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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
123/212

第89話

「……っ」


 ミー・メイちゃんのお人形さんのような可愛らしい顔は、私の顔を見た途端。

 全てのパーツがくしゃりと中央に集まった。

「トリィ様! 私、お話したいことがっ」

 腰掛けていたソファーから立ち上がり、私の方へと駆け寄ってきた彼女に答えたのは。

「下がれ、王宮術士」

 木製のドアを開け、先に室内に入ったカイユさんだった。

 伸ばされた左手を遮ったのは、煌めく銀の光。

「この子に近寄るな……手をひけ。さもないと、落とす」

 多くの人を傷つけ命を奪いながら、カイユさんを守ってくれた刀。

 ヒンデリンさんが私に剥き身の刀を見せたことを叱ったカイユさんが、私の前で躊躇い無く刀を抜いた。

「あ……なぜです!? カイユ殿、私はこの方を傷つけたりしませんっ!」

 温室で会った時と同じ灰色の長衣の美少女は、自分の胸の前で両手をあわせてぎゅっと握るようにして言った。

「あの女もそう言った」

 カイユさんの声は冷たく、硬かった。

「あ……あの女?」

 なんのことか分からず、戸惑う少女にカイユさんは言った。

「あの女も。私と父にそう言って母を私達から……父から奪った。人間の言うことなど、私も父も二度と信じない」

「カイユ殿、貴女は……」

 よろりと数歩後ろに下がったミー・メイちゃんとカイユさんの間に、ふわりと青い影が現れた。

「入り口でもめるな、カイユ。おい、おちびが困ってんぞ?」

 竜体の竜帝さんだった。

「え、あのっ!」

 急いでカイユさんの横に立った私には、青い鱗が鏡のような銀の刃に映っているのが見えた。

 こんな状況なのに、久しぶりに見たその姿に目を奪われてしまった。

「カイユ、これは俺が預かる」

「……陛下」

 青いおちび竜。

 あぁ、なんてかわいいの……!

 サファイアで作ったみたいな鱗は、なんともいえぬ美しさ……。

 クロムウェルさんが絶賛するのも頷けます。

 でも、私にはハクちゃんが一番綺麗でかわいいおちび竜です!

「ほら、よこせ」

 青いおちび竜は、カイユさんの手から刀をちょっと強引に奪った。

「カイユ、鞘もよこせ」

「…………」

 カイユさんは無言のまま、竜帝さんに鞘を手渡した。

 短い手で器用に刀を鞘へとしまいうと、竜帝さんはくわっと大きくお口を開いて言った。

「おちびっ、お前もやっぱ変態なのか!? そんな目で俺様を見るな! 頬を染めんな!!」 

 へ、変態っ……?

「お前は全世界の鱗のある生物にとって、捕食者以上に物騒な存在だ! この鱗フェチ!」

 鱗フェチって仰いましたか、竜帝さんっ!?

 鱗生物にとって物騒な存在なんて、言いすぎですと反論しようとしたら。

「ふふふっ……お2人はずいぶんと仲がよろしいのね」

 ミー・メイちゃんの後ろから現れたのは、セシーさんだった。

 セシーさんは車椅子に座っていた。

「刀持参で来るなんて。相変わらず凶暴ですわね、カイユ殿は。ふふっ、そのほうが貴女らしくて私は好きですわ」

 胸元が広く開いた濃紺のドレスには、袖と裾に灰色のファー。

 こぼれんばかりのバストの谷間に、銀の台座に飾られたターコイズのペンダントトップがはさまれていた。

 ……ハクちゃんがお留守番しててくれて、良かった。

「こんにちは、トリィ様。このような姿でごめんなさいね」

 淡い色の金髪は結い上げられて上品にまとめられ、白いうなじがとんでもなく色っぽかった。

 相変わらずの大人の色気に、同性の私もちょっとどきっとしてしまう。

「セシーさん、お久しぶりです。あんなにお世話になったのに、お礼を言わずセイフォンを出てしまってごめんなさい。あのっ、足のお怪我は……」

 足はドレスに隠れていて、私からは足のどこに怪我をしているのかが分からない。

 でも、きっと重症に違いない。

 車椅子を使ってるぐらいだもの……。

 セシーさんの座っている車輪のついたそれは、私の記憶にあるものより少し古めかしいデザインだけど私の世界のものとほとんど同じに見えた。

「そのことはお気になさらないで。怪我も問題無しです。ダルド殿下の命で大事をとっているだけですわ」

 さすがに電動タイプじゃなくて、押してもらうか自分で車輪を動かすタイプの車椅子だった。

 もしかして。

 車椅子があるくらいだから、自転車もあるの!?

 でも、街で自転車を見かけたことは一度も無かったな……。

「ミー・メイ、向かいの部屋で帰国準備をしていらっしゃるダルド殿下のところにいてちょうだい」

 何かを探ろうと……見つけようとするかのようにカイユさんをじっと見ていたミー・メイちゃんは、セシーさんの言葉にすぐに反応した。

「閣下? なぜです!? 嫌です、私はトリィ様に……カイユ殿の仰っていたことも気になっ…」


「お黙り! 竜帝陛下の御前で、これ以上セイフォンの恥をさらすな!」


 容赦無い一喝に、灰色の長衣が揺れた。 

「あ……か、閣下……も、もうしわけ……ご……ざ…」

 小さな声が愛らしい口元からもれた。

 その声は震えていて、語尾が散って消えていく。

「ねぇ、ミー・メイ」

 真っ青になってしまった彼女に、声音をいつのものに戻したセシーさんが語りかけた。

「殿下にも言ったけれど、知らないほうが良いことも世の中にはあるの。知り過ぎたら、戻れない……貴女には、私とこの方の会話を聞かせたくない。貴女を私のようには、したくないのよ」

 車椅子から腕を伸ばし、ミー・メイちゃんの右手に自分のそれを重ねて。

「閣下……」

 セシーさんは、微笑んだ。

 綺麗な笑みなのに、隠せぬ悲しみがそのふくよかな唇から滲むような……私の胸まで痛くなるような、悲しい微笑み。

「おいき、ミー・メイ。私とトリィ様のお話が終わったら呼ぶわ」

「はい、閣下」

 でも、セシーさんの眼は。

 両手を胸で交差させ、片膝をついて深々と頭をさげたミー・メイちゃんを見る紅茶色の瞳は。

 とても優しいものだった。






「おちびはさっさと座れ。カイユ、お前はジリギエを迎えに行け。ついでにセレスティスのとこに寄って、これを渡してくれ」

「……」

 青い竜の小さな手が返事をしないカイユさんの左手をとり、ピンクの紙袋を手渡した。

「セレスティスの好きな、四花亭のマシュマロだ。さっき買ってきた。俺様、昔からあいつになんにもしてやれなくて……」

 あ。

 竜帝さんはあれからいろいろ忙しかったはず。

 時間が無くて、すごく急いでたから竜体でお買い物に行って……帰ってきてから人型になって、着替えるなんて時間がなかったのかも!

 だから、竜体で……。

「カイユも……いろいろ、すまない」

 ハクちゃんと同じ4本指の手が、カイユさんのすらりとした指をぎゅっと掴んだ。

「カイユ……俺っ」

 宝石のような青い瞳が、カイユさんを見上げた。


「陛下。カイユに【約束】をしてください」


 凛とした声が、小さな竜の動きを止めた。

「青の竜帝<ランズゲルグ>は、いかなる時も私の娘を守ってくださると。何者からも(・・・・・)、あの子を守ってくださると、カイユ(・・・)と約束してください」

 真っ青な眼が、これ以上はないというほど見開かれ。

「カイユ、お前っ!? 名を口に……俺を……俺は……ヴェルがっ……だからっ」

 詰まった言葉には、隠せないほどの驚愕と戸惑いが……。


「貴方と共に育った私に、最初で最後の【約束】をしてください。陛下」


 重ねられた言葉に、青い竜はかたく眼を閉じて。


「……分かった。俺はカイユと【約束】をする」


 握っていたカイユさんの指から、ゆっくりとその手を離した。

 カイユさんはうなずき、竜帝さんから刀を返してもらうと私へと視線を移して言った。

「トリィ様、私はこれで失礼します。陛下()これからは貴女を守ってくださいます。陛下が【約束】してくださいましたから、この場にいる誰も……誰も(・・)貴女を傷つけることは出来ません」

 小さな子供にするように、私の頭を撫でながら言うカイユさんはとっても嬉しそうだった。 

「これで、大丈夫。何があっても、貴女が何をしても。陛下は貴女を……あぁ、これで安心して私は……」

 細められた目には、うっすらと涙が……。

 私はあわてた。

「カイユ、どうしたの!? ここには私を傷つける人なんかいないのよ?」

 カイユさんは心が不安定なのに。

 今日はお父さんとお母さんのことで、辛い思いをしたから……!

「私はいつだって、大丈夫! 皆もハクちゃんもいてくれるんだもの……だから、安心していいんだよ? カイユはジリ君をお迎えに行ってあげて……母様、私は大丈夫」

 大丈夫と言いながら。

 私は不安でいっぱいだった。


 カイユさんが。

 母様が。


 いつの日か。

 私の前から……。


「母様、私は大丈夫! ……大丈夫」


 この『大丈夫』は自分に言ったものだった。

 長命種である竜族、そしてとっても強いカイユさんがいなくなる(・・・・・)なんてことは無いはずだ。

 私のほうが先に寿命がくる。

 私が置いていかれることなんて、無いはずなのに。

 カイユさんの言葉が、頭の中で何度も浮かぶ。


 ーー何時の日か。多くの者を屠ってきた私も強い者に負け、討たれる時が来るでしょう。


 そんなの、だめ。

 絶対、いや。


「……大丈夫」


 ワタシ ノ 母サマ。 

 ワタシ ノ 母サマ ヲ イツカ ダレカ ガ?

 ユルサナイ。

 ゼッタイニ ユルサナイ!


「大丈夫、大丈夫」


 この身体の中で、泣き叫ぶ怪物にも言い聞かせるように。

 何度もその言葉を繰り返した。

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