メイは肉食恐竜
ガンタンは眠っているメイを見やった。
――コイツが三千万円とはな。
うまくいけば大金が手に入ることを知って、一度は頭から消えていた下心がふたたびムクムクとふくらんでくる。
「メイ、起きるんだ!」
「オッカア、ナンダ?」
メイが眠そうな顔で起き上がる。
「これから出かけるぞ。オマエにうまいもんを食わせてやろうと思ってな」
「ワァーイ」
「この中に隠れるんだ。外には悪いヤツがいっぱいおるんでな」
ガンタンはバッグの口を大きく開け、それをメイの前に置いた。
「ウン」
メイは少しも疑わない。バッグの中に入ると、ちょこんと顔をのぞかせた。
懸賞金を手に入れるため、ガンタンはオーガスト研究所へと向かったのだった。
途中、研究所近くの公園で車を止めた。そこでメイを見つけたことにするのだ。
だが……。
棒きれで植えこみをつついている者など、すでに公園はメイを探す者らであふれていた。かといって、ほかに適当な場所も思いあたらない。
――無理しねえ方がいいな。
あとからのこのこやってきて、たやすく見つけたというのはなんともおかしなことである。ここはいったん懸賞金をあきらめることにして、ガンタンは研究所から車を遠ざけた。
「オッカアー、ゴチソウ、マダカ?」
メイがバッグから顔を出して叫ぶ。
「でけえ声を出すんじゃねえ。悪いヤツらが、まだいっぱいおるんでな」
「オッカアガ、イルカラ、ダイジョウブダ」
「オレといるとだいじょうぶか……」
「オイラ、オッカアー、ダイスキダ」
メイはバッグからはい出ると、小さな体をガンタンにすり寄せてきた。
「泣かせるようなことを……」
ガンタンの胸に熱いものがこみ上げてくる。
――なんてバカなことを。金に目がくらんで、こんな小さなヤツをだますなんて。
おのれの卑劣さを責め、メイを金にかえようとしたことをひどく後悔したのだった。
ガンタンは帰りにスーパーに立ちより、メイのためにたっぷり食料を買いこんだ。
「長いこと、おあずけにしちまったな。こいつは人間様でも、ちょとやそっとじゃ食えねえんだぜ」
メロンを取り出すやいなや、すぐさまメイがそれにかぶりつく。小さな両手で床に押さえつけ、脇目もふらず食べ始めた。
「ウメエ、ウメエ」
皮も種もおかまいなしだ。ガブガブとかみつき、口から汁をこぼしながら食べる。
そんなメイを……。
そばでガンタンは、いとおしそうなまなざしで見つめていたのだった。
メロンと特上ビーフの食事が終わる。
メイの手と顔はビチャビチャだ。
「メイ、きれいにしてやるからな」
ガンタンはメイを浴室に連れていき、頭からシャワーの水をかけた。さらにシャンプーを使って、体じゅうをゴシゴシと洗ってやる。
「クルシイヨー」
シャボンだらけのメイが叫ぶ。
「こら、あばれるんじゃねえ。シャンプーが目に入っちまうだろ」
「イヤダ、イヤダー」
ガンタンの手をすり抜け、メイは浴室から逃げ出してしまった。
「メイ、待て、待たんか!」
ガンタンがあとを追う。
よほど水が苦手なのだろう。メイは背中にシャボンをつけたまま、部屋じゅうをちょこちょこと逃げまわった。
これにはガンタンもお手上げである。
「わかった、もうおしまいだ」
「オッカアー、ホントダネ」
床をぬらして逃げまわっていたメイが、ようやくおとなしくなった。
「そのかわり、こいつで体をよくふくんだ。ぬれたままじゃ、カゼをひいてしまうからな」
ガンタンが投げやったバスタオルに、メイが寝転んで体をこすりつける。
「そうだ! 夜中に腹を冷やすと大ごとだ。なにかパジャマになるようなもんは……」
次は花がらのタオルを探してきて、メイの小さな胴体に巻いてやった。
「こいつはかわいいや」
「カワイイヤ、カワイイヤ」
メイも気に入ったようだ。
「おっと、歯をみがかねえと虫歯になっちまうな」
ぶつぶつ言いながら、ガンタンはメイを洗面所に連れていった。
「歯は毎日みがくもんなんだぞ。ブラシはこう持ってな……。オマエ、やたらと歯が多いな」
メイの口の中は、とがった小さな歯が奥の奥までぎっしりと並んでいた。みがくにも、とにかく時間がかかる。
時がたつのも忘れ……。
それからもガンタンは、かいがいしくメイの世話を続けた。幼い我が子に、母親が必死になってやるように……。
夜もすっかりふける。
「さあ、もう寝るんだ。いつまでも起きてると、目を悪くしちまうからな」
ガンタンはメイを抱きかかえ、寝かせようとベッドに連れていった。
「メイ、先に寝てろ」
「イヤダ! オッカアト、イッショニ、ネルンダ」
メイが足をばたつかせて甘える。
「わかった、わかったからおとなしく寝るんだ」
二人して毛布に入る。
ガンタンは添い寝をしながらメイの背中をなでてやった。
「デコボコだな。でかくなったら、もっとすげえもんに……」
「ネエ。オイラモ、オオキクナッタラ、オッカアミタイニ、ナルンダヨネ?」
メイが目を開けて聞く。
「なんでそんなことを気にするんだ?」
「ダッテ、オイラ。オッカアニ、チットモ、ニテナインダモン」
メイの返事は、ガンタンが思ってもみなかったことだった。自分が母親と似ていない不安を、生まれもっての本能として感じているらしい。
――メイのヤツ、たぶん心は人間なんだ。それにいずれ、おのれの正体を知ってしまうんだろうな。
メイのことがたまらなくいとおしく、そしてたまらなくふびんに思えてきた。
「心配せんでも、そのうち同じになるさ。顔も手も足も、みんな同じにな」
「ジャア、オイラ。ドウシテ、カクレテナキャ、ダメナンダ」
「悪いヤツが捕まえに来る、そう言っただろ」
「ドウシテ、ツカマエニ、クルンダ?」
「オマエがかわいいからだ。みんな、オマエを自分のものにしたいのさ」
「ウン……」
メイは眠いのか目をつぶった。
――なんて賢いんだ。そう長くはごまかせそうにねえな。
ガンタンも、メイがただの恐竜でないことはわかっていた。それにしても、思った以上に知能が発達している。
――それに、恐竜ってのはでかくなるはずだ。すぐにオレより大きくなって……。
おもわずメイを見やる。
メイはすでに寝息をたてていた。
その晩。
ガンタンはさらにおどろく。
テレビに映し出されたメイの成長予想図。
それではなんと、体長五メートルを超す肉食恐竜だったのだ。