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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
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第104話

「そ……それは……青……<青の竜帝陛下>の『青』で……す」



 役に立たない情報だと冷めた空気が漂っていた空間に、熱が生まれた。

 それはそれぞれの方向性で発熱し、膨張し弾けとぶ。

「おおおおお・おのれっれれはっ、何故それを先に言わんっ!? こ・ここ・こここのひひひっひよこめがっ!!」

 <黒>の爺さんは怒りで“かみかみ”で。

「キィイイィ~! 焼き鳥にしてやりたいぃいいい!! ひよこ親父! あんたは黄色使うな、キキャアアア~ッツ! む~か~つ~くうううう~っ!!」

 <黄>の超音波娘の金切り声が、真っ暗な電鏡の間に目に見えぬ雷撃のように降り注ぐ。

「俺、南棟にいるヴェルに知らせてくるっ!」

 <青>の陛下が駆け出そうとしたその時。



「お待ちなさい、<青>」



 その言葉に、陛下の動きが止まる。

 反動で、真っ青な長い髪が前方に流れた。

「なんでだよ、<赤>……うわっ!?」

 陛下は<赤の竜帝>用の大型電鏡へ顔を向けると、美麗な顔を自分の両手ですばやく覆った。

 俺は電鏡の向こうに現れた真紅の髪と瞳の持ち主に、抗議した。

「勘弁してくれよ! 息子としてフォローの仕様がねぇっ!!」

 久々に見た赤の竜帝の人型は、息子として色んな意味で非常にきつかった。


 女王様。


 そう、俺の母親は<四竜帝>という立場とは違う意味で。

 別方向において、本物の(・・・)女王様だ。

 鎧鰐の皮製の真紅のドレス。

 それは胸部がチューブトップで、しかも白い脚がスリットから見え隠れするという、既婚の竜族にとって有り得ないデザイン。

 太腿には同素材のガーターベルト。

 よくそれで普通に歩けるなと思わずにいられない、ピンヒール。

 止めとばかりに、左手には愛用の短鞭。

 それに打たれるのは馬じゃない、俺の父親エルゲリストだ。

 夫用調教鞭……せめてそれだけは置いてきて欲しかった。

「似合うのだからいいじゃない、ダルフェ」

 言いながら肩にかかる赤い髪を右手ではらうと、意味ありげに口角をあげた。

「ったく、自分で言うなよ」

 まぁ、息子の俺から見ても似合ってるけど……父親はひよこ男、そして母親は女王様姿。

 愛するハニーにダブルで見られた、哀れな息子の身にもなってくれ。


「…………」


 ああ、隣に立つ無言のハニーから俺に向けられる視線が……。

「まったく。相変わらずだな、孫が出来たというに」

「あ! それがこないだ<赤>が言ってた新作? 思ってたより、地味ね~」

 <黒>と<黄>は母さんのこの姿に慣れているらしく、まったく動じていない。

「あ、ああ<赤>! おおおっ、お前胸がっ、胸が半ケツ状態だぞっ!?」

 いや、胸はケツじゃねえからそれは違いますって、陛下。

 青の陛下は慣れないというか、純情っつーか。

 こういうの、苦手だもんなぁ。

 最近は竜体ばかりだったから、今回もきっとそうだろうと油断していた。

 それに、今まではハニーが……カイユが居る時は、あの格好の上に必ず外套を……カイユがこの場に居るのを知ってたはずなのにしてない?

 クルシェーミカに呼ばれて退室した時に、置いてきちまったのか?

 外套を身に着けることを後回しに戻ってくるほど……何があったんだ?


「わぁああん~陛下ぁああ! またそんな格好してっ……僕以外に肌見せるの止めて下さいって、いつもお願いしてるのにぃいい~!」


 俺が脳内でいろいろと考えていると、半べその父さんの声が耳に飛び込んできた。 

 まぁ、無理ないか。

 頭のネジが若干緩い父さんだが、竜族の雄として当然ながらつがいへの強い独占欲を持っている。

 つがいの雌がこんな露出の多い格好で人前に出るなど、許せるはずが無い。

「お黙り、エルゲリスト。私はトリィさんの件を先に伝えなさいと言ったわよね? こんな簡単な事もできないいなんて、まったく……いけない子ねぇ」

 首から下はひよこの着ぐるみの父さんの顎を、短鞭の先端で持ち上げるようにして言った。

 外套は無しのクセに、鞭は持ってるって。

 母さん、あんたは外套より鞭優先なのかよ!

「ご、ごごっごめんなさい!」

 口から出たのは謝罪の言葉だってのに、その顔にあるのは恍惚とした……父さん、頬を染めてんじゃねえって。

 父さんはいったいいつになったら、気づくんだろうなぁ~。

 母さんがそんな格好するのは、父さんの反応を楽しむためだって事に。





「俺、旦那を呼びに南棟に行って来ます……行かせてください」

 久々に揃った相変わらずな両親に、ちょっと席を外させて下さい的な気分に俺はなってしまった。

 そんな俺を引き止めたのは、短鞭でつがいの雄の頬を撫でている女王様ではなく。


「<赤>、942足りぬぞ」


 聞き覚えのあり過ぎる、それ。

 久しぶりに、その声を聞いた。


「旦那っ!?」

「ヴェルヴァイド……なっ!?」

「イドイドッ!? ウキャァアアッ!!」

「じじっ……ぐはぁっ!?」

「…………ヴェルヴァイド様」


 母さんと父さんの間に割り込むように現れたその姿に、割り込まれた当人達以外が声を上げた。

 この城に……青の大陸に居たはずの旦那が、赤の竜帝の城に居たことへの驚きではなく。

「ヴェルヴァイド。外套は身体に纏うものであって、頭部に被るものではないわよ? それに貴方の服は衣装庫にあるの知っているでしょうに、何故裸なのかしら?」

 眉を寄せ、そう言った母さんの言葉に全員が頷いた。

 旦那は、人型だった。

 旦那は真珠色の髪を持つ頭に銀色の毛皮で縁取られた真紅の外套をかぶり、腕を組んで仁王立ち……もちろんすっ裸。

「だ、旦那。あんた、なんつー格好してるんすかっ!?」

 真紅の外套が、まるで赤い頭巾のようで……はっきり言って、変だった。

 変というより典型的変質者みたいな格好なんだが、あまりに堂々としているので逆にこっちが恐縮してしまうというかっ!

「貴方って、どうしてそう身なりに無頓着なのかしら? まだ未婚の<黄>が居るというのに……猥褻罪で牢に入れるわよ?」

 母さん自身も既婚の竜族として、かなりまずい格好なんだが。

 自分のことは棚上げ状態で、旦那を上から下まで確認するかのように見るその目には責める色。

 黄色いひよこ男は腰が抜けたのか、ひよこというよりあひるのような間抜けな状態で床に座り込んでいた。

 旦那はそれらを綺麗に無視し、左の手のひらを床へと向けた。

 白い手から、ぱらぱらと何かが落ちた。


「……針?」


 床に落ちたのは、銀色の針だった。

 俺の目には裁縫用の針にしか見えない。

 旦那が裁縫用の針?

 まったく結びつかない。

「クルシェーミカが私を呼びに来たのは、この人が原因なのよ。私の部屋の扉を吹き飛ばして入って行くのを、通りがかったクルシェーミカが見てたの」

 針。

 針か……。

 母さんの趣味は、旦那も知っている。

 私室に針箱や手芸道具があるのを、知っている。

「私はヴェルヴァイドに、電鏡の間にトリィさんの件で皆が揃っているから急いで顔を出してって言って、こちらへ戻ってきたのよ。もし人型になるなら、衣装庫の服を着てから来てちょうだいって頼んで……とりあえず私の外套を貸してきたんだけれど。裸で城内を歩かれたら困るし」

 赤い瞳が、足元に散らばった針に向けられる。

「56、7……58本。これだけあっても、足りないの?」

 その問いに、旦那は答えなかった。

 針……針。

 旦那はさっき、なんて言った?


「942、だよな」


 俺の頭の中で。


「58と、942……」


 姫さんの歌声が響く。


 ―――指キリゲンマン


 温室の池の縁に腰掛けて。

 旦那の4本指の一つと、小指を絡ませ上下に動かし。

 はにかみながら、小さな声で歌っていたのを思い出す。

 

「……1000? 1000の針……」


 ―――嘘ツイタラ 針千本 飲マス


 銀に輝く、58本の針。

 その輝きが、俺の身体を凍らせた。 

「ヴェルヴァイド。なぜ貴方が、千本もの針を必要とするのでしょう?」

 <黒の竜帝>の問いは当然であり、必然。

 年老いた竜帝に訊かれたのは俺では無く。

 答えるのも、俺じゃない。


「約束を守らぬ我には、針が千本必要なのだ」


 答えたのは、黄金の瞳を持つ世界最強の竜。

 真珠色の爪を持つその右手に握られているのは、赤い格子模様の布。


「じじいが針? なに言って……約束?」


 陛下の青い目が細まり。


「<青>よ。我は<赤>に、衣服の件を聞いた。りこは赤の大陸に飛ばされたようだな」


 色素の薄い唇が、弧を描く。


「聞け、四竜帝よ」


 圧倒的な何かが、空間を支配する。

 

「聴くがいい、『世界』よ」


 音は消え。

 言葉が脳を掴みあげる。


「我は、我を抑えて(・・・)いた」


 俺は思い違いを知り。

 四竜帝は間違いに気づく。


「我のりこがこの『世界』があることを望みを、そう願っていたからだ」


 まっすぐに前を見る黄金の瞳には、何も映っていなかった。

 そこにあるのは。


「我はあの人と“約束”した」


 金の目を中央で分かつ、漆黒の針のような瞳孔。


「だが」


 悲しみも。

 苦しみも。

 憎しみも。

  

「あの人がこの手に戻らぬならば」


 そこには無く。


「我は“約束”を破る」


 散る花びらのように、真紅の外套が滑り落ち。

 白い肌に流れる真珠色の長い髪が、露になる。


「いらぬ」


 赤い格子模様の布。

 全てを手に入れられるのに、何も望まなかった存在が。

 その手に持つのは、それだけだった。


「いらぬのだ。人も、竜も。海も山も、大地も空も」


 輝く真珠色の髪が、意思を持つかのように四方へと広がる。

 翼のように、大気をはらんで揺れる。

 白皙の肌を彩る黄金の瞳は、沈む陽にも似て……。


「いらぬので。我は世界を<処分>する」


 その顔に浮かぶのは。

 光に溶けてしまいそうな、柔らかな笑み。


「そして」


 色あせた布に、口付ける。

 ただ一人の女に捧げられた、誓いの接吻。


「我は我を、<処分>する」


 それは響く。

 世界の終わりを告げる鐘のように。  


 その狂気に、俺が感じるのは。

 恐怖ではなく。



 羨望。



 愛が世界を救うなら。

 その愛が、世界を壊すこともあるだろう。


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