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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
124/212

第90話

 カイユさんがジリ君を迎えに行き、ここにいるのは私と竜帝さんとセシーさんになった。

 竜帝さんは青い爪を持つ指で窓の側にあるソファーを指しながらここに座れと私に言い、その向かいのソファーの背凭れの上に青いおちび竜がちょこんと座った。

 セシーさんが車椅子で移動するのを自分が座る前に手伝おうとしたら、はっきりきっぱり断られてしまった。

「私にお気遣い無用ですわ。さあ、お座りください」 

 彼女はは車椅子の車輪を慣れた様子で操り、話がしやすいように竜帝さんが示したソファーの傍へと移動してくれた。

「……トリィ様。私に訊きたいことってなんですの?」 

 ソファーに座ると同時にセシーさんらしからぬ強張った顔でそう言われ、とても困ってしまった。

「あ、あの」

 うう、なにこの微妙な空気!

 訊きたい事っていうのは、よくよく考えるとたいした事じゃないというか……。

「ほら、言えよおちび。あんまり時間かけてっと、じじいが痺れ切らしてここへ来ちまうぜ?」

 短い足をぷらぷらさせてる竜帝さんはとってもラブリーだった。

 でも今はそんな彼に見蕩れている場合じゃないことぐらい、私にも分かっていた。

「あの、セシーさんはハクちゃ……<監視者>が人型になれるってことを、知っていたんですね?」

 セイフォンの竜宮でハクちゃんが人型になることを知ってから、ずっとこのことが気になっていた。

 これは私には大問題だったけど……わざわざミー・メイちゃんに席を外してもらうような重大で深刻な内容じゃない。

 ただ、ちょっと私が恥ずかしいだけで……。 

「やはり、その件でしたか。ミー・メイを下がらせて正解でしたわ」

「え?」

 セシーさんの言葉は、私が想像していたものとは違った。

 竜族が竜体と人型を持ってるのは、この世界の人にとっては常識なんじゃ……。

 紅茶色の瞳が細められ、なにかを思案するかのように目線を床へと落ちた。

「確かに竜族が人型を持つことは広く知られています。ですが<監視者>について、今の時代の人間はあまり知らないのです。表向きは、ですが」

 表情を柔らかなものに変えたセシーさんは、視線を私へと戻した。

 金髪に飾られた妖艶な美貌に、笑みが浮かんだ。

 その微笑みはどこか意味深で……私は彼女が次に何を言うのか、ちょっとだけ不安になった。

 綺麗に整えられた爪を持つ指先で、額にかかる髪を優美な所作ではらいながらセシーさんは言った。

「お察しの通り、<監視者>が他の竜族同様人型を持っていることも、人間の女性と性交が可能だということももちろん知っていましたわ」


 せ。


 せいこう?

 性交!?


「お、おいセシー! もっと他に言い方ねぇのかよ!? 婚姻関係とか……はぁ~、年増といえ未婚の女がよぉ~。せめてもうちょっと恥らって言えないのかよ?」

 竜帝さんの突っ込みに、セシーさんは笑みを深めた。

「ここで恥じらっても一文にもなりませんもの。私の恥じらう姿がご覧になりたいなら、陛下の私室でお見せしてもいいですわ。ふふふ……クロムウェル殿に遠慮なんてなさらないで、チャンスですわよ?」

「ぶっ! 恥じらうお前なんか見たかねぇっ! それに俺様がクロムウェルに遠慮って、なんだよそれ!? 俺様とあいつの関係はただの雇用関係だ!」

 竜帝さんは短い足をばたばたと動かし、激しく抗議したけど……え~っと、その焦りようが逆に……。

「あら? クロムウェル殿は青の陛下の愛人なのでしょう?」

「だぁああ! なんでそんなことになってんだよ!?  冗談でもそんなこと言うな!」

 背凭れから前のめりに落ちた竜帝さんは、叫びながら藍色のソファーの上でごろごろと転がった。

「冗談なんかじゃありませんわ。色仕掛けでクロムウェル殿をアンデヴァリッド帝国から奪ったという逸話は、あまりに有……」

「それ以上言うなっ! ぎゃぁああああ~! なんで、どこからそんなデマがぁああ~!!」

 セシーさんと竜帝さんの微妙なやりとりも、私の耳から耳へと抜けていった。

 私の頭の中はお祭り騒ぎで、花火があがっていた。

 なんでセシーさんは、そんなずばっと言っちゃうのですか!?


 人型→人間とお付き合い可能→結婚できるんですよ!


 そんな感じでお願いしたかったのです。

「セ、セセセシーさんっ! あの、そうじゃなくてっ、言いたかったのは、聞きたかったのはっちちちちがっ!」

 ああ、今の私はきっと顔面茹でタコに違いない。

 知らなかったから最初からお風呂も一緒に入っちゃったし……まあ、人型になれるって知ってる今だって竜体のハクちゃんと入ってるけど。

 カイユさんやダルフェさんが人型について口にしなかったのは、竜族である彼等は蜜月期の雄の特性を熟知しているためだった。


 ーーーいずれなるようになるもんだ。そうなっただろぉ?


 なぜセイフォンで言ってくれなかったのかと訊いた私に、ダルフェさんはお得意のウィンクをしながらそう答えてくれた。

 竜族であるダルフェさんはそう言ったけれど。

「な、なんでセイフォンで教えてくれなかったんですかっ!?」

 なんでセシーさんまで教えてくれなかったのか、ずっと不思議だった。

 

「なぜって……そのほうが面白いからですわ」


 思わず立ち上がって言った私に返ってきた声は、面白いという言葉が似合わないほど低く沈んだものだった。

「……セシーさん?」

「トリィ様。私は<魔女>なんです」

 セシーさんは両手を膝におき、ふっと息をはいた。 

「魔女?」

 魔女。

 急にそう言われても、私には話のつながりが見出せない。

 ハクちゃんの人型のことから、なんで魔女?

 私は魔女……セシーさんが魔女!?

「術士とはいえ、これは普通の人間であるミー・メイが知る必要の無いことであり、知って欲しくないことなのです……ふふ、魔女ってご存知かしら?」

 魔女って。

 魔法を使ったり箒に乗って飛べる、あの魔女? 

 竜がいるんだから、この世界には魔女がいるって言われても「そうなんだ~」って感じですけれど。

「そのお顔……やはり、まだ魔女をご存知ありませんでしたか。陛下、私の口からでもよろしいかしら?」

 短い両手を突っ張って、むくりと起き上がった青いおちび竜はくわっとお口を開いて言った。

「かまわない。あのじじいはおちびに話さなかっただけで、意図して教えなかったわけじゃないからな……多分」

 竜帝さんの言葉にうなずき、セシーさんは話し始めた。

「魔女はこの世界の『記憶』であり『記録』。私が死ねばそれがこの世界の誰かへと移り、その者が魔女となるのです。術士のように生まれつきのものでも、望んでなるものでもありません」

「魔女は……移る記憶……記録?」

 この世界の魔女は、私の世界の魔女とは全く違うんだ……。

 前にハクちゃんがそんなようなことをちらっと言ってたけど、私には意味がさっぱり分からなかった。

「私は代々の魔女の知識を受け継いでます。ですから人間社会では一部の者しかしらぬとされている事を……<監視者>が<ヴェルヴァイド>であり、竜族同様に人型へと変化する存在であることも知っていました」

 じゃあ。

 竜族では誰もが知っていることも、人間には知られていない……<監視者>が<ヴェルヴァイド>ってことも?

「私はさきほど面白いからだと言いましたが、少し違います……私はあの方が苦悩するさまが見たかったのだから」

「苦悩……セシーさん?」

 セシーさんは膝においた手を、ぎゅっと握った。

「ヴェルヴァイド様は貴女を傷つけるのを恐れるあまり、竜体のまま過ごされていた。幸いにも貴女の教師役を予定通り手に入れましたから、間近であなた方を観察することが出来ました」

 教師役を予定通り……観察?

「あの<監視者>が、<ヴェルヴァイド>が! あの方が貴女に自由に触れたいのに触れられず苦悩して、小さな竜の姿で幼子のようにふるまって……ふふっ。あの方らしからぬ姿が日々見られて、私は大満足でした。もっと、もっと貴女に恋焦がれ、理性と本能の狭間で苦しめばいいと思いましたわ!」

 自嘲するかのような笑みは、セシーさんに似合わなかった。

「セシーさんは」

 膝で握られたその手は、『将軍閣下』の手とは思えないほど綺麗な手で。

 セイフォンでもここでも。

 彼女の爪は可愛らしい桃色に塗られていた。

 はじめてみた時に、意外な色だと感じたことを思い出した。

「セシーさんはハクを、<監視者>を憎んでいたの?」

 私の言葉に、セシーさんは首をふった。

「いいえ。そうではなく……逆ですわ」

 逆?

 それって……。

「私が<監視者>が人間と関係を持てるのだと知っていたのは、受け継いだ知識によるものだけでなく……その場にいた【記憶】があるからです」

「その場って……い……た?」

 それって、まさか!?

 立ち上がっていた私の身体から力が抜け、すとんとソファーに吸い込まれた。


 分かっているつもりだった。

 ハクは人間の女性の扱い方(・・・)を知っているって、カイユさんもはっきり言ってた。 

 

「私の中の<魔女>はあの方を」


 それが普通で当たり前のことだって、割り切ったつもりだったのに。

 つもりだっただけだって、思い知った。


「<ヴェルヴァイド>を」


 未来のハクだけじゃなく。

 過去のヴェルヴァイドも。


 独り占めしたいなんて。


 なんて無茶苦茶で、身勝手な私。


「あの方を、愛していたのです」


 ハクちゃん。

 ハク。

 

 私のこの醜い嫉妬心も。

 貴方はその小さな白い手で、そっと包んでくれますか?

 

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