第10話
『お茶、飲みます。ありがとう……ですカイユ』
カイユさんは身の回りの世話をしてくれる侍女さんで、長身の美人さんなのだ。
190cm近くあるんじゃないかな?
腰まで流れるさらさらの銀髪に空色の瞳。
白人より黄色人種に近い肌。
顔つきも東洋人っぽくて、親近感が持てるのよね。
だって、セシーさんやミー・メイちゃんは完璧な欧米系だし。
しっかし、皆さん背が高い。
13歳のミー・メイちゃんだって私より背が高い……。
16くらいかと思ってたのに、13歳。
大人っぽいなぁ~。
カイユさんはこの国……セイフォンの人じゃなくて帝都って所の出身。
帝都の人達はセイフォン人と違って<監視者>を怖がらないから、私の侍女さんに抜擢されたらしい。
ダルド殿下の誕生会に上司の代理で出席してたってくらいだから、身分の高い人なのかもしれないけど。
『だいぶ上達しましたわね。この1ヶ月間、とても頑張って語学を学ばれましたものね。教えがいのある生徒に恵まれて、私も嬉しいですわ』
セシーさんは毎日のように、私に言葉を教えるため離宮に来てくれた。
本当に感謝です!
本職の語学教師は最初の3日間で16人が来て、全員アウトだった。
原因はハクちゃんだ。
男性教師は門前払い(よぼよぼのおじいさんでも)をし、離宮に入れない。
おかま系も駄目(おかま・ゲイなら平気かもとミー・メイちゃんのパパが必死で探してきてくれたらしい)だった。
で、女性教師はハクちゃんも文句は言わなかったけど……彼女達のほうが無理だった。
この国では教師は裕福な家柄の出身者が多く、つまりお嬢様な女教師達はハクちゃんの前では震えたり、泣き出したり……腰を抜かした人もいた。
こうなることはある程度は予測されていたらしく次々に新しい教師が来て、去っていき(むしろ運び出され?)3日間で16人の候補者が総て消えた。
ダルド殿下、ごめんなさい。
せっかく集めてくれたのに。
こんな訳でセシーさんが私に言葉を教えてくれることになった。
彼女には世話になりっぱなしです……。
「りこ、りこ! 見てくれ! 上手だろう?」
ハクちゃんが私の眼の前にノートを突き出した。
鉛筆である部分を指し、私に言った。
「‘りこは風呂が好き‘って書いてみた。今回はかなりのできばえだ」
私はしずかちゃんか?
まぁ、いいか。毎日、毎回、必ず長風呂の私は確かにお風呂が大好きなんだし。
「うん。さっきのより上手だね」
ハクちゃんは文字の練習に夢中だ。
今までは必要が無かったから筆記用具に触れたことすれなかったそうで、私が四苦八苦しつつ書き取りをしてるのを見て自分もやってみたくなったみたい。
でも竜の手でペンを持つのは大変そうで、初めは線をまっすぐ書くことすら危なかった。
最近は文字っぽくなってきてる……すごいぞ、ハクちゃん!
人類である私はいまだに、文字がみみず状態なのに。
漢字が書けるんだからここの公用語(アルファベットに似てる)だって、いつか書ける!
と、自分を励ましつつ頑張ってるんだけど。
うむむ…状況は芳しくないのでございます。
午後のお勉強タイムが終わり、お茶をまったりいただくこの時が私の楽しみになっているんだよね〜。
私達は離宮(ここに居候中)の中庭で午後のティータイム中。
真っ白な石で作られたテーブルの面子は私とハクちゃん、そしてセシーさん。
カイユさんはかいがいしく給仕をしてくれている。
一通りの給仕を済ますと、カイユさんも席に着いてくれる。
最初は承知してくれなかったけどハクちゃんが何か言ってくれたらしく、最近は一緒にお茶を飲んでくれるのからますますお茶の時間が好きになった。
カイユさん、セシーさんと簡単でたわいも無い会話が出来るこの時間!
女の井戸端会議。
うん、最高!
『セシー、感謝。いっぱい、ありがと』
彼女は大臣と将軍を兼任している。
すごく忙しい身なのに……。
『うふふ。トリィ様の語学を受け持ってる間はどうどうと会議も休めますもの。それに私がいなくたってこの国は機能します。現在は他国との関係も良好ですしね』
あ、ちょっと難しい言葉があってわからなかった。
ハクちゃんにきこう!
「ね、セシーさんはなんて?」
「仕事をサボりたいからりこを利用してると言っている。だからこの女に恩を感じる必要は無いぞ」
絶対、違うな。
ハクちゃんって、セシーさんにはなんか態度が変だよね。
この二人はどんな関係なんだろう?
前にハクちゃんにたずねたら……。
「関係? あの女と我の間には関係など無い。あるのは関係ではなく<記憶>というべきか」
ハクちゃんは時々、意味が分からないことを言う。
こういった場合、私に分かるように説明することは難しいらしく聞けば聞くほど私は混乱することになる。
「え? ハクちゃん? 記憶って?」
「繋がりは途切れることなく、世界を巡る。あれ自身の意識は無く、力が移る。<記憶>は継がれて永久に重なる」
ごめん。
すみませんでした。
聞かなきゃ良かったね、うん。
「その件は、もういいや。ま、いいかって感じになっちゃった」
私のお得意‘ま、いいか‘……ハクちゃんと出会ってから使用頻度が増してます!
『セシー。お仕事、たくさんある。私のため、困るは駄目です。国のお仕事の邪魔。国民の邪魔になる同じ。私、異界で国民。政治の人、働く重要におもてる』
自分で書いた単語帳を見つつ、言ってみる。
セシーさんは柔らかな笑顔を浮かべて答えてくれた。
『そうですわね。でも、気になさらないで。ここに通うことは貴女の為だけじゃないの。国益にも関係してるのよ。……私、計算高い嫌な女で有名なのよ。ねぇ、カイユ殿』
『ええ。そうですね。全くその通りです! トリィ様、ご安心ください。このカイユがお側におります。この女などにお心を許されますな。……トリィ様、私と帝都に参りましょう。我が主もそれを望んでおられます』
二人の美女が私を挟んで、睨み合う。
ひえ~!
なんか今日の二人は朝からずっと険悪ムードなんだよね。
昨日までは、こんなじゃなかったのに。
『え、えと。帝都、そのうちです。今、私、覚えることたくさんあり、移動は大変』
『カイユがお連れ致します。快適で楽しい旅になりますわ! 帝都までは大小4つの国を通りますから観光しながら参りましょう。我が主が費用を総て負担すると申しておりますし』
『お黙りなさい。貴女は今は侍女でしょう? お下がり!』
セシーさんが扇子を音を立ててたたみ、さらに言う。
『第一、会ったことも名前も知らぬカイユ殿の主になんでトリィ様が? 必要ありませんわ。他国観光をご希望なら、こちらでいくらでも用意致します。ね、トリィ様。遠慮なさる必要は無いわ。貴女にはその権利があるのよ? 貴女をこの世界に落とした責任はこの国の王子達にあるのだから』
『私はトリィ様の侍女であって、お前の侍女では無い! この1ヶ月、大人しくしていれば付け上がりおって、この‘魔女‘が!』
カイユさんとセシーさんの会話は早口だし、知らない単語が多くて私にはほとんど理解不能の域だった。
雰囲気と拾った単語から察するに……私のことでもめてんの?
ど、どうしよう!
私の憩いのティータイムが!
『あら、やる気? よろしくてよ。このところ戦も無くて、身体がなまってたから。丁度いい準備運動になるわ』
セシーさんが優雅な仕草で足を組み替え、にやりと笑った。
ああ、会話が早くてついていけない~!
自分のヒアリング能力の低さが恨めしいぞ!
「ハ……ハクちゃん、なんとかしてよ」
仲裁できるのは、この場にはハクちゃんしかいない。
多少の不安はあるけどね。
ハクちゃんは書き取りしていた手を止め、私に顔を向けて金の眼を細めて言った。
「わかった。この二人を黙らせればいいのだな? 殺さぬ程度にな」
ちょっと待て。
『勘弁して下さいよ。相変わらず使えん方ですねぇ』
え?
この声!
「ダルフェさん! お帰りなさい、グッドタイミングです!」
思わず日本語で言ってしまった。
やばい!
『姫さん……俺に異界語は禁止だよ? 今夜のデザートは無しだな』
『はい、です』
ああ、やってしまった。
彼の作る食事はすごく美味しいの。
中でも一度に数種類が綺麗に盛られたデザートが最高なのに!
『で、閣下と俺のハニーは何をもめてんの?』
そう。
神出鬼没に現れても誰も驚かないこの人は、カイユさんの旦那様なんです。
気配無く現れたり、いつの間にかいなかったり。
最初はびっくりしたけど……慣れてしまった。
なんたって竜のいる世界だ。
私の常識を超えちゃってることが多すぎるから、害の無い事柄に関してはスルーする方針にした。 ちなみに。
この人は大変貴重な存在なのだ。
ハクちゃんが離宮に入ることを認めている、唯一の男性!
『えと、あの! 帝都に行くとか話してた。そしたら二人、もめる開始。その後は会話、聞き取れ無いです』
『ふーん。ま、察しはつくねぇ。……おい、ハニー! あまり興奮するな。胎教に悪い』
スマートな動作でカイユさんの手をとり、キスをした。
ハクちゃんが彼を許可した最大の理由が、これ。
妻であるカイユさんが妊娠しているからだった。
だけど、ハクちゃんは人道的考えから許可を出したのでは無かった。
悲しいかな、ハクちゃんはそんなに甘くなかった。
(ま、杖をついて現われた語学教師にも容赦無かったしね……)
カイユさんの種族は伴侶以外にあまり性的興味を持たないこと。
特に妻が妊娠期間中(長命な種族のため、なんと10〜15年!)は夫の生殖機能が止まること……ひたすら奥さんとお腹の赤ちゃんの為に尽くすそうだ。
つまり生物学的見地から許可を出したわけだ。
なんでハクちゃんはそんなに他の異性(つまり雄)を私の周りから排除しようとするのか?
セシーさんが言うには、それが竜の性質だからで済んでしまった。
う~ん。
竜同士なら納得できるけど。
私は人間だし。
何よりハクちゃんは私と繁殖(?)しようとは考えてないと思う。
1ヶ月間、お風呂もベットも一緒だけど何も無い。
って、いうか無理!
小型犬サイズの竜が人間の私にむらむら……あり得ない。
妻……というよりお母さん気分だし。
『閣下。鍛錬の相手が欲しいなら俺が引き受けますんで。ハニーと手合わせしたいなら出産後にしてもらえます? ま、その頃まであんたが生きてりゃの話ですがねぇ。さ、ハニーは奥で休んでおいで。あと3時間であの方が到着する。そうしたら忙しくなるからね』
長い指でカイユさんの銀髪をすくい口付け、微笑む。
ダルフェさんの真紅の髪が太陽に光でまるで燃えてるように見えて、私は眩しくて眼を細めた。
この人、眼が鮮やかなグリーンで……初対面の印象は‘クリスマスみたい‘だったっけ。
カイユさんはため息をつき、席を立った。
『ヴェルヴァイド様、トリィ様。私はこの場を離れますが‘これ‘がおりますから、何なりと‘これ‘にお申し付け下さいませ』
‘これ‘と言われたダルフェさんはにこにこしながらカイユさんを見送った。
『残念ですわ』
セシーさんがカップに口をつけ、紅茶を飲みながら言った。
『10年前の御前試合でカイユ殿に負けてからずっと再戦の機会を狙ってましたのよ? あの方は帝都からあまり出られませんからチャンスでしたのに。トリィ様にも私の勇姿を御見せしたかったんですのに』
『セシー、強い人。戦える人ですよね? カイユも?』
ハクちゃんに吹っ飛ばされて無傷なセシーさんより強いの?
背は高いけど儚げで細身の、あのカイユさんが!?
『俺のハニーは強くて美人で冷酷で最高なんですよ!』
ダルフェさんが私のカップに紅茶のお変わりを注ぎながら、うっとりと呟いた。
『あぁ、愛しい俺のハニー。今夜もストレス解消に俺をいたぶってくれ。殴って蹴って、踏みつけて欲しい……』
聞こえなかったことにしよう。
あ、そういえば!
『ダルフェ。後でここに来るですか? 誰?』
ダルフェさん、セシーさん、カイユさんとこちらの言葉で会話する時は‘さん‘をつけない。
敬称をつけるのは不可と拒まれたからだ。
ハクちゃんの‘つがい‘ってポジションはいろいろあるんだね。
‘様‘をやめっていうのも聞き入れてもらえなかったし。
『あぁ、姫さんには伝えてなかったんですかい旦那』
ハクちゃんの通り名はヴェルヴァイド(なんか凄く偉そうで派手な名前だ)。
セシーさんとカイユさんは使うけど、ダルフェさんは‘旦那‘って言う。
言葉使い・態度も独特だし。
ちょっとたれ眼だけど、はっきり言って美形だと思う。
2メートルはありそうな長身にそれに見合った長い手足。
小さい顔。……こういうのは何頭身っていうのかな?
モデルを通り越して、まんが体系だね。
ハクちゃんが言うには彼の種族は、これが平均体系。
むむ、日本人の敵だな!
ナイススタイルで長身・長命なんてすごい。
まさに異世界。
ファンタジーだ。
「ハクちゃん。お客が来るの知ってたの?」
黙々と字を書いてるハクちゃん手は止めずに答えた。
「知ったというより、気付いていたが。そんなことよりもっと紙をよこせ、ダルフェ」
ダルフェさんにも聞こえるように念話したらしく、ダルフェさんが額を抑えて空を仰いだ。
『旦那……。まったく使えないねぇ、ほんと。姫さんは苦労するよなぁ、こんなんが相手じゃなあ〜。旦那があの方の念をずっとシカトすっから御大自ら出てきちゃったんですよ? 分かってますか、そこんとこ』
あの方?
念?
ねえ、ハクちゃん。
どういうこと?
「この離宮に来てから五月蝿く念を送ってきていた。我は忙しいから相手をしなかっただけだ」
「ちょ……誰かがハクちゃんに念を送ってきてたけど、無視してたってこと? 1ヶ月も!」
『忙しいって、どこが! 旦那は俺らと違って働いてないでしょうが。あんたがこの1ヶ月やってるのは文字書き練習と姫さんを傷つけず触る力加減の為にやってるラパンの果実を潰さず握る訓練ぐらいでしょう!』
えっ?
初耳ですよ!
力加減の訓練?
『あんたが潰した大量のラパンを使ってムース・ババロア・シャーベット・ジャムを俺がどんだけ作ったか分かってんですか! 姫さんとハニーじゃ食い切れんから毎日毎日、王宮厨房に俺が運び込んでるんじゃないですか』
だからデザートの中に1品は、ラパンのお菓子が必ずあったの!?
旬だからじゃないかなんて、しれっと言ってたねハクちゃん。
でも、いったいいつやってるの?
そんな姿は見たこと無かったけど……。
『きっと、トリィ様が寝たのを確認してからこそこそしていたんですわね』
セシーさんがテーブルに置かれたプレートから私のお皿に焼き菓子を1つ乗せてくれた。
『これ、生地にラパンを刻んだものが入ってましてよ。私はラパンが苦手ですの。お茶菓子に毎回出てきて……カイユ殿の嫌がらせかと思ってましたが、誤解でしたわね』
ひえ~。
私が気付かなかっただけで、セシーさんとカイユさんは‘嫌がらせかしら、これ‘って思うような関係だったとは……。
なんて答えていいか困って、とりあえず焼き菓子を口に放り込んだ。
生で食べると白桃に似ていたラパンは加熱されたせいか、ちょっとすっぱく感じた……。
『では、私はこれで失礼いたします。少々問題も発生したことですし』
セシーさんはそう言うと足早に去って行った。
問題?
「問題って何かな?」
「こいつの軽い口だ!」
へっ?
ハクちゃんは筆記用具をハクちゃん専用筆箱にきちんと仕舞うと、ダルフェさんに向かって跳び蹴りを……跳び蹴り?
ハクちゃんの小さな足は彼に届いていないのに。
なのに!
『て……。右肩がいっちゃったじゃないですか』
5メートル位は飛ばされたダルフェさんが地面に腰をついて、肩を押さえていた。
『りこには内緒で訓練すべしと進言したのはお前ではないか』
ちょっと前の私ならこう思うことはなかったけど。
最近は……またかって感じですよ。
この二人は日に何回も、こんなやりとりがある。
最初は慌てたり心配したけど。
彼はハクちゃんとの過激なスキンシップ(?)を楽しんでるふしもあるので……。
『よいせっと。……姫さん、もう治ったからそんな顔しなさんな。しわが増えちまう。人間の26は曲がり角を曲がったお肌なんだって自分でこないだ言ってただろう?』
『しわ、余計!』
ダルフェさんもセシーさんと同じでやたら頑丈だ。
しかも再生能力が高い。
骨が折れても数分で治ってしまう。
再生能力。
竜と同じ……。
『さて。旦那、どうしますか?』
にっこりしながらダルフェさんはとんでも無い発言をした。
『青の竜帝自ら乗り込ん来ますよ? ‘魔女‘閣下は姫さんを竜帝に渡したくない。あの女なら竜帝にも喧嘩売るくらいしそうですがねぇ』
青の……竜帝?
竜帝!
『さあな』
さあなじゃない!
『ダルフェ! お客は竜…帝? こないだ習った。この大陸、青の色の竜!』
習ったばかりだ。
この世界は4つの大陸があり、それぞれの大陸に竜帝って呼ばれる竜が存在する。
青・黒・赤・黄の4頭。
このセイフォンがあるのは青の竜帝の大陸で、この大陸には大小合わせて84ヵ国もあるらしい。
一番大きな大陸だからかな?
竜帝がいるから人間と竜族が共存できていて……あれ?
竜帝って、帝都に城があるって習ったよね。
カイユさんとダルフェさんは帝都の出身……。
カイユさんの上司って帝都に住んでて、私とハクちゃんに帝都に住むように薦めてくれてるんだよね?
−なぜ私なんかを?
竜帝はハクちゃんに念を送ってたけど無視されて、乗り込んでくる。
ーなぜ竜帝なんて凄い存在がわざわざ?
セシーさんは竜帝に私を渡したくない。
帝都に行かせたくない。
さっきもそれでもめた。
ーなぜ……他国観光はいいけど帝都は駄目なの?
うう~、まとまらない!
落ち着け、私!
『カイユの主、誰? なぜ私を帝都へ? 』
私の言葉にダルフェさんの秀麗な顔が歪んだ。
『は? 今更……いや、もしや』
ダルフェさんはハクちゃんに迫った。
ぎゃー、顔が怖い!
絶対に怒ってるし!
『旦那、何も言ってなかったんですか! 何も教えてやらなかったんですか! あんたの大事な伴侶でしょうが!なんで……』
何かいいかけたダルフェさんが急に黙った。
ハクちゃんと念話で会話しているみたい。
私に聞かせたくないってこと?
『分かりました。旦那の気持ちも理解できるが賛同はできませんね。こっちはこっちで動くことにしますよ。手遅れになる前に。……姫さん』
わわ!
ダルフェさんが私に深々と下げた。
『旦那が使えない奴だと知っていたのに確認を怠った俺の失態だ。すまなかった』
『ダ……ダルフェ?』
さらりとひどい事をいってるし。
『俺とハニーの主は青の竜帝だ。旦那から聞いてると思っていた』
え?
『<監視者>の‘つがい‘を帝都で‘人間から守る‘ために保護下に置く』
人間から……守る?
『これが【四竜帝】……全ての竜帝の判断だ。なぁ、これが人間・竜族にとって最良の案だと俺も思っている。姫さんが人間側についたら世界のパワーバランスが崩れる。俺達竜族は姫さんを政治に利用したりしない。だから一緒に帝都へ……』
竜族……俺達?
俺達って!
『檻に入れる気か』
私とダルフェさんの間に、ハクちゃんがふわりと浮きながら言った。
『我はりこの自由を望む。りこの自由を奪おうとするなら竜帝だろうと許さん』
『そんなつもりはない! ただ、姫さんを人間の権力争いから隔離を』
『ならば人間を滅ぼす……竜族も潰す! この世界には我とりこだけでよっぐがげ!』
最後まで言わせるかい!
この超危険思考ちび竜め!
「そういうこと、堂々と発言しないの! まるで悪役みたいだよ?」
私はハクちゃんの胴を両手で掴み、頭を下にしてぶんぶん振った。
「悪い子ハクちゃんにはお仕置き! しかも私に教えてくれなかったこといっぱいあるでしょうが! わっ……わ、私にはハクちゃんしかいないのに! 貴方だ……けなのにっ」
うう、我慢できない!
泣いちゃう、溢れちゃう!
「り、りこ。ちょ、まて、り……」
「どうしてよ! どういうことよ! 権力争い? バランス? ダルフェさんは竜族? 竜帝が私を保護? 人間を滅ぼす? なんでそんな怖いこと言うのよぉ」
頭の中がぐちゃぐちゃ・どろどろだよ。
だって、だって!
気づいたの。
分かっちゃったのよ!
「わ、私の存在は人間にも竜族にも迷惑なんでしょ! 私がいるとハクちゃんが……」
心臓の音が頭をガツンガツン叩く。
「私が……ハクちゃんを世界の敵にしてしまう!」
ハクちゃんは前に言ったもの。
「りこの望みは何でも叶えてやる」って。
<監視者>は世界の<管理者>。
世界の<秩序>を監視し、管理する。
−望みは何でも。
ハクちゃんは強い。
私の望みを叶えるためなら他人を傷つけることに、躊躇いすらないのだろう。
でも、それは世界の秩序を壊してしまう。
秩序を守るべき存在のハクちゃんが。
「私、この世界にいたら駄目なんだね。ハクちゃんの側にいたら駄目だったんだね」
「り……り、こ」
勝手にこの世界に落とされたのに。
もとの世界に帰る術式も無いのに。
「この世界に私の居場所なんて無い」
ねぇ、ハクちゃん。
私は貴方を駄目してしまう。
出会わなければ良かったのに。