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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
130/212

第94話

 ダルド殿下達に会った翌日、私とハクちゃんはスキッテルさんのお店に来た。

 もちろん、カイユさんとジリギエ君も一緒に。

 スキッテルさんは宝飾品を作っている職人さんで、個性的な見た目からは想像できないくらいとっても話し易いおじいさんだった。

 彼に会うのは今日で2回目。

 2回目の今日は、注文していたアクセサリーの受け取りのためだった。


「そうだ、カイユちゃん。ケーチザンの店に例の緑茶が入荷したらしい。あれ、セレスティスが好きだろう? せっかく南街に来たんだから、ついでに買っていってやれば?」

 言いながら、スキッテルさんは腕に抱いて頭を撫でていたジリ君に銀色のコインを3枚渡した。

 お店に来てからずっと、スキッテルさんはジリ君を抱っこしていた。

 まだ人型になれない幼生体のジリ君の可愛さに、スキッテルさんは頬が緩みっぱなしだった。

 うんうん、分かります!

 ジリ君は、本当に可愛いくて綺麗な子だもの。

 スキンヘッドのサンタクロースのようなスキッテルさんが、小さなジリ君にめろめろ~んな姿はとても微笑ましい。

 それを見ている私の心までほっこりしてくる、ほのぼのな光景。

「ギュギィン?」

 小さな手でぎゅっとコインを握りながら、ジリくんはシャボン玉で作られたような美しい皮膜を持つ翼をぱたぱたと動かしてスキッテルさんの腕から飛び立ち、カイユさんのお膝に戻ってきた。

「教えてくれてありがとう、スキッテル。前回の入荷の時は買いそびれてしまったって、父様が言ってたのよ。いつもすぐに売り切れてしまうから……近所だし、ちょっと行ってこようかしら」

 カイユさんの着ている若草色のレカサには裾と袖に白い小花が刺繍されていて、澄んだ美貌に可愛らしさを添えていた。

 とっても似合う……カイユさんが竜族男性の伝統衣装であるレカサを普段着にしてるのは、動きやすいからだって言っていたけれど、アオザイに良く似たレカサのすっきりとしたラインを持つデザインは、彼女にすごく似合っていると思う。

「ジリ坊、ついでにテル爺ちゃんの分もそれで買って来てくれるか? お釣りはお駄賃だ」

「ギュ? ギュギョン! テルぢぃ~、ちゃっちゃ!」

 ジリ君は尾を左右に振りながら、元気良くうなずいた。

 彼の鱗は青みがかったグレーで1枚1枚は半透明でそれが重なり合い、細長い体全身を覆っている。

 ちょこんとついていた短い手足がなんともラブリーで、大きなお口もチャームポイントなのです。

「スキッテル。買い物の代金よりお駄賃が多いなんて、変だわ。ジリギエ、今此処でスキッテルに返しなさい」

 カイユさんは膝の上で嬉しそうにコインを握り締めているジリ君を見ながら、そう言った。

「ギィギュン~。かか……テルぢぃ~」

 ジリ君はダルフェさんと同じ色の瞳を真ん丸くして、カイユさんとスキッテルさんを交互に見た。

「たまにはいいじゃないか、カイユちゃん」

 毛先が斜め上にはねている真っ白太い眉と対照的に、つるりと剃りあげられた頭部をぽりぽりとかきながら言うスキッテルさんの首には、亡くなった奥さんの牙と鱗で作ったという個性的なデザインのネックレス。

 初めて会ったとき、象牙色の牙を指先で優しく撫でながら『紹介』してくれた。

 

 ---俺のリセータです。とても綺麗で最高に美しいでしょう?


 その時の彼の顔にあったのは悲しみではなく、溢れ出すような愛情だった。

 彼も、先に亡くなった奥さんも。

 とても幸せだったのだと……今でもその幸せは続いているのだと、スキッテルさんの誇らしげな笑顔が言っているような気がした。

「駄目」 

 カイユさんはジリ君の胴を両手で掴んで立ち上がり、作業場の間仕切りに寄りかかっていたスキッテルさんに歩み寄った。

「ジリギエ。自分の手で返しなさい」

「かか……テルぢぃ、ギギギュ!」

 数秒間、ぎゅっと目をつぶってから。

 ジリ君はスキッテルさんに向けて左手を伸ばした。

 その手には、コインが2枚。

「……同じだなぁ」

 スキッテルさんの笑顔が深くなった。

 ジリ君からコインを受け取り、右の手のひらに乗せて転がしながら。

「ミルミラちゃんも“駄目”って、言ったんだよ」

 嬉しそうに、言った。

「スキッテル。私……私も母様のような母親になれるかしら?」

 カイユさんはジリ君の身体を胸に強く押し付けるように、両腕で抱いた。

 水色の瞳が言葉以上の問いを帯び、答えを求めてスキッテルさんの暗褐色の目を真っ直ぐに見た。

「なれるかだって? 君はもう、母親になっているだろう?」

「そうね、そう……私は……」

 スキッテルさんの言葉を聞いて、カイユさんの表情がやわらかいものに変わった。





「トリィ様。私とジリはこの先にある店で、父の好きな茶葉を買ってきます。此処でカイユを待っていて下さい」

「はい、カイユ」

 席を立ったカイユさんはアイボリーのショールをはおり、ジリ君を右肩に乗せた。

 ジリ君はカイユさんの肩で上半身を起こし、お店の奥にある作業場に品物を取りに行ったスキッテルさんに向かって小さな両手をぶんぶんと振る。

「テルぢいぃ~! ジリ、ちゃっちゃ!」

 その手には、銀色のコインが一枚。

「お使い頼むな、ジリ坊!」

 作業場とお店を仕切っているガラスの向こうで、スキッテルさんも手を振り返していた。

 カイユさんは鋳物のドアに手を添えながら、念を押すように言った。

「いいですか? 絶対ですよ!?」

 私にではなく。

 ハクちゃんに。

「此処で、待っていてくださいね。いいですか、ヴェルヴァイド様! 転移で先に帰るのは無しです。スキッテルの店の後、四花亭にトリィ様をお連れするのですから……聞いてますか!?」

 前に街に来た時、ハクちゃんは途中で飽きたのか私をひょいっと抱いたかと思ったら、いきなり転移して南棟に帰ってしまったのだ。

 そして残されたカイユさん、ダルフェさん、ジリ君は大迷惑を被ったという前科があるので、カイユさんが語気を強めるのも無理ないと思うのですが……。

 言われてる当人は全く気にする様子が無いどころか、その魔王様系好感度ゼロのお顔は明後日の方角を向いていた。


「……網。細かな根、無数の糸。這い、伸びて広がる」


 色素の薄い唇から、音。

「ヴェルヴァイド様?」

 カイユさんの眉が寄った。

「ハクちゃん?」 

 私がスキッテルさんとカイユさん、そしてジリ君のやり取りを見ている間、私の向かいのソファーにふんぞり返って嫌味なほど長い足を組んで無言で座っていたハクちゃんが言葉を発した。

 ここへ来てから、初めて彼が喋った言葉は私には意味不明だった。

「ヴェルヴァイド様、今のは? ……トリィ様」

 硬い表情のカイユさんが、私を見た。

 カイユさんの問いにハクちゃんは無反応だった。

 視線すら、動かなかった。

 彼がこういう時は、カイユさんが何度訊いても『無理』だとこの数ヶ月の生活でカイユさんも私もよく分かっている。

 カイユさんが答えて欲しくても。

 ハクちゃんは答えない。

 彼に悪気がないのは、カイユさんも分かってくれている。

 悪気も無いけど、返事しようという意欲も皆無。

 だから、私が訊かないと!

「ハクちゃん、答えて。今のどういう意味? どうかしたの?」

「……」

 白い額にかかる真珠色の髪を大きな手でかき上げて、黄金の眼を露にしてハクちゃんは言った。


「意味は無意味。どう(・・)も無い」


 その視線は、私を見ている。

 透明感の無い、黄金の瞳。


「……ハクちゃん?」

「我にとっては」


 ハクの金の眼の中には、確かに私がいるのに。


「貴女以外、無意味なのだから」

「ハク……」


 今。

 彼が見ているのは。

 目の前に居る私だけ……では、ないような気がした。

 





「すぐ、戻りますから」

 鋳物製のドアは私の力ではびくともしないほど重いけれど、カイユさんは特に気にする様子なく軽やかに押し開けて出て行った。

「さて、と。トリィさん。保管庫から例の品を出してくるから、少し待っててください」

「はい、スキッテルさん……え!?」

 カイユさんとジリ君を手を振って見送ったスキッテルさんは作業場から私へ声をかけ、中央に立ち右足でトンっと床を踏んだ。

 するとその部分の床板が跳ね上がった。

「驚きました? 床下に保管庫があるんですよ。帝都は治安が良いので普段は使ってないんですが、あれ(・・)をそこいらに置いておくような度胸は無いのでね。……よいしょっと」

 スキッテルさんは開いたそこに頭を突っ込んで、そのままくるりと落ちて……じゃなく、降りた。

「‘あれ’って、ハクちゃんのかけらのことだよね? 度胸って、どういうことかな?」

「臓腑だったものを店に置くのは問題があるからではないか? ここは肉屋ではなく石屋であろう?」

「…………」

 臓腑。

 肉屋。

 え~っと。

 それを『お菓子みたいで美味しい!』と食べてる身と致しましては、なんというべきか……返答に困るのです。

「どうしたのだ? そのような顔をして。心配するな、我のかけらは腐敗せねので臭わぬ。りこが身に着けてたとしても、何等問題は無いのだぞ?」

 腕を組んで自信満々に言うと、ハクちゃんはソファーから立ち上がり、スキッテルさんの作業場の前へと移動した。

 その動きにあわせ真珠色の髪が揺れ、天井にある螺旋状の照明器具の灯りに宝石のように煌めく。

「賞味期限も消費期限も無い。今後も安心して食らうが良い」

 漆黒のレカサとの対比が見蕩れるほど幻想的ですらあるのに、その冷たい美貌からは想像出来ないほど天然君な発言……。

「……あ、ありがとう。ハクちゃん」

「うむ」

 やっぱり。

 オチビ竜の姿じゃなくても、ハクちゃんは可愛らしい人だと改めて思った。




 竜族であるスキッテルさんは、何も言わなくても初めて会った時からある一定の距離を保って接してくれていた。

 蜜月期であるハクちゃんを刺激しないように、なおかつ私と会話が成り立つ絶妙な距離感。 

 床下の保管庫から戻ってきたスキッテルさんは、仁王立ちのハクちゃんを見て暗褐色の瞳を細めた。

「……蜜月期を経験した雄として、あなたには頭が下がります。さあ、奥様につけて差し上げてください」

「……」

 店内奥の作業スペースを背に立つスキッテルさんと、通りに向かって右手にある商談用の応接セットに腰を下ろした私の間に壁のように立つハクちゃんに、平たい長方形の木箱の蓋を外して差し出した。

 ハクちゃんは無言でそれを両手で受け取り、首だけ動かして私を見た。

「……りこ」

 ハクちゃんのつり眼度合いが、3割り増しになっていた。

「うっ!?」

 その顔に運悪く遭遇してしまったスキッテルさんが、よろよろっと後ろに数歩下がった。

 すみません、スキッテルさん!

 これは怒ってるとかじゃなくて……文句なく美形で整ってるのに、魔王様顔の怖い顔になっちゃう旦那様なんですっ!

「ハクちゃん? どうしたの?」

 私は急いでハクちゃんに駆け寄り、その凶悪極まりない目元に手を伸ばした。 

 背伸びをして精一杯伸ばした指先が、私を見下ろす彼に触れる。

「りこ。我は……我はっ」

 今までの経験から、彼の言いたいことが私には分かった。

 私は彼の奥さんだもの!

「大丈夫! パジャマが一人で着れるようになったんだから、これだって出来るわっ!」

 私がそう言うと同時に、鋳物のドアから微かな音。 

「おっ! お客様か?」

 スキッテルさんは腰をとんとん叩きながら、早足でドアへと向かった。

 ハクちゃんと私の横を通る時、ちらりとこちらを見た暗褐色の瞳には恐怖心ではなく好奇心といいますか……。

「本当に面白いご夫婦だ。春になったらこの帝都から去ってしまうなんて、つまらないなぁ……あぁ、でも俺ももうすぐ逝かなきゃだから、いいか」

 ドアを開ける前にこちらを振り返り、スキッテルさんは立派な眉毛を右手でこすりながら言った。

「え? あの、いかなきゃって……お引越しされるんですか?」

 聞き返した私にスキッテルさんは顔を左右に2回動かし、答えた。

「いいえ、そうではなく……そんなことより、多分、外に居るのは人間のお客様ですよ。竜族ならこの程度のドア、片手で開けますからね……まぁ、カイユちゃんなら指1本ですけど。人間のお客様なんて、久しぶりだな」

 スキッテルさんは両手を使ってドアを広く開け、閉まらないように押さえた。

「いらっしゃいま……!?」



 スキッテルさんはドアを押さえたまま、固まった。

 『いらっしゃいませ』の『せ』の形を作ったまま、口の動きが止まっていた。

 そこに居たのは。

 その人は。

 この世界に来てからカイユさんを筆頭に美人さん(もちろん女神様もここに入れちゃいます)に囲まれて生活して以前より美人慣れ(?)した私ですら、言葉を失うほどの美女だった。

 赤ワインのような深みのある緋色のベアトップのロングドレス。

 ウエストがきゅっとしまったドール型のドレスで、腰周りには優雅なラインを描くドレープが入っていた。

 胸元から腰にかけて、金糸で刺繍された花々が輝いていた。

 黄色人種の私とは違う白い肌、セシーさんに負けていないほど豊かな胸と細い腰。

 うわわわっ!?

 美人でスタイルも抜群です!

「き、綺麗……」

 頭頂部で巻かれた明るい赤茶の髪には、宝石が煌めく金細工の髪飾り。

 ボリュームのある長い睫毛に、薄い茶色の瞳。

 華やかで品のあるローズ系の口紅が塗られた唇は、下唇がふっくらして色っぽさと可愛らしさが絶妙なバランス。

「わたくし、ずっと貴方様に御会いしたかった……」

 薄茶の瞳が見ているのは店主のスキッテルさんでも、もちろん私でも無い。

「<監視者>様。御久しゅうございます」

 ハクちゃんだ。

 ハクちゃんの知り合い!?

 彼女の言葉……スキッテルさんのお客様なんじゃなくて、ハクちゃんに会いに来たハクちゃんのお客様ってこと?

 私とスキッテルさんは“会いたかった”と美女に言われたハクちゃんを、同時に見た。

 彼の反応は……あれ?

 ハクちゃんはスキッテルさんに渡された箱を、瞬きもせず見ていた。

 どうやら、珍しくとても興味を持ったらしい……まぁ、自分が目から出したものがアクセサリーになったんだから、当然といえば当然だけど。

 でも、でもですね。

 少々、かなり場違いではありますが豪華絢爛に着飾った美女を完全に無視してますよ、この人ったら!

「ハクちゃん、ちょっと!」

 私は小声で言いつつ、彼の脇腹を肘でつついた。

 さすがにまずいでしょうと焦っていた私に、彼女はどこからか出した羽毛に飾られた扇子で口元を隠しながら言った。

「よろしいのです。わたくしが用があるのは<監視者>様ではなく、貴女ですから」

「え? 私ですか?」

「わたくし、異界の品を手に入れたんですが何に使うものか分からなくて……貴女、異界人なのでしょう? 見ていただけないかしら?」

 聞き返した私を閉じた扇で指して。

 そう、言った。

 身に着けているものからも、身分の高い人なんだろうなとは思ってたけれど。

 でもその動作、ちょっと失礼なんじゃ……。

「わたくし、急ぎますの。明後日には帰国しなくてはなりませんから……そうですわね、明日午後が良いでしょう。明日の午後2時に、竜帝陛下の城にお伺いしますわ。よろしいわよね?」

 ああ、でも。

 しょうがないよね。

 ここは日本じゃないんだから、見るからに貴族のお姫様なこの人から見れば私なんて……あれ?

 この人、知ってる?

 私が異世界人だって言ったんだもの!

 竜帝さんのお城に居させてもらってることも、知ってる……。

 つまり、この人は私がハクちゃんの、<監視者>のつがいになった人間だって知ってるんだ!

 明日の午後にお城に!?

 人型のハクちゃんを<監視者>って言ったし、私の事も知ってるなんて……この人、普通の(・・・)人じゃない。

 改めて会うなら、カイユさんや竜帝さん達に相談すべき相手なんじゃないの!?

「え、あのっ! 明日って!? そんな急に言われても無理で……」

「では明日」

 私なりに必死で考えた結果、とりあえず明日は断ろうとしたのに。

「え!? ちょっと、待っ……転移!?」

 美女は、消えた。

 私の答えを聞かずに、居なくなった。

 転移したってことは、彼女は術士だ。

 多分、貴族。

 そして、術士。

 あの人は私を知っていたけれど。

 当然ながら、私はあの人を知らない。

 ……あの人、名乗らなかった。

 鈍い私だって、さすがに分かる。

 うっかりなんて有り得ない。

 絶対、意識的に名前を言わなかったんだ。

 自分の名前も、自分が誰であるかも。

 ハクちゃんが知ってるから。

 だから、言わなかった。

 うがった見方をするならば。


 ---わたくしのことが知りたければ<監視者>様にお聞きになればよろしいわ、おほほほほ~。


 私の脳内で、バックにヴェルサイユ宮殿を背負って扇子の羽毛を撒き散らしながら、さっきの美女が高らかに笑った。

 ……ちょっと、かなり違う気もしますが。

 ハクちゃんは彼女を無視というか、興味がかけらで作ったアクセサリーにあったから、彼女を見ようともしなかった。

 酷い態度だけど、彼女は顔色一つ変えず微笑んだままだった。

 慣れてる。

 そう感じた。

 彼女はハクちゃんのあの態度に、慣れている……普通はカチンとくるもの。

「……ハクちゃん」

 立ち去るまでずっと、彼女の笑みは消えなかった。

 自分を見ないハクちゃんを、ずっと見ていた。

 嬉しそうに微笑み……でも、切なげな瞳で。

「あの人、誰なの?」

「あれか?」

 『あれ』ですか……やっぱり、居たってことは分かってたんだ。

 彼女の存在を認識してるのに、居ないものとして扱ったの?

 ハクちゃんは右手にかけらで作ったネックレスを持ち、指先でひっかけるようにして自分の目線まで上げた。

 連なる真珠のようなそれを、赤い舌でぺろりと舐めて。

「メリルーシェの第二皇女だ」

 そう、教えてくれた。

「メリルーシェ?」

 メリルーシェ。

 帝都に来る途中に寄った、バイロイトさん達のいる国。 

 メリルーシェの第二皇女……皇女様ぁああ!?

 本物だ、本物のお姫様だ!

「お、お友達?」

 お友達。

 一応言ってみたものの、そうは思えない。

「お友達? 我にお友達はいない」

 あ。

 ちょっと待って、私。

 これ以上、訊かない方がいいかも……あぁ、駄目! 

 訊きたい、知りたい。

 思い切って、訊いちゃおう!

「でも、知り合いでしょう? あのお姫様とは、そのっ……」

 元恋人、だったとしても。

 先代魔女さんとの事を知った私だもの、それくらいじゃ驚かない自信が……正直、複雑な心境ですけれど。

「あれは」 

 ハクちゃんは、言った。


「我の“愛人”」

「あっ、愛人っ!?」


 あ、あああ、あいじっ……恋人じゃなく、愛人!?


「……らしいのだ。ランズゲルグが言うには、な」


 しかも、女神様公認のっ!?


「ハクちゃん、あ、ああ愛人がいたのっ!?」

「さあ?」

「さあって、ハクちゃんったら、なに言ってるのよ! 自分のことでしょう!?」

 ハクちゃんの髪を両手で力いっぱい掴んで声を上げた私に、天然系魔王様な旦那様は容赦無い追撃の一言。

「愛人の認定基準が、我にはよく分からぬのだ。我とあれの間には単なる肉体関係しかないのだが」

「………に、肉体関係しか(・・)って」 

「あれの地位と身体は知っておるが、名すら知らぬ女なのだ。それでも世間一般では愛人となるのだろうか?」

「なっ!?」

 知ってるのは地位と……かっ、身体!?

 しかも、名前は知らないなんて!

 なによそれ、有り得ない~っ!!

「りこはどう思う?」

「え、あの、それはっ」

 うわっ、なんで私に訊くのよ!

 首をかしげて可愛らしく訊いたって、内容がちっとも可愛くないよハクちゃん!

 

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