小話 ~白いひと~
白い人。
腰まで届く、真珠色の長い髪。
つくり物みたいな、肌の色。
この人は怖い。
なんか、とっても怖いんだ。
どこが怖いっていうんじゃなくて。
全部が怖い。
だから今までは、遠くからしか見たことがなかったけれど。
近寄らないようにしていたんだけど。
今日はとっても気になった。
だから勇気を出して、声をかけてみた。
「あのっ……」
もう夕方なのに、朝見た時と同じ場所に。
まだ、そこにいた。
今朝、窓の外から見えた白い人が、まだそこにいたから。
思い切って。
逃げ出したい思いを、踏みつけて。
ピンク色に染まった後ろ姿に、話しかけてみた。
「ずっと、ここにいたの?」
白い人は、白くなくて。
白い髪も、白い服も。
夕焼けと同じ、ピンク色になっていた。
「……あの、そのっ」
幼竜の僕でも、腕を伸ばせば届く距離まで近寄ってるのに。
返事が無いどころか、背を向けたままでぴくりとも動かない。
これって、無視!?
「ねぇ、おじさんは……」
ここでずっと何してるのって、言う前に。
「変わるさまを」
お腹と後頭部にずんとくるような、深い声が聞こえた。
「え?」
白いおじさんが、しゃべった!?
「紅から薄青」
あ、わかった。
それって、花の色の変化だ!
「もしかして、昨日の夜からずっとここで立って見てたの!?」
この人が立ってるのは、アゼンチカの前だ。
アゼンチカはママが大好きだから、城のいろんな場所に植えてある。
「そんなに気になるならその枝を切って、部屋で観察すればいいのに!」
「なぜだ?」
え?
いっぱいあるから、誰でも自由に切って持ち帰っていいってことになってるし……。
「なぜって……そのほうが観察が楽でしょう? 僕が切ってあげようか? 部屋に持っていって見ればいいよ」
「なぜだ?」
なんで、また『なぜだ?』なの!?
「……僕、あなたのなぜの意味がわかんないよっ」
ちょっと、むっとした。
僕、親切で言ってるのに……。
「我は死なん」
突然、なに?
え~っと……この人、死なないの?
「千年ここに立ち続けても、何も変わらない」
変わらない?
「ゆえに」
変わらない……変わらないこの人が見てたのは。
アゼンチカの花の、色の変化。
「我はお前の‘わかんないよ‘が分からんのだ、<赤い髪>よ」
変わらないモノと、変わるモノ。
「そっか……うん、そうだね。その花は2晩でしおれちゃうから、切ったらかわいそうだよね」
横に並んで。
袖からにょきって出ている大きな右手に、左手でそっと触った。
「あのね。僕、ママとパパより先に死んじゃうだって」
その手は僕の肌より白くて、真珠で作ったみたいな綺麗な爪を持っていた。
「僕は<竜帝>の出来そこないだから。他のみんなみたいに、長く生きられないんだって」
冷たい手だった。
パパが作ってくれた、アイスクリームみたいだった。
お墓に入る時のガルガンデおばあちゃんの手より、冷たい手だった。
「僕はそれがすごく嫌で……とっても、とっても怖いんだ」
見上げた先にあったのは、底の見えない黄金の瞳。
「ガルガンデおばあちゃんが言ってた。……生も死も……『世界』って不平等なんだって。ねぇ、そうなの? <ヴェルヴァイド>」
あたたさも冷たさも。
「不平等?」
なんにもない、金の目玉がゆっくりと動いて僕を見た。
「……不平等、か?」
それは花を見る目と同じ目で。
「さあな、我にはどこが不平等なのか‘わかんないよ‘なのだ」
同じ目で。
赤の竜帝のママを見るときと、同じ目で。
僕を見た。
「わかんないよなのだ!? あははっ、あなたが言うとおもしろいねっ! そんな賢そうな顔してるのに……ねぇ、本当はちょびっとお馬鹿なの!?」
同じ目で、見てくれた。
「お馬鹿? ふむ、我はお馬鹿なのか」
「賢くなるには、ご本をいっぱい読むといいって黒のおじいちゃんが言ってたよ? ご本、持ってるの?」
花の色はゆっくりと時間をかけて、今夜も変わるから。
この人は、明日の朝もここにいるんだろう。
「ご本? ……無い」
この先も。
この人は。
花を手折らず、見続けるんだろう。
「え~っ!? そうなんだ。じゃあ、僕はいっぱ~いご本持ってるから、貸してあげる!」
ねぇ、ヴェルヴァイド。
永遠も一瞬も。
その金の眼の前では、同じなのかもしれないね。
*この小話はブログからの転載です。