけどさ」

「え?」


 ダルフェさんの顔には、いたずらっ子のような愉しげな表情が……。


「あの二人に同時に蹴られたら、内臓破裂どころか胴がぶっちぎれちまうなぁ~!! 旦那とカイユのダブルキック……ぶぶ、ははははぁあぁ! 笑える! 最強ドSコンビだぜ! 見てぇよな~!! 想像すると、かなり面白いよな!?」


 うう、私は笑えません!


「そ………そ、そうですか?」


 笑うツボの違いに戸惑う私に、笑い過ぎでちょこっと涙目になってしまったダルフェさんが。


「あ~、久々に笑えたな~! まぁ、うん、とりあえず飯にしよう! あの商隊の連中じゃぁ、姫さんにまともな飯出してなかったろ?」


 そう言って、くいくいっと指先を動かし。

 私に寝室から居間へ移動するように促した。


「え? め、飯……ご飯……ですか?」


 あ。

 ダルフェさんの持ってるトレーって……ご飯を持ってきてくれたんだ。


「これ、俺の父さんが作ったらしいぜ? ……あ、俺がぶっ飛ばされるから、さっきの頭ぽんぽんは旦那には内緒な?」


 そ、そうでした。

 自然過ぎて気にしてませんでしたが、そうですね!


「はい、もちろんです! ……ダルフェのお父さんが作ってくれたんですか?」

「そ! 味は息子の俺が保障するよ」


 ダルフェさんは片手で持っているトレーを、私の見える位置まで下げてくれた。

 具材をはさんだパン……生野菜や焼いたお肉、スライスした卵や薄切りにした燻製などのいろいろな具が、たぷりとサンドされ、楕円形のスープ皿は温石で保温してあった。


「わぁ……おいしそう! ダルフェのお父さんは、レストランをしてるんですよね?」 

「ああ。街で小さい食堂をやってんだけどねぇ、なかなか評判良くてさ。最近は帝都観光に来た人間の貴族がお忍びで来るほどらしいんだ。はい、ちょっと持ってて」

「は、はい」


 トレーを受け取った私に背を向け、ダルフェさんは居間の中央に向かって進み……ブーツの踵でコンコンッと数回床を蹴った。


「確かここらへんに……ああ、あった、あった」

「ダルッ……!?」


 朱色のマーブル模様を持つ光沢のある石で出来ていてる床に、ダルフェさんがコンコンどころじゃない勢いで踵を下したので、私は驚いてトレーを落としそうになってしまい……えぇええ!?

 2、5メートル程の正方形の床の石材が、垂直に!?


「ゆゆ、ゆ、か、床が立ってます!」


 うわわ~、天井が高いからぶつからなくて良かった!


「床は立ってないって。これは床収納の蓋……口、開いてるよ? そんなに驚くとは予想外だなぁ。異界の家には床下収納って無いのか?」

「あります! ありますが、こんなに大掛かり(?)じゃなくってもっとコンパクトで…………」


 石製で何トンあるかみたいなこんな蓋じゃ、人力で開けられないし!

 絶対、重機が要ります!


「赤の竜族だと、一般家屋にもこの程度の床下収納は普通にあるぜ? あ。姫さんには無理だから、やるんじゃないよ?」


 も、勿論ですとも!

 って、いうか無理ですから!

 私が頷くのを確認してから、ダルフェさんは床に方膝を付き、竜族仕様な床下収納から次々と物を取り出した。


「え~っと、これとこれ……これも要るなぁ」


 折りたたまれた茣蓙に似た敷物に、涼しげな麻のカバーリングのクッションを三つ。

 楕円形の板に、30cmほどの長さの4本の角棒。

 ……その様子を、私は妖怪のぬり壁みたいな蓋が倒れてダルフェさんをぺちゃんこにしてしまうんじゃないかと、ひやひやしながら眺めていた。


「とりあえず、こんなもんか? じゃぁ、蓋すっか……よっと」


 ひやひやしている私の目の前で、ダルフェさんがぬり壁な蓋を片手で軽く押すと、蓋はあっけないほど静かに元の位置に戻った。

 あれ?

 轟音とともに勢い良く、バーンって倒れるものとばかり思っていたのですが……。


「ずいぶん静かに閉まるんですね……」

「ああ。室内で使うものだから、静かに開閉できる作りになってるんだ。石の四隅にそういう細工がしてあって……石の下だから温度も安定してるし、食料の保管にも使えて………昔は、襲撃があった時に幼竜達を隠すのにも使ってたらしいぜ?」

「しゅ、襲撃?」


 ダルフェさんは大判の茣蓙のような敷物を床に広げながら、ほんのちょっとだけ……ちょっとだけ、息を止め、それから言葉を続けた。


「……人間にね、竜族が狩られてた時代もあるんだよ……ここんとこは人間とうまくやってるけど、迫害を受けてずいぶんと苦労した世代もある……ずいぶんと昔の事だけどねぇ、これから先も無いとは言い切れない……人間って生き物と共存するってのは、なかなか難しいからなぁ」

「…………」


 私は何も。

 『人間』の私は、何も言えなかった。

 私を竜族だと勘違いして捕まえた術士や、アリシャリ……そして、目覚めた時に居たあの女性……彼等は竜族を“人”とは思っていなかった。

 ……ああいう考え方の人は、少数派だと思いたいけれど。

 でも、少数であろうと。

 確かに存在するのだと、私は身をもって知ったから……。


「……まぁ、こればっかりはどっちが悪いとか、努力すりゃ解決するって問題でもないから、姫さんもあんまり深刻に考える必要ないんだぜ?」

「は、い……」

「ほら、つっ立ってないで、ここに座んなさい」


 あっという間に板と角材を組み立てローテーブルにして(組み立て式家具だったようです)、敷物の中央に設置し、私のの手からトレーをひょいっと取り、ダルフェさんはそこへ置いた。


「あ、はい。ありがとうございます」

「この敷物は水辺に生えてるナットって草を編んで作るんだ。石床にこうして敷いて、ここに座って飯や茶をのんびり食うわけ。陽が高くなると気温が一気に上がるから、日中は毛の絨毯よりこっちのほうが快適なんだぜ? さぁ、スープが冷めないうちに食いなさいな」


 私に食事をするように言うと、ダルフェさんは窓辺へと足を向け……開け放たれ、心地よい風の入ってくる窓辺に立った。

 彼の赤い髪は、陽の光が溶け、混じり……神々しいまでに煌めいて見えた。

 ああ、そうだった。

 私、ダルフェさんの竜体を見たんだっけ……大きな、赤い竜だった。

 綺麗だった。

 とても、とても綺麗な竜だった……。 


「……ダルフェは、食べたんですか? 帰ってきて、あんまり時間経ってませんよね?」


 持ってきてくれた食事は、私には量が多い。

 人間で異界人の、私の食事量を知らないダルフェさんのお父さんが用意してくれったことは……これは私の分だけであって……。


「俺? 忙しくてまだ食ってないけど、大丈夫。竜族は数日食わなくても平気。姫さんは食べなさい。旦那のお相手したんだから、疲れただろ? 今夜に備えて栄養とらなきゃな!」

「えっ!? え、あ、は、はい!」


 おじさんみたいな事をいっても、ダルフェさんが目尻下げてニコッって微笑みながら言う姿からはぜんぜんセクハラ臭も嫌味も感じられない。

 やっぱり、イケメンは得かも?


「そうだ。晩飯はカイユもジリも、一緒に食えそうだよ? ……久しぶりに皆で揃って飯が食えるなぁ~。あ。姫さんが良かったら、俺の両親も一緒していいかな?」

「はい! もちろんです!」

「ありがと。じゃ、俺と親父で腕をふるうよ。期待してもらっていいぜ? ……って、ん?」


 窓から入ってくる風を背で受け、心地良さ気に目を細めるダルフェさんは本当に格好良くて……あ~、でもでもっ、竜体も綺麗だしとっても格好良かった!

 また見たい……見たいし、鱗にも触りたいな……。


「姫さん、どうした? 呆けた顔して……ふっ……俺が格好良くて、見蕩れちゃっ…………姫さん! しゃがめっ!!」

「は、はいっ!!」


 緊迫した声に指示され、私の身体は動作を意識するより先に動いていた。

 ダルフェさんに言われた通り、その場にうずくまる。


 一瞬の、後。

 私のうずくまって床に視線を向けていた私の目が、落下物に気づく。

 ……髪の毛、だった。

 それは一本二本といった量ではなくて。

 房って言うべき?

 束って言うべき!?

 この髪って…………真珠色の髪!?




「反応速度は及第点、だな」




 しかもこの声っ!

 ハク、だ!!

 転移で帰ってきたんだ!


「ハクちゃん、おかえりなさい!」


 勢い良く立ち上がると、私の肩から真珠色の髪がするりと落ちた。


「……え?」


 なんで私の身体から?

 これ、ハクの髪よね?


「ハクちゃ……ひっ!?」


 目の前に立つハクを見上げ。

 顔を、頭部を見て……私は息をのんだ。


「そ、そそそ、そんなっ……う、う、うそでしょう!?」


 ハクの首に、刃が触れていた。

 ダルフェさんが、刀を抜き。

 ハクに刃をっ…………!


「旦那、驚かせないでくださいよ。導師(イマーム)かと思っちまいました。首、落としたつもりだったんですけど……まぁ、旦那から及第点もらえたんで、俺的には満足っすねぇ」


 心底残念といった表情でダルフェさんが刀を鞘へと戻す。

 それは流れるような所作で、音ひとつなかった。

 でも、今の私にはそのことに感心する余裕がなく……。


「首を落とされてやっても、我はかまわぬのだが」


 は?

 なに言ってるのよ、この人!

 首を落とされてもかまわない!? 


「鼻血ですら大騒ぎするりこの前で、切断はまずかろう? だから、避けてみたのだ」

「そうすねぇ。首ごろんはまずいっすねぇ。部屋も汚れるし、飯に血が入っちまっただろうしねぇ」


 は?!

 なに言ってるのよ、この人達!

 そういう問題じゃないでしょうがっ!!

 それにね、貴方、避けたなんて言ってますが!


「ど、どど、どどどこが、よ……よ、け……って、何言ってるのよ!? 避けられてないじゃないの!?」

「? 避けられてるのだ。頭、付いておるぞ?」


 違う。

 違ーうっ!

 そうじゃなくてですね!!


「避けられてない!!」

 

 ハクの長い髪は首の中ごろからばっさり切られ、床へと散っていた。


「ハク、貴方、髪の毛が無くなってるのよ!?」


 なんてことっ……私の大好きなハクちゃんのロン毛がぁああああぁ!!! 

 ダルフェさんの刀があたって、切れちゃゃったぁあああああ!!


「毛が無い?」


 私の内心の絶叫にはまったく気づかないハクは、首をこてんと右に傾けて。


「我は我が知らぬ間に禿げておったのか?」


 真珠色の爪を持つ指で、ばっさり切られて短くなった髪の毛をつまんで引っ張りながら言った。


「禿げとらんぞ?」

「ッ…………禿げたなんて、私は言ってないわよっ!! ううう~、ハクちゃんの髪が、髪がぁああああああ無いぃいいい!!」

「髪、あるぞ?」

「違うったら! そうじゃなくて! 髪がすごく短くなっちゃったっていうか、ゆるふわかっぱみたいな髪型になっちゃったってことが問題なのよ!!」


 ブラッシングしてあげるのが、毎日の楽しみのひとつだったのにぃいいいいいいいい!!!


「ゆるふわかっぱ……はて? ダルフェよ、ゆるふわかっぱ……“ユルフワカッパ”とはなんなのだ?」


 ハクは髪の毛の事はまったくどうでも良いようで、“ゆるふわかっぱ”という単語のほうに興味を持った様だった。

 もうっ……そんなことより、髪を気にしなさいよぉおおお!


「さあ? 異界では、今のあんたみたいな珍妙な状態の髪型をそう言うんじゃないっすか? ……っぶぶぶっ、わははははは! よく見れば、確かにこりゃ笑える! ……って、あ! 姫さんの飯に旦那の髪がぁあああ!! 汚ったねぇな~、もう! 血をかぶらなくても髪がこんなにトッピングされちゃ……ん? 姫さん? どうした?」

「……」


 無言で切られた髪を拾い集め、真珠色のそれを両手に持って立ち尽くす私の姿にダルフェさんが首をかしげ、訊いて来た。


「……………………ダルフェさん……ハクちゃんの頭、大笑いするほど珍妙ですか?」


 いつもよりワントーン落とした声で言うと。

 ダルフェさんの顔に「しまった!」という表情が浮かんだ。


「え? あ、あ~、うん……俺が整えてあげるから大丈夫、大丈夫! 俺、肉のカットうまい人だから、髪のカットだってど~んと任せなさいって!」

「……は? に、肉?」


 ダルフェさん!

 肉と髪は、かなり違うと思います!!


 ……っていうか。

 ダルフェさん、さっき……言ってたよね?


「……ダルフェ。さっきハクと間違えた導師(イマーム)って誰ですか?」


導師(イマーム)かと思ったって、ダルフェさんは言ったよね?


「あ」

「………………ダルフェ。謀ったな?」


 ハクちゃんの絶対零度の視線を、ダルフェさんはものともせず。


「あ~、うん。ま、遅かれ早かれってことで!」


 底抜けに明るい笑顔とお得意のウィンクで返し、ハクの指摘を“否定”しなかった。












 









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