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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
160/212

第14話

 チュチュックーピルル、チュルルルッチュー。

 チュチュックーピルル、チュルルルッチュー。


「……ぁ?」

 聞いたことなの無い、変わった小鳥の鳴き声に促されるようにして目を開けた。

「ん……あっ」

「おはよう、りこ」

 黒の竜帝さんから私と揃いで贈られた夜着を着て、窓枠に手を添えて立つハクの頭の上には瑠璃色の小鳥が2羽。

 大きさは四十雀より一回り小さい。

 とても可愛らしく、綺麗な小鳥だった。


 チュチュックーピルル、チュルルルッチュー。。

 チュチュックーピルル、チュ……。


 2羽は真珠色の艶やかな髪の上にちょこんと座り、互いの肩を寄せ合いながらさえずっていた。

「おはよう、ハクちゃん。ふふっ……か……わいい小鳥……あっ」

 私の視線に気づくと小鳥達は鳴き止み、オレンジ色の瞳でベッドにいる私を一瞬だけ見てから翼を広げ、外へと飛んでいってしまった。

 開いていた窓から……窓?

 窓……開けっ放しだったんだ。

 だから、空気が少しひんやりして……うう、ちょっと寒いかもっ。

「! すまぬ、りこ。今すぐ閉める」

 掛け布を引き寄せくるまった私の姿に、ハクの眉が寄る。

「りこが風邪をひいたら、我の所為だな」

 切れ長の瞳が、すっと細くなった。

 ……はっきり言って、かなり怖い顔だけど。

 これは彼の、心配している時の顔なのです。

「大丈夫。これくらいで風邪をひいたりしないから……ハクちゃんが思ってるより、私は丈夫よ? ねぇ、可愛い小鳥だったね」

「小鳥? 何かが我の頭部に乗っていたのは分かっていたが、鳥だったのか?」

 自分の頭の上に小鳥が居たことなんて、全く気にしてないというか無関心……もしかして、そんなハクちゃんだから、かえって小鳥達が警戒せず寄ってくるのかも。

 無関心過ぎて、危害を加える可能性ゼロなわけで……。

「うん。とっても綺麗な色の小鳥だったよ? 瑠璃色で、目は鮮やかなオレンジ色だった。なんていう種類なんだろうね?」 

「さあ? 我には分らぬ」

 そう言いながら、額に流れる真珠色の髪をうっとおしそうにかき上げ……髪も肌も白いハクちゃんには、漆黒の夜着がとても似合っている。

 赤の竜帝さんは“強すぎ”て纏う者を“喰らう”品だと言ったけれど、それってつまり着る人を選ぶっていうか……私とは大違いで、ハクには着られてる感が全く無い。

 艶のある黒い生地の上を流れ落ちる彼の髪は、まるで冬の夜の雪のよう……。

 自然現象を表しているという美しく個性的な柄も、その強い存在感で従えて引きたて役にしてしまう。

 黒の竜帝さんが彼の知る“ヴェルヴァイド”に似合うものを贈ってくれたことが、よく分る。

「それ、貴方にはすごく似合ってる。うん、格好良い! 黒の竜帝さんにお礼を言わなきゃね」

「格好良い? そうか? 似合っておるのか? りこがそう評価するなら、我は<黒>に礼を言ってやっても良いのだ」

 うわっ、『言ってやっても良い』って言った!?

 相変わらずの上から目線発言……さすが天然系俺様!

「これより、我はりこがくれた“ぱじゃま”のほうが良い。あれを着た我は、りこにとって“かわゆい”だろう?」 

 え!?

 貴方の思考回路では『格好良い<かわゆい』なんですか!?

「っ……うん、いいけれど、うん、でもっ」

 思わず敷布に突っ伏した私を見て首を傾げたハクが、数歩でベッドまで歩み寄り。

 ベッドに腰掛け、右手で私の額にそっと触れた。

 ひんやりとして滑らかな彼の指先が、前髪を優しく梳いてくれて心地良い。

「どうしたのだ? 腹が減ったのか? あぁ、そうか。鳥を目にしたので余計に空腹感を強く感じたのだな。ブランジェーヌに言って、鶏肉を使用した食事を用意させよう」

 はい?

「唐揚げか? 蒸し鶏にするか? それとも、数羽を串に刺して焼き鳥にするか?」

「なっ……違います! あんな可愛い小鳥を見て、鳥料理を連想なんかしていませんっ!」

 両肘を支えに上半身を勢いよく上げ抗議すると、屈んで私を覗き込むようにしていたハクの視線が下の方へと……。

 ある一点で、視線が止まる。

「……」

「ハクちゃん?」

 ちょっと、なんなのよ!?

「…………」

「ハク?」

 なんでそんな真面目な顔で、私の胸を凝視するのよぉおおお!?

「……りこ」

「な、なに?」

 さすがに恥ずかしいので、脱ぎ捨て(正しくは剥ぎ取られた?)てベッドのヘッドボードかけてあった夜着に手を伸ばし、手早く身に着けると。

 ハクの大きな手が。

 真珠のような爪を持つ指が。

 夜着の上から胸を……下からすくうようにして掴んだ。

「……女の乳が揉めば育つというのは、人間の男の願望が生んだ迷信なのか?」

 そして。

 旦那様は遠慮なくそう仰った。

「なっ!? …………ハ、ハハッ、ハクの馬鹿ぁあああああああ!!」

「り、りこ!?」

 私に枕で顔面を叩かれたハクちゃんは、黄金の瞳をぱちぱちとしてすごく可愛かった。

 うん、やっぱり。

 ”格好良い<かわゆい”は、正解みたいです。

  

 

 





 

  

「ごめんなさい、なのだ」

 ベッドの上で正座をし、謝ってくれたハクちゃんだけど。

 長身の彼が姿勢を正して正座をする姿は、これから武道かなんか始まるの?ってくらいの迫力があり、長身なので正座をしても自然と上から目線となって……傍から見たら、私が怒られてる立場みたいだと思う。

「……なにを謝ってるか、自分で分ってるの?」

 お揃いの夜着を着て、座って向き合う私にハクは答えた。

「うむ。任せておけと言いながら、成果があげられておらぬ我のこの両手の不甲斐無さに“ごめんなさい”なのだ」

 言いながら、膝の上で両手をぎゅっと握るハク……いや、でもね、謝ってる内容が予想通りずれちゃってるんですが……。

 あぁ、もう!

 この人ってド天然にもほどがある!

 そんなとこがどうしようもなく可愛く感じてしまう私は、ある意味末期!?

「り、りこ……」

「……」

 私を見下ろす黄金の瞳を囲う真珠色の睫毛は、近くで見るとけっこう長い。

 緩やかな弧を描いて流れる真珠色の長い髪が、カーテンの無い窓から差し込む陽に煌めく。

 ……綺麗。

 なんて綺麗な人なんだろう。

 ま、中身は奇天烈系超天然君なんだけどね。

「ハクちゃん……ダルフェさんの変な情報てんこ盛りのいかがわしい本を借りるのを、今後はやめて」

 ダルフェさんチョイスの本は、たまに本当っ~に危険なんです!

 だいたい、ダルフェさんの貸してくれるのって妙にマニアックっていうか……あっ!

 ダルフェさんと言えば!

「いかがわしい本? 我にはわか……」

「ハクちゃん! カイユとダルフェ、帰ってきた!?」

 私達は先に帰ってきちゃったわけで……。

 ダルフェさんは“確認”したら帰るって言ってたけれど、それってすぐ済むことだったんだろうか?

「………………まだ、だ」

「その間、なに?」

 膝に置かれたハクの右手が動く。

 人差し指が、トントンと2回……んー?

 なんかあやしい……。

「気にするな、りこ」

「気になるよ、ハク」

「…………りこのいたのは内陸の砂漠地帯だ。<色持ち>であるダルフェが最高速で飛べば数時間で帰城可能な距離だ。ダルフェはともかく、カイユが帰城を急かすと考えていたのだが……予想外だな」

 予想外?

 ハクちゃんが考えていたより、遅くなってるの!?

「まさか……あの後、残った二人に何かあったってこと!?」

「いや。ダルフェとカイユに問題は無い。……多分、な」

 た、多分っ!?

「多分ってなに!?」

 今回の事でこの世界が、竜族にとって帝都の『外』がとても『危険』なのだと身をもって思い知った私は、不安と緊張で体が強張ってしまった。

 竜族を<商品>にしようとする人や、竜珠を奪おうとする術士が居る事を私は知っている。

 竜騎士であるあの2人が、普通の竜族より強いのは分かっているけれど。

 でも、でも……。

「カ、イユ……ダル……フェ……」

 思わず前のめりになった私の肩を、大きな手が支えてくれた。

 ゆるゆると撫でながら、そっと私の身体を自分へと引き寄せ……ハクの膝に乗せてくれる。

 背をさすってくれるハクの手が、強張りを解していく……。

「大丈夫だ、りこ。ダルフェに“問題”があれば<赤>が騒ぐので、すぐに分かる。四竜帝は己の子と一族を平等に扱おうとするのだが、当代の<赤>ブランジェーヌは違う」

 広い胸に顔を埋めた私の耳に唇で触れながら、ハクは続けた。

「あれは息子に“甘い”」

 艶のある低い声が私の耳から入り、全身を内側から優しく撫でられて……冷たくなった指先からだんだん力が抜けて……。

「ダルフェを<色持ち>に生んだ自分を責めているからだと……それゆえに、先代の<黄>に諌められるほど過保護になったのだと<黒>が言っていた」

「……かほ、ご?」

「うむ」

 ふにゃりとなった私の身体を横抱きにしたまま、ハクはベッドから降りた。

「今は亡き<黄>はブランジェーヌの息子への溺愛が目に余ると言い、我に<赤>へと忠告するように求めた。だが、我にとってはどうでもよい事だったので<赤>の好きにさせろと返答した」

 ハクはゆっくりと歩き、先程まで居た窓へと近寄り……閉めたそれを、再び開けた。

 柔らかな風が私の頬を撫で、ハクの白い髪と私の黒い髪を揺らして通り過ぎていく。

「<黄>は、先代の黄の竜帝ゲベェスハルは我の返答に“贔屓”だと言い、怒った」

 贔屓という言葉に、私は彼に預けていた頭部をあげた。

 横抱きされたまま彼を見上げたけれど、ハクの顔は私を見てはいなかった。

 正面へ、真っ直ぐに向けられていた。

 窓の外を、彼の目は見ていた。

「贔屓? ハクちゃんはそう言われて、どう思ったの?」

「我か? 大人しい性質のゲベェスハルが人相が変わるほど激高した結果、怒りにより変わった顔が“少々面白い”と思った」

 面白いと言いながらも、彼の声からは“面白い”を感じられない。

 ただ淡々と、単調だった。

「竜族であるのに猿のようになったから、少々面白かった」

「そ、そう……」

 贔屓って言われたことに対して、ハクがどう思ったのか訊いたんだけど……う~ん、伝わらなかったみたい。

「りこ。我は今までの四竜帝に己を、個を捨てろなどと一度も命じたことなどない。命じておらぬがそうであろうともがくあれ等に、我は否定も肯定も与えなかった」

 私は彼の腕にこてんと頭を寄せ、ハクの言葉を聞いた。

「……」

 私は聞いていた。

 ハクの言葉を、声を。

「我はこれからも。<赤>にも<黒>にも、<黄>にも<青>にも……ダルフェにも、与える『答え』を持っておらん。持たぬ我が『答え』を与えることは出来ぬだ」

 言葉に、声の中にあるハクの感情を、想いを。

 耳で捕まえ。

 心に集める。

「この城の庭で。我は幼いダルフェ会った」

 真っ直ぐに外へと向けられていたハクの視線が、少し動いた。

 斜め下を見て……細まった。

「自分は竜帝の出来損ないだと言い、花を見ていた我の右手に触れ“怖い”と言った」

 ダルフェさんが子供の時?

 出来損ない……怖い? 

 出来損ないって、どういう意味!?

 怖いって……ダルフェさんが言ったの?

 いったい、何が怖いって……。

「ダルフェはとても、とても怖いと。先に逝くのが怖いと、我に言った。だが、我にはその“怖い”が理解できなかった」

「先に……逝く、のが……」

 その言葉に。

 胸が、ずきりと痛んだ。

 ハクの視線は斜め下から徐々に、上へ上へ流れるように動き。

 ある一点で、止まった。

 彼の視線を、私も追う。

 私の目に見えるのは、空。

 晴れた、空。

「だが。りこよ。貴女を愛し、愛され。我は“怖い”を知り理解した」

 その空を。

 青を切り裂く刃のように。

「りこ。<色持ち>を“竜帝の出来損ない”と言う者が、この世界には多く居るのだが」

 それ(・・)は。

 現れた。

「あ! ……ハクちゃん! あれって!?」

 真紅の翼に、風を従え。

 陽に鱗を煌かせ。

「りこよ。貴女にもこれ(・・)が」

 鮮やかな緑の双眸が。

 私とハクを捕らえて輝く。

「<赤>の“出来損ない”に見えるか?」

 目の前にあるのは。

 赤く。

 朱く。

 紅く。

 激しく燃え立ち、全てを焼き尽くすような“色”を持つ存在。

 どこが<赤>の“出来損ない”だって言うの!?

「み、みえ、ないっ……よっ……」

 窓の外には、高速で空を飛んであっという間に距離を縮めた真紅の竜。

 その大きさは、想像以上だった。

 ぐんっと数回、足で宙を蹴ると同時に翼を大きく動かし、壁から数メートルの所で見事に止まると。

 白い牙を持つ頭部が窓枠へと近寄り……お行儀良く、静かに顎を乗せた。

 彼の翼が生んだ強い風に、反射的に閉じた目を開けると。

「ッ!?」

 宝玉のような瞳が瞬きもせず、私とハクを間近で見つめていた。

「……ぁ……ぁ、あ……」

 存在感に圧倒されて、うまく声を出せない。

「ちがっ……でき、そ……こな、て……そんな、の、ぜ、絶対に、ちっ……!」

 やっと出した言葉は、言葉足らずで途切れ途切れのものだったけれど。

「そうか」

 ハクは、ちゃんと分かってくれた。

「我も、だ」

 そう言い。

 真珠色の爪に飾られた手で。

 ハクはダルフェさんの鼻先を撫でた。


 ーーグルグルグルッ


 撫でられたダルフェさんは。

 気持ちよさそうに、嬉しそうに。

 甘えているかのように、咽喉を鳴らした。

 





  


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