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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
【幕間】
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【幕間】天に哂い地に吼える・2

 バイロイトが<青の竜帝>の使者としてメリルーシェの王と会い、第二皇女の死を伝えたけれど。


「……」


皇女は『お家』には帰れなかった。

帰ることを、許されなかった。


「……血を分けた娘なのにね」


バイロイトからその報告を聞いた陛下は、また唇を噛んでいたらしい。

陛下のあの癖は、困ったことになかなか治らない。

あの美しい<青の竜帝>は、僕を大好きだと言ってくれた友人の子供だ。

見ず知らずの人間達を助けるために死んだ、カッコンツェルの息子。

カッコンツェルとよく似た美貌を、その唇を傷つけて欲しくない……。


「僕にも娘がいるからかな? あぁ、なんかとてもイライラしちゃうんだよね」


いつになったら、あの子は大人になるんだか……将来、僕が死ぬ時には笑顔で見送ることができるほど成長してるといいんだけど……無理かなぁ?


「まだ言ってるんですか、セレスティス。あの王は王妃の他にも愛妾を数名もっています。息子が7人、娘は亡くなった第二皇女を含め8人います。死んだ皇女を切り捨ててでも守らなくてはならない家族と国民があの王にはいるのだから、当然といえば当然の事です」

「家族? 国民? だからなに? 自分の娘なんだよ!? 僕達竜族と違って子供がたくさんいるから? 娘への愛情も15分の1だって言うのかい!?」


 首元に手をやり、僕は襟を緩めて慣れぬタイを解いた。

 僕はこのタイが苦手だ。


「言ってませんよ。セレスティス、似合ってるのにとってしまうんですか?」

「いいじゃないか。もう閉店時間を過ぎてるんだから、従業員っぽく装う必要はないでしょう?」


 支店での僕は目立つ竜騎士の服ではなく、バイロイトから与えられた衣類を着ている。

 シャツにタイ、僕に似合うと選んでくれていたジャケットに同色の細身のパンツ。

 明るめの灰色にしたと言っていた……バイロイトには僕の目のことが、ばれているような気がする。

 僕に贈ってくれる予定で、随分と以前に注文しておいてくれたものが黒の大陸からに定期便で納品された数日後に、僕がここへ来た。

 動き難くはないけれど、蜥蜴蝶という重量のある特殊な素材に慣れた僕には着心地が“軽すぎ”て、少々落ち着かない。

 黒の大陸からの輸入品であるこれらは、この支店でも販売しているらしいけど売れ行きは良くない。

 理由は高すぎるから。

 高価な装飾品が付いてるわけでもないのに、一揃えすれば貴族でも二の足を踏む金額になる。

 見本帳から生地を選び徹底した採寸をし、黒の大陸の契約工房に発注し出来上がると特別便で空輸する。

 本体価格より輸送費のほうが数十倍高い……陛下、あまり売る気が無いんじゃないかな?


「……セレスティス。国王が普通の“父親”では、国が滅んでしまいます。彼は善い人間ではないかもしれませんが、王としては良いと評価できる点も多いのです。事実、彼の貪欲さが国を発展させ、国民生活を向上させました」


 バイロイトやクロムウェルのようには、僕はタイを綺麗に結べない。

 だから、バイロイトがやってくれた。

 苦笑しながらもどこか楽しげにしているその顔を見ていると、カッコンツェルのことを思い出す。

 人間が好きだと言っていた、カッコンツェル。


「王を擁護するわけではありませんが、竜帝であった母同様に王というのは個人でいられぬ存在であると……聞いてますか? セレ……ぐはっ!?」 

「ったく、うるさいなぁ~。もう黙んなよ、バイロイト」


 今の『僕』を君が見たら、知ったなら。

 なんて言うだろう?

 どう思うのだろう?


「セッ……レ!?」


 僕は左手でバイロイトの咽喉を掴んだ。


「黙れ」


 カッコンツェル。

 カッツェ、君はこんな僕に呆れて嫌いになるのかな?


「あのねぇ……なぁ、“お兄”」


 それとも。

 それとも……。


「てめぇのその良い子ちゃんな発言をする由緒正しいお綺麗な思考回路、ムカツクんだよっ!」

「セッ……!」


 僕はバイロイトの首を掴んだまま、持ち上げた。


「あぁ? 覚えてるかっ!? ミルミラを殺したあの女術士を『お友達になってあげてください』なんて、ミルミラに紹介したのは貴様だろうがっ、バイロイト!!」


 苦しげに寄る眉を目にし、さらに力を加える。


「お前の望み通りあの糞女と“お友達”になって、その“お友達”にミルミラは殺されたんだっ!!」

「っ!!」

「バイロイト! ミルミラは生きたまま身体を裂かれて、竜珠を奪われたんだぞ!?」


 藍の目を見開いたバイロイトが、落ちていく意識の中で僕の言葉を聞いたかどうか。


「てめぇの母親に腹ブチ抜かれて内臓潰されながら育った竜騎士の俺と違って、温室育ちのお前には分からねぇだろうっ!?」


 確かめる気の無い僕は、卑怯だ。

 非が無いと心の中で思ってるクセに、バイロイトを責める言葉を吐く僕は卑怯者だ。


「生まれてこのかた、一度だって手足が千切れたことすら無いてめぇに!」


 吐き出す言葉が、目に見えぬ拳で殴りつけるのは。

 僕の頬。

 傷つけたいのはバイロイトじゃなく、この僕の心。


「俺のミルミラの痛みがっ! 苦しみがっ……恐怖が分かるものかっ!!」


 責めたいのはバイロイトではなく、ミルミラを護れなかった自分。

 護れる力があったのに、愛しい人を護れなかった僕を誰も責めなかったから。

 誰も、誰も僕を責めてくれないから。

 僕が、俺が。

 セレスティスを、イザを責めて罵らなくはいけないんだ。

 僕が俺を責め。

 俺は僕を罰する。

 

「お取り込み中のところ申し訳ありませんが。セレスティス殿、確認したいことがあるのですが」

「ああ? なんだよ?」


 クロムウェルには、気を失ったまま僕に吊り上げられたバイロイトを助ける気など無いようだった。


「貴方の……その目。“王子様”の時より好いですね。殴っていただけたら、それはそれで得した気分になれそうです」


 場違いなほどの晴れやかな笑顔で言い、目元の皺を深くした。

 

「このド変態っ! ……俺……僕って、皇室出身の君から見ても“王子様”だった?」

「ええ、『絶対に存在しない理想の王子様』でしたよ」

「存在しない? ああ、そうかもね……ミルミラが好きだったのは、絵本の王子様だったから」

「絵本? ならばなぜ、定番のかぼちゃパンツと白いタイツを装着しないのです?」

 

 大真面目に言うクロムウェルに、僕は問い返す。


「なら聞くけど。君の前の職場に、白タイツとかぼちゃパンツの王子っていた?」

「いませんでした」

「即答か。なら、もう白タイツとかぼちゃのパンツは忘れなよ」


 うん、良かった。

 やっぱり現代には居ないんだ。

 白タイツにかぼちゃパンツの王子様は、とっくに絶滅したに違いない。

 

「で。君が僕に確認したいことって何かな?」

 

 意識を失ったバイロイトから、僕は手を離した。

 床に頭部を打つ鈍い音がしたけれど、確認することはしなかった。

 バイロイトは竜騎士である僕より身体がやわ(・・)だけど、竜族なのでこの程度なら怪我をしても大したことはない。


「皇女の遺体はどうするんです?」

「ああ、そのことね」

 

 竜族が人間より丈夫だとクロムウェルも知っているので、横たわるバイロイトを心配する気は全くない。

 一瞥もせず、僕との会話を続ける。


「帝都内で埋葬するのですか?」

「それは無い。彼女のしたことを考えると、他の四竜帝だって許さないさ。う~ん……そうだねぇ。トラン火山にでも捨ててくるように、プロンシェンに言っておくよ」


 滾るマグマは、善人も悪人も。

 人間も竜族も。

 灼熱の光で優しく抱きしめて、全てを飲み込み受け入れてくれる。

 大地の吐息は容赦無く、誰にでも平等だ。


「埋葬せず、捨てると? 貴方はあの皇女に同情的なように見受けられましたが」

「そう? 皇女がどうのってより、娘を持つ父親としてちょっと感情的になっちゃっただけだよ」


 同情なんて、これっぽっちもしちゃいない。

 出来るわけが無い。

  

「事後承諾でいいんだ。『父親に見捨てられた哀れな皇女』の亡骸を“ポイ捨て”なんて、あの子にはすぐに決断出来ないからね。また影でいじいじするに決まってる……陛下には無理だって、君だって本当はそう思ってるんでしょう?」


 あの皇女は、僕の可愛いカイユを“虐めた”。


「……はい。ですが、遺体の処遇については、陛下のご意見を求めるべきでは?」

「クロムウェル。後で陛下に僕が怒られたら、それで済む。この案で問題無しだよ」


 もうこの件に関して話すことは無いという意味で、羽虫を追い払うように手を振った。

 でも、羽虫じゃないクロムウェルは、それでは追い払えなかった。


「セレスティス殿。一言くらい、陛下に……」

「しつこいよ、クロムウェル」


 指先で、男の右の目元に触れた。


「っ!?」

「君は……お前は人間だ」


 僕から近寄り、触れたことに驚いたのか。

 クロムウェルは言葉も動きも止めた。


「でも、陛下を愛しているよね?」


 手袋をしてない僕の指先から。

 その皮膚から伝わるのは。

 老いに命を押されながら、自分で選び望んだ道を駆ける男の体温。


「分かるよ。愛しいと、この眼球が叫んでるから」


 <青の竜帝>の美貌に囚われた愚か者と、竜族に魂を売った裏切り者だと人間共に罵られ蔑まれても。

 この男は衆目の前で青の竜騎士の制服を喜んでその身に纏い、美しい主に跪く。

 

「恋に狂ったその目で陛下を見ているうちは、僕はお前を殺さない。利用価値がある限り、僕はお前を殺さない。だから、僕に従いなさい」


 そうでなければ、お前を生かす理由が僕には無い。

 お前に生きる価値は無い。


「……アンデヴァリッド帝国の将軍であったこの私を、簡単に殺せるとお思いで?」


 鋭さを隠さぬ眼球が動き、僕を見上げる。

 人間であるクロムウェルは、竜族である僕より少々背が低い。

 身体の幅や厚みは、僕の倍はありそうだけど。


「うん。思ってる」


 腹の底から押し出したような重い声に答える僕の声は、自分でも不思議なくらい上機嫌な軽い声音。

 僕は、クロムウェルに触れていた指を離した。


「そうですか。私もそう思います」

 

 クロムウェルは僕に触れられていた場所を、自分の太い指で何かを確かめるように数回なぞった。

 会話の途中で僕の手を払いのけようとしたならば、僕はこいつの目玉を抉っていただろう。


「皇女の遺体については、貴方にお任せするとして。さきほどの電鏡の通話相手は、カイユ殿ですか?」

「うん。これから城を発つって言ってた。もうとっくに、海の上だね」


 行方不明、そして生死不明の<監視者>のつがいを追い、カイユは赤の大陸へと向かった。

 赤の大陸は婿殿の故郷だし、赤の竜帝陛下は彼の母親でもある。

 カイユが向こうで衣食住に不自由することは無いだろうから、安心だ。


「カイユ殿、この大陸を出て行ってしまったんですね」

「うん」

「陛下も貴方も、寂しくなりますね」


 クロムウェルの言葉に、僕は首をかしげてしまった。


「どうして寂しくなるの?」 

「セレスティス殿。貴方は娘であるカイユ殿やお孫さんに、いままでのようには会えなくなってしまうんですよ?」


 ああ、なるほど。

 そういう事か。


「寂しくないよ」


 僕は手を伸ばした。

 空へ、宙へと指先を向ける。


「僕の娘も孫も。この世界で……天を飛び、大地を駆けて生きているんだから」


 個人的な理由での大陸間飛行は、許可されていない。

 許可されていないだけで、不可能なわけじゃない。


「同じ空の下で、僕等は生きている。この空は、愛しいあの子達に繋がっているんだ」


 僕等竜族には、どこまでも飛んで行ける翼がある。

 他の大陸は『会えない距離』じゃない。


「生きて笑っていてくれるんだから。互いの距離が離れても、僕は寂しくなんかないんだ」


 どんなに願っても望んでも。

 この世には『会えない距離』があるってことを。

 それを、僕は知っているから。


「寂しくなんか、ないんだよ」


 どんなに望んでも願っても。

 ミルミラ、君には会えない。


「いい加減、起きなよ。暢気に寝すぎだよ、バイロイト」


 僕は床に倒れているバイロイトの額を、つま先で小突いた。

 履きなれない内羽根式のプレーントゥの革靴のせいか、力加減を間違って青痣を作ってしまったが見なかったことにした


「……痛っ!? セレスティス、セレ。私は寝てたんじゃなく、貴方のせいで意識を失っていたんですよ?」

「ちょっと絞めただけだよ?」

「竜騎士の貴方のちょっとは、私には“ぎりぎり”です」


 バイロイトは額を押さえながら立ち上がり、首を左右に動かした。

 頭部と首に異常が無いのを確認すると、背筋を伸ばして大きく息をはく。

 ……額に痣があるのは、鏡で見なければ分からないので黙っておこう。

 その代わりに、僕は他のことを教えてやることにする。


「あのね、バイロイト」

「なんです?」


 バイロイトの右眉が、微かに上がる。

 僕が何を言うか、ちょっと警戒しているな。


「カイユ、髪を切っちゃたんだって」

「なっ!? どうしてそんな事を! ダルフェはまだ生きてるのだから、あの子が髪を切る必要なんか無いでしょうっ!?」


 うん、これが普通の反応だろうね。


「髪が短くたって、似合えばそれでいいじゃない。カイユの好きにしたらいいんだよ」

「まったく。セレは昔から、カイユに甘いのだから……」


 細かなしきたりにうるさいタイプのバイロイトからすれば、有り得ない事なのかもしれないけれど。

 竜族の暗部にどっぷり浸かって生きてきた僕には、髪がどうのなんてそんなことはあまり気にならない。


「でも、それをネタに堂々と婿殿をいびれるいい機会だよねっ……クロムウェルッ!!」


 バイロイトを小脇に抱え、僕は屋上の中央まで跳んだ。

 着地と同時に、僕の足元を中心にして青白い光が渦を巻く。


「障壁なら、もうやりました。次のご指示をどうぞ、団長閣下」


 団長であるカイユが去ったことで、自動的にこの僕が<青の竜騎士団>の団長に繰り上げとなる。

 孫もできたしそろそろ引退したいくらいだったんだけど、こればかりはしょうがない。


「閣下は止めなさい。指示じゃなく、質問がある」

「なんなりと、団長殿」


 僕に荷物のように抱えられたバイロイトは、自分がまさに『お荷物』なのだと分かっているので文句を言うどころか微動だにしないで荷物になりきっている。

 バイロイトにもアレ(・・)が見えているはずなのに、疑問も意見も口にしない。


「シャゼリズ・ゾペロの頭を掴んであそこに浮いてる奴、君の術式で捕らえられる?」

「まことに遺憾ながら、不可能です」


 上空に現れたアレ(・・)に対処するのは、出来るのは。

 どう考えても買い物に来た客ではない、アレ(・・)の相手をするのは。

 <支店長>の自分ではなく、<竜騎士>である僕だからだ。


「そっ。じゃあ捕獲は無理ってことだ。僕が殺しちゃっても、陛下も他の竜帝も文句言えないよね~! ……ふふっ」


 あの時。

 僕は死ねなかった。


「バイロイト」

「はい、セレ」


 僕を置いて黄泉に行ってしまったミルミラを追うため、先代陛下にもらった刀でこの首を斬ったのに死ねなかった。


「僕、“全開”で行くから」


 後を追うことは、死ぬことは許されなかった。


「貴方が“全開”って……支店、出来れば壊さないで欲しいのですがっ」


 ずっと。

 

「この街の住人を巻き添えにしていいなら、支店は残せるかも(・・)だけど?」


 ずっと。

 待ち望んでいた。


「……建て替えの見積もり出しておきます」

「うん、よろしく」


 この瞬間を。


「ねぇ、君」


 僕は願っていた、この時を。

 僕は歓喜に満ち、喜びに溢れる。

 

「僕のお姫様を奪った“悪い魔法使い”の居場所、教えてくれるかな?」


 愛する伴侶を奪われた竜族の雄には、報復する権利がある。

 復讐する、権利がある。

 これだけは、竜帝だろうが奪えない。



「会いたかったよ、導師(イマーム)



 僕、君に。

 君に会いたいよ、ミルミラ。

 早く会いたいんだ、僕の愛しいお姫様。



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