メイ誘拐される
ひと月ほどが過ぎた。
ガンタンは決してメイを外に出さなかった。ケイタイの電源を切り、仲間との連絡もいっさい絶ち続けていた。
その間に……。
メイはずいぶん成長していた。
今では生まれたときの倍近く、背丈は三十センチほどもある。そして見かけも、すっかり肉食恐竜らしくなっていた。
だがそうであっても、あい変わらずの甘えんぼうである。ガンタンにまとわりついて、ひとときも離れようとしなかった。
今日も朝からすごい食欲だ。
「オッカアー、ハラヘッタ」
「よく食うな、オマエってヤツは……」
メイの食欲におどろきながらも、ガンタンはせっせと食事の世話をしてやる。
――半年もしねえうちに、ここには住めなくなっちまうだろうな。
最近ガンタンは、日増しに成長するメイを見ながら引っ越すことを考えていた。
――人里離れた牧場にでも移るか。そうすりゃ、おもいきり遊ばせてやれるしな。
それには大金が必要である。
ガンタンはその金を稼ごうと、しばらくぶりに仕事を始めることにした。
その日の夜。
ガンタンは仕事に出る前、メイの目を見て、さとすように言い聞かせた。
「今夜、オマエはひとりになる。ひと晩くらい、オレがおらんでもかまわんだろ?」
「イヤダ、イヤダ!」
メイが足をふみ鳴らす。
「オマエ、うまいもんいっぱい食いてえだろ」
「イッパイ、クイテエ」
「それなら言うことをきくんだ。帰りにオマエの好きなもん、たんと買ってきてやるからさ」
「ウン、ワカッタ」
食べ物につられ、メイはコクリとうなずいた。
「じゃあな」
「オッカア、ハヤク、カエッテヨ」
「ああ、朝までにはかならず帰るからな」
ガンタンはメイを残し部屋を出ると、ドアにしっかりカギをかけて仕事に出かけた。
それからまもなくのこと。
なにやら怪しげな二人の男がガンタンのマンションを訪れた。
「ガンタンのヤツ、近ごろとんと顔を見せねえな」
「ああ、ケイタイもつながらねえ」
この二人、仕事仲間のゲシロウとトウジである。
ガンタンの部屋の前に立ったゲシロウはドアを軽く三回ノックした。さらにそれを三回繰り返し、自分らが仲間であることを伝えた。
しかし、いくら待っても中から応答がない。
トウジがドアのすきまに目を当てる。
「明かりはついてるぞ。もしかして、なにごとかあったんじゃ?」
「中に入ってみようぜ」
「よし、オレにまかせろ。錠をはずすのは朝メシ前だからな」
トウジが金具をカギ穴に差しこみ、右に左に何度かまわしていると、カチッと音がして錠がはずれた。
ゲシロウがドアを引き開ける。
と、そのとたん。
「うわっ!」
「うおっ!」
二人はそろって声をあげた。
玄関口に、奇妙なものがちょこんと立っている。
ソレはこげ茶色の体に花柄のタオルを巻いていた。
「なんだ、コイツは?」
「よく見ろよ。コイツ、れいの恐竜だよ。ほら、テレビで」
「そういや、オレもテレビでみたぞ。コイツには、たしか懸賞金が……」
「三千万円だ。ところでなんで、コイツがここにいるんだよ?」
「わからんが、とにかく中に入ろうぜ」
ゲシロウが中に踏み入る。
続いてトウジも入り、玄関のドアを閉めた。
「おーい、ガンタン、いねえのか?」
ゲシロウが声をかけるが物音ひとつしない。
トウジも背伸びをして奥をうかがう。
「どうも、いねえみたいだな」
「電気がついてるんだ、じきに帰ってくるさ。待つことにしようぜ」
「そうだな、ちょっくらあがらせてもらおう」
靴をぬぐ二人に向かって、
「ダメダ、ダメダ!」
メイが叫んだ。
「オマエ、恐竜のくせしてしゃべれんのか?」
ゲシロウがメイの顔をじっと見る。
「たいしたヤツだぜ」
「おい待てよ。コイツを持っていけば、懸賞金が手に入るじゃねえか」
「ああ、三千万円だ」
「なあ、その分け前。オレたちもいただこうじゃねえか」
「分け前だって?」
「オレたち二人でやるのさ。こんなうまい話、みすみすのがす手はねえぜ」
「だけど、そんな勝手なことをやったら、ガンタンのヤツ、カンカンになって怒るぞ」
トウジはダメだとばかりに、顔の前で大きく手を振ってみせた。
「なあに、懸賞金の半分を渡せば、ガンタンだって文句は言わねえさ」
「なるほどな」
「早いとこ、やっちまおうぜ」
ゲシロウがそうっと手を伸ばし、目の前のメイを捕まえようとした。
「カエレ、カエレ!」
メイが叫び、バタバタと床を踏み鳴らす。
すると花柄のタオルがはがれ落ち、その姿はとたんに恐竜らしくなった。
「おい、かみつきはしねえか?」
「なあに、犬とおんなじさ。こいつを見舞わせてやればイチコロよ」
ゲシロウがスプレー缶をメイに向けるいなや、その先端から白いガスが勢いよく噴射された。
催眠ガスをまともに受けたメイ。その場に倒れ、たちまち気を失ってしまった。
「どんなもんでえ」
ゲシロウが着ていたコートをぬぎ、それでメイをすっぽりつつみこんだ。
「悪いな、ガンタン。分け前は、かならずあとで持ってくるからよ」
「早えとこ、ずらかろうぜ」
二人は逃げるように、ガンタンのかくれ家をあとにしたのだった。
明け方近く。
仕事すませたガンタンは、かくれ家のマンションに帰ってきた。
――うん?
ドアにカギがかかっていない。
急いで部屋に入ると催眠ガスのにおいがして、玄関には花柄のタオルが落ちていた。
「メイ! メイ!」
呼びながら部屋にかけ上がる。
ベッドはからで、どこにもメイの姿はなかった。
――くそー、ゲシロウたちだな。
催眠ガスのニオイからすぐにわかった。
それはガンタンが、仲間の二人に渡していたものだったのだ。
――アイツら、金に目がくらみやがって。
二人のかくれ家へと向かって、ガンタンの車が猛スピードで街を走る。
遠く神無山のあたりは、すでに朝の陽光に染まり始めていた。