表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
113/212

番外編 ~ナマリーナ~

 ナマリーナは鯰だ。

 

「ねぇ、ハクちゃん。ナマリーナって夜のほうが活発で、かわ……面白いと思わない?」

 最近の私は‘かわゆい‘や‘可愛い‘の使い方に、非常に慎重になっているのです。

 そうならざる得ないといいますか……。

「りこはこの鯰が‘活発‘だと面白いのか?」 

 今夜は満月で、明かりをつけなくても温室内は明るかった。

 私は池のふちに頬杖をついて、ナマリーナを見ていた。

 水面をゆらゆらと、漂うようにナマリーナが泳いで……。

 竜体のハクちゃんは、私の左腕に寄りかかるようにして座っていた。

「む……我には解らぬ。我は鯰に興味はないが、りこが面白いと思うならそれで良い。りこ、そのような薄着で寒くないのか?」

「うん、お風呂で少し長湯しちゃったみたいで、暑くて……」

 夜行性のナマリーナは昼間はこんなに動かない。

 だからこうしてお風呂上りに池をのぞくのが、私の夜のお楽しみなのです。

 水族館でしか見た事が無かった鯰も、帝都ではポピュラーな食材扱いだった。

 (私は観賞魚というかペットにしてるけど、数メートルに育つこの鯰さんを普通は飼ったりしない)

 この帝都のソウルフード(?)は鯰のフライらしく、市街には屋台なんかもあって味を競っているのだという。

 味付けはハーブ系やスパイシーなものが主流だけど、中には砂糖をまぶした甘いのもあった。

 鯰はこのお城の周りにある大きな湖にたくさんいる。

 誰でも自由に獲って良い。

 でも、美容食としても人気が出たとたん、人間の密猟者が現れ始めてしまった。

 鯰を食べる習慣は竜族独特のもので、今まで人間は鯰をゲテモノ扱いして好まなかったのに。

 美への飽くなき追求は、どこの世界も一緒なのよね~。


 竜族の人は、大きく育った(数メートル級)鯰だけを獲る。

 大きいから1匹でたくさんのフライが作れる。

 人間の密猟者は手に負えない巨大なサイズの鯰ではなく、扱いやすい幼魚を大量に獲ってしまう。

 このまま乱獲が進むと生息数が激減してしまうので、竜帝さんは密猟者の取り締まりと同時に養殖もすることにした。

 鯰の養殖事業は絶対に儲かると、鼻息荒く女神様は言っていた。

「鯰……確かに美味しいけど」

 鯰のフライ。

 ダルフェさんの作ってくれた鯰のフライバーガーは特製タルタルソースがたっぷり入って、美味しかったな……。

 唐揚げにしてきのこや野菜のあんかけソースと合わせても、美味しいんじゃないかな?

 甘酢のあんかけも捨てがたいかも……。

 あんかけ。

 ああ、あんかけ炒飯が食べたくなってきた。

 あんかけ焼きそばも好きなんだよね~。


 つん、つんつん。

 

 駅前の小さな中華料理店の絶品あんかけ炒飯を思い出し、うっとりしていた私をハクちゃんが鼻先でつついた。

 きらきらしたお星様のように輝く金の眼が、私を見上げて……うぅ、なんてかわゆいの!


「りこ、寝室にもど……ごぶぶっ!?」


 一瞬でハクちゃんが消えた。

 豪快なな水音とともに。


「ひっ……きゃあ! ハクちゃん!?」


 慌てて池を覗き込んだ私が見たものは。

 ハクちゃんの尻尾をナマリーナがくわえ、水面を泳いでいる光景だった。

「ナマリーナ! ハクちゃんは私の旦那様よ!? 食べ物じゃないし、ナマリーナのお婿さんにもなれないんだからっ」

 手を伸ばしたけれど、ハクちゃんには届かなかった。

 小さな身体はあっという間に、池の底に引きずり込まれてしまった。

「ちょっ……!? こら、ナマリーナ!」

 月明かりでは、底のほうまでは見ることができない。

 この池の深さは、私の身長よりある。

 でも、ハクちゃんはとっても上手に泳げるって知っていたから。

 だから暢気に構えてたのに。

「……ハクちゃん? ふざけてないで、あがってきてよ」

 数分たっても白い体が水面に現れなくて……。

「なんで?」 

 見通しのきかない暗い水底に、連れて行かれてしまった。

 消えてしまった、小さな白い竜。

「……ハ……や……だ」



 だめ。



「ぁあ……うそっ……やぁ」



 私を。


 おいていかないで。



「い……や」



 私を。


 独りにしないで。



「い、いやあぁああ! ハクちゃん! ハクちゃ……ハク、ハク!」

 猛烈な孤独感に襲われて。

「ハク!!」

 気づいたら、池に飛び込んでいた。

 池に飛び込んだはずなのに。

 私が落ちたのは。

 私を受け止めてくれたのは。


「りこ」

 ハクだった。

「どうしたのだ? 池に落ちるぞ……心配させたようだな。すまない」

 腰にまわされた腕が、さらに私を引き寄せて。

 目元に、キスが落とされた。

「ハ……ぇぐっ……」

 私の両膝は池の淵。

「水中から見た景色が、なかなか興味深くてな。……池を覗き込むりこの眼が」

 上半身はハクちゃんがしっかりと抱きとめてくれたので、池には落ちなかった。

「りこの金の瞳が、水面に揺らぐ月のようでもあり星のようでもあり。……美しかった」

 池には落ちなかったけれど。

「見蕩れてしまったのだ」

「見蕩れてって……そ……そんな……」

 ハクちゃんの髪から落ちる水滴で、私の顔はびしょびしょだった。

「泣くな、我が悪かった。……すまなかった」

 貴方が濡れてるから、私も濡れちゃったの。

 だから、これは涙じゃない……と、そういうことにしてほしい。

「ハクのば……か、ばか! ばか!!」

 濡れた硬い胸を、荒れ狂う感情のままに叩きたいのに。

 私の手は、私の言うことをきいてくれなかった。

「泣くな、りこ。もう泣くな」

「ひっぐ……う……泣いてないもの」

 ハクの肌から、離れてくれない。

 叩くのではなく、すがってしまう。


 私のこの手は。

 持ち主よりも正直だ。


「泣いておらぬと?」

 いたわるように……優しい舌が目元から顎先まで何度も往復し。

「涙でないなら、なぜ甘いのだ?」

 小刻みな震えが止まらない私の唇を、ハクの冷たいそれが優しく……優しく何度も噛んでくれ

た。

「我の愛しい妻のこの口は、可愛らしい嘘をつくからな」

 優しい貴方に嘘をつくのは、とても難しい。

「んぁ……っ……ハクちゃん、ハク!私……すごく怖かったのっ。だって、だからわ……たしっ……怖かった!」

「我はりこを置いていったりせぬ」

 私、貴方への依存が……分離不安が、病的にまで進んでるって自覚があるの。

「りこを置いていくことなど、我にはできぬ」

 私達の間に子供が出来ないのだと知ってから、それがますます酷くなっている。

 どうしよう、どうしたらいいの?

 このままじゃ、私……こんな私じゃ、貴方の負担にしかならないよね?

「どこまでも……我は貴女を連れて行く」

「……うん」

 もっと。

 もっと、強くならなきゃ。

 私はもっと、強くならなきゃ。

「うん」


 強く、ならなきゃ。


「りこ、もう1度風呂に入れ。我が濡れていたので、りこも濡れてしまった」

 ハクちゃんは左腕で私を抱きあげ、右手で顔に張り付いた真珠色の髪をはらいながら言った。

 あ。

 ハクちゃんは冷たい池に現在進行形で入ってるんでした!

 しかも裸だ!!

「だが、その前に。この鯰めを<処分>し……」

 しょっ、処分!?

「ま、待ってハクちゃん! 私がナマリーナを叱るからっ……こら、ナマリーナ。ハクちゃんに謝りなさい」

 別に返事が欲しかったわけじゃなくて。

 被害者(?)であるハクちゃんへの手前、言ってみただけだったのに。


 きゅう


 鳴いた。

 ハクちゃんの横で、ぱくぱくと大きな口を開けていたナマリーナが。

「ハクちゃん、今の聞いた!? すごい、すごいっ!」

 竜帝さんの貸してくれた本に書いてあった通りだった。

 鯰は鳴くのだと書いてあったけれど、いまいち信用してなかった……疑ってごめんなさい、図鑑の著者様!

「……笑ったな、りこ」

 ハクちゃんの眼が、細まった。

「鯰。命拾いしたな……だが、次は無い」

 鯰のナマリーナにそんなことを大真面目に言う裸の魔王様……。

 これはこれで、メルヘンな光景なのかなぁ?






「りこ」

 竜体の我を抱いたまま。

 りこは湯に浸かり、目を閉じて居眠りをしている。

「……我はりこを、また泣かせてしまった」

 風呂に入るため、衣類を脱ぎながら。

 りこは常に我へと視線を向けていた。

 我の存在を確認するかのように……。

「怖い思いをさせたな。すまなかった」

 鯰が鳴いたと、幼子のようにはしゃいでいたが。

 口元は笑んでいるのにその眼は。

 瞳孔は、りこの黒髪のように細くなっていた。

 りこの抱く感情……不安感や恐怖心は、当人が思っている以上にその金の眼に現れるのだ。


 りこは弱い。

 先程の反応からも分るように、精神が不安定だ。

 異界人であるからか、この世界に落とされたことが原因なのか。

 <青>はそのことを案じている。

 だが、我は。


「りこ」


 我は。

 その弱さが。

 とても愛しい。


「んん……あれ? 私、寝ちゃってた?」


 貴女は。

 強くなど、ならないで。

 貴女の分も、我が強くなるから。


 貴女を支えられるような、我になるから。


「ああ、少しな。眠いのだろう?」

「……うん。でも、大丈夫。私は大丈夫だから……えっと、その」


 もっと。

 我を頼って欲しい。

 

 もっと。

 我を必要としてくれ。


「りこ」

 鋭い牙でりこを傷つけぬように。

 舌を伸ばし、りこの唇を舐めた。

「んっ、ハ……クちゃ……ん……」

 口付けに応えてくれながら。

 我の鱗の流れに添って、誘いかけるように指先が動く。

「ハ……ク」

 我の染め上げた黄金の瞳が、蕩ける視線が。

 蜜のように我へと注がれる。

 我の名を紡ぐ、その唇。

 我を酔わせる、甘い吐息。

 我を撫で包みこむ、柔らかで温かい身体。   

「……今宵はもう、眠るがいい」

「え? 寝ちゃって……いいの?」 

 我が蜜月期の雄であることを、りこはとても気にする。

「でも、あのっ、ハクちゃんは……その、平気?」

 竜族の雌のようになれぬ自分を、りこはとても気に病む。

 時には行為の最中に、泣きじゃくりながら我に詫びる事すらある。

 身体の昂ぶりに、押さえつけていた心が引き出されてしまうようだった。

「ああ、大丈夫だ。我が寝台に連れて行く。安心して休め」

 人型になり、白濁の湯からりこを抱きあげた。

 我とは違う、黄を帯びた肌を湯が伝い流れるさまを見ながら。

 額に口付け、りこの中にある竜珠に眠りを促す。

「さあ、眠れ(・・)

「ん……ありがと……う、ハクちゃん」

 りこは我を、好いている。

 得体の知れぬ<化け物>である我の子を、孕みたいと願うほど。

 それほどに、貴女が我を愛しているのだと分かっている。


 だがな、りこよ。

 まだ足りんのだ。


 池の中から、我はりこを見ていた。

 その表情(かお)から、目が離せなかった。


 我は。

 歪んでいくりこの表情に、暗い喜びを。

 我を案じ、我を求めるその顔に。


 我を想うが故の歪みに。

 狂気の色に見惚れたのだ。


 我の愛しい女。 

 もっと、我を愛して。


 もっと。

 我に溺れて。


 我が支えねば、立ち上がれぬほど。

 我を頼り、依存すれば良い。


 我がおらねば、正気を保てぬほど。


「おやすみ……なさい、ハク」

「おやすみ、我のりこ」


 もっと、もっと。


 我で。

 我に。

 狂って。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ