表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

チョウのタマゴ

 かたやオーガスト研究所。

 今しがたパトカーが一台、正門から入ってきて正面玄関前で止まった。

 車から降りる刑事たちを、数人の白衣を着た男たちが出迎える。その中に、白髪まじりの髪を無造作に伸ばした者がいた。

 所長の文月博士である。

 この文月博士、動物の遺伝子研究では名の知れた科学者。なかでも恐竜の研究にかけては、この博士の右に出る者はいなかった。

「朝早くから申しわけない。ワシは文月といって、ここの所長をしておる」

「キサラギと申します。博士、さっそくですが現場を見せていただけませんか?」

 眼光の鋭い男が前に進み出た。今回の事件の指揮をとるキサラギ警部である。

「ああ、ついてきたまえ」

 博士は刑事たちを引き連れ、さっそく事件のあった部屋へと案内した。

 いくつもの部屋の前を通り過ぎ、建物の奥まった場所にある部屋の前で足を止める。

「ここはタマゴのふ化室だ。夜中のうちに、この部屋から消えたんだよ」

 博士はドアを引き開け、背後の刑事たちを中に招き入れた。

 部屋には白衣の若い女がひとりいて、一瞬おどろいた顔をしたが、それでもすぐに刑事たちに向かって頭を下げた。

 博士が紹介する。

「ワシの娘で、ここではワシの助手をしておる」

「ヤヨイと申します」

「事件の指揮をとることになったキサラギです。それでさっそくですが、タマゴというのは?」

「あの中だ」

 博士の視線の先――中央のテーブルに、計器のついたガラスケースが置かれてあった。

 キサラギ警部がさっそく中をのぞき見る。

「なるほど……」

 そこには割れたタマゴのカラがあり、大きさはニワトリのタマゴの数倍ほどもあった。

「この中身が行方不明になったんですね」

「生まれてすぐに、行方がわからんようになってしまったんだ」

「恐竜とお聞きしましたが?」

「ああ、なんなら証拠を。ヤヨイ、あれを見せてあげなさい」

「どうぞ、こちらへ」

 ヤヨイは壁際に置かれたパソコンの前に座った。

 そのヤヨイのまわりに刑事たちも集まる。

 ヤヨイがマウスを操作すると、パソコンの画面にガラスケースのタマゴが映し出される。

 タマゴは小刻みにゆれていた。

「あっ、ヒビができています」

 刑事の一人が声をあげた。

 それからまもなくして、タマゴの割れ目から黒っぽい手が出てきた。

 それには指があり爪もある。

「あとちょっとだよ」

 博士の言葉どおり……。

 手が動くにともない割れ目は広がっていき、やがてそこから突き出すように顔が現れた。図鑑で見る恐竜そのものである。

「どうだね、信じてもらえたかな」

「たしかに。ところで、この恐竜のタマゴ、いったいどこで?」

 キサラギ警部はテーブルにもどると、あらためてガラスケースの中をのぞきこんだ。

「なに、それはダチョウのタマゴだよ」

「そうでしたか」

「ダチョウのタマゴを使って、我々は恐竜の研究をしておるんだ」

「ですが、博士。ダチョウのタマゴから、どうしてあのような恐竜が?」

「鳥は恐竜の子孫だ。そのことは君たちも知ってるんじゃないかな」

「はい、聞いたことはありますが」

「恐竜の子孫ということは、それに近い遺伝子を持っていることになるだろ。ダチョウを使うのは、恐竜に見合うタマゴの大きさからだよ」

「それにしても……」

「納得がいかないようだな」

「それだけで、どうして恐竜になるのかと?」

「それはだな、タマゴが親鳥の体内にあるうちに、人の手を加えてやるからだ」

「遺伝子操作ですね」

「よくわかったな」

「それくらいはなんとなく」

「で、重要なのは進化の遺伝子だ。つまり進化の過程にあるものを恐竜の段階でストップさせ、そのまま恐竜として成長させるんだよ」

「すごいですね。それでダチョウを恐竜に変えてしまうとは」

「だがな、それだけでは恐竜にはならんのだよ」

「では、ほかにも?」

「恐竜として成長させるには、それに関連する重要な遺伝子が必要なんだ。ワシも長年、そこに苦労してきたんだがね」

「関連する遺伝子と言いますと?」

「そいつは企業秘密だ。研究には莫大な金をつぎこんでおる。それにライバルもいるからな」

「企業秘密じゃ、聞くわけにはいかないですね」

「苦労を重ねたそのことも、最近になってやっと成功したんだが……」

「夜間に生まれ、そして行方不明に?」

 キサラギ警部が博士の言葉を継ぐ。

「誕生の時期が予想より早くてな。そうとわかっておれば、夜間もそばについておったんだが」

「盗まれたのではないかと聞きましたが、逃げ出したということは?」

「ワシもはじめはそう思った。だがな、盗まれた可能性も考えられるんだ。それで念のために、こうして君たち警察に届けたんだよ」

「なぜ、盗まれたとお考えに?」

「この部屋だけは特別に、夜間はかならずカギをかけておったのでな」

「では今朝も、この部屋にはカギがかかっていた。そうなんですね」

「そう、ずっと密室だったんだ」

「なるほど、たしかにそれは妙ですね。で、外部から何者かが侵入した痕跡は?」

 部屋の中をグルリと見まわしてから、キサラギ警部はやっと刑事らしい質問をした。

「それがまったくないんだよ」

「その道のプロなら痕跡は残しませんので。これから先は、わたしたちにおまかせください」

 さっそくキサラギ警部は、捜査用の白い手袋をポケットから取り出した。


 さて、ガンタンのかくれ家。

 ガンタンはコーヒーを飲みながら、のんびりテレビのワイドショーをみていた。その足元では、メイがスヤスヤと寝息をたてている。

「やっ、こいつは!」

 声をあげ、おもわず身を乗り出した。夕べ盗みに入った研究所が映し出されたからだ。

『次は行方不明の恐竜の子ですが……』

 司会者が話を進める。

 ガンタンの目は、テレビの画面に釘づけになっていた。

『それでは現場の……』

 司会者がレポーターの名前を呼ぶ。

 画面がスタジオから現場に移り、マイクを持ったレポーターがアップで映し出された。

『今、オーガスト研究所の前にいます』

 正門を背後にして、レポーターが早口でしゃべり始める。

『行方不明の恐竜の子ですが、その後についてお知らせいたします。この付近は現在も、多くの捜査員によって捜索が続けられています。しかしながら依然として、恐竜の子が発見されたという情報は入っておりません』

 ここでレポーターに、司会者から声だけの合いの手が入った。

『その恐竜、危険ということは?』

『生まれたばかりですので、その点については心配ないと聞いております」

『安心しました。それで、恐竜の誕生場面の映像があるそうですね』

『はい。その録画、つい先ほど公開されたところであります』

『さっそくですが、視聴者の皆様にお見せしたいんですが』

『承知しました』

 画面からレポーターが消え、かわってガラスケースの置かれたテーブルを、真上からとらえた映像が映し出された。

 場面は、タマゴが割れる瞬間から始まっていた。

 誕生のようすが刻々と映し出されてゆく。

 恐竜の子はタマゴから出ると、ガラスケースの淵を乗り越え、それからすぐにカメラの射程内から消えてしまった。

 ここでテレビ画面は、ふたたびマイクをにぎったレポーターを映し出した。

『研究所の話によると、生まれた恐竜はこのあと消えてしまったそうです。何者かに連れ去られた可能性が高いとして、警察は今も捜査を進めておりますが、恐竜が建物の外に逃げ出したのではないか、そうした考えも捨てておりません』

『盗まれた可能性の方が高いんですね』

 司会者の声が入る。

『はい。関係者の話によりますと、恐竜にはかなりの価値があるそうです。ですから、それを知っている者の犯行、そうも考えられるわけです』

『どれほどの価値があるのでしょうか?』

『研究所は、発見した者には三千万円の懸賞金を出すと、つい先ほど発表しました』

『それはすごいですね』

『すでに懸賞金目当てに、研究所の周辺にはぞくぞくと人が集まっています。ではこれで、スタジオにマイクをお返しします』

 カメラの前からレポーターが走り去っていく。もちろん恐竜を探しにであった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ