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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
131/212

第95話

「メリルーシェの第二皇女が、おちびにちょっかい出すなんてっ……ぐわぁああ~! だからちゃんと別れてこいって、あの時俺様が言ったのにぃいいい~っ! ヴェル、どうすんだよ!?」

 <青>は結い上げた髪を掻き毟り、言った。

 我は、答えた。

「あの時も今も、我は忙しい」

 前の時は、りこが与えてくれた重石が行方不明になっており。

 今は……。

「急いで戻らねば、りこが風呂から出てしまうではないかっ!」

 りこは入浴中なのだ。

 間に合わねば、我は身体を洗ってもらえぬ。

 糞尿も汗も排出せぬこの身は汚れておらず、洗浄する必要は無い。

 だが、我はりこに洗って欲しいのだ!

「そんなこと、偉そうに言うな! このエロクソ鬼畜じじいっ!!」

「ランズゲルグよ」

 唾をとばして喚く<青>に、我は以前から疑問に思っていたことを訊いた。

「お前がよく使用する“えろ”とはどういう意味なのだ? 糞と鬼畜と爺は分かるのだが、“えろ”は我には分からぬ」

「っ!?」

 口を開いたまま固まった<青>を、右手に海綿・首にタオルをかけ入浴準備万全の状態で執務室の床に立ち、我は見上げた。

「くっ! この箱入りじじいめっ……エロの意味はっ、意味は! 俺様にはとても口にできねぇっ……ダルフェにパァアア~スッ!」

 <青>は扉の前に立っているダルフェに向かって、両手を突き出した。

「陛下、今の俺には無理っす。見りゃわかるでしょうっ!?」

「離せ、ダルフェ! そこの馬鹿共を殴らせてちょうだいっ!!」

 拳を振り上げるカイユを、ダルフェが背後から押さえ込んでいた。

「馬鹿って……じじい、カイユのご指名だぜ? 殴らせてやれよ」

「カイユは“共”と言っておったぞ? つまり、お前も馬鹿に含まれておるのだ」

「え? 俺様もっ!?」

 我は床を蹴り、<青>の頭に乗った。

 持っていた海綿でその頭頂部を軽く叩いた。

「ふむ、背だけではなく脳も伸び悩んでおるようだ。お前の脳はこの海綿のようなのかもしれんな」

「がぁああ~! 俺様の脳が海綿だって!? ふざけんなっ、このボケがぁああ……うっ、ごめんカイユ! そんなに睨むなっ、怖いじゃねぇか……じゃなくてっ、美人が台無しだぞっ!?」

「…………」

「ううっ、だからごめんって!」

 無言でありながら確かな圧力を感じるカイユの冷たい視線に、現四竜帝で最強の個体であるはずのランズゲルグは、少々腰が引き気味だった。

 

 

 


「<青>、話とはなんだ? 手短に済ませろ」

 夕食後、風呂に入ろうと支度をしておったら。

 <青>が来た。


 ---ちょっと顔かせっ! このクソじじい!!


 我は断った。

 

 --頭部を切断し<青>に貸すのは、りこの前では不適切なので断る。


 そう言った我の胴をりこが両手で素早く掴み、<青>へと差し出した。


 --竜帝さんはハクちゃんに来て欲しいって意味で、言ったの。


 その顔は、微笑んでいるのに抗えない気迫があった。


 ーーいってらっしゃい、ハクちゃん。

 --はい、なのだ。


 帰宅後、りこは様子がおかしかった。

 我を凝視したかと思えば、目を逸らし。

 溜息を連発しつつ、いつもの倍量の夕食を平らげた。

 あれだけの食欲があるのだから、体調に問題は無いはずなのだが……。

「なんの話だとぉおお!? 決まってんだろうがっ! つーか、さっき俺様ちょっと言っただろう!? メリルーシェの第二皇女の件だっ! 帝都に逗留してるのは知ってたんだけどよ、まさかスキッテルのとこに来るなんて……しかもおちびにっ……!」

「なにか問題でも?」

 <青>の頭に座る我に答えたのは。

「問題? 大有りですわ。ヴェルヴァイド様」

 ダルフェを床に這わせ、その背を右足で踏みつけているカイユだった。

「私が席を外している時に来店したのは、ヴェルヴァイド様が支店で仰っていた“術士として使えんが探知能力だけは並以上”という皇女ですね? 間違いございませんか?」

「そうだ」

 あれは我へと『網』を広げた。

 細かな根、無数の糸。

 それらを這わせ、我へと伸ばし居所を探し当てた。

 我が城から出るのを、待っていたのだろう。

「あれは探知能力だけならば、星持ちに値するが」

 『網』を帝都中に広げられたのは。

「それ以外は術士として無能だった」

 青の契約術士が負傷し、あの男が作り出した帝都を護って『壁』がもろくなっていたからだろう。

 負傷の原因は我。

 というより、あの程度で半死状態になるクロムウェルの落ち度だな。

 我は悪くないのだ。

「例えるならば。ランズゲルグのクロムウェルは昆布、皇女は藻なのだ」

 意外に脆弱であったクロムウェルだが。

 優秀な術士であることは確かだ。

「こ……昆布、藻? 藻ですか? わかめではなく?」

「藻、だ。わかめはセイフォンの王宮術士ミー・メイだ」

「……昆布に藻。そしてわかめ……私達は第二皇女の話をしていたはずなのですが」

 眉を寄せて言うカイユの水色の瞳に濃く浮かぶのは……我にはうまく表現できぬが、これは呆れや軽蔑に近いような気がするな。

「誰が誰のだって!? 気持ち悪い言い方はやめろクソジジイ! それに例えが意味不明で、カイユにも俺様にも理解不能だ!! こんな時は、またまたダルフェにパァアア~スッ!」

 <青>は我を掴み、腕を回転させながらダルフェへと投げつけた。

「!? 陛下、やめっ」

 我の身体は、ダルフェの後頭部に直撃した。

「痛ってぇええ~っ!!」

 <色持ち>ならば避けられた速度であったのだが、未だにカイユに踏みつけられている状態のダルフェは我を避けなかった。

 痛みに悶絶するダルフェを見下ろすカイユの満足気な笑みに、ダルフェが避けなかった理由を見た気がした。

「はぁ~全く……陛下、さっきから実は第二皇女の件で脳内大混乱でしょう? なんか痛々しい域に到達してますよ? 金勘定は得意でも色恋ネタは苦手ですもんねぇ~」

 ダルフェは床石にめり込んだ顔面をあげ、右の小指を耳の穴に突っ込みながら言った。

「あ~あ、鼓膜がいかれちまった。ま、すぐ治るからいいけどね……え~っと、昆布と藻の件ですが、数日前にわかめサラダを姫さんが美味そうに食ってるのを見て、旦那は海草に興味持ったんです。で、海草の本を読んでる途中で……海草がマイブーム? 的な? 昆布は料理の素材にも出汁にもなる優秀な食材で、藻は腹の足しにもならないって感じです。分かりましたか?」

「……ダルフェ」

 <青>は目を閉じ、額を押さえながら答えた。

「俺様、菓子は作るけど料理はしねぇからいまいち分からん。簡潔に頼む」

「旦那の評価がクロムウェル>第二皇女ってことです」

「最初からそう言えよ……専門の解説員が必要な例えなんかやめろ、ヴェル!」

「いつから俺が旦那専門解説員に就任したんすか? ま、手当て増えんならいいですけど……カイユ?」

 カイユの足が、ダルフェの背から床へと移動した。

 その足先を名残惜しげに目で追いながら、ダルフェが起き上がった。

 立ち上がると制服の裾をはらい、カイユの横に立った。

「ヴェルヴァイド様。トリィ様はその藻皇女が転移でスキッテルの店から去ったと、そう仰っていました。藻レベルの術士では、転移は不可能なはずです」

「確かに、それって変だよなぁ~。さっすがハニー!」

 転移といっても。

 店外へ移動しただけだが。

「低レベルの術士が、転移なんて高等なことをやったわけか……まさかっ!?」

 あの程度のことなら。

 術士であるなら、それなりの代償を払う覚悟があるならば可能だ。

 金銭的にも肉体的にも、な。


「その女、魔薬(ハイドラッガー)を使ったのかっ!?」


「ダルフェ? なに言って……」

 この様子では、カイユはそれに関しての知識はないな。

 ダルフェは……当然ながら、知っている。

 <赤の竜騎士>であったダルフェは、それを知っている。

 ダルフェの言葉に、<青>が目を見開いて我を見た。

「魔薬だって!? そんな、馬鹿なっ」

 魔薬(ハイドラッガー)

 それは<黒の大陸>で軍事目的に開発された。

 術士の能力を強化、向上させる薬物。

「ちくしょうっ! 俺様を出し抜いて、密輸した奴がいるってことかっ」

魔薬(ハイドラッガー)……私は初めて聞く名です。しかも密輸なんてっ、あれだけ徹底して管理を……陛下、どうなさいます?」

 それを投与した術士を戦に大量投入した結果、多くが死んだ。

 戦ではなく、薬の副作用で。

 そのため<黒の大陸>では、術士が絶滅寸前だ。

「あ~あ。魔薬撲滅に熱心な<黒>の爺さんが知ったら、憤死もんだなぁ。ま、どうせもうすぐ死んじまうけど。旦那、皇女を捕らえて調べますか?」

 <黒>の息子の死には。

 魔薬が関わっている、と。

「否。捨て置け」

 以前、<赤>が言っておったな。

 我は詳細は知らぬが。 

「所詮、いかに足掻こうと、藻は昆布にはなれぬのだから」

 もっとも。

 藻が昆布になりたいなどと、考えるかどうか。

 我には分からぬし、興味も無い。

「いいかげん海草から放れろ、じじい! つーか、藻って海草なのか?」

「……ダルフェ。我の問いに答えよ」

「なんっすか?」

「この海綿も海草なのか?」

 海綿を握った手を掲げて訊くと。

「……なんで旦那はこうなんだかなぁ。はぁあああ~……」

 返ってきたのは、溜め息だった。

 我の大切なりこに使用するこの海綿の正体のほうが。

 皇女が魔薬を使ったかどうかより。

 四竜帝等の探す『導師』の正体より、我には重要なのだがな。

「ヴェルは興味なくても、俺様……<青の竜帝>としては大問題だ。密輸は絶対に許せない。大陸間貿易は青印商事の稼ぎの大黒柱なんだ! 俺様は俺様で動く! カイユ、バイロイトに連絡をっ」

「陛下……前々から思ってたんですが。青印商事って名前やめて、もっといいのに変えません?」 

「黙れ、ダルフェ。陛下のセンスにケチを付ける気!? バイロイトに連絡する前に、カイユは陛下に確認したいことがあります」

「? なんだよ、カイユ」

「陛下は皇女が帝都に居るのを、ご存知だったのですね?」

「うっ!? えっと、そのっ、カイユ、黙っててすまんっ!」

「カイユはトリィ様に夫の元愛人と面会なんてこと、させたくありません」

 腕を組み仁王立ちするカイユに、主である<青の竜帝>が両手を顔の前で合わせて謝っていた。

 <黒>が目にしたならば文句どころか、卒倒するやもしれぬが。

 我は気にならぬし、ダルフェも苦笑するのみであって声に出して何かを言う様子もない。

「実は謁見申し込みがなん回もあったんだけどよ……いろいろ理由をつけて、ずっと断ってたんだ」

「ヴェルヴァイド様と関係のあった女など……。問答無用で、帝都から追い出してくだされば良かったのに。面倒ですから、今からカイユが殺してきましょうか? 殺すついでに拷問にかければ、魔薬の入手経路も分かって一石二鳥です」

 殺すついでに、拷問。

 カイユよ、ついでの使用方法が少々変なのではないか?

「それは駄目だ、カイユ」

 嬉々として言うカイユを、<青>がたしなめた。

「まだ魔薬を使ったと決まったわけじゃねぇし……転移ができたのは、皇女が術士として鍛錬を積んだ成果だってこともあるだろう? とにかく、殺すなんてことは絶対に駄目だ!」

 これを甘さととるか、美点とすべきか。

 我が『藻』と言ったのを<青>は聞いておったのに、有りもしない『可能性』を口にする。

 術士に必要なのは努力ではなく、才能。

 昆布は生まれつき昆布であり。

 昆布になれぬ藻は、藻のままで朽ちるのだ。

「カイユ、あの皇女はヴェルことがすっげぇ好きなんだ……今までの他の女達と違って、ヴェルに会いたくて帝都に乗り込んできて、俺様にライバル宣言するくらい愚かで真っ直ぐな女だ。考えようによっては、いい機会なのかもしれない。ちゃんと別れさせて……先に進ませてやりたい。だってよ、あの皇女は15ん時からヴェルと……嫁にもいかないで、10年間ずっとヴェルだけなんだよ。……だから……」

 答えたのはカイユでは無く、緑の瞳を細めたダルフェだった。

「なら、なおさらやめましょうや、陛下。女ってのは、陛下が思っている以上に怖い生き物っすよ? 人間の女と5股で付き合ってたのがばれて揉めた俺が言うんだから、間違いないです。ここは修羅場経験者である俺の意見を……ぶごっ!?」

 ダルフェの口には、我の海綿。

 カイユが我の手からそれを奪い取り、ダルフェの口に押し込んだのだ。

「黙れ、役立たずがっ! ……5股ってなに!? 後で詳しく話してもらうわよ? ヴェルヴァイド様、新しい海綿を用意いたしますからご心配なく」

 カイユは手を伸ばし、ダルフェの口を凝視しつつ後ずさりをした<青>の両手を握った。 

「ひぃっ!? カカカ、カイユッ、俺様はそのっ!」

 強引なまでに硬くその手を握り、カイユは笑んだ。

 これがりこが褒め称える、透明感のある微笑みという笑みだろうか?

 我には透明ではなく、なにやら濃いものに感じられるのだが。

「分かりました、陛下。そうですわね、よくよく考えれば憐れな皇女です。帝都から追い出すなんて、そんな意地の悪いこと言うべきじゃなかったわ……。陛下、明日は皇女を歓迎して差し上げましょう!」

 その言葉に、ダルフェと<青>が怪訝な視線をカイユへと送る。

「カイユ?」

「ハニー?」

 カイユはいっそう晴れやかな笑顔で、言った。

「ヴェルヴァイド様とトリィ様の仲睦まじい様を見せ付けて、皇女の未練を完膚無きまでに踏み潰して粉砕してやりましょう!」

「げっ!?」

「ぶはぁあっ! ハ……ハハッ、ハニー!? それって、意地の悪いを越えてるって!!」

 ダルフェは海綿を勢いよく吐き出し、袖で口を拭いながら言った。

「もうっ、汚いわね。……ふふふっ、新しい恋への後押しと言ってちょうだい」

 新しい恋への後押し……後押しした場合、前の恋はどうなるのだろうか?

 恋とは後押しすると古いものが押し出され、次々発生するものなのか!? 

 我にはよく分からぬな。


 我の恋は、後にも先にも一つだけなのだから。

 


  


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