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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
141/212

第105話

「やめて下さいっ!」


 声を荒げたのは、甘く柔らかな色彩を持つ雄竜。

 その空間を統べる白き存在に食って掛かったのは、ここで最も弱き者だった。

 声をあげただけでも驚くべきことなのに、俺の父親はさら行動にまで移した。

 

「ヴェルヴァイド様、やめて下さい!!」


 この世界の存続を、竜族の未来を守りたいと願う四竜帝達が言えぬことを躊躇無く大声で叫んだのは、『普通の竜族』であるエルゲリスト。

 父さんは這うようにして旦那へと近づき、左脚にしがみ付いた。

 その思いがけない動きに、四竜帝達も息を呑む。

 四竜帝が出来ないことをやってのけた父さんは、叫んだ。



「僕の奥さんの肌を見ないで下さぃいいい~!!」



「え、そっち?」

 脳が指令を出す前に、俺の口が勝手に動いて間抜な呟きを生み出した。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 そして、静寂。

 実母を含む四竜帝と、最愛のハニーの沈黙が痛い。

「と、父さん。あの、あのなっ……」

 世界に害なす存在に唯一人声をあげた父の勇姿に、内心めちゃくちゃ感激してしまった自分が悲しい……。

「……ダ、ダルフェ。お前の父ちゃん、すげぇよ」

 青の陛下の感心しきった口調が、悲しさに切なさを突っ込んできた。

 その切なさには、笑いが付録となっていた。

「え、あ、あははは。まぁ、はい……」

 え~っと、父さん。

 子持ち孫持ちの母さんの肌なんかより、世界がとうなるかの方がどう考えたって重要だって!

 姫さんが死んでたら、世界が終わっちまうんだぜ!?

 今、俺達はっ!

 世界は危機的な状況であるという大問題に直面中なんだぞ!?

 ……まぁ、竜帝が露出過度な女王様的な格好でいるってことも大問題だけどな。

みなよ、私は少々……いや、とても疲れた。先に下がらせてもらう。進展があったら報告を頼む」

「え? <黒>、あ、おいっ!?」

 他の四竜帝の返事を待たず、黒の爺さんは電鏡から姿を消した。

 爺さんは死期が迫っていて、体力が落ちてるからなぁ。

 長時間起きていられないのだろう。

 ま、それだけが『疲れ』の理由じゃないだろうが……半分位は俺の親父のせいかもな。

「<黒>、おつかれさま~! トリィちゃんとイドイドのこと、よろしくね<赤>! なにか手伝えることがあったら連絡ちょうだい! うちの竜騎士達貸してもいいよ? じゃぁ、またね~!」 

 それを追う様に、黄の竜帝も去っていった。

 赤の竜帝にかけた声には、あからさま過ぎる程の安堵の響き。

 自分の大陸に姫さんが居ないと分かった途端、これかよ。

「……ダルフェ。大丈夫か?」

 青の陛下が俺の左腕にそっと触れ、言った。

 この陛下は美人で優しい……黄の超音波娘に、陛下の爪の垢を飲ませてやりたい!

 飲ませるっつーか、あのムカツクを口こじ開けてこの手を胃袋まで突っ込んでやりてぇ~!

「だ、大丈夫で……ぐおっ!?」

 俺の目にさらに衝撃的な光景が飛びこんできた。

 両膝をついて旦那の左脚にすがっていた半べそ顔の中年親父(ひよこの着ぐるみ着用)が、がっちり抱き込んだ脚を支えにして上半身を……顔を上げたのだ。

「とっ、ととと父さんっ!?」

 ああ、なんつーこった!

 旦那を見上げる親父の顔に、旦那のイチモツが触れそうだ……息子として、切な過ぎるぜ!

「お願いですぅうう~、ヴェルヴァイドさまぁあああ!」

 なんとも際どい位置で思いっきり鼻をすすりながら叫ぶ父親の姿に、頭痛がしてきた。

 そんな俺の気持ちを察してくれたのか、母さんが動いた。

「ヴェルヴァイドから離れなさい、エルゲリスト」

 父さんの髪を左手で掴んでひっぱり、旦那から引き剥がした。

 そして、自分の足元につがいの雄の身体を落として左足で背を踏みつけた。

 ふかふかした黄色いひよこの着ぐるみに、ピンヒールが突き刺さる。

「ごめっ……ごめんなさい! ヴェルヴァイド様に勝手に触ってごめんなさい、陛下」

 今にも溶けてしまいそうなミルクチョコレート色の瞳で、親父は自分を見下ろす妻の真紅の目へとすがるような眼差しを向けた。

 それを受けて、満足気に微笑む……俺の母親である赤の竜帝。

「うふふ……触るのはかまわないわ。ただ、私以外にその可愛らしい泣き顔を見せないでちょうだいね?」

「は、はい!」

 あぁ、我が母親ながらなんつードS。

 そしてなんつーアホな会話だ。

 旦那はそんな阿呆な夫婦にも、まったく表情が変わらない。

 まぁ、いつものことだしな。

 つーか、旦那。

 取りあえずその外套を拾って、丸出しな下半身を隠したほうがいいんじゃないですか!?

「ダ……ダ、ダルフェ。お前は今すぐに発つべきだ!」

 陛下がいきなり鼻息荒く言い、俺の両手をぐっと握った。

「はぁ、まぁ、でも今すぐになんて無……」


「今すぐだ!」


 俺の言葉をさえぎり、陛下は言った。 


「そして、丸出しなクソじじいに服っを! せめてあの丸出しをっ! 丸出しをぉおおお~!!」


 真っ赤な顔で叫ぶ陛下の脳内では、仁王立ちの真っ裸な旦那に跪き、丸出しな下半身に恭しく下着を装着する俺の映像が浮かんだに違いない。

 俺の脳内でも、それが再生されて……じょ、冗談じゃない!

「陛下、俺は旦那にはかせるのは嫌です! 自分ではいてもらいますって!」

 そんな馬鹿馬鹿しくも真面目な会話をしている俺と陛下を一瞥もせず、旦那はカイユへと声をかけた。

「カイユ」

 あんたの下半身について論議(違うか?)してる俺達を、人並みに気遣う感性など無いのは知ってますが……はぁ~、なんだかなぁ。

「はい、ヴェルヴァイド様」

 腰に下がる刀の柄を指先で撫でながら、カイユは一歩前へ出た。

 すでにカイユの頭に中では、赤の大陸への大陸間飛行への段取り、着いてからすべきことが順を追って並べられているのだろう。

 最高速で不眠不休で飛ぶつもりだろうが……問題はジリギエだ。

 まだ幼いジリギエにとって、最高速での移動は負担が大きい。

 天候によっては、高度をぎりぎりまであげての長距離飛行になる可能性もある。

 その場合、まだ軟らかい(・・・・)幼生体では内部が持たない。

 俺とカイユは先に飛んで、青の竜騎士のプロンシェンかニングブックにジリギエを送る届けてもらうように頼むか……。

 俺と同じことを考えているであろうカイユに、旦那は言った。

 

「死んではいないが」

「は?」

 

 主語の無いそれに、カイユは眉をひそめた。


「少し、壊れた」

「……ヴェルヴァイド様?」


 旦那は片手を髪の中に入れ、手を自分の後頭部をがしがしと動かして何かを掴むと、それを無造作に放った。


「……なっ……」

 

 床に落ちた、小さな身体。

 それは、ぴくりと動かない。


「……ジッ」


 半透明の青みがかった灰色の鱗は艶を失い、黒ずんでいた。

 半開きの口からは、伸びきった舌……。


「ジリギエッ!!」

 カイユは電鏡に駆け寄り、届かぬ手を伸ばす。

「ジリギエ! ジリッ! ジリギエッ、起きてジリギエ!」

 血の気のひいた顔にあるのは、驚愕より恐怖。

 カイユは知っている。

 俺は生ゴミ状態だったし、姫さんの負荷を全て受けた旦那は見事なまでにバラバラだったさ。

 大陸間転移の大きな負荷を、カイユは嫌と言うほど知っている。

「ジ……リギエが、なぜっ……」

 カイユの問いに、赤の竜帝の冷静な声が重なる。

「エルゲリスト、私は地下の区画特2にこの子を運ぶ。貴方はクルシェーミカを呼んで、溶液濃度の調整させなさい」

「は、はい! 陛下!」 

 ひよこの着ぐるみを着ているとは思えない機敏な動きで、父さんは電鏡の間から廊下へと駆け出した。

「ヴェルヴァイド様っ! どういうことです!? ジリギエはっ……」

 旦那はカイユへと金の目を動かして、答えた。

「死にはせぬ。臓腑が多少いかれただけだ」

 その言葉に、カイユは両手を握り締める。

「…………あれで多少と、貴方はそう言うのですかっ!?」

 小刻みに震える拳を鏡面に押し付け、自分へと向けられた黄金の瞳を迎え撃つ。

 旦那相手に一歩も引かず、冷たさを増した水色の目で世界最強の存在をを睨みつける。

「あの幼生は自らの意思で我に“張付いた”のだ。ふむ、血か? 先程、祖父も孫と同じように我に張付いておったしな」

 そんなカイユの責めも怒りも興味が無いのか、旦那はカイユに顔を向けたまま視線だけを別の場所へと流した。

 黄金の目が捕らえたのは、床に転がる黄色い……ひよこの頭部。

 旦那はそれに視線を固定し、数回瞬きをした。

 ……まさか、だよな?

<赤の竜帝>が床から孫であるジリギエを抱き上げ、カイユを見て頷いてから足早に部屋を出て治療に向かうのを見送ると、俺の愛する妻は般若の表情で振り向いた。

「…………ダルフェ! なんであの子が、ヴェルヴァイド様に貼り付ける場所(・・・・・・・)に一人で居たの!?」

 激昂するカイユとは逆に、俺はジリギエが手足の一つも失っていない状態だったことに安堵と確信を得ていた。

 ジリギエは旦那にとって『生かす価値』がある。

 そのことが、これではっきりと分かった。

 姫さんが生きている『世界』がある限り、ジリギエ()旦那は殺さない……殺されない。

 俺がいなくなっても(・・・・・・・)、ジリギエには最強で最高の守護者が……。

「え? あ……俺が旦那の側にジリを置いてきちまったんだ。飯食いに行けって言っておいたんだけど……すまないっ、ハニー……ぐごぶっ!?」

 言い終わらぬうちに右頬に鉄拳。

「この役立たずが~っ!!」

 頬骨を砕くその威力に、俺の意に反して床から両足が浮く。

 舞い散る歯の本数を確認する間もなく、俺の横腹へカイユの右足。


「ぎゃあああっ! <黒>用の電鏡にぶつかっ……それいくらすんと思ってんだ!? 軌道修正しろ、ダルフェ!」


 色恋より金勘定が好きな美麗竜帝の悲鳴を聞きながら、俺は<黒の竜帝>用大型電鏡に激突した。

 降り注ぐ電鏡の破片の間から、俺は見た。

 見てしまった。

 真珠色の爪を持つ白い指先が、黄色いひよこの頭部へと吸い寄せられるのを……。


 それ、あんたが被ったって可愛くないですよっ!?






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