ひとつ屋根の下
かくれ家はマンションの三階にある。
地下の駐車場に車を置き、ガンタンは外にある非常階段を歩いて昇った。エレベーターはあるのだが、こうして仕事帰りの夜は、マンション内の防犯カメラに写らないようにしていた。
さて、恐竜のオモチャ。
それはロボットでも防犯装置でもなく、どこをどう調べても本物の恐竜の子だった。
「オッカアー、マッテヨ!」
ガンタンのあとをしつこくついてまわる。足元にまとわりつき、ひとときもガンタンのそばを離れようとしなかった。
「うるせえなあ。オレはおっかあじゃねえ、そう言ってるだろ」
いいかげんうんざりのガンタン、つい大きな声を出してしまった。
「オッカアハ、オイラノ、オッカアダ!」
恐竜の子が泣き始める。
ガンタン、泣く子をあやしたことなどない。
オロオロとまどううちに……。
「わかった、わかった、オマエのおっかあだ。だから静かにしてろ。オレは眠いんだ」
やけっぱちになって、ベッドに倒れこみ頭から毛布をかぶった。
あとを追って、恐竜の子もベッドに上がってくる。
「なんだ、オマエはあっちで寝ろ」
「イヤダ! オイラ、オッカアト、イッショニ、ネルンダ」
恐竜の子が足をバタつかせる。
「静かにしろって!」
「イッショニ、ネテクレナキャ、オイラ、アバレテヤルカラ」
「もう好きにしていいからさ、だから、あばれるのだけはよしてくれ」
「ナラ、オッカアト、ネテモ、イインダネ」
恐竜の子は毛布のすきまから、ガンタンのとなりにもぐりこんできた。そして体をピッタリ寄せる。
「しょうのねえヤツだな」
生まれてすぐに親を失ったガンタン。幼いころ、だれにも甘えられなかった。だから恐竜の子の気持ちが痛いほどわかった。
「ところでオマエの名前なんだがな」
「名前ッテナンダ?」
「オマエ、オレのことをオッカアって呼ぶだろ。まあそんなもので、あれば便利だ。それでどうだ、今月の五月からとって、メイってのは? なかなかかわいいじゃねえか」
「カワイイ、カワイイ」
「じゃあ、これからオマエはメイだ」
「ウン」
恐竜の子がコクリとうなずく。
「メイ、もう寝ろ。夜ふかしは体にドクだからな」
その晩。
ガンタンの腕の中で、メイは眠った。
メイの寝顔を見ながら、いつかしらガンタンも眠りにつく。メイを金にしようと思った下心、このとき頭の中からすっかり消え去っていた。
怪盗ガンタンと恐竜の子メイ。
こうして……。
ひとつ屋根の下で暮らし始めたのだった。
朝になった。
「オッカアー、オキロ、オキロ」
メイがベッドの上でとびはねている。
「うーん、もうちょい寝かせてくれよ」
「ダメダ! オッカアー、ハヤク、オキロ」
「わかったから、あばれるのはよすんだ」
ガンタンがベッドに起き上がると、そのひざの上にメイはちょこんと座り、小さな両手で腹をなでた。
「オイラ、ハラヘッタ」
「なんだ、腹がすいてたのか。キッチンに行けば、オマエの食えるもんがなんかあるはずだ」
「ハヤク、クイテエ」
メイがガンタンのズボンのスソをつかみ、キッチンへとずんずん引っぱっていく。
「ところでオマエには、どんなもんを食わせたらいいんだろうな?」
恐竜に肉食と草食がいることは、むろんガンタンも知っていた。ただメイが、そのどちらなのかわからない。
「そうだ! こうすりゃ……」
冷蔵庫の中の食料を肉類と野菜、それらを別々に分けて床に並べていった。
片方には、魚、牛肉、トリ肉、それにハムといった魚と肉類。もう一方には、キャベツ、トマト、ニンジンといったぐあいにまとめられた。
「どうだ、メイ。オマエ、どっちが食いてえか?」
「オッカアハ、ドッチヲ、クウンダ?」
「オレはどっちも食う」
「ソンナラ、オイラモダ」
「むちゃ言うな。オマエ、どっちかは食えねえはずだぞ」
「イヤダ! オッカアト、オナジモン、クウンダ」
メイが足をばたつかせ、肉と野菜の両方を指さしてダダをこねる。
「こまったヤツだな。そんなら、まずはためしにこれを食ってみろ」
とりあえずニンジンを一本やってみた。
するとメイはムシャムシャと、ニンジンにかぶりつくようにして食べ始めた。
「どうだ、うめえか?」
「ウン、ウメエ」
「てっことは、オマエは草食だな」
「ソウショクッテ、ナンダ?」
「こっちの方だけ食うってことだ」
ガンタンは野菜の山を指さして教えた。
「イヤダ、コッチモ、クイテエ」
魚と肉類の山にメイが手を伸ばす。
「ニンジンがうめえなら、そっちはまずいはずだ。なんなら少し食ってみるか?」
「ウン、クッテミル」
「まずかったら、すぐに吐き出すんだぞ」
ガンタンが渡したスライスハムを、メイは口の中に放りこみ、あっというまに食べてしまった。
「どうだ?」
「ウメエ」
「そんじゃあ、どっちがうまかったか?」
「ドッチモ、ウメエ」
「うーん……。どっちもうめえってことは、人間みてえに雑食ってことかな?」
ガンタンはメイの顔を見ながら首をひねった。
「モット、クイテエ」
「気分、悪くねえか?」
「ワルクネエ」
「そんなら、好きなだけ食ってかまわんぞ」
「ワァーイ」
メイはパックに残っていたハムをたいらげてしまうと、次はキャベツをかじりながら魚をつまんで口に入れている。
「まあ、好き嫌いがねえのはいいことだ。そうだ、牛乳もある。なんなら飲んでみるか?」
「ウン、ノンデミル」
「じゃあ、ちょっと待ってろ」
冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、皿にたっぷり牛乳を移してやった。
メイが皿に顔をつっ込み、舌でペチャペチャとなめるようにして飲む。
そんなメイを……。
「乳を飲むのは哺乳類だけじゃ……」
ガンタンは首をひねりながら、それでもあたたかいまなざしで見つめていた。