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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
118/212

小話 ~爪・後編 =Eucharistia= 

(注)R15 このお話は性的特殊嗜好表現等を含みますので、ご注意ください。

 風呂上りのりこが寝台に座り、足の爪のお手入れをしている間。

 我は寝台の前に座ってその作業を見ていた。


 我は良い子さんなので。

 床に正座をし、りこにより差し出された毛布をきちんと頭から被ってお手入れ……『準備』が終わるのを待っていた。


 風呂上りのころころを竜体で楽しんでいた我だが、爪を整え始めたりこを見ていたら何時の間にやら人型になってしまい、りこに毛布着用を言い渡されたのだ。


 ころころも‘いけません‘と言われた。


 良い子さんの我は、りこの指示に従った。

 ふっ……我はあの幼生などより、良い子さんでかわゆいのだ。


「うん。上出来~、お手入れ終了です! お待たせ、ハクちゃん」


 濡れた髪を結い上げたりこが、我に微笑む。


 お手入れ終了。

 つまり。


 準備万端整いました、とういう事だな。

 

 我のりこは『恥ずかしがりやさん』に分類される女なので、はっきり口に出せぬらしいのだ。

 夫として。

 我が妻の意を汲んでやらねばならぬ。


 口に出せぬ想いを察し、我がりこを‘抱擁‘してやらねばならぬ。


 抱擁力なのだ。


 年上の夫は、抱擁力……包容力も重要なのだとダルフェの本に記載されていた。


 包容力。


 抽象的で、実はよくわかっとらんのだが。

 ほうよう……抱擁ということだろう。


 抱擁するときの力加減が重要ということだ。

 我は日々の努力のかいがあり、りこを潰さず抱擁できる我になった。


 ラパンの実での練習は、無駄ではなかったのだ。


「うむ、りこの気持ちはわかった。安心するが良い、りこの愛は我にきちんと伝わったぞ?」

「は? また謎発言を……きゃっ!?」


 跪いて、りこの両足を手の平に乗せた。

 この小さな足も手同様に。

 我のために、爪のお手入れを……。


 先日、手の爪を整えるさい。

 りこは言った。

 我の肌を傷つけたくないので、爪を短く整えるのだと。


 我のために。

 そう思うと。

 この手の中の華奢な足を飾る、爪一枚一枚への愛しさがさらに増す。

 

「な……ハ、ハクちゃん!?」


 顔を寄せ、手の中にある左右の甲に接吻した我を見下ろすりこの顔は。

 頬だけでなく顔全体が赤かった。


「りこ」


 我の好きな、りこの表情。

 我はりこの肌が染まるさまを見るのが好きだ。


 我がその身を塗り替えたように感じられ、臓腑の奥が熱を持つ。


 <氷の帝王>などという、珍妙な異名を付けられたこともある我が。

 この我が、身の内にに焼けるような熱さを感じるなど。


 りこにより。

 我はどこまで変わってゆくのだろう?


 我がりこを変え、りこが我を変えてゆく。

 

「は……離して、ハクちゃん」


 りこはその細い腕で、我の頭部を押した。


「何故だ?」


 いつもしていることだぞ? 

 体勢はちと異なるがな。


「とにかく、はなしっ……」

「何故だ?」


 いつもと違い、我が寝台ではなく床に膝をついとるからか?

 些細な違いだが、りこには重要なのだろうか……我には分からぬな。


「だ、だだだって! これはちょっと、そのっ……えっと、やっぱり、もうちょっとしようかなぁ~なんて思って……あ、体操もしなきゃだしっ」 

「…………」


 我はりこの手から爪用のやすりを奪い、背後へと放り投げた。


「ああ~っ!? こら、またぽいぽいしましたね! ぽいぽい大魔お……う、んっ!?」

「……」 


 手の平に乗せた小さな足を指先で撫で。

 その足首に歯を当てた。


「自分で終わったと言ったばかりではないか。りこに言われた通り、我は良い子で待っていたのだぞ?」


 咥えたまま答えた。

 触れていたい。

 我はりこと、離れたくないのだ。


 本当は、ずっと。 

 繋がっていたいのだ。


 りこの言うように。

 我は怖がりで。

 寂しがりやさんなのだから。

 

「ハクちゃん、そ……そのまま喋るのやめてって、いつも言って……るでしょ!?」


 踵に唇を這わせ。

 甲との境を外側から舐めあげた。


「ぁ、それ、だ……だめっ。足、はな……し、てぇ」


 小指から親指へ。

 舌をゆっくりと流した。

 指と指の間を、縫うように進んだ。


「駄目、だと?」


 我が染め上げた金の眼を。

 そのよう熱く蕩けさせ。

 火照り震える指先で、我の髪を握り締めているクセに。





「嘘付き」





 嘘吐きな、我のりこ。





「うそつ……? あ……わ、たし」


 我の言葉に、一瞬で顔色が変わる。


「ごめっ……なさ……違うのっ! そうじゃなくて、ハクちゃ……わたっ……し」


 我の視線で、声が震える。


「ちがっ……私、駄目って言ったのは……駄目じゃなくってっ! ごめっ、ごめんなさい」


 あぁ、金の目が。

 塔から貴女と見た、夕を漂わせる湖のようだ。


「ごめ……なさ……ハク……」


 いい。


「りこ」 

 

 その表情も。

 とても、いい。


「困ったことに」


 嘘吐きで、この上なく素直な我のりこ。

 我の言葉を聞き、青ざめ震える唇がなんとも可愛らしい。


「嘘吐きなりこも、我は好きなのだ」

「ハクちゃっ……」


 貴女の心が、我のこの手の中にある。


 この手の中で。

 我の思うさまに揺れ動く。


 不安定で、脆い貴女が。


「好きだ」


 いとおしい、ひと。

 

「……ハク」


 その小さな脳が何を思うか暴かずとも、貴女の内からそれは溢れ出ている。

 溢れて零れて、我を飲み込み。

 我は。

 貴女に溺れる。


「りこ」


 りこの指先が、我の目元をなぞった。

 触れられたそこから、鎔け出しそうになる。


「もっと、触ってくれ」


 闇夜に咲く花のように。

 貴女は甘い香りを濃くさせる。


「我に、触れてくれ」


 それに抗う術などなく。

 我は翼を捥がれ、囚われる。


「我の、りこ」


 我は幸せな虜囚。

 貴女という鎖に縛られ、歓喜する。

 

「りこ」


 我のために整えられた爪は。

 食まれ嬲られた爪は濡れて艶めき、陽に輝く波打ち際の貝のようだ。


 綺麗だ。

 とても。


 我は貝を綺麗などとは微塵も思わない、思えない。

 思う必要など、無いのだ。


 我の綺麗は世界にひとつ。


 貴女だけ。


 貴女だけで、いい。


「我のりこ」


 夜着の上から左右の膝に接吻し。

 細い足に手を這わせながら、夜着の合わせ目を開いていく。


「りこ、我は空腹なのだ」


 現れた脹脛に接吻し、柔らかな肉に歯を立てた。 

 このまま噛み千切ろうと、りこは我を怒らぬだろう。


 ‘ぽいぽい‘はいけませんと言うが、その身を我に傷つけられても。

 貴女が我を責めないと知っている、分かっている。


 貴女は喜んで、我に血肉を差し出すだろう。


「りこ、我は咽喉が渇いた」


 この渇きを潤せるのは。

 我を潤せるものは。

 貴女だけ。


「りこ」


 酒も茶も。

 水も。

 我のこの渇きを抑えてはくれぬ。


 我には、貴女だけなのだ。


「我はりこが」


 貴女の望むままに。

 その身を優しく愛で。


「りこを」


 我の望みのままに。

 その肉を貪り喰らおう。


「貴女を食べたい」


 それは永遠に続く飢餓。


 日々繰り返される、聖餐。


「我は‘いただきます‘と言うべきか?」


 含み。

 舐め上げ。

 齧り。


「ちが…ッ…それ、使い方が違うって、な……何度も言ったで……しょっ!?」


 この濡れた爪先から。

 その震える指先まで。


「そうか? 我はそうは思わん。細かいことは気にするな」


 全て。

 余すところなく。


 貴女を啜り。

 飲み干そう。





「‘いだだきます‘」





 さあ、今宵も。


 貴女を味わおう。

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