記者会見
ゲシロウたちに会えなかったガンタンは、やむなくオーガスト研究所まで来てみた。
怪しまれぬよう少し離れた通りで車を止める。
研究所の正門前では、カメラをかまえた大勢の報道陣が中をのぞきこんでいる。そのことから、メイはすでに研究所内だとわかった。
――アイツは……。
つとガンタンの目が、正門を出てきた人物に釘づけになった。キサラギ警部で、多くの泥棒が痛い目にあわされ、腕きき警部として恐れられている。
――アイツが動いてるってことは……。あの二人、ドジをふみやがったな。
すばやくその場から、ガンタンは車を発進させたのだった。
マンションに帰ったガンタンは、新たな情報を仕入れるために真っ先にテレビをつけた。
――やはりな。
マイクを手にしたレポーターが今回の事件を説明しており、その背景にはオーガスト研究所の建物が映っていた。
『もうすぐ文月博士による、恐竜の緊急記者会見が始まります。それまでにもう一度、今朝からのことをとりまとめて説明いたします』
レポーターが興奮気味にしゃべる。
『恐竜の子がもどったのは今朝のことです。ところが持ちこんだ男二人が前科のある窃盗犯だとわかり、現在も警察が詳しい取り調べを行っています』
『その二人によって、恐竜の子は連れ去られていたということでしょうか?』
スタジオから司会者の声が入る。
『そこは、まだはっきりとしておりません。いずれ取り調べが進めば、恐竜の空白の一カ月もわかってくるものと思われます』
『今は、どうしているのでしょうか?』
『現在、恐竜は研究所の中です。このあと始まる記者会見で、その姿をお見せできるかもしれません』
『では記者会見が始まりしだい、こちらのスタジオに知らせてください』
司会者がアップで映し出された。
となりには解説者のゲストもいる。
このゲスト、やはり恐竜再生の研究をしており、文月博士とは長年のライバルでもあった。
司会者がゲストに質問を始める。
『恐竜は大型の肉食恐竜だと言われています。文月博士はどういった目的で、このような恐竜を作ったと思われますか?』
『食料問題でしょうな。将来の食料危機は、大型恐竜を作ることで一気に解決できる。なにせ一頭で、牛の何十倍もの肉がとれますからな』
ゲストはパネルを使って説明を始めた。
パネルには牛と恐竜が描かれ、双方の肉の量がひと目でわかるように比較されていた。
『すごい量ですね。ですが、肉食恐竜は非常に危険なのでは。牛のように牧場で育てる、そんなわけにはいかないと思われますが?』
『まったくそのとおりだ。おそらく草食恐竜を作るはずであったのが、遺伝子操作のミスにより肉食恐竜になったんだろうな』
『どういったことからおわかりに?』
『ステーキを食べるなら、牛とライオン、君はどちらの肉がうまいと思うかね?』
『もちろん牛です』
『そう、人間の口に合うのは草食動物だ。なにより草食恐竜の方が安全ではないか』
『なるほど。では文月博士は、草食恐竜を作るはずだったんですね?』
『そういうことだろう。肉食恐竜じゃ、百害あって一利なし。なんの役にも立たんからな』
ゲストの恐竜研究家は自信たっぷりに答えてから大口を開けて笑った。その口が閉まらないうちに、テレビの画面からゲストがスーッと消える。
テレビを消したガンタン。
――肉にして食うだと!
立ち上がるなりイスをけりとばした。
――ここもやばくなったな。
相手はキサラギ警部だ。ゲシロウたちがメイをここで見つけたことをしゃべったら、すぐさまこのマンションにかけつけてくるだろう。
ガンタンは愛用のバッグを手に、かくれ家のマンションをあとにした。
記者会見が始まった。
会見室に集まったマスコミ陣を前に、まずヤヨイがあいさつをかねて口を開く。
「みなさん、お騒がせして申しわけありません。恐竜の子は、つごうにより本日は公開できませんが、元気でありますのでご安心ください」
「博士、公開できない理由はなんでしょうか?」
さっそく質問が出る。
「ここに連れてこられたとき、催眠ガスで気を失っていた。しばらく安静が必要でね」
「その催眠ガスは、今回の二人組のしわざでしょうか?」
「そのとおりだ」
「それでは行方不明になっていたことも、その二人組によるものですね」
「そこはまだはっきりしておらん。ただ、その可能性は低いと思われる」
「では、ほかにだれかが?」
「そのことは現在、警察の方で捜査をしてくれているはずだ」
「行方不明のひと月の間に、恐竜はずいぶん大きくなってるそうですが?」
「生まれたときのほぼ倍になっておる。写真があるのでお見せしよう」
恐竜の子の拡大写真のパネルが、ヤヨイの手によって報道陣に向けられた。
会見室がどよめきでつつまれる。
「思ったより大きくなってるぞ」
「イメージが変わったな」
場が落ちついたところで、再び別の報道記者からの質問が始まった。
「エサはどのようなものでしょうか?」
「しばらくは魚や小鳥といったもの。それからはウサギやニワトリ。もっと成長すれば、ブタやヒツジといったものになるだろうな」
「それらは生きたままですか?」
「もちろんだよ」
「今回、恐竜を作った目的はなんでしょう?」
「何億年もの長い間、恐竜はこの地球上で繁栄していた。その生態と進化を知らべることだ」
「牛のように牧場で飼って、食料にするんだという話もありますが?」
「バカなことを言ってはいかん。研究は恐竜のナゾを解き明かすことだ」
「ですが恐竜は、とっくの昔に絶滅したんですよ。たとえそんなことがわかったとしても、いまさらどうなるものでもないのでは?」
「そんなことはない。人類を含め、今を生きている動物たちのために必要なことなんだ」
博士は質問した記者をにらみつけた。
「わたしもですね。やはり食料にした方が、人類のために役立つと思いますが」
別の記者が立ち上がって声高に言う。
「その意見に賛成だな。恐竜の焼肉ってのを食べてみたいしね」
「恐竜ステーキか、そいつはなかなかうまそうだな」
「恐竜寿司ってのもいいぞ」
「皮だって使えるんじゃないか。恐竜皮のハンドバッグってのはどうだい?」
「グッドアイデアだ。ワイフにプレゼントしたら、ぜったい喜ばれるよ」
記者たちは近くの者同士で話がはずみ、それぞれ好き勝手なことをしゃべり始めた。
「行くぞ、ヤヨイ」
博士がいきなり席を立つ。
「博士、まだ質問が」
記者の一人があわてて引き止めた。
だが、それには答えず……。
博士はクルリと背を向け、ヤヨイを引き連れ会見室を出ていった。