第84話
私はカイユさんの言っていたことを思い出した。
セレスティスさんを止められるのは、竜帝さんとダルフェさん。
<色持ち>のダルフェさんは、とっても強い。
そのダルフェさんが、半殺しって言ったよね?
舅殿って、セレスティスさんのことでしょう!?
娘のカイユさんがここにいるのに、なんてことをっ……。
「ダルっ……カイユ?」
立ち上がって抗議しようとした私の肩を、そっと押さえたのはカイユさんだった。
「ダルフェに任せておけば、大丈夫です」
「カイユ、でもっ!」
「ダルフェは私の父を‘半殺し‘になどしません……この私の前でそのようなこと、できやしないのですから」
「え?」
カイユさんはにっこり笑って、きっぱり言った。
「もしあの馬鹿が私の前で父に抜刀したら、私があれの首をこの手で折ります」
「!?」
ダッ、ダルフェさ~んっ大変です!
貴方の奥様が、ここで白魚のような指をぽきぽきしていますよぉおお!?
「あ、あのっ。竜帝陛下、私が術式を使って殿下を……」
ミー・メイちゃんが小さな声で言った。
その声は私が知っている彼女のものと違って、掠れていた。
「駄目だ。今はクロムウェルが城に【障壁】を張っている。お前の手足が吹っ飛ぶぞっ!」
竜帝さんは自分と同じ位の身長のダルド殿下を、ひょいっと抱き上げた。
「りゅっ!?」
「黙れ、ダルド。餓鬼ん時にも散々してやっただろうがっ! 顔色が悪い……医務室に行こう」
ダルド殿下より細い身体で、軽々とお姫様抱っこしちゃうなんて。
カイユさんもそうだけど、女神様も怪力……竜族の人って皆がそうなんだろうか?
「あのっ! 竜帝陛下っ……いえ、なんでもありません。ありがとうございます」
青白かったダルド殿下の顔が、あっという間に赤く染まった。
無理ないと思います、うん。
罪作りですね、女神様。
でもね、ヴィジュアル的には女神様がダルド殿下にお姫様抱っこされるほうが自然な気が……う~ん、残念。
「カイユ、お前はおちびと奥の部屋にっ」
「お断りします」
カイユさんは背後から私の髪に触れ、飾られた花の位置を直しながら言った。
「私、嫌です」
その白い花はジャスミンのような良い香りがして、目をつぶると初夏の庭が脳裏に浮かぶ。
母がホームセンターでジャスミンの小さな鉢を買ってきて、数年で庭のフェンスを覆うほどに成長した。
「カイユ!……頼んでるんじゃない、これは<主>として命じている。青の竜騎士カイユ、<監視者>のつがいとこの場を去れ」
南国を思わせる爽やかな甘さ。
その香りが大好きだと、母は……小さな可憐な花が満開になるさまを、満足げに眺めていた。
「嫌です」
今、ここにいるのは。
私の髪を、頭を優しく撫でてくれているのは。
カイユ。
母様。
「嫌、です。私はい……や」
「……カイユ、お前……」
竜帝さんの青い瞳が、私を見た。
何か言いたげなその青い瞳を、私もしっかりと見つめ返した。
髪に触れていたカイユさんの左手を私は手を伸ばして握り、頬にあてた。
ハクちゃんと違って、あたたかい手。
「竜帝さ……陛下」
<主>に逆らっためか、小刻みに震えるこの手は。
私の髪を優しく梳かして、結ってくれる。
私のためにお茶を‘お料理‘してくれて。
私の涙を拭いてくれた。
「カイユは私の母です。夫がそう定め、貴方が……四竜帝全員が認めた私の母様です」
カイユさん。
カイユ。
私はなんの力も無いけれど。
貴女を守りたい。
「青の竜帝陛下」
貴女の心を、護りたい。
「ここにいるのは青の竜騎士のカイユではなく、カイユです」
ハクちゃん……ヴェルヴァイドの存在が<竜騎士>を<竜帝>の鎖から開放する。
畏怖が恐怖を食い千切るのだと、髪を結いながら『母様』が教えてくれた。
今、竜帝さんは<主>として命令した。
でも、カイユさんは嫌だと言った。
嫌って、はっきりと口にした。
「おちび、俺はっ……」
「お引取りください、陛下。ダルド殿下、もうお会いすることは二度とないと思います」
「……トリィ殿。私はっ!」
黒の竜帝さんのお城に移ったら、もうこの大陸に私は戻ってこない。
ハクちゃんは、一番若い……幼い竜帝さんの大陸を拠点にして<監視者>のお仕事をするのだから。
長命な竜族である女神様が次代に変わるまでなんて、私は生きられない。
貴方だって、それは同じでしょう?
私達人間は、竜族とは与えられた時間が違うのだから。
「ダルド殿下、ミー・メイちゃん」
「トリィ殿……」
ダルド殿下。
ミー・メイちゃん。
ハクのいるこの世界に、連れて来てくれてありがとう。
もう会えない人達のことを考えると、感謝の言葉は口に出来ないけれど。
「さようなら」
ありがとう。
「竜帝さん。早くダルド殿下を医務室に連れて行ってあげてください」
セレスティスさんと、彼を会わせないで。
「おちび、お前……? そうか、ミルミラの事を聞いちまったんだな」
「ん? 僕のミルミラがどうかした?」
「ちっ、ミルミラのことになると地獄耳だな」
女神のような美貌にはふさわしくない舌打ちをしながら、竜帝さんは右足を使って椅子を自分へと引き寄せた。
これまた、お行儀が悪い。
でも、ダルフェさんもカイユさんも(もちろんハクちゃんも)注意しなかった。
皆の視線は、彼に向けられていた。
ハクちゃんは興味が無いのか、全くそちらを見なかった。
セレスティスさんは笑みを浮かべながら、銀細工で装飾された温室の扉の前に立っていた。
「皆様、御機嫌よう。ふふっ……呼ばれてないけど、来ちゃった」
そう言って、片手を胸に当て優雅な動作で一礼した。
開ける時も、閉める時も。
「セレスティスさん……」
全く音がしなかった。
私が開け閉めすると、キィって音がする扉なのに……。
「セレスティス。ニングブックとプロンシェンはどうした? お前を見ておけと……あいつ等から電鏡での連絡が来てねぇ」
足で引き寄せた椅子にダルド殿下を座らせて、竜帝さんは彼をセレスティスさんから隠すようにその前に立った。
「ああ、あの2人? 溶液でお昼寝させてあげてねって、オフ達に頼んできたから大丈夫。でも今週いっぱいはお休みにしてあげてね」
「お前、あいつ等をっ!?」
「大丈夫。ニン達は僕にぼこられるの慣れてるから」
「あのなぁ、あいつらだって慣れたくて慣れたんじゃねえだろうがっ。しょうがねぇな~、あいつらの家族には任務で他国に行ったって言っとくか」
艶のある青い爪でこめかみをぐりぐりしながら、女神様が言った。
ああ、女神様の麗しいお顔に……眉間に縦皺が!
「こんにちは、おちびちゃん。今日は良いお天気だから、ランチは外で食べたら? カイユ、ジリはシスリアがみてくれてる。中庭でメオナちゃんと泥んこ遊びしてるから、後でお風呂に入れてあげてね」
「父様……」
私に握られていたカイユさんの左手が、私の手を握り返してきた。
セレスティスさんは笑みを絶やさぬまま、池の縁に歩み寄った。
「セレスティスさん……こんにちは。お客様がお帰りになったら昼食にしますから、ご一緒にいかがですか?」
心の動揺を押さえ込み、微笑んで言ったつもりだけど……失敗。
顔が強張っているのが自分でも分る。
「お誘いありがとう。でも、遠慮しておくよ」
サラサラの銀髪は右わけの前下がりワンレングスで、肩のラインで切り揃えられていた。
カイユさんの髪は、お父さん譲り……髪どころか、お顔もとても似ている。
親子ではなく、双子の兄妹みたいな父と娘。
その端整な顔には、常に笑みが浮かんでいて……砂糖菓子のような甘さを含んだ、優しげな微笑み。
私には、その微笑が偽物であるようには見えない。
偽物だとは思えないけど、あまりに‘王子様‘過ぎて現実味が無い。
本の中の住民が、話して動いているような……。
この微笑みは、ここにはいない誰かに向けられているの?
王子様が微笑みかけているのは。
王子様が微笑みかけるのは。
お姫様?
「おちびちゃん。おぢいは今、食欲が無いんだ。胸がいっぱい……あぁ、どっちかっていうと胸がむかつくが正しいかもね。う~ん、胃の調子が悪いのかな?」
白い手袋をした右手で胃の辺りを撫でながら、セレスティスさんは言った。
「あんなに好きだった唐揚げも、あれからどうでもよくなちゃったし。ふふっ、歳はとりたくないね」
彼の望みを、願いを知っても。
私にとってセレスティスさんは『王子様』だった。
本物の王子様以上に完璧な。
存在するはずのない、絵本の中の……女の子の理想の王子様。
「舅殿。俺とたいして歳が違わねぇのに、年寄りぶるのはやめてくださいよ。申し訳ないんですが、俺と外へ出てくれませんか?」
今まで黙って私たちのやりとりを見ていたダルフェさんが、セレスティスさんの前に立った。
セレスティスさんの視線が、ダルフェさんの顔から腰へと移動した。
「婿殿、そんな怖い顔しないでよ。あらら……物騒だね。ほら、見てごらん僕は丸腰でしょう?」
「丸腰ねぇ~……あんた、素手で大型鎧鬼獣を楽々仕留めるクセに何言ってんだか」
「ふふっ、君だってそうじゃない。安心しなさい、婿殿。僕は皇太子を今、此処でどうこうするつもりは無いんだ」
セレスティスさんは指先を噛んで左右の手袋を外し、それを丁寧に合わせて畳んでから制服のポケットに押し込んだ。
その動作をダルフェさんの緑の瞳が追い、剣から手を離した。
「分かりましたよ……ま、そういうことにしときましょう。陛下、俺はニングブック達の様子を見に行ってきます。溶液濃度を確認してきますよ、オフは雑ですからねぇ~。ヒンデリンが一緒だとしても、溶液に関しちゃあいつはド素人ですし」
振り返って、竜帝さんにそう言い。
「じゃあね、ハニー。姫さん、‘母様‘を頼むね」
竜帝さんの返事を待たず。
カイユさんと私にウィンクをして、廊下へ続く扉から早足で出て行ってしまった。
「あ、この子がナマリーナ嬢? うん、なかなかの美人さんだ。ナマリーナ嬢、僕はセレスティス。よろしくね」
セレスティスさんは池を覗き込み、底にいるナマリーナを見ながら言った。
この人って、何気にマイペースというか……。
「術士のお嬢さん。初めまして、僕はセレスティス……あぁ、君は名乗らなくて良い。挨拶も要らない。僕はよろしくするつもりも、されるつもりもないから」
視線はナマリーナから動かさずに言った。
セレスティスさんはミー・メイちゃんを見なかった。
ミー・メイちゃんは自分の右手を左手でぎゅっと握って、横に立つ竜帝さんを見上げた。
竜帝さんはミー・メイちゃんに軽く頷き、視線をセレスティスさんに戻した。
「ひさしぶりだね、セイフォンの皇太子。ふふっ……もう陛下より身長が高くなったのかな? 人間はあっという間に成長するね」
池の縁に腰掛け、膝に左手を置き。
右手を顎に添えて……ダルド殿下の姿が、水色の瞳に映っていた。
見てる、ちゃんと。
セレスティスさんはミー・メイちゃんの時と違って、ダルド殿下をしっかりと見て言った。
「あれ? 顔色が悪いね。気分が悪くなってしまったのかい? ああ、そのままでけっこう」
椅子から腰を上げようとしたダルド殿下に、セレスティスさんは‘座ってなさい‘と右手を上下に動かした。
相変わらずの、優しげな笑み。
カイユさんにお母さんの事を聞いていなかったら、その笑みを見てこんな不安な気持ちにはならなかった。
それほど自然、だから不自然。
「……貴殿はカイユ殿のお身内ですか? よく似ていらっしゃる」
ダルド殿下の言葉に。
その笑顔が。
「……陛下」
消えた。
「陛下……僕に内緒で、やってくれたね?」
水色の瞳に。
刃物のような鋭さが。
「酷いんじゃない、これ」
それは一瞬。
「酷いよ、陛下」
セレスティスさんは。
両手で、顔を覆った。
「セレスティス……俺はっ」
「ふふっ……<青の竜帝>は2代にわたって、僕に意地悪ばかりするんだね」
銀の髪が、さらりと流れた。
「……すまない」
竜帝さんの声は。
いつもより低く、重かった。
=ハクちゃん、ハクちゃ~ん!
私はハクちゃんに話しかけた。
口には出さずに。
皆に聞こえないほうの念話モードを使った。
ハクちゃんは直ぐに気づき、テーブルの上をとてとて走って戻ってきてくれた。
=りこ、どうした? 皆には‘内緒‘の話か?
=うん。だって、雰囲気が……ねぇ、ハクちゃん。ダルド殿下とセレスティスさんの会話も変だったし、竜帝さんは謝ってるし…どういうことかな?
ハクちゃんはテーブルからピョンッと跳び、私の胸にくっついた。
小さな頭をすりすりしつつ、念話を続けた。
=あれは消去だな。
=消去?
当然ながら、セレスティスさんはダルド殿下を知っていた。
でも、ダルド殿下は……消去って、まさか!?
=ランズゲルグは他者の記憶を消せるのだ。
=ええ~!
胸から顔をあげたハクちゃんは、金の眼をくるんと回して言った。
=なかなか便利な能力だぞ? こっそりおいたをしても、被害者の記憶を消せば、片っ端から目撃者を殺さずともばれぬしな。
なぬ!?
=……ハクちゃん。後でお話があります。
=りこ!? ご、ごめんなさいなのだ!
うわわっ~!?
‘ごめんなさい‘って……ハクちゃん、貴方は心当たりがあるんですね!?
ひじょ~に、気になりますが。
とりあえあず今は、セレスティスさん達のことが……。
「すまない? 君まで僕にそれを言うの!? 陛下は陛下によく似ているね。ねぇ<監視者>殿、貴方もそう思わない?」
急にこちらに話をふられて、内心焦りまくりの私と違い。
「思わん」
ハクちゃんは即答した。
そして、言った。
「見れば判るだろう? これは雄であれは雌だった。カイユよ、お前の父親は目玉の機能が衰えているうえに、痴呆を患っておるのか?」
「……は?」
「ち……痴呆!? あのね、僕は貴方より若いんだけど」
うっ……なんという会話。
カイユさんとセレスティスさんの口の端……右側がぴくってなった!
さすが親子、見た目だけじゃなくこんなとこまで似てるっ~!!
温室にいる全員の視線が、頓珍漢なハクちゃんに集中を通り越してぐさぐさ突き刺さる。
私から離れてテーブルの中央にとてとてと歩いて移動して、仁王立ちしたハクちゃんはさらに続けた。
「これはちびなうえ、このような見目をしておるが雄だ」
ハクちゃんの人差し指が、女神様をびしっと指した。
ん?
心持ち指先が下向きなような……。
「確かにこやつには哀れなモノしかついとらん。だが、雄だぞ?」
「糞じじい~っ、もうそれは忘れろっ! いらんこと言うなっ~!!」
哀れなモノって……うん、聞かなかった事にしよう。
うう~! もう、ハクちゃんったら。
セレスティスさんの質問の内容・意味が通じてなぁ~いっ!!
「これを母体から出した我が言うのだから、間違いない」
「へ? おおおっおい、じじい!? それ初耳だぞっ!」
え?
母体から……ハクちゃんが赤ちゃん竜帝さんのお産婆さん!?
突っ込みどころ満載な会話だけど。
セレスティスさんの戸惑いを隠さない呆けた顔と声が、私の意識をひっぱった。
「ねぇ。この人ってこうなの? こないだはもっとまともだったような気が……」
こないだ……竜帝さんの執務室でのことだよね?
あの時は会話らしい会話をしたとは言いがたいですし……。
「は、はい。その、そこが彼のチャームポイントといいますかっ。あの……なんか、あの、す、すみません。悪気は無いんです! ちょっと天然なだけでっ」
「セリアールはランズゲルグより長身だった。セリアールは……ふむ、我の尾1本分は背が高かったな」
「…………ハクちゃん」
私はがっくりと肩を落とした。
そんな私の背中を、カイユさんが無言で撫でてくれた。
ああ、なんということでしょう。
一生懸命に愛する旦那様をフォローしようとする私の努力を、その旦那様自らぶち壊してくださいましたぁあ~。
「いや、だからあのね。外見とかじゃなく、内面の……まあ、貴方にはどうでもいいことか。はははっ、貴方と話してたら、なんか色々馬鹿馬鹿しくなってきちゃったよ!」
笑った。
声をあげて。
『王子様』が、笑った。
「ねぇ<監視者>殿、皇太子はどうするのことになったの? いずれ<処分>するの?」
「否。生かすことにした」
ハクちゃんが答えると。
「生かす? 生かすね。ふ~ん、成る程ね。……じゃあ、もういいや。帰る」
セレスティスさんは背を向けて、ドアに向かって歩き出した。
「お、おい。セレスティス!?」
竜帝さんの呼びかけに足を止め、振り返った彼の顔には王子様の笑み。
「陛下。僕は予定を早めて、今夜飛ぶことにします。あ、クロムウェルも連れて行くね」
「……分かった。おい、今回もあいつを乗せてやんねぇのか?」
「うん、足で掴んで飛ぶ。僕に乗っていいのは、可愛い女の子だけだもの。あ、もちろん人間はどんな美少女でもお断りだけどね」
あ、足で掴んで飛ぶ!?
ひえぇええ~、籠を使わないってこと?
「ったく。前みたいに、クロムウェルの肋骨折るんじゃねえぞ?」
「加減が分らなかったからだよ。今回は大丈夫……多分ね」
「多分とか言ってんじゃ……なんだよ、じじい!」
竜帝さんの頭の上に、ハクちゃんがちょこんと立った。
「さっさと出て行け<青>。りこは食事の時間なのだ。健康な身体でいるには、規則正しい食生活も重要なのだぞ?」
「へ? 昼飯? そんなことより……どわぁあっ!?」
うわっ、転移させちゃっいました~。
女神様だけじゃなく、ダルド殿下、ミー・メイちゃんをまとめて転移させちゃいましたよ!?
「ちょっと、ハクちゃん! クロムウェルさんが何かしてるから、転移は駄目だって竜帝さんがっ!」
「問題無い」
「……本当?」
ふわふわ飛びながら短い腕を組み、ハクちゃんは偉そうにふんぞり返って言った。
「‘吹っ飛ぶ‘のは契約術士だ」
「なっ!?」
問題大有りだぁああ~!
「大変! どうしよう!!」
慌てふためく私と違い、この見目麗しい父娘は冷静……冷静を軽やかに飛び越え、冷酷だった。
「ご安心ください。あれは見た目通りに丈夫な人間ですし、使い物にならなくなっても替えはいくらでもおりますわ」
ひぃ~、カイユさん!?
「クロムウェル、運が悪かったね。今夜、出発できるかな? ……うん、<監視者>殿の仰るとおり、問題無しだ。最初からいろいろ折れてるなら、もう気を使わなくて良いし。ふふふっ。多少追加したって、ばれないかもね~」
うわっ、セレスティスさん折る気満々でしたの!?
クロムウェルさんにはナマリーナの件でお世話になったし。
小竜の竜帝さんを絶賛してるところとか、親近感があるし。
「あ、あの! セレスティスさんっ」
ちょっことだけでも、優しく掴んであげて欲しいのですっ。
陳情(?)しようとした私に、セレスティスさんが笑みを深くして言った。
「ふふっ、生かすか……うん。なんて素晴らしいんだろうね、おちびちゃん」
「……セレスティスさん?」
生かす。
生かす?
それって、さっきハクちゃんがセレスティスさんに……。
「ねえ、おちびちゃん」
額にかかる銀の髪を、綺麗に整えられた爪を持つ指がはらった。
気障な仕草だけど、この人がするととても自然。
指先の動きまで洗練されている。
大きな手で無造作に前髪をかき上げるハクちゃんとは、対照的というか……。
「ミルミラのことをカイユから聞いたね? だから皇太子を僕から逃がそうとした」
「……は、はい」
やっぱり、気づかれてたんだ。
誰も口にしなかったけど、皆……ダルド殿下以外、気がついているよね。
「おちびちゃんは、極刑と終身刑。どっちがより辛いと思う?」
「え?」
極刑と……。
終身刑?
「セレスティスさん? 私、意味が……」
「待って……父様っ! この子は、そんなつもりではっ」
「カイユ。甘やかすのもいい加減にしなさい。後々苦しむのはこの子なんだよ?」
「とっ……」
叱咤を隠さぬ硬い声音に、カイユさんは言葉に詰まった。
「おちびちゃん……トリィ、君は僕の孫になった。だから言うんだ。分らないなら、考えなさい。君の夫は誰で‘何‘かな?」
夫。
「ハクちゃんが私の……」
ハクちゃんは、<監視者>。
人間にとって、とても……とても怖い存在。
しかも、全ての<四竜帝>に強い影響力を持っている特別な存在で。
私は彼がどんなに強いのか、どこまでのことが出来るのか知らない。
でも。
セイフォンで竜帝さんは、私に言った。
――<ヴェルヴァイド>は最強の存在だった。だが、今では‘最凶最悪‘だ。
そのハクが。
言った。
皆に聞こえる念話で。
――我がこの世で最も嫌いなモノは、お前だ。
彼は皇太子。
彼の未来は、セイフォンの未来。
彼はセイフォンの未来を担う王族。
――我がこの世で最も嫌いなモノは、お前だ。
セイフォンで。
ハクちゃんはダルド殿下を嫌って、手紙を破いたり燃やしたり。
まるで駄々っ子のようで……。
焼き餅をやくかのようにすねる姿も、ちょっと可愛いなって思ってた。
「……ぁ」
ハクは。
最強で最凶最悪の竜。
「あ……わ、たし?」
その彼が。
――我がこの世で最も嫌いなモノは、お前だ。
ダルド殿下を。
セイフォンの皇太子を。
この世で最も嫌いだと。
そう『宣言』した。
それを胸に。
彼は、生きる。
「セ……セレスティスさんっ、わた……私はっ!?」
私は。
ダルド殿下に。
とんでもなく残酷な仕打ちを……したの!?
「ふふっ……ありがとう、おちびちゃん」
彼の。
セレスティスさんの。
満足げな笑顔と、感謝の言葉。
あぁ、この人は。
生かされている、人だから。
「ありがとう」
それが。
あなたの。
答え。