終われない女
過去に行けたらいいのに。
そんな叶えられないはずだった夢は今の時代では叶えられる夢になった。
人は過去へ行けるし、なんなら未来にも行ける。
過去にいって、過ちのない生活を送ることもできる。
宝くじを当てて、お金持ちにもなれる。
未来にいって、発展した物に触れることもできる。
治らない病も治すことができる。
夢しかない。タイムマシンは夢を現実にする。
そんな夢の乗り物。
…そんなわけがない。
タイムマシンは夢の乗り物ではない。
君が過去に行って、過ちのない生活を送ろうとしても、君は過去の君ではない。過去には過去の君がその生活を送っている。
助言を与えようとなんだろうと、過去の君のその未来が変わるだけであって、今の君の未来が変わるわけではない。
今と過去は別の世界だ。
そもそもだ。過去にも未来にも元々君は存在しない人間だ。
そんな存在しない人間がその世界で生活するのは極めて困難だ。
今の時代でも、病院で検査を受けるのにお金もいるし、そもそも身分証明書や保険証がいる。一時的には騙せるかもしれないが、そんなのすぐにバレる。
君が存在しない時代で、君が生きるのは困難だ。
君が、「タイムマシンで未来からきた人間だ」と、言ったところで、誰も信じない。
頭がおかしいやつに見られるのが常識だ。
あと、他にもタイムマシンが夢の乗り物ではない理由がある。
それは、一方通行であるということだ。
過去へ行けば過去へ行ったっきり。
未来へ行けば未来へ行ったっきり。
君は今生きてるこの時代にさよならしないと行けない。
それは死ぬことと同義だ。
タイムマシンは夢の乗り物ではない、死の乗り物だ。
それなのに、君は、過去へ行った。
終わりそうな世界から逃げ、君は過去に行き、終わらない世界を作り、そこで生きようとしている。
君が過去でそんな世界で、生きているのか?
そんなのわからない。
君とは違う時間軸のその先で、もうすぐ終わる世界で、私は生きている。
君は自殺した。私はそう捉えている。
終わりそうな世界に恐怖し、その恐怖から逃れるために、タイムマシンという死の乗り物に自ら乗り込んで命を絶った。
私はそう捉えている。
そんなに私との生活は不満ばっかりだったのか…。
死にたいほどのものだったのか…。
君が残した手紙、いや、遺書には私のことなど一切書かれていない。
君の私に対する愛はそんなもんだったのか。
君が過去を変えたのか変えなかったのか。私には興味がない。
ただただ失望した。
こんな世界、終わればいい。
私はこの死の乗り物で先に世界の終わりを見に行く。そこで私も死んでやる。
これは私の遺書だ。手紙ではない。
さようなら、この世界。
人のいない世界に一足先に行ってくる。
青野雪乃より
と、手紙を書いた。
タイムマシンにはいろんな問題があるけども、私にとってはどうでもいい問題だ。
終わった後の未来なんて、いつ行っても変わらない。
私に身体的影響が出ても、死ぬつもりでいくのだからどうでもいい。
私は私を置いて過去へ行ったあいつが憎い。許せない。
私の気持ちはあいつにとってはなんなのか。
私の怒り、憎しみ、哀しみを誰かに伝えれればいいなと思ってあいつの手紙の上に私の手紙、いや、遺書も置いて置いた。
私の憎しみやら、怒り、哀しみが誰かに伝われば嬉しい。
そういう思いを、この時代に残し、私はこの時代を後にした。
設定した時代は20年後。
予測では、今から5年後に人類は絶滅すると言われている。
だから、絶滅から15年先の世界だ。
特に20年後の未来に設定した理由はない。どうせ、設定した時代から何年かはズレが生じる。
どうでもよい。
そして、未来についた。
人ひとりいない、荒れた大地。
建物は崩れ去り、瓦礫の山に。
草木は生い茂り、動物は野生化。
夜は漆黒の闇。月明かりはまばゆく。
星の数は数え切れない、
かつて、人が歩けば人に当たるような場所、その夜とは思えない光景がそこに。
拡がっていると思った。
が、現実は、いや、未来は違った。
「なにこれ…」
たしかに人は少ないがない、絶滅はしていない。
たしかに月は綺麗だし、星も見えるが、建物の灯りがないというわけではない。
終わりかけてた世界は、そこから再び歩み始めた。
世界は終わっていなかった。
「うわぁぁぁあー」
私はわけもわからず叫んだ。何度も何度も叫んだ。
でも、その叫びは長く続かなかった。
急に目眩がして、すぐに目の前が暗くなった。私は立っていられなくなり、そこに倒れこんだ。
そこから、立てなくなった。
私が倒れた場所はそういえば交差点だったなと思い出しながら
そういえばあいつと、君と、出会ったのも交差点だったなと思いながら
私はそう思いながら、そして、思うことすらできなくなった。