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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
156/212

第10話

*残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。

「……なぜ?」


 旦那のかけらは。

 カイユの捥いだ腕ごと消えていた。


「なぜ、無いのっ!?」


 ぎりり、という歯の軋む音が。

 微かに震えているカイユの唇から漏れる。

 あぁ、怒ってるなぁ。

 ハニーはすっげぇ、怒っている。

「私、なんて失態をっ……」

 自分自身に、カイユは怒っていた。

 


 



「そのままで。竜体のままでいて」

 旦那の。

 <ヴェルヴァイド>のかけらが、無くなっている。

 予想外のことに、流石に俺も慌てた。

 地上に降り、竜体から人型に変化しようとした俺にカイユが言った。

「短時間で変体を繰り返す行為は、“今のあなた”にとって負担が大きいでしょう?」

「ッ!?」

 隠してきたことを暴くようなカイユの言葉に、全身の鱗がきゅっと締まる。

 残された時間が長くは無いことが、ばれているのか?

 この数ヶ月で吐血の回数が増えたことを、知っているのか?

 後足で乾いた大地をかき、無意識に尾を左右に揺らしてしまった俺に。

「……馬鹿な人。ばればれよ?」

 そう言いながら、カイユは腰にポケットから真新しい手袋を取り出すと白い手袋の裾を口で食んでひき、しっかりと指先もあわせる。

 照りつける太陽を銀の髪で弾いて……刀を抜いた。


「聞け! 人間共っ!!」


 一目で“普通の竜族”ではないと判る装束のカイユと、天幕など容易く破壊できる体躯の竜である俺から逃れよう四方にと駆け出していた者達を,カイユの声と言葉が一瞬で捕らえる。


「足を失いたくなくば、その場を動くなっ!」


 陽で煌く鋼はその熱を無慈悲に斬り裂き、目に見えぬ零下の矢を放つ。

 数歩進んだカイユを、瞬きを忘れた人間達の目玉が追う。

「見るがいい」

 先程踏み潰したソレに寄り。

 カイユは切っ先を中央部に突き立て、手首を反して上げた。

「この下郎は竜族を捕縛し、売買しようとした」

 刺された俺の衣が持ち上げられると。

 醜悪な肉塊が現れる。

 その傍に言葉無く横たわる者には、頭部が無い。

 うん、俺が投げちまったからな。

「ぐっ!? あの髪色……まさかアリシャリ!?」

「なっ……きゃぁあああ!!」

「ひぃいっ……首が無いあれは術士かっ!?」

 誰からとも無く上がった悲鳴を、カイユは無慈悲に刈り取る。

「うるさい。お前達も黙らせて欲しいの?」

 血の糸を垂れる汚れきった衣を、刀を一振りしてカイユは地に捨て。

 遠巻きに並ぶ顔の中に覚えのある者を見つけると、そいつへと歩み寄る。

「ぁあ、、、……ひっ!?」

 黒髪の少年の細い咽喉に切っ先を向け、カイユは言った。

「3分あげる」

「3…分? え、あ、あのっ、わわ、わからっ……意味が、わからっ……」

 少年の全身がたがたと震え、両頬には涙が……。

 あ~、うん。

 あの旦那と遭遇しちまってお疲れのところ、休ませてあげれなくてすまないねぇ~、シャデル君。

「3分以内に人員の確認をしなさい。いなくなっている者がいるかを、私は知りたい。20秒遅れ毎に一人殺す。---さあ、さっさとお行き!」

「なっ!? は、はいっ!」

 足を縺れさせながらも懸命に走り、シャデル少年は天幕を一つ一つ覗き込み、隠れていた商隊の人間達を外へと追いやる。

 目をせわしなく動かして一人一人の顔を見て確認し、指をおって総人数をカウントしていく。

 俺とカイユは黙ったまま周囲を眺め、風に混じる臭いと音を拾う。

 竜族は人間より嗅覚も聴力も勝っている。

 あの少年に見つからぬように逃亡を謀る者がいた場合も、こちらで察知可能だ。

 真っ青な顔で駆け出した少年が、真っ赤な顔で戻ってくるまで3分以上かかったが。

 カイユは一人も殺さなかった。

 まぁ、3分でって言ったのは、緊張感を引き上げて集中力を高めるためだろう。

 あの少年が3分で人員確認ができるなんざ、はなからカイユも思っちゃいない。

 まぁ、軽~く脅しただけで、最初から殺す“予定”ではなかったんだろう。

 一人も殺さず、短気なカイユが15分程待った。

「……分かったようね」

 シャデル少年は息を荒げながら、必死の形相でカイユに駆け寄り口を開く。

「わ、わかったよ! い、いい、いっ、いなくなっってたのは、あいつだっ!」

 ……あいつ?

 それじゃ、俺とカイユにはわからねぇ。

 せめて性別と名前くらいは、言って欲しいんだが……。

 もし竜騎士団のやつでこんな報告の仕方するのがいたら、俺だったら速攻で張り飛ばしてるぜ?

 同じ事を考えたであろうカイユの目つきが、さらに冷たく険しいものとなる。

 でも、この少年にそれを求めてはいけないと俺もカイユも分かっている。

「……男、女? 名前、年齢、容姿、素性は?」

 カイユに怯みながらも、少年は答えた。

「え? お、女! 素性は……そ、そんなの僕は知らないよ!? だって、あの女は一族じゃなくてアリシャリがどっかから連れて……」

「…………アリシャリ?」

 聞き返したカイユの視線が何かを探すように動き、あるモノの上で止まる。

「そう、そいつ! 僕のお祖父ちゃんを殺した……そこで潰れちゃってる奴だよ!」

 少年が指差したのは……うわ、やっぱ“あれ”のことかよ!?

 カイユが踏み潰して殺しちゃった“あれ”の女か!?

 俺は地面にべたりと広がっている“あれ”は、話すための口も考えるための脳もぐちゃぐだ。

 とっくのとうに命が無いのだから、何一つ喋れない。

 カイユが踏み潰し殺しちまった男に女について喋らせるのは、吐かせるのが得意な俺でも流石に無理だ。

 俺達の去った数分間で腕を持ち、この場から居なくなる……竜体の俺が目視できる範囲に、人影はない。

 俺とカイユを、団長級の竜騎士を出し抜くことができた女ってことだ。

 普通の女じゃない。

 本人が星持ちの上位術士、または傀儡系の術式を操る術士の手の者で、遠隔操作されて『消えた』か……どっちにしろ、やっかいなことになったなぁ。

 術士が絡んでるとなると、高価な真珠の装飾品と勘違いして盗っただろうなんて、おめでたい考えは俺達には出来ない。

「……ダルフェ」

 自分の額に手をあて、ため息をついてから。

「こんな状態の脳でも持って帰れば、ヴェルヴァイド様は視て(・・)くださるかしら?」

 カイユは俺に問いかけた。

 問い、というか確認?

 俺は首を左右にゆっくりと振って、それに答えた。

 持って帰れば、旦那は“見て”くれるかもしれない。

 姫さんにとって特別な存在であるカイユが頼めば、“見る”ことを否とは言わないだろう。

 だが、原型を留めぬほど潰され、他の部位と雑じりあった状態では“見る”ことは可能でも、記憶を“視る”のは無理だ。

 万が一、視れたとしても。

 顔を知らない女じゃ、旦那だって膨大な記憶の中から拾えない……。

 俯くカイユの全身を、俺は翼で抱くように包み込んだ。


 ==カイユ……すまない。俺が……。


 首を曲げて顔を寄せ、かけらを置いて飛び立ってしまった俺を責めず、後悔と反省に苛まれるカイユの頬に舌を伸ばして舐めようとしたら。

「……ヴェルヴァイド様のかけらと知り、持ち去った……と、したら……。ダルフェ」

 俺の鼻先に手を触れ、カイユが止めた。

「トリィ様に触れられず、苛立ったヴェルヴァイド様がセイフォンの離宮でむしった爪は、あなたが処理したのよね?」

 その問いから、カイユも俺と同じ可能性を……何者かが<監視者>の一部だった“モノ”を手に入れようと動いているという考えに至ったのだとわかる。

 俺は竜族にだけ聞こえる『声』で答えた。


 ==うん。旦那の爪は、セイフォンの竜宮にあるデル木……“ヒュートイルの木”の根元に埋めた。


「ヒュートイル? <親殺しの少年王>で有名な?」


 ==そう、そのヒュートイル王。あのデル木の下に埋葬されてるんだ。祟りがあるって迷信があるから、人間は近寄らないんだって旦那が言ってたんでそこに埋めたんだけどねぇ……まずいかもな。


「ええ。……青の陛下に竜騎士の誰かを派遣してもらって、念のため回収したほうがいいわね」

 昔から、旦那の……<古の白(ヴェルヴァイド)>の血肉や体液を得た人間は、碌なことにならなかった……旦那と肉体関係をもった女達は第二皇女をみても分かるように、愛欲、嫉妬、憎悪にまみれちまって、結果は心身ともに地獄行き状態だ。

 毒、に似ている。

 人間の内部を、心を狂わせ腐らせる性質(たち)の悪い猛毒……『負』の影を濃くし、奈落に引きずり込む劇薬のような……姫さんに害が無いのは、体内に旦那の竜珠があるからだろう。

 姫さんにとっては“真珠みたいに綺麗で食べると甘い”かけらだが、あの子以外の人間にとってあれは『負の種』だ。

 それを手に入れる意図は、目的はなんだ?


 ==……カイユ。これは、俺の考えすぎかもしれないんだが。


 俺の頭の中で。

 舅殿と交わした言葉が、単語がちかちかと点滅する。

 舅殿は、セレスティスは言っていたじゃないか……あの人、言い切ったよな!?

「ダルフェ?」


 ==……導師が係わっている、のかもしれない。


「導……なっ!? どういうことっ!?」

 導師の最終的な狙いは<ヴェルヴァイド>なのだと四竜帝達は考えている……と、舅殿は言った。

 竜族の命ともいえる竜珠。

 身体を裂いてそれを奪っていく、残酷な珠狩りの横行。

 珠狩りの始まりは、黒の大陸からだった。

 それが海を超え、被害は四大陸全てに広がっていった。

 黒の大陸……第二皇女の使った魔薬(ハイドラッガー)は、黒の大陸の禁薬で……。

 俺達は、<ヴェルヴァイド>はこれからどこへ行こうとしている?

 そうだ、黒の大陸だ。

 異界人の姫さんを連れて黒の大陸に“お引越し”の途中……だ。

「ダルフェ! 説明してちょうだい!!」

 カイユの荒げた声が、鼓膜を叩き。

 まだ迷いの中にある俺の思考を、纏め上げていく。

 

 ==とりあえず、城に戻ろう。嫌な予感がするんだ。


「……道中、あなたが知っていて私が知らないことを、全部話して」

 

 ==了解、ハニー。


 了解といっておきながら。

 言うべき事と、まだ言うべき事ないことを。

 俺は脳内で振り分け始める。


 君に全てを伝えないのは、伝えられないのは。

 それは。

 <ヴェルヴァイド>のためでも、竜族のためでもない。

 君と子の……君の、幸せのためだ。


 なぁ、カイユ。

 君には言わない、言えないけれど。


 嘘吐きで卑怯な俺の共犯者は。

 愛しい君の、父親だ。



 

  



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