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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
154/212

第8話

「旦那。で、どうします(・・・・・)?」


 ハクにそう訊きいたダルフェさんの左右の口角が、くいっと上がった。

 細められた緑の瞳とそれが組合わさった表情は、楽しそう……とても愉しそうだった。

 その表情は、私の中に疑問以上の不安を生む。

「ダル……フェ?」

「ダルフェ。お前の“どうします”は、あれのことかこれのことかそれのことか?」

 私とは違い、ハクが感じたのは疑問だけだったみたいだった。

「う~ん、まぁ、とりあえずはこれ(・・)っすかねぁ?」

「……」

 ダルフェさんはカイユさんから受け取ったアリシャリの腕へと、視線を動かす。

 問われたハクは無言でカイユさんの首に回した私の腕を外し、それを自分の首へと移動させ……。

「他の男の触れた我のかけらなど、汚らわしくてりこには与えられぬ。その腕ごと捨てろ」

 そう言って、歩き出した。

 ……どこへ向かって……って、え!?

「あんたならそう言うだろうと思ってましたよ……って、こら旦那!」

「ハ、ハハハクッ!? だ、駄目っ!!」

 数歩で止まったハクの左足は、シャデルの額の上に乗っていた。 

「…………お前」

 抑揚も容赦も無いハク独特の声が、地に降る。

「我のりこに触れたな?」

「ひッ!?」

 真っ青なシャデル君の咽喉からは、ひゅぐっという異音が……。

「ハ、ハクッ! 彼は違うの! シャデル君はっ……ハク?」

「…………」

 ハクの黄金の瞳は、シャデル君を見ていなかった。

 腕に抱いた私を、見ていた。

 私の口元より下……首?

「りこのここに…………か?」 

 言いながら、ハクの指先が私の咽喉を左から右へとなぞる様に動いた。

「ハク? どうし……」

 優しく、労わるように何度も往復する指先を止めたのは。 

「足をどかしなさいって、旦那! 腕1本できゃーきゃー言ってる子の前で何やってるんすかぁ!? 頭潰す気……ん? あぁ、“そういうこ”とね」

 なにかを察したような、ダルフェさんの声だった。

「…………“そういうこと”だ」

 動きを止めたハクの指が私の咽喉から、皮膚から離れる。

「あのね、ハク。彼は、シャデル君はね、私を助けてくっ……」

 私の言葉を不要だと遮ったのは、ハクだった。

「その先はいらぬ。これの中を視た」

 え? 


「……み……た?」


 見た?

 視た?

 視たって、なに?

 それって、どういう意味?


「ハクちゃっ……」

「りこ」

 疑問を口にする前に。

「これは善意から行動したのではないのだ」

 後頭部に大きな手が添えられて。

「祖父を奪った者に、さらに奪われるのを拒み。祖父を殺した者を殴り返す事すら出来ぬ程弱い自覚があるゆえ、もっとも簡単で単純な方法を選択したにすぎない」

 彼の肩へと寄せられた。

「りこを武器のように利用しようとしたのだ。それでもこれに助けられたと言うのか? そう思うのか?」

 ハクは、私に訊く。

「思うことができるのか?」

 ハクが、私に問う。

「……彼が、シャデル君がいなかったら、私は売られてたの。彼のおかげで、貴方を呼べた……」

 私は、あの時に見たシャデル君の手を思い出す。

 彼の手は、指は。

 輪止の金具で傷つき、血を流していた。

「感謝してる。とても、とても……」

「……感謝?」

 ハクの大きな手が、私の後頭部を撫でて……。

「そうか……ならば」



 ダンッ!!



「きゃっ!?」

 重い振動と共に、その音が体内を揺らす。

 小さな額に乗せられていたハクの足が、その脇へと下ろされ地を踏んだ音だった。

 音を立てずに歩ける人がしたそれは、故意としか思えない。

 他者に恫喝と威圧を与えて当然の音と行為。

「あ、ひっ……こ、ろさなっ……ぼ、ぼぼく、やっ」

 痙攣をおこしたかのように全身を震わすシャデル君に視線を落とし、ハクは……。



「ありがとうございました、なのだ」



 黄金の眼で見下ろしながら。

 まさに上から目線の、感謝の心が全く感じられない態度でハクは言った。

 ------ありがとうございましたなのだ?

「……え? ハクちゃん?」

「……え? ええええぇー!? 旦那が、あの旦那が!? 俺様ヴェル様監視者様で生きてきて、感謝の心なんてミジンコ程も持って無いあの旦那が!? “ありがとうございました”って言ったぁあああ!? ぎゃああああ、俺の耳が腐っちまったのか!? 有り得ねぇええええええ!!! ……ごぶぅっ!?」

 かなり失礼だけど訂正できないことを言いながら、悲鳴をあげたダルフェさんのお腹に。

「五月蝿い、黙れ!」

 お決まりのように、カイユさんの右膝がめり込んでいた。

 ありがとうございましたーーーという普通の言葉を、どこをどう見ても“普通”じゃない無い冷酷魔王系顔のハクに言われた当人は。

「、、、、ッ、、、、、」

 シャデル君の震えは、驚きで吹っ飛んでしまったみたいで。

 今度は石のように固まってしまっていた。

「? りこ」

「な、なに? ハクちゃん」

 そんな彼の姿にハクは。

「我は“ありがとう”の使用方法を間違ったのか?」

 射抜くような視線でシャデル君を串刺し状態にしたまま、私に訊いてきた。

「我としては。“どういたしまして”が返されるものと思っておったのだが?」

「えぇ!?」

 ど、どういたしましてを要求しますか!?

 いい歳(いい歳どころか、超高齢者!)した大人が祖父を殺された少年の額を踏んで、しかもその足を顔の横にダンッなんてやってさらに怖がらせておきながらぁあああ!?

 無理でしょ、無理! 

 シャデル君、固まっちゃってるもの!


「………………どっ」


「え?」

 小さな、小さな音。

 音……声。

 シャデル君の!?

「ど?」

 消えてしまいそうな小さな声にハクが反応し、復唱した。

「ど、どどど……どどど、どどっ」

 搾り出すような『ど』の連呼に。

「どどど?」

 ハクがさらに疑問系の『ど』を追加する。

 無意識だろうけど。

 思ってないんだろうけれど。

 それ、すっごいプレーッシャーっていうか、怖いと思うよ?

 

「どうっ、い、たしっ、ましてぇえええええええっ!!」


 小さな声が絶叫に変わり。

 今まで聞いた事の無い必死な“どういたしまして”が、乾いた大地に響く。

「うむ」

 満足したらしいハクが落としていた視線を上げ、私をじーっと見て……細まった。

「我はできたぞ?」

 あ。

 青の竜帝さんのお城で術士に攫われそうになった時、竜騎士のオフラン達に助けてもらって……その後、南棟の温室に彼等が来たから、私が『お礼を言って』って……覚えててくれたんだ!

 結果は“こう”だけど。

 シャデル君には申し訳無いことになってしまったけれど。

「うん。ありがとう、ハク」

 得意気なハクの頬に、胸に湧き上がったあたたかな気持ちを込めてキスをした私に。

「どういたしまして、なのだ」

 と、ハクが言い。

「……あ~あ。気を失うのも無理ないな。よく頑張ったな、少年! よし、あっちのテントで寝かしといてやろうなぁ」

 ダルフェさんはカイユさんの膝を受けたお腹を幸せそうに右手で摩りながら、左手でぐたりとしたシャデル君の胴を軽々と持ち。

「頑張ったご褒美に、あんたの爺ちゃん殺した男とあの術士はこの俺が引き受けてやるから、術式で眠らされてる奴等と一緒に寝てな……くっ、くくっ。いや、参ったなぁ~、くくっ」

 言いながら、笑った。

 その笑いは。

 私にもわかるほど、自嘲的なもので。

「ダルフェ?」

 私が尋ねるまでも無く。

 カイユさんが、問いかけた。 

 答えた顔が向けられていたのは、問いかけたカイユさんではなくて。

「あそこで腰抜かしてる術士は、赤の竜帝の契約術士だった男です」

 私……じゃなくて、私を抱いて立っているハクだった。

「あの術士、赤の陛下のつがいの雄竜がかなりのお人好しだってのを知った途端、影でちょっかい出しやがったから、俺が基点潰して帝都から抛り投げてやったんですよ」

 赤の竜帝さんは、ダルフェさんのお母さん。

 そのつがいは、ダルフェさんのお父さん……影でちょっかい?

「帝都の崖下で、死肉好きなハイエナ共に食われたって思ってたんですがねぇ~。くくくっ……生きてるとわねぇ。確認を怠った結果が、この事態……俺としたことが、なんつー大失態………………申し訳ありません、ヴェルヴァイド様」

 赤い髪を持つ頭部が、下がる。

 深々と……。

 それを見たカイユさんからは、大きな溜め息。

 ハクちゃんは、何も言わない。

 ただ、視線を動かしただけ。

 黄金の瞳が捕らえたのは、金具部分にシャデル君の血の付いた首輪……輪止。

 それをじーっとハクが見ていることに、頭を上げたダルフェさんが気づく。

「あぁ、それのせいで姫さんは旦那を呼べなかったんすねぇ。それをつけられると竜族は竜体になれねぇし、声も出なくなる。竜騎士なら力技で外せますが、普通の竜族にはまず無理ですし。竜族が闇市で売買されるときは、大抵それが……ちっ、胸糞悪いったらねぇ!」

 忌々しそうどころか、その顔には嫌悪と怒りが露わになっていた。

「…………輪止、か。そのような物が赤の大陸はあるとは、我は知らなかったのだ」

 言いながら、ハクは落ちている輪止へと歩み寄り。

 左足で、それを踏み付けた。

 すると地面から青白い炎がぶわっと、勢いよく噴出し。

 ハクの右脚の膝までの伸びて、絡みつくように燃え、揺らぎ。

「きゃ!? ……あれ?」

 輪止を道連れにして、消えた。

 地中へと、吸い込まれるかのように……。 

「は? 旦那、知らなかったんすか!? もっと世間に興味持ちましょうよ。そんなんだから青の陛下に箱入りジジイなんて言われるですって! ……ああ、旦那。そろそろ転移で城へ戻ってください。母さ……陛下が首を長くして待ってるでしょうから」

 青白い炎を見たはずなのに。

 輪止が消えたのに気づいているはずなのに。

 ダルフェさんは、それについては何も言わなかった。

 傍にいたカイユさんも、何も言わない。

「……」

 だから。

 私も言わなかった、訊かなかった。

「姫さん」

「あ。は、はい!」

 ダルフェさんの緑の瞳が。

 垂れ目だけど、鋭い目が。

「姫さん、俺は今度はちゃんと“確認して”帰ることにするから。旦那と先に赤の陛下の城に行ってちょうだいね?」

 私を見て。

 お得意の、ウィンクをひとつ。

「うん、やっぱ確認って大事だよねぇ~?」

 確認?

 ダルフェさんは。

「旦那」

 貴方はここで、これから。

「さっき、あんたは俺に言いましたよね? <赤の竜騎士>の役目を果たせと」

 ダルフェさん。

 何を確認するの?

「お言葉に甘えて、そうさせてもらいますよ。<ヴェルヴァイド>様」

「……ダルフェ。これを」

 カイユさんがダルフェさんへと差し出した刀は。

 鞘が朱色で、細かな装飾が施された鍔には、真っ赤な宝石が4箇所に埋め込まれている。

 以前、カイユさんが私に持たせてくれた刀だった。

 それは。

 とても。

「ありがとう。借りるよ、カイユ」

 <赤の竜騎士>のダルフェさんに。

 とても、似合っていた。

 



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