表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

湖のある山荘

 一週間が過ぎた。

 ヤヨイにとって、この一週間は耐えがたい時間だった。どれほど涙を流したかしれない。

 あの日から……。

 毎日のように警察署に呼び出され、長い時間きびしい取り調べを受けた。さらには父親の文月博士が、メイの死を知ったショックで倒れてしまった。

 なお悲しいのはガンタンの死である。しかもそれは事故でなく、ガンタン自ら車ごと谷底に飛びこんだという。

 しかし……。

 どうしてもメイの死を受け入れることができなかった。

 そして、やっと自由になれた今日。

――もしかしたらメイだけでも。

 ヤヨイはかすかな希望をいだき、そのことを自分の目で確かめようと山荘に向かっていた。


 神無山へ向かう途中。

 ふもとのスーパーに立ち寄り、ヤヨイはメイの好物を買いこんだ。生きていて欲しい、その思いがそうさせたのである。

 山荘に着くなり、ヤヨイはハッとして車を飛び降りた。

 わずかだが玄関のドアが開いている。

――もしかして?

 玄関へと走り中をのぞくと、食堂のテーブルのそばでメイが横たわっていた。

「メイ!」

 メイにかけ寄って抱き上げる。

 メイの体は冷たく、目は固く閉じられていた。強くゆすってみるも、なんの反応も示してくれない。

「ねえ、どうしてなの。どうしてメイまで死ななきゃいけないの?」

 しばらくの間……。

 メイを抱きしめたまま、ヤヨイはその場で泣き続けていた。

 どれほど泣いたであろうか。ふと、傷だらけになったテーブルの脚が目に入った。

――よほどおなかがすいてたのね。こんなものまでかじっちゃって。

 ヤヨイは思い出した。

 ガンタンのかくれ家で、冷蔵庫をからにする勢いで食べる、メイの姿を……。

 と、そのとき。

 背後で床を踏む靴音がする。

――えっ?

 振り向いたヤヨイは、そのまま凍りついたように立ちすくんでしまった。

「警部さん……」

「悪いがあとをつけさせてもらいました。あなたがなにかを隠している、ずっとそうにらんでいたものですからね。恐竜が車に乗っているのは、部下のだれもが見ておりません。ガンタンがどこかに隠した、そうしことも考えられますので」

 キサラギ警部が歩み寄ってくる。

「やはり、わたしの思ったとおりでした。でもまさか、こんなところにいたとはね」

「メイ、死んでるんです。ここに来るのが遅かったんです」

「ええ、わかってますよ。あなたがここに入ったときから、ずっと拝見しておりましたので」

「お願いです、この子を連れていかないで。連れていくなら、わたしだけにしてください。悪いのは、みんなわたしなんですもの」

 キサラギ警部からかばうように、ヤヨイはメイを強く抱きしめた。

「ヤヨイさん、あなたがなにをしたと?」

「わたし、ガンタンさんたちに協力しました」

「それはおどされたからでは? 取り調べでは、そういうことになっていますがね」

「わたし、警察でウソを……」

「おかしいな。ゲシロウたちも、自分たちがあなたをおどしたんだと、そう話してるんですよ」

 キサラギ警部が首をかしげてみせる。

「あの二人、わたしをかばってるんです。それにこの子を作らなきゃ、ガンタンさんだって」

「たとえそうであっても、わたしにはもう関係のないことですよ」

「関係ないって?」

「わたし、警察をやめたものですから」

「えっ、いつ?」

「ついさっきですよ」

 キサラギ警部はヤヨイに背を向けると、外の景色に目を向け言葉を続けた。

「ヤヨイさん、何事も隠れてやるときは、ドアぐらい閉めるもんです。あんなに泣いているのを見せられたら、刑事をやめたくもなりますよ」

 キサラギ警部が笑いながら振り返る。

「じつはですね、ガンタンが死んだときから迷っていたんですよ。刑事でいることがホトホトいやになりましてね。でも、ふんぎりがつきましたよ。泣いているあなたを見ましてね」

 キサラギ警部はそう言ってから、神妙な顔つきで視線をメイに向けた。

「それで死んでしまった恐竜は、これからどうされるんですか。やはり研究のために解剖を?」

「とんでもありません、解剖だなんて。メイはここで静かに眠らせてやります。だってガンタンさん、この子を自然の中で自由にさせてやりたいって。ですからこの山荘の庭に……」

「ではわたしにも、そのお手伝いをさせていただけませんか?」

 キサラギ警部はヤヨイに、メイのお墓を作ることを申し出たのだった。


 ヤヨイは陽当たりのよい場所を選んだ。

 そこから青々とした湖面と緑の森が見渡せる。

 キサラギ警部がスコップを使って、陽の光が注ぐ庭の一画を掘り始めた。

「ゲシロウさんとトウジさん、ガンタンさんが死んだことを知ってるんでしょうか?」

「もちろんです。あの二人、大泣きしていましたよ」

「とっても仲が良かったから。それでゲシロウさんたち、これからどうなるんでしょう?」

「アイツらならじきに出てこれますよ。盗みの片棒をかついだだけですからね」

「安心しましたわ」

「ですがね、あれだけの事件を起こしたんです。この町には、さすがに残れんでしょうな」

「そうですか……」

 ヤヨイはひどくつらかった。

 自分たちの身勝手な研究に、関係のない二人を巻きこんだのだ。

「それにしても人騒がせな恐竜でしたね」

「みんな、父やわたしが悪いんですわ。恐竜なんて作らなきゃ、こんなことには」

「今となってはすべて終わったことです。さあ、できましたよ」

 キサラギ警部がお墓の完成を告げた。

 穴の底に、ヤヨイはそっとメイを横たえた。キサラギ警部がメイに土をかぶせていく。

 土の下に消えてゆく、メイ。

「メイ、さようなら」

 ヤヨイは別れを告げた。

 メイが土の下に隠れて見えなくなった。

 最後の土がかけられ、穴が地面と同じ高さに埋めもどされる。

 ヤヨイはひざまずいて手を合わせた。メイは二度と帰らないのだと、じっと手を合わせていた。

 その間に……。

 キサラギ警部は丸い石を探してきて、埋めもどしたばかりの新しい土の上に置いた。それからひざまずいて手を合わせた。

 陽の光がメイのお墓を抱くようにつつむ。

「ありがとうございます、警部さん。メイも、きっと喜んでいると思いますわ」

 ヤヨイは頭を下げてから、スーパーで買ってきた食べ物を取り出した。

 お墓の前に、メロン、せんべい、ハムといったものが並んだ。メイの好物ばかりだ。

「では、わたしはこれで」

 キサラギ警部が立ち上がる。

「警察をやめて、これからどうなさるんですか?」

「田舎に帰ってのんびりしますよ。それではヤヨイさん、お元気で」

 キサラギ警部は軽く手を振り、足早に山荘から遠ざかってゆく。

 そのうしろ姿に向かって、

「お元気でー」

 ヤヨイは手を振った。

 振り返ったキサラギ警部の目がほほえんでいる。

 それはもう、刑事の目ではなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ