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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
148/212

第2話

 あの人が。

 大好きなあの人が、「おはよう」って言ってくれないなら。


 貴方が。

 愛しい貴方が、傍にいない『世界』なら。


 私が目覚めることに、なんの意味があるというの?




 --ッ!?




 身体の内側で、痛みが弾けた。

 その衝撃に、手足が跳ねた。


 --痛っ……え? 


 目覚めた私は。


 --私……え?


 下着だけになっていた。


「っ!?」

 私にかけられていたキャメル色の毛布は所々染みがあり、すえた臭いがしていた。

 不衛生なその毛布を急いではらった腕には、嫌悪感から鳥肌が……。

 太腿まで捲くれ上がっていたロングスリップの裾を直し、自分の身体を抱きしめて蹲る。

 恥ずかしいからじゃなく、怖かったから……。

 私の頭の中には、あの術士の言葉が残っていた。


 ==竜珠を奪われ死ぬほうが、競りに出され人間に飼われるより幸せだと思うぞ?


 竜珠を奪われるということは、身体を生きたまま切り裂かれること。

 競りに出されるということは、竜族として人間に買われて、飼われるということ……。


 逃げないと……。

 ここから、逃げなきゃ!

「……、、、……、、」

 声は、やっぱり出ない。

 私にはあの首輪が、付けられたままだった。

 首輪はつけられてしまったけれど。

 私は縛られてるわけでも、繋がれているわけでもない。

 服は脱がされていたけれど、身体に異常は感じない。

 どこも痛くないし、ここから逃げ……あっ!?

 無い!?

 ハクの欠片のネックレスが、無いっ!!

 盗られた?

 盗られたの!?

 あの術士に?

 それとも、もう一人の……?

 どうしよう、どうやって取り返したら……あぁ、でも……今は、ここから逃げるのを優先すべき?

 誰も見張ってないから、逃げるチャンス……だよね?

「、、、、……、、、?」

 ここ……どこなんだろう?

 あの術士の家?

 身体を丸めたまま、周囲の様子を伺った。

 ここには誰もいないけど、外からは人の会話する声や動物の鳴き声……。

 外にいる人も、私を連れて来た術士の仲間?

 助けを求めるのは、やめたほうがいい……多分。

 隙間から差し込む光には、午前中の陽の柔らかさが無いから……午後よね?

「……、、、?」

 私が寝かされていたのは薄い絨毯の上で、部屋は……これって、簡易テント?

 8畳ほどの広さで、四隅に金属の支柱。

 天井は私の身長の1.5倍ほどの高さがあり、絨毯が敷かれてるのは私の下だけで、地面がむき出しの部分には木箱や麻袋が整然と置かれている。

 人が過ごす場所ではなく、倉庫……荷物置き場のようだった。

 テントの裾が一ヶ所だけ10㎝ほどまくられていて、そこから陽の光が差し込んでいた。

 あそこが、このテントの出入り口?

 私は四つんばいで、物音をたてないよう注意してそこへと近づいた。

 身をかがめて、陽の入ってくる隙間から外の様子を……痛っ!?


「踏み潰されなかったら、手をひっこめな」


 テントの外に出した指先を外側から伸びてきた足に踏まれ、慌てて引き戻した。

 呆れたような女性の声と共に出入り口の布の合わせ目から、女性が現れる……この人が、私の手を踏んだの?

「そんな格好で外へ出たら、商売女扱いされちまうよ?」

 ぺたんと座り込んだ私を見下ろす瞳は明るい茶色で、目を囲うように濃くいれられたアイラインが印象的だった。

 ボリュームのある唇には、真っ赤な口紅。

 頭部は黒いスカーフが巻かれ、髪色は分からない。

 彼女が着ているのはゆったりとした筒型の、長袖で裾はくるぶしまであるワンピース。

 赤みの強い紫の生地に山吹色の小花が刺繍されていて、エキゾチックな美しさを持つ彼女に似合っていいた。

「まぁ、竜族は頑丈だっていうから。人間の男を数十人相手にしたって、死にはしないんだろうけどね」

 好意的とは言い難いきつい視線が無遠慮に……値踏みするかのように、私を見て言った。

「アリシャリは大蜥蜴は嫌だって言ってたけど、他の奴等は違うよ? 女ならなんでもいいってのが、ほとんどだからねぇ」

「…………」

 大蜥蜴。

 それは竜族への蔑称。

 この人は、私を竜族だと思っている……この女性も、勘違いしている。

 アリシャリって人が、私のことを竜族だとこの女性に言ったんだろうけど……。

「首に“輪止”をしてるから、声も出ないし竜体になって飛んで逃げることも出来ないんでしょ? 徒歩で逃げるなんてのも無理だよ? 綱や鎖で繋がなくたって、それをしてるとあんたは遠くへは行けないんだ。この野営地から勝手に離れたら、輪止めがあんたの首を締め上げるんだからね」

 えっ!?

「あら? 知らなかった? 良かったじゃない。私が来たおかげで、ここから逃げた結果が窒息死なんて事にならなくてすんだじゃない」

 これって……首のこれ、そんなに危険なモノなの!?

「あ、一応言っておくけどね。あんたの着てたドレス、もう売っちまったよ? アレ、すごかったねぇ。見てると吸い込まれて、心が青の中に溶けていきそうな……あんな綺麗な青、初めてだった」

 竜帝さんが用意してくれたドレス、売られちゃったの!?

 もしかして、ハクの欠片のネックレスも……。

「あの薄気味悪い術士があんたをここへ連れて来てすぐに、アリシャリがドレスを売るから脱がすって言って……私が脱がしてあげたんだ。あんた、私に感謝しなよ?……なによ、その顔? 竜族の感謝の顔って、それなわけ?」

 言いながら、彼女は私へ近づいてきた。

 私はそんな彼女から逃げるように、後ろへ後ろと……すぐに、背に硬い感触。

 積まれた荷箱が背に当たり、これ以上下がれないのだと知った。 

「ふん……ねぇ。あんた、元気そうだけど……どれだけ寝てたか、自分で分かってる?」

「、、、……?」

 質問の意味は分かったけれど。

 答えられなかった。

 たとえ声が出たとしても、私は答えられなかった。

 だって。

 分からなかったから。

 こんな質問をされるほど長い間、私は眠っていたっていうの!?

「何日も飲まず食わずでいたクセに、平気な顔して……見た目は人間と変わらないのに……ぞっとするね」

 濃く太いアイラインに縁取られた瞳が、細まる。

 彼女がその赤い唇に自分の指先を添えると、手首を飾っている銀細工のブレスレッドがシャラリと音を立てた。

「竜族の雌……初めて見たけど、想像してたのと違ってがっかりしたよ」

 透かし細工がいくつも繋ぎ合わされ、持ち主の動きに合わせて雫のように流れて揺れていた。

 そして、その手が私へと……。

「ドレスだけじゃなく、下着まで最高級の絹なんて。あんたって、まるで“お姫様”みたいよね」

「ッ!?」

 いきなり、掴まれた。

 胸を、ぎゅっと。

 爪をたてられ、痛みに息を呑んだ。

 口の端をあげた彼女は、私の左胸を鷲掴みにしたまま言った。

「ふんっ、貧相な胸」

 吐き捨てるようにそう言うと、さらにその手に力を込めてきた。

「身に着けるモノは一流でも、中身は三流ってわけ? あははは、笑っちゃうわよね!」

 愉しげに、笑った。

 声をあげて、笑っているのに。


「……ねぇ」


 眼が。

 私を見る眼は、笑ってなくて……。


「竜族の心臓を食べれば、不老長寿になれるんでしょう?」

「ッ!?」


 否定する声を。

 今の私は持っていない。


  

 


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