2~3月の小話 ~ランズゲルグ~
じじいのつがいになったおちびは、異世界人だ。
本来なら<監視者>にとっては処分対象である【異界の生物】だが、おちびは生き残った……自分を殺しに来た<監視者>の‘つがい‘になったからだ。
つがいを得たじじいは、変わった。
いろんな意味で。
「へ~、豆で鬼を追い払うのか? またへんてこな祭りだなぁ」
皿に盛られた豆菓子を食いながら、おちびの異界話を俺は聞いていた。
自分からはあまり故郷の事を話さないおちびだが、俺は異界文化に興味がある。
かぼちゃの祭りも興味深かったし、多少だが実益を生んだ。
だからこうして執務室に呼んで茶をしている時などに、さりげなく話をふって異界話を楽しむ。
「う~ん。お祭りっていうか、伝統行事かな? 小さい時は、毎年やってたっけ……」
膝に座ったじじいの腹を撫でながら、おちびが言った。
あの<ヴェルヴァイド>が、嫁に腹を撫でられご満悦……すっかり日常となったヴェルのこの姿を目にしたら、他の四竜帝もさすがに驚くはずだ。
「おちび、最近はしてなかったのか?」
数日前、おちびはカイユ達と南街に観光に行った。
その時に買ってきたのが、これだった。
乾燥させた豆を炒って、色づけした砂糖をまぶした駄菓子だ。
「うん。懐かしいな……お父さんを鬼役にして、力いっぱい豆を投げつけて……楽しかったなぁ~」
「なっ……なんだってぇ!」
父親を豆で攻撃するのか? 家族なのに!?
力いっぱい……人間だから許されることだな。
竜族が力いっぱい投げたら、豆だって凶器だ。
「それでね、歳の数だけお豆を食べて……お父さんはお豆が大嫌いだから、いつもお姉ちゃん達と協力して無理やり食べさせたの」
嫌いな食い物を、歳の数だけ!?
歳の数……竜族だったら軽い拷問だな、そりゃ。
「豆まきとやらをしたいのか、りこ? ふむ、ランズゲルグを鬼役にするか」
そう言いながら、じじいは数粒の豆菓子を手に取った。
おちびに向けられていた金の眼が、俺様へと視線を移した。
俺様は即、叫んだ。
「おっ、おちび! 豆は……これは駄目だ、勘弁してくれぇ!」
このじじいに、フルパワーで豆を投げつけられたら。
俺様、死ぬ。
豆で死んだ初めての竜帝として記録に残るなんて、嫌だぁあああ!
「? ええっと、はい。しません、しませんから……ちょっ、女神様っ!?」
立ち上がり、とりあえずじじいの射程圏内から逃走した。
おちびがなにか言っていたが、無視して執務室を飛び出した。
しかし、あのおちびが……父親に豆をぶつけ、大嫌いな豆を強制的に食わせるなんてっ!
なんてことだ!
あのドSじじいの嫁になるだけのことはある。
「この俺様を一瞬で窮地に追い込むとは……さ、さすがじじいの嫁! 鱗フェチなうえ、もしや無自覚ドSなのかっ!? おちび、恐るべしっ!!」
どこかにいる、俺様のつがい。
頼むから‘普通‘の雌であってくれー!
廊下を走りながら、そう願った俺様だった。
*活動報告欄に 2010・2・3 掲載。