表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
12/212

第11話

『なに痴話喧嘩おっぱじめてんですか? 姫さん、そんなに逆さにして振ったら旦那の内臓が出ちゃいますぜ?』


 =ダルフェ、何を言ってる! 我のりこが泣いて錯乱し、とんでもない事を考え始めたぞ!

 

『はぁ。異界語で捲くし立ててるから俺にゃ、意味不明です。ま、この形相じゃろくでもないことに気づいて、悲観してパニック状態って感じですかねぇ~』


 =見とらんでりこを助けろ! このままではりこが……!


『思うんですがねぇ。この自体は旦那の後ろ向きな姿勢が招いたのでは?』


 =後ろ向きだと? 我はりこの心を守る為に、余計な情報は伝えなかっただけだ。


『それがまずかったから、こうなってんですよ。ほんとに、使えないねぇ旦那は』


 我の身体を振り続けるりこは大きな黒い眼から涙を流し、唇を震えさせながら嗚咽を漏らしている。

 我が念話で話しかけても、弾かれてしまい意志の疎通が出来ない状態だ。

 りこの叫ぶような念は一方的に我に叩けつけられ、その支離滅裂ながらも核心をついた内容に我はとんでもなく焦った。

 我の‘つがい‘になるということは我を……我の【力】を手に入れるということだ。

 我も竜族の性質を強く持っている。

 ‘つがい‘が関係する事柄になると‘つがい‘を最優先に考えてしまい、しばし……いや、ほとんど冷静な判断が出来ない。

 りこが考えたように、我はりこの為ならばなんだってしてしまう。

 壊すことも、殺すことも、滅ぼすことにもなんの抵抗がない。

 それが世界の敵というなら、その通り。

 りこに‘お願い‘をされたら我は四竜帝だって引き裂くし、大陸を海に沈める。

 普通の竜にはそんな【力】は無い。

 だから竜のこの性質ははた迷惑なだけで、大した害は無い。

 それにこの異常なまでに雌本位な性質は一過性のもの。

 繁殖能力が低い竜族は、1組のつがいから生まれるのは生涯1体のみ。

 長命種によくある事だ。

 普通の竜同士はつがいに出会うと竜珠を交換し、名づけを行う。

 その後は雌が妊娠するまで交尾をし、懐妊後は雄は雌と胎の子に尽くす。

 つがいを得たばかりの雄が危険なのは雌が妊娠するまでであって、懐妊後はもとの性格にもどる。

 判断能力も通常の状態になる。

 1週間、長くても1ヶ月程で雌竜は妊娠する。

 雌は雄とは異なり、つがいに出会って蜜月期に入ろうとも通常の思考を維持しているから雄のように見境が無くなることは無い。

 つまり危険な状態の雄を制御するのは雌の役割なのだ。 

 竜の雌はそれを重々承知しているため、暴走しがちな雄を上手く扱う術に長けている。

 だが、りこは人間だ。

 しかも異界人。

 竜の性質も生態も知らぬ。

 りこに我を制御するのは荷が重い。

 我は【普通】の竜ではないのだから。

 それに……。

 竜と人間の間には子が出来ない。

 過去、数頭の竜が人間のつがいを得たが……結末は不幸なものが多い。

 子を成すことが出来なけい雄竜は、危険な状態のまま……雌の奴隷になり下がる。

 人間の雌は思いのままに操れる竜を得たことが分かると、大抵はろくでもないことに雄竜を利用する。

 そうでない場合もあるが……悲惨で凄惨な事態になる確立が高い。


 女の望みのままに富を他人から奪う。

 女の希望を叶えようと邪魔者を全て殺す。


 最も凄惨なのは雄竜が狂うことだ。


 つがいとの子が得られないことに悲嘆し、苛立ち、壊れてしまう。

 壊れた雄竜は女を喰い殺し、暴れ狂う。


 竜は強い種族だ。

 人間達にはなす術が無い。


 【蛇竜】となった竜を始末するのは竜帝の仕事だ。

 竜帝が【蛇竜】となると我が始末する。


 竜帝より強いのは、世界に我のみ。

 過去に1度だけ、竜帝を始末した。

 奴はつがいの女を喰らい、同族を殺し……自分の大陸の半分を焦土と変えた。

 人間をつがいにした竜の悲劇をりこには……知られたく無い。

 

 

 

 人間共が我のつがいになったりこを利用しようと群がってくることは、予想していた。

 しかし、りこに注意を促すことすらしなかった。


 りこはこの世界が綺麗だと……美しいと言っていた。

 空を見ては眼を細め、庭を散歩しては褒め称えた。

 離宮を本で見た伝説の神殿みたいだと言い、探検しようと笑った。

 魔女が揃えた衣類を眺め、ドレスばかりで困ると苦笑していた。

 ダルフェの作った食事に感激し、奴に料理を教えてもらいたいと願い出て……。

 

 ‘おとぎの国にきたみたい‘


 害意の無い、暖かく平和な世界。


 我はりこをこの世界に縛り付けるために‘おとぎの国‘を用意したかった。


 ‘おとぎの国‘……りこに都合のよいものだけで作った‘虚構の世界‘を。


 魔女は我の考えを見抜いていた。

 この1ヶ月の間。

 我が人間のつがいを得たことを知った内外の王侯貴族・商人などがひっきりなしにセイフォン王にりことの謁見を求めたが、セシーはりこには告げなかった。

 セシーは何処の誰が来たかを我に細かく報告し、言った。


 ーこの者達はトリィ様にとって害虫ですわ。どうなさいます? 私どもで処理するもよし、御自ら処分されるもよし。現段階では我が王が竜の蜜月期の性質を理由に全ての謁見を断ることができていますわ。でも、長くは持ちません。120年前の大戦の折に国土の半分を列強に奪われた現在のセイフォンでは、大国に逆らうことは不可能。

 彼等がトリィ様を自国に招きたいと言い出せば、彼女を差し出すしかありません。

 でも、彼女自身がセイフォンにいることを希望すれば彼等も強く出られませんわ。

 たった1度で良いのです。

 トリィ様が貴方様と共に公の場にて宣言して下されば。

 ‘セイフォンが気に入っている‘

 そう言って下されば、セイフォンはこの大陸で確固たる立場を手に入れることが出来るのです。

 <監視者>のつがいが‘気に入ってる‘国を蔑ろにすることは<監視者>に盾突くに等しいのですから。

 私はこの国を守りたい。戦うことは好きですが‘戦わせる‘のはもうしたくない。

 

 


 魔女の心に嘘偽りは無かった。

 我を欺くことは不可能なのだから、魔女は本心を隠さない。

 あれは嫌な女だが、愚かではない。

 我がりこに与えたいものを良く理解しているからこそ、今のままのりこ……我の【力】を欲の為に使おうなどと思いつきもしない、無知な娘でいさせようとしている。

 反対に青の竜帝はりこに知識と情報を与え、自分がこの世界において非常に重要で危険な存在であるか認識させるべきと考えている。

 この1ヶ月、竜帝はりこに必要な事を全て隠さず話せと念を送ってきていた。

 

 出来なかった。


 我はりこにそのような重責を負わせてしまったことを、りこに知られたくなかった。

 それを知ったらりこがどう思うかが、怖かった。


 恨まれ、嫌われ、憎まれるのが恐ろしかった。



『で、旦那。俺はどうしたらいいんですか? 取りあえず姫さんを気絶させるとか?』


 =この、愚か者が! りこに乱暴なまねは許さん。身体が傷ついたらどうする!


『俺は力加減を間違えたりしませんよ。……それに姫さんを傷つけたのは旦那じゃないですか』


 =我が? ……我はっ!



「なんで、なんでよ! 私がこんな目にあうの!」

「分かんないことばっかり! 知らないことばっかり!」

「ハクちゃんだって……私に言ってくれないことがあって!」

「来たくて来たんじゃないわよ! つがいになりたくてなったんじゃないわよ!」


 りこが叫ぶ言葉は我を打ちのめす。

 世界最強の我の身体が、恐怖に凍りつく。


「もう帰りたい! こんな世界はもう、居たくない! 家に帰してよ!」

「つがいなんて、やめる!」



『わ……我を捨てないでくれ!』



 我はりこにしがみついた。

 このまま離れたら、離したらりこを失うと思った。

 【両腕】をりこの背に回し、我の【胸】にりこを閉じ込める。

 隙間無く身体を合わせ、逃すまいと縋りつく。


『捨てないでくれ』


 背に回した【指】に、りこの髪がさらりと触れる。


『捨てないでくれ……』


 我の【髪】の色とは対照的な漆黒の髪。

 ずっと触ってみたいと思っていた。

 体温の無い我の身体と違い、温かなりこの肌。

 ずっと。抱きしめたいと思っていた。


『りこ』


 知られたくなかった。

 傷つけたくなかった。

 泣かせたくなかったのに。


『りこ。我が悪かっ……ぐあっ!』


 下半身に衝撃がはしった。



「ぎゃー! 変態! いやあぁ~!」



 りこの蹴りをくらった我は痛みよりもショックで、りこの身体を離してしまった。


「ひぃ! まっぱ! 真っ裸! 触んないで、あっちいって! 変質者!」


 りこは駆け出し、なにやら叫びながら去っていった。

 我は呆然とその姿を見送ることしか出来なかった。


 本気で蹴ったぞ、今の!


 りこが我を本気で蹴ったぞ!

 そんなに嫌われてしまったのか!?


『旦那……使えないどころかここまでいくと憐れというか』

『うるさい! 我はそれどころではない!』


 我は顔にかかった髪を右手で払いながら言った。

 む?

 髪?

 右手……5本の指がついてるぞ?


『よっぽど慌ててたんでしょうねぇ』

 ダルフェがあきれたように言った。

『人型に戻ってますよ』


『!』


 我はりこを掴まえたくて……。


『いきなり変化したもんだから、もちろん素っ裸です。突然のことに姫さんはびっくりして正気に返ったようだし、ま、良かったんじゃないですか?』


 人型。

 まずい。

 非常にまずいぞ!


『姫さんはなんか言いながら行っちゃいましたねぇ。異界語だったから分かりませんが推測するに』


 この姿は知られたく無かったのに!


『まぁ、変質者とか変態とか言ってたんじゃないですか? なんたって素っ裸ですし。あの様子じゃ、あんたの顔すら見てなさそうでしたね』


 変質者。

 変態。



 あぁ、また眼から内臓が溶け出しそうだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ