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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
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第80話

 街道沿いにある唯一の街、ポルに昼食休憩をとるために寄った。

 俺とカイユに休憩は必要ないが、セイフォン御一行様には‘快適‘な旅を提供しなきゃならんのだ。

 面倒くさいが、仕方が無い。

 陛下の可愛がってる皇太子君に飯抜きなんてことをしたら、後で陛下が五月蝿いからな。

 ポルは高い城壁で囲まれた小さな街だ。

 出入り口は一箇所。

 この一箇所ってのは一般用であって、公になっていない出入り口があるらしいが……。

 数人の屈強な男達が管理するはね橋を馬車で渡り、客は街に入る。

 はね橋の手前に立つ係員に、俺の手のひら程の銅板を御者台から手渡した。

 銅版には文字などは書かれていない。

 ただ、中央にシャイタン王家を表すイチテイの花が刻印されているだけだ。

 街道料金を支払った際に渡されるこの領収証が無ければ、街には入れない。

 街というより。

 シャイタン王家直轄の商業施設の集まりだな。

 商店や宿泊施設だけでなく、公営賭博場まである。

 ポルという街は。

 金持ちが集まる、金持ちの為だけに造られた特殊な街だった。




 鍵をはずし、重厚な造りの扉を開けた。

「殿下方、1時間半程こちらで昼食休憩をとって下さい。閣下、手を貸しましょうか?」

「いえ、セシーは私が連れて行きます。ミー・メイ、先に降りてくれるかい? 足元に気をつけて降りるんだ」 

 ダルド殿下は術士の娘に手を貸してやっていた。

 女に対するそういった態度は、帝都で待つ陛下を俺に思い起こさせた。

 閣下を自分の外套に包み腕に抱いて、ゆっくりと馬車から出てきたその姿は人目をひいた。

 数人の人間が足を止め、美女を腕に抱く青年に無遠慮な視線を向けていた。

 均整のとれた体躯に整った甘い顔立ち。

 澄んだ青い眼、肩にかかる柔らかな茶の髪。

 中央にスリットが入ったベルベットのチュニックは品の良い濃緑色。

 アイボリーのスラックスに、黒い皮のブーツ。

 閣下に掛けられた殿下の外套の襟と裾は、銀のファーで飾られていた。

 この坊ちゃんは‘本物の王子様‘だ。

 普通の人間の女なら、小竜よりもこっちのほうに恋心を抱きそうなんだがなぁ。

 姫さんは離宮で暮らしている間もセイフォンの若い娘の憧れの的である‘王子様‘には興味が無いようだった。

 俺にも……人間の女にも受けが良いこの俺にも、そういった感情は全く持たなかった。

 あの子の眼は、心は。

 いつだって白い竜に向いていた。

 自分の膝に座った小竜を優しく撫でるその眼にあったのは、強い恋情。

 この人間の娘は、自分より遥かに小さい異種族の小竜に恋をしているのだと俺にも分かった。

 異世界から余興の失敗なんかで連れてこられたあの子が心を、精神を保っていられたのは旦那に恋をしていたからだろう。

 カイユも俺も、魔女閣下も姫さんの気持ちに気がついていたのに旦那ときたら……あんなに鈍い人だとは思わなかった。

 まあ、感情ってもんに縁遠かった人だからなぁ。

 愛玩動物扱いなんて姫さんに俺が言ったのは、あの子自身にも自分の気持ちをはっきり認識して欲しかったからだった。

 姫さん、支店までは雌と雄……自分と旦那が女と男だって事をあんまり意識して無い気がして、こっちが気を揉んじまったもんなぁ。

 数ヶ月前の事を苦笑と共に思い出しつつ。

 空になった馬車の室内に、腰から外した細剣を置き施錠した。

 店内に刃物の持ち込みは遠慮して欲しいと、従業員に言われたからだ。

「ダルフェ殿、先ほどの者達は……セシー?」

 俺に質問しようとした殿下の口元は、閣下の人差し指が当てられていた。

「ダルフェ殿、ごめんなさいね。殿下、それは貴方が知る必要の無い事です」

 セシー・ミリ・グウィデスは姫さんが紅茶の様だと言った赤茶の眼を細め、甥にあたる皇太子の髪を撫でた。

「セイフォンの皇太子である貴方は、全てを知る必要は無いのです」

 視界の隅で。

 俯いたままずっと無言で殿下から三歩程離れた位置にいた術士の娘が、小刻みに震えている手をケープでそっと隠した。

 隠したいなら、隠せば良い。

 偽りたいなら、偽れば良い。

 お前等は帝都で<監視者>にその頭の中を、想いを全て暴かれるのだから。

 知らなければ。

 覗かれても、見られても。

 晒されても。

「閣下の言う通りだよ、殿下。あんたは知り過ぎないほうがいいんだ。世界のためにもね」

「……失礼しました、ダルフェ殿」

 納得はしていないようだったが、不満を口にするにはこの坊ちゃんは賢すぎた。

「いや、いいさ」

 セイフォンの皇太子君。

 知らないほうが幸せなことがあるのだと、俺は餓鬼の時に思いしったんだぜ? 



 

「ダルフェ。後はよろしくね」

 御者台から降りたカイユが、俺達とは反対方向に向かおうとしたので殿下がカイユに声をかけた。

「カイユ殿、どちらにいかれるんですか? 昼食は……」 

 外套を羽織ったカイユは指先で刀の鍔をなぞりながら、嫌悪感を隠さず吐き捨てるように言った。

「寄るな、喋るな。荷物(・・)が私にしゃべり掛ける権利など無い」

 カイユの言葉に、ダルド殿下は口を噤んだ。

「殿下、カイユのことはかまわんでください。店に入りま……」

「ま・待ってください、カイユさん! あの、トリィ様はっ」

 術士の少女がカイユに走り寄って、カイユの外套を掴んだ。

「……私に触るな、人間」

 冷気さえ感じるような声音に、少女は一瞬大きく震えてから固まってしまった。

 離すに離せないその手を、俺がカイユから離してやった。

「お嬢ちゃん。質問は、このお兄さんにしなさいな」

「あ……私……カイユさん?」

 紫の瞳が困惑の色を隠さず、俺を見上げた。

 カイユは離宮で、この少女には寛大だった。

 口もきいてやったし、茶や菓子も微笑みながら出してやっていた……この術士がまだ幼かったからだ。

 出産した今、カイユの母性は元に戻った。

 本来の人間嫌いが全開だ。

 特にミルミラの件で、セイフォンを憎んでいる。

 しかもこの術士は、姫さんを異界から落とした張本人だ。

 正直なところ、俺としては結果的には感謝すべきだと思うんだが。

 姫さんの消えぬ悲しみを知る【母】としては、カイユはミー・メイを許せないんだろう。

 それに。

 ジリと姫さん。

 子供達と離れてイラついてる。

 こりゃ、危ないな。

 今のカイユはこの少女の腕を斬り落とすくらいなら、躊躇い無くやる。

「……ハニー、駄目だよ? これもあれも、全て旦那の獲物だ」

 妻を傷つけた者への報復は、夫の権利。

 こいつ等は姫さんの心に、一生消えぬ傷を付けた。

「分かってるわ、ダルフェ。私は子供達へのお土産を買ってくるから、この荷物達をみててちょうだい。私、あの子の黒髪に合う象牙の髪飾りが欲しいのよ」

「ああ、この街ならきっと手に入るよ。いってらっしゃいな」

 片目を瞑ってそう言うと、カイユの氷のような眼差しが和らいだ。

 俺の真似をするジリの姿を思い出したんだろう。

 振り返らず歩き出したカイユの背に手を振って、俺は術士の少女に言った。

「さあ、昼飯にしようねぇ。ここでの飯は、竜帝陛下の奢りだぜ? なんでも好きなもんを、好きなだけ食いなさいな。……殿下もね」

 最後の食事かもしれないから。

 帝都に着いた途端、旦那にぶっ殺されるかもだしなぁ……とは、流石に言わなかった。



 飯を食いに入った店は、街の入り口で領収書兼通行許可証の銅版を渡した時に係員が教えてくれた『ポルで一番高い店』だった。

 元は荘園領主館かなんかだったんだろうが、今は宿屋も併設している洒落た内装のレストランになっていた。

 建物自体は古いが、よく手入れされている。

 建築様式は時代遅れだがかえってそれが味わい深く、上品な印象を持たせていた。

 石灰で塗り固められた白壁は雪に負けぬほどの純白。

 建物の外壁は斜材を組み入れた意匠的な木組みで装飾され、純白の壁に漆黒のそれが映えていた。

 個室を中心とした造りは、あの街道を使うような富裕層のみが客だからだ。

 お忍びの王侯貴族も多いしな。

 黒のバトラージャケットを着た従業員に通された個室は、庭が眺められるなかなか良い部屋だった。

 この店は先を急ぐ旅客用に短時間で提供できるものから、食い終わるのに三時間かかるコース料理まで揃えてあった。

 陽がたっぷりと入る明るい部屋での昼食中、俺は術士の少女に質問攻めに合ってしまった。

 刺客を相手にする方が楽だったなぁと思いながら飲んだ食後の珈琲は、豆の煎りが俺には浅かった。

 べらぼうに高い分、けっこう期待していたのでかなり損した気分になった。

 陛下の金だから、実際は損しちゃいないんだが……まぁ、気持ち的にって事だな。 




 予定より少々早く、1時間ほどで昼食休憩を終えて店を出た。

 今度は俺が閣下を抱いて運んだ。

 皇太子と王宮術士は、先に馬車に戻っている。

 皇太子が自分が抱くと申し出てくれたのに、閣下は俺を指名した。

「……閣下、俺に何か?」

 指名したって事は、俺に話があるってことだろう。

 皇太子抜きで話したいってことだ。

 ダルド殿下はそれを察し俺に閣下を任せ、王宮術士を促して足早に馬車へと戻った。

 あの坊ちゃんは、王族にしちゃ‘頭が良い‘からなるべく姫さんからは遠ざけたい。

 俺としちゃぁ姫さんに、必要以上の好印象をあの皇太子には持ってもらっちゃ困るんだ。

 まあ、いろいろとこっちの都合があるんだよなぁ。

 先のことに思いを廻らせていた俺に、閣下が話しかけてきた。

「カイユ殿、ご出産されたんでしょう? 御息女には髪飾りをお土産にするなんて……いまどきの幼生には、髪の毛が生えてるのかしら? しかも、黒髪の?」

 この女。

 ったく、油断ならねぇな。

「何が言いたい? セシー閣下、いや……<魔女>さん。余計なことを【記録】するんじゃない」

 この女は只の女……人間じゃない。

 世界で唯一の<魔女>。

「御気に触った? ごめんなさいね、赤のご子息様……ふふっ。女の子みたいだった貴方も、もうお父さんになったのね。きのこも食べられるようになったみたいだし」

 俺がさっき食ったのは、三種のきのことを木の実が入った牛乳仕立てのリゾット。

 姫さんは米が好きだ。

 ジリはきのこが好物。

 だから今度作ってやろうと思い、参考の為に注文した。

「……ちっ。きのこ、食えるようになったけど。やっぱり俺はきのこが今でも好きじゃないんだよ、オテレばあちゃん」

 オテレばあちゃんは。

 俺が餓鬼の頃、父さんの食堂に飯を食いによく来ていた。

 いつも、珍しい虹色の飴玉を俺にくれた。

 それを陽にかざすと、餓鬼の俺の眼にはどんな宝石より綺麗なモノに見えたんだ。

 もったいなくて、なかなか口に入れられなかった。


 <魔女>オテレ・ガンガルシーテ。

 あのばあちゃんが死んだのは、俺の所為だった。 

 

「ふふっ。ごめんなさいね? 私は(・・)あのキャンディーを持っていないのよ」

「…………」

 旦那が……女ならなんでもいいって、寄ってくる女に片っ端から手を付けてたあの旦那が。

 <魔女>だけは駄目だって言う気持ちが、なんとなく分かった。

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