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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
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第1話

 こんなにも無力であり、無能なのだと。

 我は思い知らされた。


 竜体で念話をとばし、赤の大陸のどこかに居るりこの『声』を探し求めたが。

 りこからの返事は無かった。


 念話が届かぬほど遠く離れた場所にいるのか。

 それとも……『声』を発せぬ状態なのか。

 我にもそれは、分からない。


 神ではない我は、神になることを望まなかった我には。

 それを知る術が無いのだから。


「……」


 我は<赤>に着ろと手渡された衣類を術式で身に付け、城内を歩いていた。

 どこへ向かうでもなく。

 ただ、歩いていた。


 幼生の処置を終えた<赤>は、衣類を抱えて電鏡の間に駆けて戻ってきた。

 よほど慌てて幼生を溶液に入れたきたのだろう。

 我の胸に衣類を押し付けてきた<赤>は、顔だけでなく全身いたるところにはねた溶液が付着していた。

 そして、見事なまでに眉の釣り上がった顔をしていた。


 他人にも自分にも、身なりにうるさい<赤>らしくないその様に、我が考えていた以上にあの幼生が弱っていたことを知った。

 まあ、我はかまわぬ。

 生きていれば、それでいい。


「……幼生は“連れて行け、おっさん”と我に言ったな。“おっさん”とは、我のことだろうか?」


 我は今までにも、いろいろな呼び名をつけられたが。

 “おっさん”は、いまだかつて無い。

 これが“斬新な”ということか?


「ふむ……おっさん、か。まぁ、あれが我をどう呼ぶかなど、どうでもよいのだ」


 <赤>が我に用意したのは詰襟の長衣は、ブランジェーヌが幼い頃より好んでいる緋色で、袖口と合わせ目が金糸で縁取られていた。

 赤の竜騎士達が身に着けているもの同様の、血生臭い“汚れ仕事”に適した蜥蜴蝶を素材に使用したものだった。

 我がりこをこの手にとり戻すまで、周囲を壊し傷つけ……殺しながら進むのだと、<赤>は考えたのだろう。

 そうだ。

 我は進む。

 自らの足で歩み、先へ先へと進む。

 進む我を阻むモノがあれば壊し、邪魔をする者は殺す。


 壊し、殺すのはとても簡単だ。

 だが……。


 「……」


 黒い長靴(ブーツ)の踵が磨きこまれた床石を踏み硬質な音をたてた。

すれ違う竜族達は我とは違い、この帝都の気候に合った涼しげな薄手の服に、革のサンダルを履いているので柔らかな足音だった。


 城勤めの竜族の目玉が、通り過ぎる我を追って動く。

 歩みを止めぬ我に、声をかける者は無い。


 我は他者の視線など気にはならぬし、どうでもいい。

 それが好意的であろうが、嫌悪のものであろうが構わない。


「……」


 以前は身に着けたモノが似合うかどうかなど、考えたことはなかったが。

 今の我は、思うのだ。


 この服を着た我は、可愛いだろうか?

 りこが見たら、気に入ってくれるだろうか、と……。


 他の者はどうでも良いが。

 りこがどう思うか、それだけが気になるのだ。


「…………黄色いアレ(・・)のほうが良いか?」


 その問いに。

 答える者は、ここにはいない。


「……」


 『目的』はあるが、行く当てが無い我は。

 ただ、歩き続けた。

 




 <赤の竜帝>の治める帝都は、赤の大陸のほぼ中央に位置している。

 数千年前に隆起したこの場所は、剥き出しのの岩肌が『下』からの侵入者を排除していた。

 竜族だけでなく人間も自由に出入り可能な青の帝都とは違い、『下』にある関所で定められた手続きをとらねば人間はこの街へは入ることが出来ない。

 『下』の荒涼とした乾いた景色と一変し、ここは緑に溢れ、水路には常に澄んだ水が流れている。


 区画整理された街の中心地点に、そのブランジェーヌの居城がある。

 赤砂岩と大理石を使った左右対称の建築様式のこの城は、3代前の赤の竜帝の時代に立て替えられたものだ。

 象牙色のタイルが敷かれた中央庭園を囲うように浅い池が造られ、その水面は花を泳がせながら空を映している。


「……」


 我の歩くこの回廊は、獅子の彫刻が施された円柱が色彩豊かな架空の鳥や花が描かれた天井を支えていた。

 庭園と一体化したこの回廊を吹き抜ける風が、我の髪で戯れる。

 我の前を、放し飼いにされている瑠璃色の孔雀が尾羽を小刻みに揺らしながら小走りで駆け抜け、庭園の緑の中に消えて行った。


「……りこ」


 落としていった羽毛が一枚、足元で軽やかに舞う。

 我は身をかがめ、それを拾い、手のひらに……乗せた途端に、我の髪で戯れていた風によって飛びだった。

 鳥の一部だったそれは持ち主から離れ、天に舞う。

 それは自由に。

 それは孤独に。

 独りで、舞い踊る。


「りこ。何故、貴女は我を呼んでくれぬのだ?」


 ハク、と。

 我への想い聞かせてくれた、貴女のその口で。

 我と睦みあった、貴女のその唇で。


「我の名を、呼んでくれっ……」


 掴むべきものを、繋ぎあうものを見失ってしまった我の右手を。

 左手で強く……強く握った。

 爪が肉に食い込み、骨を砕いて突き抜ける。


「……りこ。痛い、のだ」


 痛いと、思った。

 肉の損傷も四肢の欠落も、どうでもいいいとしか思えぬこの我が。


 痛いと……感じた(・・・)のではなく、思った(・・)

 


「痛い」



 貴女が呼んでくれたなら。

 我はすぐに貴女の元へ行き、この腕で貴女を抱きしめるのに。


 貴女の声が、聞こえない。

 我の声が、貴女に届かない。


「我は痛いのだ、りこ……」

 

 鮮やかな赤に染まり、穴の開いた我の右手を。


「……痛い、のだ」


 青の大陸よりも濃い陽が、射抜く。


 

  



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