2~3月の小話 ~ハク・3~
「見たな」
魔女の手には、我の文箱。
漆黒の漆に、淡く輝く牡丹の螺鈿細工が施されていた。
「ええ、見ました」
離宮に数ある木の中で、ひときわ大きなデル木陰で寝入ってしまったりこを寝台に移し。
数時間後、文箱を取りに戻ると魔女がいた。
「で?」
忌々しいことに。
この魔女はりこの‘お気に入り‘なのだ。
ヒュートイルの血肉を喰らい育ったこのデルの木も、りこの‘お気に入り‘だ。
「‘で?‘ って、何ですの? トリィ様じゃないんですから、それじゃあ私には分かりませんわ。主語・述語をお使いください」
魔女は文箱を開け薄紅一枚の紙を取り出し、色を付けた爪を持つ指で摘み。
身をかがめ、竜体の我に視線の高さに合わせ。
ひらひらとそれを泳がせた。
「我の渾身の作である恋文をお前は読んだ。我はお前を地面へと叩きつけ、その厚かましい脳を潰してしまいたい。だが、りこに怒られるのは嫌なので我慢する。りこのおかげで生きながらえている貴様に、この恋文の感想を述べさしてやろうではないかと、我は言ったのだっ」
「言ってませんわ。うふふ、いやぁね~。脳が溶けて無くなってるんじゃありませんか? あ! あの夜着、素敵でしょう!? うふふっ。ヴェルヴァイド様、お気に召しました?」
「…………」
「ふふっ。これ、トリィ様には読ませられません」
「何故だ? ダルフェが相手のことを褒めつつ、‘2人で過ごす明るく楽しい未来への希望‘なるものを入れるとなお良いのだと助言をくれたので、125回も書き直した成果がそれなのだぞ!?」
それを清書し、りこに渡そうと我は考えていたのだが。
どこがいかんというのだろう?
傑作だと思うのだが……。
「はっ? 希望!? これは‘欲望‘って言うんですわ。お返しします……添削しておきました」
渡された紙は数箇所、文字が黒く塗り潰されていた。
「…………我はお前が嫌いだ」
りこを想って書いた字が。
黒く、黒く。
「あら、光栄ですわ。嫌うほど、意識してくださるなんて」
字は塗り潰せるが、我の内にあるモノは。
初めてしった『欲望』は。
我自身にさえ、塗りつぶせない。
我も。
貴女に。
愛されるモノになりたい。