第97話
昼食後、ハクちゃんは迎えに来た竜帝さん手を引かれ、部屋から出て行った。
竜帝さんは「俺について来い! 逃がさないぞ、このクソじじいっ!!」と言った手前、どうしても前を歩きたかったみたいで、まるで競歩のような歩き方でハクちゃんを強引に引っ張って去っていった。
女神様はハクちゃんに皇女様を会わせるのだと、ちゃんと私に教えてくれた。
だから、私はハクちゃんに「行ってらっしゃい」と言うことができた。
正直に言うと、内心はとても複雑だったけれど……行かないでという言葉を、飲み込むことが出来た。
「トリィ様、本当に良いのですか? お嫌ならカイユが追い払っ……お断りしてきますよ?」
今日のカイユさんはレカサではなく、青い騎士服を着ていた。
腰には朱塗りの鞘……<赤の竜帝>、ダルフェさんのお母さんから贈られた刀。
高い位置で一つに結われた銀の髪には、澄んだ空色の宝石が煌めく銀の髪飾り。
「ううん、大丈夫。……ありがとう、カイユ」
鏡台の前に座る私の髪を梳かすカイユさんの手には、白い手袋。
鏡の中の水色の瞳が、膝の上に置いた両手をぎゅっと握った私に気づき……細められた。
「陛下のくださったドレス、とてもお似合いですわ。この青はトリィ様の黒髪を引き立てますし、かけらのネックレスも深海に舞う真珠のようです。ふふっ、これが元々はヴェルヴァイド様の中身だなんて、見た目はだけでは全く分かりません」
「……カイユ。ハクちゃんは皇女様の名前を知らないって、私に言ったの。それって、酷い……あの皇女様は知っているのかな? スキッテルさんのお店で会った時、あの人がハクちゃんのことをすごく好きなんだって私にも分かったのに……」
ずっと、思ってた。
ハクちゃんの過去の女性に会ったら、私はすごく嫉妬してしまうって。
「名すら知らぬと? まったく……<赤の竜帝>陛下が以前、ヴェルヴァイド様は女にとって最低最悪だと仰っていましたが、本当に酷いものですね」
嫉妬して、嫉妬して。
感情が荒れ狂って、ハクちゃんに八つ当たりしてしまうんじゃないかって思ってた。
でも、ハクちゃんの皇女様への態度、言動を目の当たりにした私には……これは同情なんかじゃく、同じ人を愛している女としての……。
「ハクちゃん、ちゃんと皇女様とお話できたのかな……」
彼女からすれば、私はいきなり現われて愛する人を奪っていった女だ。
嫌われて……憎まれて当然だし、私が彼女の立場だったら……どうしただろう。
「無理でしょうね。ヴェルヴァイド様のことですから何も言わないか、いらぬことを口にして皇女を傷つけるだけでしょう」
「そんなっ」
「どんなに皇女がヴェルヴァイド様を愛そうと、その想いはあの方には伝わらない。ヴェルヴァイド様には彼女の辛さや苦しさを理解できない……しようという気すら、お持ちでは無い。そんなあの方に皇女を会わせるなんて、陛下も残酷なことを……まぁ、良かれと考えてのことですが、あのような酷い男に心を奪われた女の気持ちが、恋を知らぬ陛下にはまだお分かりにならないのです」
カイユさんは持っていたブラシを鏡台に置き、膝で握ったままの私の手に右手を重ねた。
「トリィ様、貴女が」
長身を屈めて、右手で私を後ろからそっと引き寄せて。
「皇女を救って差し上げてください」
私を優しく抱きしめて。
「ヴェルヴァイド様への報われぬ想いから、解放してあげてください」
そう、言った。
「…………」
答えることが出来ない意気地無しな私の手を、カイユさんがぎゅっと握ってくれた。
ダルド殿下と会った時のように、温室にテーブルと椅子を準備した。
今回はカイユさんが1人で運び込み、温室の中央部分にあるドーム型の天井の真下にセットした。
前回使ったような大きなテーブルではなく、ティーセットを置くのがやっとなサイズの猫脚のローテーブルだった。
私が手伝えたのは、テーブルの上にガラス製の八重咲きの造花を置くことだけだった。
皇女様なんてセレブな人種をお迎えするのにこれで良いのだろうかと、カイユさんに尋ねると。
---あれは人間の皇女であって、竜族にとっては『皇女』であることに意味などありません。
そう言って、にっこりと笑った。
「……ねぇ、カイユ」
天板が淡いローズピンクの大理石で、透明なガラスでできた花に色が透けてとても綺麗だった。
「どうして竜帝さんは、これを着て皇女様に会えって言ったの?」
今朝、竜帝さんがわざわざ持ってきてくれた、青いドレス。
裾には銀糸で細かな刺繍が施され、肌の露出を最低限に抑えるために長めに作られた袖も裾と同じように丁寧な刺繍で肘部分まで飾られていた。
このドレスの青色は、カイユさんの騎士服と同じ色だった。
「トリィ様がこの色のドレスを着ていれば<青の竜帝>が貴女のことをとても大切にしているのだと、誰が見ても分かるからです。陛下が同席しなくとも第二皇女にはそれが伝わり、第二皇女が帰国すればそのことは父親である王に報告されるでしょう」
「王様に……報告? それって……」
私といる時はいつもレカサを着ているカイユさんも、今日は青い騎士服だった。
そのことにも、意味があるんだろうけど。
騎士服を着て、刀も手袋もしてる……<青の竜騎士団>の団長って立場で、今日は同席するってことなのかな?
「政治的な事は、陛下にお任せください。陛下は恋愛問題には全く使えない方ですが、政治家としては優れた面もお持ちですから。……やっぱりもう少し右にしましょう。この位置では陽が当り過ぎます」
カイユさんは薔薇の刺繍が鮮やかに浮かぶ張り布がされたソファーを、片手で軽々と持って右に移動した。
ソファーの位置に合わせて、他のものも動かす……もちろん片手で。
「さぁ、ここにお座りください。2人がけですから、ヴェルヴァイド様とお使いくださいませ……あら?」
胸ポケットから電鏡を取り出したカイユさんは小さく頷き、満足気な笑顔を私に向けた。
「ダルフェから連絡です。ヴェルヴァイド様が皇女を伴い、こちらへ向かうと……転移ということは、すぐですわね! さぁ、急いでお座りください、トリィ様」
その言葉に、私はいつ切り出そうかと考えていたことを思い切って口にした。
「……え~っと、カイユ。これじゃなくて、1人がけの椅子で揃えない?」
だって、だって!
皇女様の前でハクちゃんと2人がけソファー……それは商品名的には、ラブチェアってやつですよ!?
なんかいろんな意味でまずいっていうか、別れ話をされたであろう皇女様の前では嫌味っていうか、すべきじゃないっていいますかぁあああ!
ラブチェア、ラブラブチェア、ラブラブ…胸が痛むどころか、頭が痛いんですけれど!
カイユさんったら、さっきは皇女様を思いやるような発言をしていたはずなのに……うう、その笑顔が逆に怖い。
「ふふっ……2人がけに仲睦まじく座っていただき、トリィ様とヴェルヴァイド様の間に皇女が入りこむのは不可能だと思い知ら……教えて差し上げるのです。遠慮なさらず、普段通りにしてくださいね?」
「普段通り……そ、それはちょっと、さすがにまずいかと……」
今日のハクちゃんは人型。
人型のハクちゃんは日本人基準では、スキンシップ過剰なんです!
お客様、しかも元愛人(元って言わせて!)の前で普段通りになんてっ!!
「……トリィ様。1人がけの椅子の場合、ヴェルヴァイド様の膝に座っていただきますよ?」
ひっ!?
お客様(しかも元カノというか、元愛人!)の前で、ハクちゃんの膝に座れと!?
「えぇ~っ、そんなの無理っ……っ!?」
ハクちゃんに座るって……うわっ!?
なんで思い出しちゃうのよ、私ってば!
今朝、おはようの挨拶をしてたら、何故かあれよあれよと突き進んでしまい……うわっ、うわわわっ~今ここで思い出しちゃ駄目よ!
「あああああのっ! 今朝はいつの間にやらあの態勢というか、状態になってたわけでしてっ! けっして自分から、ハクちゃんのお膝にのったわけじゃなくてっ!」
今朝は書き取りテストに備えるために、いつもより2時間早く起きたのに……勉強では無いことに時間を使ってしまった結果、また合格点を取れなかったわけでしてっ!
「トリィ様? どうなさいまし……」
「あ、え、いいです、それでいいです! ラブラブなラブソファーに、喜んで座らせていただきます!」
真っ赤であろう顔をカイユさんの視線から両手で隠し、かくかくと頭部を上下に動かして頷くしかなかった。
「りこ」
沸騰しそうな顔に、すっかり馴染んだひんやり感。
ハクちゃんの、体温。
「りこ」
ハクちゃんは私の両頬に大きな手を添えて上向かせ、額にキスを1つ。
「お帰りなさい、ハクちゃん……きゃっ!?」
ひょいっと抱き上げられ、黒いレカサを着たハクちゃんの腕に座らされた。
うう、またお子様抱っこだ。
お姫様抱っこよりお互いの顔が近いから、最近のハクちゃんはこのお子様抱っこがお気に入りなんだよね……。
「なぜ踊っていたのだ? 珍妙な動きであったな」
頭部だけじゃなく上半身までも動かし、熱くなった顔を両手を開いてぱたぱたと扇ぐようにしつつ、カイユさんがラブラブ演出しようとしているソファーの前で立ち往生(?)している私を、ハクちゃんは“踊っている”と思ったようだった。
「踊り? これはそのっ……あっ!」
ハクちゃんの後ろに立つ華やかな人影を発見して、彼の首に回した両腕に思わず力が加わった。
こちらを見上げる美女としっかりと目が合ってしまい、逸らすに逸らせず……結果、お互いを凝視することになって、気まずい空気が漂った。
「……御機嫌よう、つがいの君」
さ、さすが皇女様。
どうしていいか分からずに固まってしまった私とは違い、さっと切り替えて笑顔でご挨拶!
「こ、こんにち……はっ!?」
視線をずらした私の目に飛び込んできたのは……うわわっ!
今日はこの数日で一番寒いのに、お胸がぐぐっと露出した際どいラインで……でも、容姿がノーブルなせいかちっとも下品じゃない。
ウエスト部分に金糸で大きな牡丹に似た花が刺繍された光沢のあるミルキーホワイトのプリンセスラインドレス、真珠でできた髪飾り、胸元には大粒のルビーが輝く透かし細工の金の首飾り。
皇女様は、本日もなんて綺麗……ああ、同性の私ですら見蕩れるほど美しいです!
私に向けられた美貌に浮かぶ笑みには、昨日は無かった儚さが……ここへ来る前に、ハクちゃんに別れ話をされたから?
その儚さが彼女を昨日より、さらに美しく見せていた。
「あの、私っ……ハクちゃん、おろして!」
当然の要求をハクちゃんはスルーして、私を抱いたまま皇女様の方へと身体の向きを変え。
「皇女よ、我のりこは愛らしいだろう?」
などど、目と脳が腐れていると思われてもしょうがない発言をしてくださった。
「ちょっ!? ハクちゃん!」
こんな美人から見たら私なんてどう考えたって底辺容姿なのに、あああ愛らしいとか言いましたか!?
きゃあああ~っ、なに言ってんのよぉおお!
「…………」
ほら、皇女様のお口が呆れてちょこっと開いちゃったじゃないの!
「我のりこは綺麗なモノが好きなのだ。りこ、りこ! どうだ? 皇女は昨日と同じように“綺麗”か? “綺麗”が不足しておらぬか?」
「ハクちゃん? 綺麗なモノが好きとか不足とか、また変なこと言って! もうっ、とにかくおろしてよ!」
「……わかった」
真珠色の髪を軽くひっぱって抗議をすると、意外にもハクちゃんはすんなりと私を床へ立たせてくれた。
「ハクちゃんはここに座ってて」
私はハクちゃんの背を押してカイユさんの用意してくれたソファーへ誘導し、座ってもらうことに成功した。
あ、皇女様にも座ってもらって、お茶を……え?
無言で私達を見ていたカイユさんが、腰の刀に手を添えたまま皇女様へと歩み寄り……。
「メリルーシェの第二皇女。もしお前が術式を使おうとしたら、私はその首を落とす。陛下にもご許可をいただいている」
その冷たい声音に、背筋がぞくりとした。
「カ……イユ!?」
皇女様にも座っていただいて、とりあえずお茶を……なんて暢気に考えていた私の脳に、冷水を通り越して氷の塊がガツンときた。
首って!?
竜帝さん、なんでそんな許可を……この皇女様が逆恨みで何かするんじゃないかって、疑って?
彼女の気持ちを考えると……頬を叩かれるくらい、仕方ないかなと思けど。
ハクちゃんの目の前で、私が叩かれるわけにはいかない。
皇女様だろうと、ハクちゃんは……もしかして、だからなの?
竜騎士団の団長であるカイユさんの存在と言葉で、彼女を牽制することで彼女自身を守る……?
「銀髪に空の瞳の、美しい竜騎士……貴女はあの<カイユ>ね」
皇女様は自分を見下ろす長身のカイユさんを澄んだ薄茶の瞳で見上げ、愉快気に目を細めた。
「<青>の衣装に、青の竜騎士団の団長であるカイユ殿までお付けになっていらっしゃるなんて。青の陛下は随分と、つがいの君を気に入っていらっしゃるのね。……竜帝陛下の気に入られたつがいの君の前で首を落とすなんて、貴女には出来るのかしら? この方は平民のご出身でしょうから、きっと耐えられませんわよ?」
「……貴様っ」
うわっ、この皇女様すごい!
カイユさんに負けてない。
あ、そっか。
世間で<監視者>として怖れられて、しかも悪役魔王様顔のハクちゃんと付き合ってたくらいだから、根性が座ってるっていうか、精神的にも強い女性なんだ……昨日、ハクちゃんに完全無視されてもめげなかったくらいだし。
「カイユ、申し訳ないんだけどお茶を淹れてもらってもいい? あ、あの! どうぞ、こちらにお掛けくださいっ……お、皇女様……」
あぁ、今日も名乗ってくれないから名前が分からないっ、皇女様としか呼べない!
この雰囲気の中で私がいまさらトリィですって名乗るのも微妙だし、あちらからお名前を教えてくれないと訊くに訊けない。
気のせいかもしれないけれど……この皇女様、今日も自分から名前を言う気が無い気がする。
「トリィ様、カイユはお側を離れるわけには……」
「ハクちゃんがいるから、大丈夫! ね、カイユが心配するようなこと、何も起こらないから」
美女2人が作り出す剣呑な空気をなんとかしたくて、そう言ったけれど。
「お構いなく。用事が済み次第、お暇致しますから。邪魔ですから、どいてくださいカイユ殿。つがいの君、わたくしはカイユ殿ではなく、貴女に用があって来たのです」
当の皇女様は空気が悪かろうと雰囲気が重たかろうと、お構いなしだった。
一気に眉が釣り上がったカイユさんを完全無視に無視し、皇女様は私へと近寄って……私へと差し出した腕の動きに合わせるように、彼女の香水がふわりと香った。
華やかさを甘さが包み込んだような、フローラル系の香りだった。
それは誰もが使えるような香りではなくて、強い個性を感じさせる香りで……この香り、昨日は気がつかなかった。
昨日はつけてなかったのかな?
「これが何か、わたくしに教えていただけるかしら?」
彼女が私へと差し出した手には、光沢のある白い布に包まれた平たい物体。
手入れされた爪を持つ指先で、皇女様は包みを取り去った。
現れたのはルビーピンクの……。
「それ……携帯電話っ!」
しかも、妹のりえが前に使っていたのと同じ機種!
確か着信時やケータイの開閉時に、背面ディスプレイに綺麗なイルミネーションが……りえのと同じ機種なんて!
りえ、りえちゃん……やだ、泣きそう!
「あ、あの、これは遠くの人と連絡をとる道具なんです」
「つまり、伝鏡のようなモノかしら? あら、お手が震えてますわ」
手が震えているのは、自分でも分かってた。
家族の顔が、声が。
頭の中で膨張して弾けそうなほど、一気に浮かんでくる。
「用途は基本的には伝鏡と同じですが……これには……画像や音楽も入れられて」
もし……もし、もしもこの携帯が使えたらっ!
この世界から家に電話できるはずないって、中継アンテナ塔さえ無いんだから使用不可能だってことも頭では理解しているのに、心のどこかで奇跡に期待してしまう自分がいる。
「ハク、ハクちゃん! これ、すごい物だよ!? 妹も同じの持ってたのっ!」
興奮を抑えきれずに勢いよく振り返って、私がハクちゃんにそう言うと。
いつものようにハクちゃんは足を組んで座り、金の眼で私を見ていた。
瞬きもせず、真っ直ぐに。
「そうか」
色素の薄い唇が、ほんの少しだけ孤を描く。
整い過ぎて作り物のような顔の印象が、それだけで随分と変わる。
氷の彫像に、命が芽吹く。
「すごい、か。良かったな、りこ」
「ハクちゃん……」
ハクちゃんの顔と声に、興奮がすっと冷めた。
あぁ私、またやってしまった。
ハクちゃん……今の私を見て、どう思っただろう、どう感じただんだろう?
「ハク、私……えっ!?」
皇女様が私の手をとり、携帯を強引に握らせたことに驚いていると。
「差し上げますわ、遠慮なさらないで」
私より背が高い皇女様は顔を寄せ、私を覗き込むようにしてそう言った。
「あ、ありがとうございます。でも、私にはこれは必要の無いものです……お返しします。見せてくださってありがとうございました」
握らされたそれを手放したくなくなる前に、今度は私が皇女様の手をとって携帯を渡そうとしたら。
先に皇女様が私の手をとり、携帯を握っている私の手の甲を優しく撫でた。
「……あ、あのっ、手……」
柔らかな手のひらで、8の字を書くように。
「ねぇ、聞いてくださる?」
それは、とても優しい動きで。
優し過ぎて……振りほどけない。
「え、あっ……」
私を見ていた茶色の瞳が、動いた。
薄茶の目が私ではない、誰かを映す。
「あの方。わたくしの名を知らないのですって」
それは、白い……。
ハク。
「あなた、それを知ってらしたんでしょう?」
「わ、私は……つっ!?」
私の手を掴む皇女様の手が、熱湯のように熱くなった。
「ッ!? りこっ!」
あ。
ハクちゃんが呼んでる……あれ?
ごめんな……さい、ハク。
答えたいのに声がっ、声が出……ないの。
「………りこっ! りこ、りこっ!! 我の手をとっ……りこぉおおお!!!」
あ……やだ、なんで!?
貴方に触れたくて、腕を伸ばしたはずなのに……届かない。
貴方に、届かないの。
私の手、どこにいっちゃったんだろう?
「ハニーッ! カイユ、カイユ!」
アナタ 二 トッテ
ナ モ シラヌ オンナ
「ダ……ルフェ?」
「しっかりしろ、カイユ! 何があったんだ!?」
コノ ワタクシ ガ
アナタ ノ ココロ ニ
「ダルフェ、ダルフェ! トリィ様がっ……トリィがっ!」
「まだ動くな、カイユッ! やめろっ、立ち上がるんじゃないっ! 左腕が千切れちまうぞっ!!」
ツヨク フカク キザマレル
「っち! 天井が落ちたのか……めちゃくちゃじゃねぇかっ!」
「腕なんかどうでもいいっ! ダルフェッ、テオ! 動くなと言うのなら、あの女をここへ引きずって来て!! この手で引き裂き、咽喉笛を喰いちぎってやるっ! あの女だけじゃないっ、メリルーシェの人間を全部八つ裂きにしてやるっ! 許さない、許さないっ!!」
アナタ ガ イラヌ ト イッタ
「落ち着けっ、カイユ! お前は俺やセレスティスとは違うんだ、無理するんじゃないっ! 姫さんはどこだっ? 旦那はっ!?」
「あぁっ、なんてことっ!トリィ、私のトリィが! ダルフェッ……テオッ! あの女がっ、あの女が!」
ワタクシ ノ ナ ハ
「あの子が、私のあの子が! あの女がっ……あの女が私達の娘をっ!」
ワタクシ ハ
「私の娘を殺したっ!!」
ワタクシ モ
リコ ナノ ニ