もどってきた二人
恐竜の子は泣くばかりだった。
なにを与えても口にしようとせず、日に日に体力は衰弱していた。
そんなとき。
ふとヤヨイは、鳥の生まれ持つ習性を思い出した。
――たぶんおっかあって、この子が初めて見た人なんだわ。
博士の遺伝子の影響を受けてはいるが、恐竜の子はもともとダチョウのタマゴから誕生している。本来の鳥の遺伝子も受け継いでいるのだ。
「おっかあってだれなの? ねえ、お願いだから、だれなのか教えて」
ヤヨイは何度も語りかけた。
だが、そのたびに、
「オッカアーダ」
返事は同じ言葉の繰り返しだった。
そのころのこと。
ガンタンは歯ぎしりする思いで、メイを取り返すチャンスをうかがっていた。メイのいる研究所は警察によって厳重に警備され、車で近づくことさえ容易でなかったのだ。
そんなおり。
ケイタイがひさびさに鳴る。
相手は警察に捕らえられているはずのゲシロウだった。
「ガンタン、すまねえことをした。オマエを裏切っちまうなんて、オレたちとんでもねえことを」
「すんじまったことだ」
一度は自分も大金に目がくらみ、メイを金にかえようとしたことがある。ガンタンはすぐに二人を許してやった。
「オマエら、よく釈放されたな」
「運がいいことにな、恐竜が消えた夜、オレたちにアリバイがあったんだ。それで警察も、長く引きとめられなかったのさ」
「よかったじゃねえか」
「だがな、キサラギんヤツの取り調べ、そりゃあひでえもんでな。でもオレたち、オマエのことは口がさけても……」
恐竜は公園で見つけたと、二人は最後までシラを切り通したそうだ。
これで追われる心配は消え、かくれ家のマンションにもどることができる。
「話があるんで、これからすぐに来てくれ」
メイを取り返すためには、仲間二人の協力がどうしても必要だった。
かくれ家に三人が集まった。
「すまねえ」
ゲシロウが小さくなってあやまる。
「オレたちのしたことが、とんでもねえことになっちまって……」
トウジはさらにちぢこまり、今にも泣き出さんばかりである。
「気にすんな。かわりといってはなんだが、これから力を貸してくれねえか?」
「迷惑をかけたおわびだ、なんでもやるよ」
「そうさ、ガンタンのためならな」
「じつはな、アイツを取り返してえんだ」
ガンタンは二人の目をじっと見た。
「まかせろよ。なんせ盗むんは、オレら、お手のものだからな」
ゲシロウが目を輝かせる。
「盗むんじゃねえ。取り返すんだ」
「取り返すって? 恐竜は、あの研究所のもんじゃねえのか?」
「たしかにそうだろうがな。メイ、おっと、あの恐竜のことなんだがな。どうしたことか、オレのことを母親と思いこんでやがるんだ。オレがいねえと、きっと淋しがって……」
ふいに鼻の奥が熱くなって、ガンタンは思わず言葉をつまらせた。
「いってえ、どういうことなんで?」
「じつはだな……」
ガンタンは二人を前に、メイと出会ったあの夜からの一部始終を話した。
「そういうことだったのか」
ゲシロウが神妙な顔でつぶやく。
「ウ、ウウウ……」
トウジはベソをかいている。
「そこでな、オマエらの力を借りてえんだ」
「ああ、喜んで。で、オレたちはなにを?」
「そいつを、これから決めようと思ってな」
厳重な警備を破るには、自分一人では不可能。ガンタンにわかっていることはそれだけであった。
夜を待ち……。
三人は警備の状況をさぐるため、車を使って研究所の近くまで行ってみた。
表通りはおろか裏通りまで明るい。塀の上のサーチライトが目を光らせ、周囲をまぶしいほどに照らしているのだ。
より近づいて正面にまわった。
正門前に警官が二人いた。その前をスピードを落とさず、さりげなく走り抜ける。
奥の敷地にも数人の警官が見えた。
夜間は見張りを増やし、日中以上に警備を固めているようだ。
「とてもじゃねえが近づけねえぜ」
「ああ、捕まりに行くようなもんだ」
ゲシロウたちはすでにあきらめ顔である。
「どんなことであれ、それをやってのけるのが一流のプロってもんだろう」
ガンタンは決してあきらめなかった。メイをぜったいに助け出すんだと、心に固く誓っていたのだ。
それからも……。
何度となく研究所のようすをさぐった。
だが昼夜を問わず警備は厳重で、中に侵入するスキはないように思われた。
ミスは許されない。
ヘタをすれば命取りとなる。
研究所の敷地図や建物の見取り図を作るなど、とりあえずできるだけのことを進めた。